「敵を突き止めました」
田中は諜報員からの報告を聞いた。
「誰だ?」
「黒山賊です」
「分かった。しかし、敵は手口から分かるように賢い。くれぐれもバレぬように監視をせよ」
「御意」
諜報員は部屋から出て行った。
田中がいる情報部の部屋の壁際には今までに分かっている情報を全て記載された書簡と壁一面を埋めるほどの大きな地図がある。
その地図を見ながら田中は考え出した。
(敵はなかなかの勢力だ。丸ごと飲み込めれば良いが厳しいであろう)
黒山賊といえば後漢でも有名な集団で盗賊などを吸収し、大きくなった組織であった。その大きさについに漢王朝の軍隊すら破れることによって討伐を諦め、官位を与えることで敵対を諦めたという存在である。総数は百万を超えるとも言われており、とても正面から戦っても勝ち目は無い。
(確か、史実においては呂布を戦わせることで勝ったらしいが、呂布ばかりに頼っているのは不味い)
田中の頭の中にあるのは呂布の背後にいる董卓の存在だ。呂布にばかり頼っていては呂布ばかりが強くなる。つまりは董卓の力が強まることにもなるということだ。そうなれば、いずれ敵対したときに大変なことになる。
(できればこの場は……)
「我が君配下の武将の誰かに任せたいな」
(しかし、これがつとまるのは生半可な実力では無い人物)
「つまりは文醜、顔良、張郃、麹義、趙雲のいずれかであろう」
(これに優秀な軍師を……)
「っていつからいたんですか!」
気付けば田中の横に立っていたのは趙雲であった。
「いや、先ほど私は言いましたぞ、失礼するぞと」
「そのような言葉は聞いた記憶がありませんし、いつ誰が許可をしたというのですか!」
「いえ、あなたは返事をしましたぞ。心の中で……」
「それを通称、人は妄想というのです! というかこの部署は仮にも立ち入りが厳禁な場所なのですから、勝手に入れないはずなのですが」
「いや、見張りの兵士に聞いたら良い笑顔でどうぞと言われましたぞ」
田中は見張りに付いている兵士をいずれ殴る覚悟を決めて、趙雲に尋ねる。
「それにしてもよく私の心が読めましたね」
「声に出とりましたからな、その言葉に続きそうなものを予測しただけのこと。造作もありますまい」
いくら声に出ていたとはいえど次の文面を考えるというのはなかなか難しいものあり、趙雲の能力の高さがうかがい知れるが、そんなことを気にかけている場合ではない。
「え、声に! 本当ですか?」
「然り」
趙雲は言う。
「気をつけます」
「精進なされよ」
立場がおかしいと思いつつも田中はその場を流した。
「ところでどうしたのですか? 何か用事があったから来られたのでしょう?」
「そうそう。忘れるところだった」
趙雲はそう言って、田中に告げた。
「久々に一杯やりにいきませんかな?」
美女の酒のお誘いだ。田中の答えは一つしかなかった。
「それで私が呼ばれたと……」
審配は完全にあきれ顔で趙雲と酒を飲んでいる。
「田中殿はなんと失礼なのだ! これほどの絶世の美女がお酌すると言っても『私には仕事がありますので』とか言って部屋にこもってしまわれた」
「あの方は仕事に関しては一切の手抜きをしないお方ですからね。特に最近、情報不足でお叱りを受けたばかりですし」
「そうとはいえど……。我が君の配下はお堅い人ばかりだ。私が酒に誘っても乗ってくれたのはお主ぐらいだぞ」
「確かに。それは感じますね。まあ、お堅いというよりは他人に干渉されたくない人物が多いといったほうが的確かもしれませんがね」
「だから纏まりに欠けているのだ。仲間同士で交流がないから、それぞれが別の方向に行ってしまう。今は力が強いからいいが、いずれこの問題が致命的な状況になりかねませんぞ」
「それを解決しようと田中殿も奮闘しているみたいですよ」
「む、彼が?」
「最近は家に帰られてからもその問題に関して時折意見を求められます」
「家に? つまり貴殿は同じ屋根の元で暮らしていると言うことか?」
「ええ。私が頼み込んで田中殿に認めてもらいました」
「ふむふむ。ということは……」
にやにやしながら趙雲は審配に聞いた。
「もう夫婦のような関係になっているのですかな?」
「そ、それは……」
趙雲の言葉に顔を真っ赤にしながら審配はしどろもどろになる。
「まだ……です」
「ほ~う。ちなみに狙ってらしたりは?」
「まあ、それは……察してください」
「ほほ~う! これは良いことを聞きましたな!」
趙雲は笑いながらつまみに頼んでいたメンマを食べる。
「そういう子龍さんはどうなんですか?」
「私ですかな? それはどうでしょうな~?」
にやにやしながら答える。
「田中殿は優しいですし、顔もなかなか好みではあります。何よりもうまいメンマの店を探してくれた点も好印象ですな~」
「ま、まさか狙っているの!」
「ご想像にお任せしましょう」
「それはだめです! あの人は私の……!」
「私の?」
「私の……」
そこまで言って完全に停止してしまった審配。おそらくはどうやってこの場を逃れようかと必死に考えているようだが、さしもの審配の高い能力を持ってしても厳しい。言わば援軍が一切来ない籠城戦で食糧も尽きてしまった守備軍に等しい状況であった。
「まあ、これ以上の詮索はかわいそうですから無しにしておきましょう。面白い話も聞けましたしな」
趙雲は戦上手と言うこともあり、こういった場面の引き際もわきまえいている。
「そういえば、今思い出しましたが……」
趙雲はあごに手を当てながら言った。
「元皓殿も狙っているらしいですぞ」
退く際にとんでもない攻撃を仕掛けてはするが。