190年3月上旬。
「ここが私の新たな領地ですの?」
公孫瓉との戦闘を終え、3日後。袁紹ら幕僚が鄴の町に入らんとしていた。
「ええ。ここ鄴の町を中心として、冀州全体が袁太守の領地になります」
横に控えている逢起が言った。
「そうですか。分かりましたわ」
落ち着いているように装っているが、足などはかなりぶらぶらしており、落ち着いていないことが丸わかりである。
「麗羽、民が見ておる。もう少し落ち着け」
思わず、逢起が太守としての袁紹ではなく、友人としての袁紹として注意する。
「御免あそばせ! ほ~ほっほっほっほっほ!」
いつもの高笑いを決めるやいなや、揺れがぴたっと落ち着く。さすが名門の出なだけあり、こういった仕草の時は雰囲気を大事にする。
「いつまでも下らないをやってないで行きますよ」
若干、仲むつまじい二人に嫉妬しつつ許攸が二人に告げる。
「構わん。門を開いてくれ」
逢起が指示を飛ばし、門を開ける。
中では民衆が新たな太守の顔を一目見んと待ち受けていた。
「前進!」
部隊の先頭にいる文醜、顔良両名が大声で部隊の前進を促す。
そして袁紹達はついに鄴の町に入った。
袁紹達はそのまま市街地を抜け、中央にある役場に向かった。
そこではこの地に留まって戦後の処理を行っていた郭図や辛評達が出迎える。
「ようこそお越しくださいました! 袁太守殿!」
「公則、私がいない間、ご苦労でした」
「もったいなきお言葉。ささ、どうぞ中へ」
袁紹達はそのまま謁見の間へ通された。そこでは韓馥を含めた幕僚達が既に勢揃いしており、刺史の引き継ぎの準備は万全であった。
「ようこそ、袁本初殿! 私が冀州刺史の韓馥であります。あなた様のご実家である袁家には以前、お世話になったことがありまして」
「これはご丁寧に。私は袁紹と申します。私は袁家の端くれの人間。それほどお気になさらず」
そんな軽い挨拶を行ってから、刺史を示す印綬を袁紹に引き継ぎ冀州の刺史の座に袁紹が座った。
「さて、元図。今回、優秀な人はいらしたのかしら?」
袁紹の質問に逢紀は満面の笑みを浮かべながら言った。
「ええ。それは大勢の優秀な人材がいらっしゃいました。その中でも特に優れた二人をご紹介したいと思います。入れ!」
そう言うと、扉が開かれ二人の女性が入ってきた。
「お初、お目に掛かります。名は田豊、字を元皓と申します。以後お見知りおきを」
「初めまして~。私の名は~沮授と申します~。字は~雷風です~。お見知りおきを~」
二人は臣下の礼を取って、袁紹に挨拶をした。
「お二人とも、ようこそ参られましたわ! 共に手を携え、民を豊かにしていきましょう!」
そう言い、袁紹は二人の手を取る。
「この二人はすぐに私の副官として働いてもらいますわ!」
「お待ちください! そのような重役をいきなり決定なされても他の人事との兼ね合いもございます! いきなり決定なされても出来ることと出来ないことがございます。まずはお二人がある程度仕事に慣れてから、そのようになさるのがよろしいかと」
「そうですわね。ではその時を楽しみにしておりますわ! お二人とも良く励みになって」
「「ありがとうございます!」」
そう言って二人は部屋を出た。
「他にも人はいるのでしょう?」
「はい。しかし、人数が多いので仕事に慣れられて、ある程度の役職に付かれてからご紹介したいと思います」
「分かりましたわ。所で、田中殿」
唐突に田中に声を掛ける。
「はい。何でしょう?」
「先ほどの二人をどのように見ましたか?」
その問いに思わず頭の中で答えた。
(いや、田豊も沮授も袁紹の幕僚の中では特に優秀と称えられる二人だし! 評価としては仕える主、間違えたんじゃねぇ?とか言われちゃうぐらい凄い二人なんだけどな!)
しかし、このようなことを袁紹に言うわけにはいかない。
「素晴らしいお二人だったと思います。二人とも私の部下としてすぐに欲しいほどです」
「そうですか。では、そのように致しなさい」
「はっ! ありがたきお……、えっ」
聞き捨てならない言葉に思わず、聞き返してしまう田中。
「ですから、あなたの部下として採用なされなさいと申したのです」
「えっ! よろしいのですか?」
「ええ。構いませんわよ。ねえ、元図」
横に控える逢紀に聞くと逢紀はしきりに頷いて言った。
「構いません。二人とも優秀すぎるためにどこに行かせるべきか迷っていたのですよ。田中殿の所であれば、人手不足な上、優秀な人間が求められる部署。異論はございません」
「ありがとうございます!」
内心ではとんでもない人間を部下にしてしまったと思いながらも、大喜びする田中。
その田中を満足げに袁紹は見つめていた。
「さて、仕事も終えたし、帰るか」
人事関連の連絡も一通り終わり、今日の職務を終えた田中は新しく与えられた家に帰ろうと歩いていた。
「それにしても流石、冀州の中心地。南皮とまではいかなくとも栄えているな」
夕刻になっても、人の流れが絶えない鄴の賑やかさには驚かされる。
そんな大きい通りから分かれている小道の一つに気になる事を見つけた田中は、そちらに向かっていく。
気になる事とはじっと田中を見つめるネコがいたのだ。そのネコはまるで田中にこちらに来いとでも言っているかのようであった。
黙って田中がついて行くとネコはどんどん先を行く。そして時たま、田中が付いてきているのかを確認するかのように後ろを振り返る。
そんな行為を繰り返しながら進むこと十分ほど。大通りから大分離れた静かな路地で一人の少女が横たわっていた。
「おい、大丈夫か!」
思わず、駆け出しその少女を助け起こす。
その少女は美しい桜の絵が描かれた着物をまとっており、歳は18ほどの黒い長髪を持った美しい少女であった。
「う~っ」
唸る少女の様子を見て、とりあえず外傷がないかを確認する田中。
幸いなことに目立った外傷はなく、ただ気を失っているだけのようであった。
「仕方が無い。一旦、家で様子を見るか」
家には数人、世話役の女性がいるため、彼女らに看病してもらおうとその少女を背負い、また家路についた。
その田中の後ろをまるで守るかの如く、ネコがくっついていった。