「へぇ~!で、こいつがここにいるって訳か」
恋愛のせいだと誤解され掛かっていた田中がここにいるわけを説明し、こと無きを得た。
「でも、噂は本当だったんだなぁ」
意味深な言葉を口にする文醜に顔良が聞いた。
「文ちゃん、噂って何?」
すると、文醜は驚いて目を見開きながら言う。
「え、斗詩はあの噂、知らないの?素性をろくに言わない、どこぞの馬の骨ともしれない男が袁太守様の副官になったって言う噂だよ」
「どこぞの馬の骨ともしれないだなんて、田中さんに失礼でしょう!」
「そう言ったって、素性言わないのは怪しんでくれって言っているようなもんだろう?」
「そ、それは……」
確かに、文醜の言うとおりである。的確な意見に顔良は言いよどんでしまった。
「ま、でもアンタが袁紹様に危害を加えるとは思えないし、アタシは気にしないけどな」
そう意外な単語が文醜から飛び出る。
「え、どうしてそう思われるのですか?もしかしたら、私が何者かが放った刺客かもしれないのですよ」
「いや、それはない」
田中の疑問にきっぱりと文醜が断る。
「袁太守様は、昔からそういったことが絶えなかった。何せ袁家において、袁太守様の扱いは妾の子。袁家の大半が妹君であらせられる袁南陽太守様を皆は袁家の後継者だと考えている。それゆえ、昔から刺客などが絶えなかったらしい。聞いた話によると生死の境をさまよったのも一度や二度の話ではないそうだ。だから、袁太守様は母上様の袁逢様など、一部の人間しか信用できないし、心を開くことも少ない」
そこで一旦言葉を切り、文醜は呼吸を整えた。
そして、田中を見ながら話し始めた。
「しかし、アンタにだけは違った。最初から心を開き、全幅の信頼を置いている。袁太守様ほど警戒心の強いお方がそこまですると言うことは何かしら信頼できる理由があると言うことだ。故にアンタは信用できる人間だと考えている」
話し終えた文醜は近くにあった椅子を引き寄せて座った。
顔には悲痛な表情が浮かんでいる。
いくら一生懸命に主に仕えても信頼してもらえない。なのに、ぽっと出の人間が絶大な信頼を置かれている。
それは家臣にとって一番つらい状況であった。
田中はその行為を行った人間に激しい憤りを感じていた。
同時に今、袁紹は家臣達が分裂の危機にあることも理解していた。
自分のことを信頼してくれない君主に仕えたい者など存在しない。このままでは、史実の袁紹と同じ人生をたどることとなる。それだけは何としても避けねばならないと田中は考えている。
「分かりました。袁太守様をどうにかして見せましょう」
言葉が勝手に口をついて出た。
顔良と文醜の二人は驚いて顔を上げる。
「このままでは、袁太守様は一生人を信じることのできないお方だ。そんなのは人として悲しすぎる。そんな悲しい生き方をさせたくはない!」
そこには一人の男の決意した顔があった。
「しかし、どうするんだよ。袁太守様は想像すらできないようなすさまじい経験の結果、今がある。どうやってその記憶を乗り越えさせるんだ?」
文醜は困惑した声で呟く。
「それはこれから考えます!」
田中はまるで、自信満々に答えて見せた。
顔良と文醜はしばらく呆けたあと、吹き出した。
「何だよ、今から考えるって!それでも袁太守様の副官かよ!笑える!」
しばらく、二人とも笑い転げた後、二人とも田中を見ながら行った。
「だけど、嫌いじゃないな、その考え方。アタシも協力するよ!」
「私もですよ。協力させてください。その考えに」
「ありがとうございます!」
田中は目頭が熱くなるのを感じながら頭を下げた。
こうして、この世界に来て田中が最初にやる仕事は、袁紹の心を開くこととなった。