袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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第九話 袁紹の不安

 袁紹は書斎にて間諜から報告を聞いていた。

 

「そうですか…。田中さんが孟徳に…」

 

 話を盗み聞きしていた間諜からの報告に袁紹は静かに言った。

 袁紹は元々、こうなる可能性を考えていた。

 しかし、止めはしなかった。

 それは田中への信頼の証であったし、母である袁逢の言葉に嘘があるとは思えなかったからだ。

 だが、こうしていざ事実を突きつけられると果たしてこの判断が正しかったのか迷うところがある。

 

「ありがとう。謝礼は後ほど。下がりなさい」

 

 そう言って間諜を下がらした。

 

 

 田中はどう動くか。

 

 そして本当のことを言いに来てくれるか。

 

 その2点に全ては掛かっていた。

 

「袁太守様、許子遠様がお会いしたいとのことです!」

 

 外の見張り番が声を掛けてきた。

 

 こんな時間に何のようであろうか?

 

「通しなさい!」

 

 不思議に思った袁紹は許攸を通すことにした。

 

「本初様、こんな夜更けに申し訳ございません」

 

 許攸は、頭を垂れながら歩いてきた。

 部屋の扉は防犯の都合上、机から離れた場所にあり表情をうかがい知ることはできない。

 

「用件は何ですの?」

 

 ただでさえ、心が揺れている状態に関わらず、時間を考えない許攸の行動には普段以上に怒りを感じていた。

 

「はい。用件を申しますと、田中の件についてでございます」

 

 その瞬間、袁紹の眉が少しだけ動いた。

 

「た、田中さんが何ですの?」

 

 袁紹が今、最も悩んでいる内容だっただけに動揺を隠し切れていない。

 

「田中は、曹孟徳と通じている可能性がございます」

 

 核心をいきなり突いてきた許攸に目を見開いた。

 

「何故、そのことを子遠さんが!」

 

 最早、袁紹に余裕なんて物は存在しなかった。

 

 史実から見て分かるように袁紹は元から、人を疑り深く身内しか信用しない面がある。

 もちろん、それが良い面に向く場合もあるのだが、君主と配下の関係になった瞬間それは負の面として現れてくる。

 袁紹の場合それ顕著に出ており、直接的ではないにせよ、それが袁紹の跡継ぎ争いの火種ともなってくる。

 

 そんな袁紹がこのような報告を聞けばどのような反応を示すかは想像に難くない。

 

「私は昔から孟徳とは交流がございましてね……。その繋がりで聞きましてね。孟徳はかなり彼に興味を持ってるようです」

 

「そ、それで……どうするつもりですの、孟徳さんは?」

 

 袁紹は曹操とは旧知の仲だ。

 彼女の性格はよく知っており、手に入れたい物は何としてでも手に入れる性格も熟知していた。

 答えは予測が付き、できれば聞きたくはなかった。

 しかし、気付けば質問が口をついていた。

 

「もちろん、手に入れるつもりらしいですよ、田中殿のことを」

 

「しかし、彼は私の配下。断じてあの孟徳の配下ではございませんわ!」

 

 半ば自分に言い聞かせるように、叫んだ。

 

 遠逢から言われた人物だ。

 

 決して裏切ることはない。そう思いたかった。だが、彼女が言っているのみで、現実には本当かどうかは分からない。

 同時に曹操の手に入れる執念が凄まじいのも、また事実。

 

 一方は推測。もう一方は実際に経験してきているもの。

 

 どちらが信頼性があるか。

 判断するまでに時間は掛からなかった。

 

「田中さんは、どう返事をしたの?」

 

「さあ、そこまでは分かりません」

 

 許攸は茶化すように答える。

 

 袁紹の心の中に暗雲が立ちこめていた。

 

 許攸は悩む袁紹の姿を見て、ほくそ笑む。

 

(これで本初様は田中を捨てる。そうすれば私が重用されるはずだ)

 

 許攸の陰謀や曹操の野望、袁紹の不安の嵐に巻き込まれていることに田中は未だに気付いていなかった。

 

 

「疲れたぁ~~」

 

 田中はへとへとになりながら、袁紹に与えられた屋敷にたどり着いた。

 三国最強の国を築いた曹操と直接話してきたのだ。

 疲労困憊になるのはやむを得ないであろう。

 

 あれから、帰ってくるまでほとんど記憶にない。

 我ながら、よく屋敷にたどり着けた物だと感心していた。

 何せ、この屋敷を利用することはほとんどない。ほとんどは仕事場の部屋で仮眠を取って次の日を迎えることが日常となりつつあったからだ。

 

 日頃の疲れを取るためにも今日はゆっくり寝よう。

 

 そう考え、寝床に入り目を閉じた。

 

 

 

「起きてください!田中殿!」

 

 怒鳴り声の目覚ましを受け、飛び起きた田中は時刻が昼になっていることに初めて気付いた。

 怒鳴り声の主は顔良であった。

 

「な、何です、何が起こったんです!」

 

 その普段からは考えられないような顔良の雰囲気から事の重大さを察した田中は顔良に尋ねる。

 

「どうしたもこうしたもありませんよ!田中殿!本初様から今朝、通達がありまして今日の午の正(12時)から緊急の会議が行われるらしいじゃないですか!」

 

「もうすぐじゃないですか!内容は何ですか?」

 

「それが噂だと何でも田中殿に関することらしいじゃないですか!何をしたんですか!」

 

「ええ!そんなこと知りませんよ!どういうことです!」

 

「私だって知りたいですよ!とりあえず、役所に参りましょう!」

 

 そうして二人は袁紹のいる役所に向け大慌てで駆けだした。


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