後、1,2話で洛陽戦に入れるよう頑張ります!
「袁刺史、ご決断をお急ぎください!」
逢紀が袁紹に言う。
今、公孫瓉の今後を巡って二つに意見が分かれていた。
一方は今後の禍根を残さないために公孫瓉を処刑すべきと言う逢紀を筆頭とする処刑派。
もう一方はまだ公孫越や民心を考えて、解放をするべきとする郭図を筆頭とした解放派。
この二つにはそれぞれに利点と欠点があり、袁紹は決断に迷っていた。
しかし、袁紹個人的には公孫瓉とは交友があるために処刑は避けたい気持ちがある。その感情は統治者としての決断を鈍らせるために押さえ込んでいる。
「袁刺史。ここは処刑をすべきです」
「解放すべき。まだここの地は統治を始めたばかりで、民心は安定していない。民の心を安定させるために早い段階での処刑などは避けるべき。それに配下に入ったばかりの公孫越は確実に不信感を抱く。ここは解放しかない」
逢紀と郭図がそれぞれの意見を言って袁紹に決断を迫る。
「しばらく、考えさせてちょうだい」
そう言って袁紹は一旦、その場を後にした。
袁紹はその足である部屋に向かっていた。それは田中の執務室だ。彼の部屋には優秀な人物が揃っており、どちらの勢力にも付いていない中立的な意見が聞けると考えたのだ。
「田中さん、お邪魔しますわ」
「どうぞ」
そう言って、田中の執務室に入った。
中ではちょうど、田中が董卓と反董卓連合の戦いの情報を聞きつつまとめているところであり、田豊と沮授はその場には居合わせていなかった。
「これは、我が君! 失礼致しました。少々お待ちください。すぐに席を空けますので」
そう言って、書簡を片して椅子の上を空ける。
「ありがとう」
袁紹はその席についてしばらく黙っていた。
「どうされました?」
田中が沈黙に耐えきれず、袁紹に問いかけた。
「私はかつて公孫瓉とは幼なじみですのよ」
田中の質問に答えることなく袁紹は独りでに話し始める。
「若い頃は同じ人の元で勉学を学び、共にいたずらなんかもしましたわ。彼女は普段から何事もそつなくこなしますが、これと言って飛び抜けたものもありませんでした。俗に言う器用貧乏ですわね。ですから、よくいたずらはそれなりに成功はしましたが、それほど面白みはありませんでしたわね」
そう言って、袁紹は静かに笑った。それは普段の高笑いとは違い、懐かしい記憶に思い出を馳せた人の笑みであった。
「それがやがて大きくなり、それぞれが統治する地を持ち、お互いに独立していきましたわ。そして今に至るわけです」
その袁紹の言葉には、公孫瓉に対する思いがにじみ出ている。
「我が君。あなたは何がしたいのですか?」
田中は迷う袁紹に何も言わず、問いかけだけをした。
「あなたは君主であり、私はただの一人の臣下です。君主としての決断はあなたがすべきです」
田中は袁紹を突き放すように言う。それは田中なりの考えがあってのことだ。
袁紹は元来優柔不断だ。その優柔不断さは後に致命的な欠点として全てを終わらせることになる。その欠点をどうにかして軽減させておきたかった。
何度もこれを行おうとしたが未だにそれは出来ていない。
「我が君、一貫した主張をすべきです。どんな決断であろうとも自分の信念を持ってして動いていれば、自ずと結果は付いてきますよ」
田中はそれを伝えた。二人の間に沈黙の時が流れる。
しばらくして、袁紹が立ち上がる。
「田中さん! ありがとうございます!」
そう言って、袁紹は部屋を出て行った。
「天よ、どうか我が君を導き給え」
「公孫瓉は解放致しますわ!」
会議の場に戻るなり、一言目がそれであった。
「しかし、袁刺史殿。それでは将来禍根を残すやもしれませんぞ! それでも構わないのですか?」
「現在、私は冀州を統治し始めたばかり。この段階で、処刑を行えば民達の心も穏やかにはならないでしょう。況してや、我が配下に公孫越が加わったばかり。そのような段階において処刑は内部に禍根を残す結果となります。今は地盤を固めるべきと判断して解放と致します!」
「ご英断、流石であります」
郭図達、解放派は一斉に頭を下げた。
「ご決断に従います」
処刑派も納得したわけではないようだが、応じる。
「解放するにしても彼女を野に解き放つのですか?」
「いえ。彼女を北平に戻します」
「何ですと!」
その意外すぎる一言に処刑派だけでなく、解放派も驚きの声を上げた。
公孫瓉の本拠地である北平に彼女を帰せば、下手すると挙兵をされもう一度、袁紹軍に攻撃を加えてくる可能性がある。そのようなやり方は臣下のほとんどが反対であった。
「処刑ではなく解放を選んだ上、本拠地に戻すだと! それだけはならん! それでは公孫瓉がまた挙兵するやもしれない! また犠牲を出すつもりか、麗羽!」
逢紀は、自分の立場も忘れて激怒した。袁紹が何も考えずに軽はずみなことを言っていると考えたからだ。
「逢紀! 口を慎みなさい!」
袁紹も袁紹で怒鳴り返す。その目には明らかな怒気が浮かんでいた。
「私が何も考えないで友人だからとか私的な理由で公孫瓉をその地に返すと思って!」
「それ以外に何があるというのだ! どう考えても解放ならまだしも北平に返すのはやり過ぎだ!」
「地図を見ていないの?」
袁紹の質問を聞き、ふと地図に目を向ける逢紀。
しばらく、地図を見てからはたとあることに気付く。
「そうか! 黒山賊と黄巾の残党、それに異民族か!」
「ええ。彼らの掃討を行わせ、我々の後方の安全を図るわ。ただ、反乱の可能性もあるから、公孫瓉軍は解体してこちらの軍に編入。代わりに我が軍の兵士と将を一人つけて彼女の新たな軍として編成するわ」
「それでは、彼女を配下にするのと大して変わらないじゃないか」
「いいえ。北平の統治権は彼女のものであり、こちらが特に政治に手を出すことはないわ。何せ北平周辺の豪族たちは彼女になついているから、我々が手を出そうものなら何をしだすか分からない。それくらいであれば、彼女に任せておいた方が楽に統治ができる。それに軍に上を一人つけると言っても、その将はあくまでお目付役で実質指揮を執るのは彼女を含めた元公孫瓉軍の将軍達よ。兵士達は彼女らに懐柔を避けるために定期的な入れ替えを行う。ここまでやれば、彼女たちも反乱を起こせないし、技術も学べる。それでいて北方の脅威は取り除ける」
「成る程、それならばいけるやもしれません。すぐに検討を始めます」
「いや、時間が無いわ。現在、洛陽方面の情勢は一刻を争うほど緊迫した状態にある。この程度のことをぐだぐだ議論はしていられない」
「御意! ではすぐにそのように取りはからいます」
逢紀はそう言って、すぐに近くの文官に準備を始めさせた。
「もし公孫瓉の配下がこの条件を呑まなければどうするのです?」
郭図が聞くと、袁紹が答える前にその場にいた廬植が答える。
「大丈夫じゃ。奴はその程度のことがこなせないような人間ではない。必ずやってみせる。もし失敗したのであれば、この廬植の首を差しだそう」
「分かりました」
郭図が廬植がそこまで言うのであればと提案を受け入れた。これ以降、特に反対意見もなく、すぐに袁紹の決定は実行された。