戯志才は袁紹軍の兵士の数を見てうめいた。
「あまりにも多すぎる……」
自分の手元にある兵力はわずか200あまり。それも味方の軍が崩壊したことにより、士気は低下している。
それに対して敵の数は少なくとも5000はいる。これでは勝負にすらならないであろう。
「これでは持ちこたえさせることすら難しいだろうな。こんなことなら春蘭は手元に残しておくべきだったか」
しかし、その考えをすぐに打ちけち消した。
「だが、華琳様の護衛は絶対に必要だ」
そう言っている間にも敵はどんどんとこちらに迫ってきている。
「歩兵は方円の陣を組め!弩弓隊は方円の中に入り、敵を迎え撃て!」
配下の兵士達に指示を出す。
すぐに兵士は陣を組み終えた。幸か不幸か兵士の数が少ないがために行えた迅速な陣形変換であった。
「これであれば、、多少なりとも時間稼ぎはできるであろう」
それはあまりにも悲壮だが、的確な考えであった。
戯志才は自分の認識の甘さを呪った。敵は本拠地を攻められ浮き足立ち、簡単に撃破できると考えていた。しかし、現実は違った。敵の兵士は予想以上に精強でこちらの突破を阻んだ。
自軍の兵士の練度をわきまえずに行った自分を今更ながら呪った。しかし、今更どうしようもない。ここはその敗北の責任として自分が命を張って華琳の命を守るだけだと考えた。
しかし、敵は予想に反して自分たちの矢が届くか届かないかの位置で一旦停止し、一人の男が歩み出てきた。
その人物は大きな声でこう問いかけた。
「戯志才よ、私は田中 豊と申す! 貴殿はなぜそこにおわすのか!」
「それは貴様ら逆賊を打つためだ!」
「ほう、その程度の兵力で我々を打つとは片腹痛いな! 我が軍は総数1万はいるぞ! それだけの人数相手にそれだけの兵士で掛かってくるとは、貴殿らの主の曹孟徳はよっぽど味方を殺したいらしいな!」
「違う! 我が主はやむを得ず退却せざるを得なくなって殿を私が自ら志願したのだ!」
「では、お前はよっぽど味方を殺したいようだな!」
「なぜ、そうなる! 私はやむを得ず……」
「では、聞こう! 貴様に投降するという選択肢はないのか? これだけの兵士で勝てぬ事は赤子にでも分かること。ならば兵士の命を考え、投降するという手段はないのか!」
「そんなことをすれば貴様らは我が主の元へたどり着き、その首を私に見せびらかすであろうな!」
「何故そう決めつける! 我が主はこのたびの戦を大変悲しんでおられる。無駄な血は流さないようにするのが我が主の願い。貴殿の主の首を取ることが目的ではない!」
「貴様ら逆賊の言葉など信じられるか!」
「貴殿、先ほどから逆賊というが、誰のことを言っておるのだ?」
「貴様ら以外に誰がいるのだ! 朝廷を汚し、洛陽に暴政を敷く董卓に付いた貴様ら以外に誰がいる!」
「では聞こう。洛陽の情報をどこで手に入れた?」
「それは洛陽を出入りする商人達が……」
「貴殿は情報をそのような方法で手に入れているのか! その程度でしか判断しないとは何事か! 何故自分の目で見て確かめん! ましてやその内容はこの国を揺るがしかねない重要な情報だぞ! そのような不確実な情報で判断する方こそ逆賊ではないのか?」
もちろん田中は、戯志才が本当にあの情報だけを頼りにしたのではないことは分かっている。
おそらくは確かめたのであろうが、時代の流れは反董卓の流れになっていた。それゆえ、まだ力の強くない曹操が生き残るにはこれしか方法が無かったのであろう。
しかし、田中は憤りを感じざるを得なかった。
この戦いで反董卓連合に回ったものは自分たちの利権しか考えていないであろう。そのような者達に自分の主が逆賊呼ばわりされることだけはどうしても許せなかったのだ。
「……」
「それでよく曹孟徳の軍師が勤められたものだな」
呆れたかの世に言い放つ言葉は、田中の本心のものではない。これらの言い合いは全てある目的のためであった。
それは汜水関への出撃前夜にまで時は遡る。
「田中殿、ちょっとよろしいですか?」
逢紀が田中の部屋を訪れた。
ちょうど出撃の鎧のチェックをしていたところであったが、特段他にやることもないので逢紀にお茶の用意をしながら椅子を勧めた。
「どうしたんです、こんな夜半に」
「今回の戦の目的について少しお話があります」
それは田中の最も気になっていた物であった。
「何ですか?」
お茶を入れて机に二つの湯飲みを置いて聞いた。
「この目的は人材集めです。これからは戦乱の世が予測されます。故に人材の確保は絶対に必要でしょう。そのために今回出陣を行うと同時にめぼしい人間に声を掛けたり、敵であれば捕虜として捕まえて味方に引き入れるのです」
「ですが、何故こんな時に?」
「今であれば世間の目は戦いに目が向いており良い目くらましになります。この隙に良い人材を確保しに行くのです」
「成る程。して、何故その話を私の所に?」
「あなたと子遠の育てている間者の力が必要です」
ここまで言われて何となくその先は分かった。おそらく間者には敵に仕えている有能な武将を寝返らせる気なのであろう。
しかし、田中はある杞憂があった。それは間者の練度がそこまで高くなっているか不安であったのだ。
「私は構いませんが、間者の練度はそこまで高いものなのですか?」
「今回、忍び込ませるのは訓練もかねて洛陽です」
予想外な答えに田中は驚いた。
「洛陽ですか! 一体どなたを……」
「それはお楽しみです」
妖艶に微笑んだ逢紀は、お茶を飲み終えて立ち上がり扉の前で少し止まってから田中の方を振り返った。
「田中殿、あなたにはある仕事を行っていただきます!」
「はい。構いませんが兵の指揮ではないのですか?」
「ええ。仕事は別にございます」
「では何を?」
「敵将を寝返らせることです!」
田中が今まで見た中で逢紀は最高の笑顔で言い放った。
(しかし、寝返らせろと言ってもいきなり戯志才かよ!)
心の中で田中は突っ込みを入れつつ、目の前にいる戯志才を見つめた。
田中の言葉に半泣きになりながら睨み付けてくる。しかし、言い返すことはできない。言い返せば、曹操の立場が危うくなり、言い返さなくては自分の立場は悪くなる。これでは何も言えなくなってしまうことは無理は無いことであった。
「戯志才、貴殿をここで殺すこと容易い。しかし、その才能を失うのはあまりにも惜しい。今回は失敗したもしれないが貴殿の噂はかねがね窺っておる。そこで我が軍に降伏し、少し仕えてみないか?」
「降伏だと! 馬鹿を言うな! 私には曹孟徳殿以外に仕える気はない!」
「おそらく、曹孟徳はしばらく姿をくらます。あれだけの被害が出たのであれば、立ち直るまで時間が掛かるであろう。恐らく見つけるのは困難を極める。ゆえに見つけるまでの期間を我が軍で働き、様々な体験をしてみないかと言っているのだ。別に立場は客将で構わん。それに曹孟徳を見つけるのもこちらは手伝うし給与も出そう」
そう言って戯志才に降伏を促す。
これには二つの意味がある。戯志才を抱え込むのと同時に兵の被害を減らすことだ。
敵は恐らく決死の覚悟でこちらに向かってくるであろう。そうなるとこちらの被害も大きくなる。しかし、この場で戯志才が降伏すればその被害を押さえられる上、客将という立場ながらも戯志才を手に入れることができる。
成功すれば、一石二鳥であった。
考え込む戯志才を田中は固唾を呑んで見守る。
10分経ったのか、それとも1時間経ったのか。時を忘れて田中が見つめていると戯志才が不意に馬から下りて、こちらに向かってくる。そして臣下の礼を取って言った。
「曹孟徳殿配下の戯志才、袁勃海太守様に降伏いたします」
毎度、「袁紹を活躍させてみようぜ!」をお読みいただきありがとうございます。
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