あともう少しで終わるとは思うんですけどねぇ……。
「………うぅ……覚えときなさいよぉ……私は何度だって蘇るんだから……」
グズグズと涙を携えながらもジャンヌ・オルタは俺をキリっと睨みつけた。それと同時にとても怖いことを呟いている。確かに始まりこそ俺のせいだったかもしれないけれど今のはしっかりとした一騎打ち。しかもなるべく卑怯な手を使わないようにしたはずなのに俺が悪いみたいな感じになっているんだが……。
「ハハ、ハハハハハ!!」
「嗤うな!!」
「クハハハハハハハハハハ!!いいぞ、いいぞ。それでこそ憤怒だ!ここまでやられながらも消えることのない復讐の炎……それこそが、オレたちの望むものだ!」
「テンション高っ」
アヴェンジャーの性格からか、ジャンヌ・オルタのことを偉く気に入ったらしい彼はとても楽しそうに笑うのだが、ジャンヌ・オルタはそれが馬鹿にされていると受け取ったらしく顔を真っ赤にしてアヴェンジャーの方に叫びかけていた。なんだろう。ジャンヌ・オルタのポンコツ臭がオルレアンにも増して濃くなっている気がするんだが、今後は大丈夫だろうか。あの子―――――。
―――――なんてことがあったのが前日の出来事であり、今日は監獄塔に来てから五日目に突入してしまっていた。
結局あの後ジャンヌ・オルタは泣きながら消えていったのだが、消えるときのエフェクトが金色の光が出ていないことから完全に消滅したわけではないのだろう。アヴェンジャーに問うてみても肯定する旨の反応が返ってきたためほぼ間違いないと思う。
そんなこんなで五日目。
もはやお約束となりつつあるメルセデスの顔を視界を眺める。よくよく考えたらこれはとても貴重なことなのではなかろうか。朝起きたら間違いなく美女の顔があるってすごいと思う。………これで完全な白ならいいんだけどなぁ。こんな場所で一人で居たし、何より記憶喪失だからなぁ……限りなく白に近いグレーという判定ではあるけれど、安心するには後一歩足りないんだよなぁ……。
と、残念な気持ちを抱きつつ、アヴェンジャーが部屋に入ってくるのを待つことにする。すると、珍しいことにメルセデスの方から話しかけてきたのだ。
「そういえば、毎日あなた方は戦っていらっしゃるのですね。あの裁きの間の支配者たちと」
「急にどうしたのさ」
「いえ……ただ、私だけが取り残されているようで……。仁慈様は確かな記憶と目標を持って、それを達成するために戦っていらっしゃいます。けれど、私にはそれがない。行っていることと言えば、貴方様の帰りをここで待っているだけ」
……どうやら彼女は自分がただ一人安全な場所に居ることを気にしているようだ。けれども俺からかける言葉はない。未だ心のどこかで敵なのではと疑っている俺に一体なんて声をかけろというのだろうか。
「アヴェンジャー様は言いました。此処に集うのは、総じて何かに囚われている者たちだと。それは英霊と呼ばれる人を超越したものでさえも。私はそのような立派な存在ではありません。しかし、確かに此処にいる………であれば、私も何らかの罪の具現として現れたのかもしれません」
「………まぁ、その辺はいずれ分かると思うよ。記憶の戻る気配がないのであれば、今考えても仕方ない。アヴェンジャー風に言うのであれば、『待て、しかして希望せよ』だ」
このセリフ。言ってて思ったけど割と使い勝手がいいな。
メルセデスは俺の慰めともいえない苦し紛れの言葉に対して笑みを浮かべながらありがとうございますと答えた。
そのタイミングで、アヴェンジャーが牢獄の中へと入ってくる。随分といいタイミングで入ってくるな。実は狙っているのではなかろうか。それとも、一緒の牢獄内に居ないのは自分がいつ襲われるか分かったもんじゃないからとかいう理由じゃないよな?ないよね?
「おい、その言葉を無暗に使うのはやめてもらおう」
「昨日お前が無駄うちしただろ」
「…………第五の裁き、その準備が完了した。生きたいのであれば立て、マスター」
「お前誤魔化すの超下手だな」
露骨に話を逸らすことすらせずに正面からガン無視というある意味男らしいスタイルを取ったアヴェンジャーに溜息を吐いて俺は彼を連れて牢獄から出ていった。
「先に支配者の正体を教えてやろう。奴は、暴食の化身だ。この世のあらゆる快楽を貪り、溢れてもなお満たされず、飽き足らず、食い散らかした悪逆の具現。……対応としては難しいものではない。只、殺す。それだけでいいのだ」
「要はいつも通りってことじゃないか」
「クハハ!その通りだ。そのようなこと、実に今更だったな……」
何を今さらという風に返してみれば、彼は実に機嫌がよさそうに笑った。おかしな奴と思いつつも深く突っ込むようなことはせず、ただひたすらあらゆる牢獄に繋がるくらい廊下を歩くのだった。
――――――――――
「―――――来たか。未だ人理を取り戻そうとする組織に属し、人類最後の守護者足り得る者よ。………何を驚く。我が狂気は月の女神の恩恵によるものだ。時に失われもする。陽の光すらも遮るこの場所なら、僅かな時間の身とは言え月の女神の眼すらも欺けるだろう」
「………」
「………」
「フッ、どうやら余程意外なことだったらしいな。それも当然だろう。お前と余が合いまみえたのは、我が愛し子と共に行動し、敵対していた時のみ。バーサーカーとして現界した余は碌に人の言すら持ち合わせていなかっただろう」
……なんだこれ。なんだこれ。
俺の目の前には、ジル・ド・レェとジャンヌ・オルタと同じく特異点で敵として遭遇したネロ・クラウディウスの伯父であるカリギュラ。ぶっちゃけ、ジャンヌ・オルタと同じく……いや、それ以上に酷い不意打ちを食らわせて退場してもらったサーヴァントだったのだ。しかし、今の彼には嘗ての狂気はなく、極めて理性的である。……暴食の化身とは一体何だったのか……。話が違うじゃないかと横を向いてみれば、アヴェンジャーも意外そうに目を丸くしていた。お前も想定外なんかい。
「………」
「―――――フッ、お前が疑うのも無理はない。だが、余は感謝している。お前のおかげで余は愛し子たるネロを陥れ、あまつさえ殺すなどと言ったことをせずに済んだのだからな」
おそらくはこれが暴君と謳われる前のカリギュラの姿ということなのであろう。確か彼は暴君と言われる以前は名君でもあったはずだ。もしかしたら、月の加護とやらで狂気に陥ってから暴君と呼ばれるようになってしまったのではないか。そう思わせるほどの理性を今、彼は持っている。
「ま、そういうことなら素直に受け取っておくわ」
「それでよい。――――グッ、ウォォ!……………ふぅ。そろそろこちらでの役目を果たすとき、か」
しかし、彼の理性もそこまで時間があるというわけではないらしい。一瞬だけだが、彼の瞳にかつて見た狂気の色がともったのが見えたのだ。恐らく、もう数分と持たないだろう。こういうのは一度発症すると驚異的なスピードで侵食していくようなものだろうし。
「……最後に聞いておくが、肉柱はどうした」
「ォォォオオ………あの実に非ローマ的柱なら余が折っておいた。こやつと語り合う上で邪魔にしかならなかったが故にな」
「そうか……」
あ、二回連続で魔神柱を相手にできないから露骨にテンション下げやがった。落ち込む割には俺の試練と言って手を貸そうとはしないんだから俺にはどうしようもない。とりあえず放置を決め込むことにする。
「さぁ、人理の守護者足り得る者、樫原仁慈よ。貪り喰らう者たる我が身を、このカリギュラを越え、て、見せヨ―――ォォオォォオォォォオ!!」
限界を超えたカリギュラの瞳は完全に狂気に染まり切り、人の言葉を話すことはなくなった。恐らく、今の彼は詐欺でも何でもなくすべてを貪り、喰らい続ける暴食の化身に相応しいことになっているのだろう。
で、あれば。俺としてやるべきことは一つにしていつも通りだ。先程アヴェンジャーが言ったこと、それをそのまま行えばいいのである。要するに、己が生きるために、己の生を確立するために、相手を殺す。
「―――ウォォオオオオオオオオオオオ!!!」
「―――疾ッ!」
狂気を含んだ咆哮を合図に、俺は一気に地面を穿ち、加速する。アヴェンジャーの援護は期待できない。で、あればいつも通り正々堂々隙をついて、相手の視覚からの攻撃を仕掛けるのみである。
―――――――――――――
「―――スゥー………」
肺に溜まった二酸化炭素を一気に吐き出すかのように、深く息を吐く。そして、そのまま吐いた時間と同じくらいに息を吸い込み、再び吐く。
戦闘で高揚した気持ちと身体から、熱がある程度抜けたのを確認した俺は軽く身体をほぐしてから裁きの間を後にした。
「流石だな、マスター。実に無駄のない動きだ。本当に人間なのかと疑うほどにはな」
「次あたりは働いてくれよ?割とマジで。このままだと何のためのサーヴァントなのかわからなくなる」
「以後気を付けるとしよう」
嘘だな。
隠す気がないということまで読み取れる表情でアヴェンジャーは答える。次あたりは意地でも手伝わせてくれようか。
悠々とマントをなびかせながら前を行く彼の背中を見送りつつそんなことを思った。
――――――――――
監獄塔生活六日目。そろそろ俺の肉体がコールドスリープかなんかされてそうで怖い。流石にそんなことはされていないだろうとは思っているものの、それでも長時間留守にするというのは恐ろしい。
一体カルデアにいるサーヴァントたちがどうなっているか全く分からないし。下手に放置を決め込むととんでもなく面倒な連中がいるということも把握している。だから余計に怖いよ。
「どうしたマスター。どこか上の空のようだが?」
「いや、今のカルデアを憂いてちょっと……」
「己の想い、その向う先があるというのは悪いことではない。その想いが、純粋なものであれ、薄汚れたものであれな。……だが、次の裁き、第六の支配者は強欲の化身。人の限りない欲望を体現せしめた存在……いわゆる難敵というやつだ。彼の強欲さには驚愕を覚える。富を、金を、名誉を得ようと己の娘すら捧げようとした男でさえ、彼には遠く及ぶまい。あれはそういう男だ。なんせ、彼の欲は世界に及ぶ」
珍しく機嫌のよいアヴェンジャー。その証拠に普段より、二割増しほど声音が明るく、言葉量も多かった。どうやら彼という人物を余程気に入っているらしい。
「気に入っているのか、だと?……そうだな。そうとも言えるだろう。なんせ、この世のすべてに善を成そうとした男……言い換えてしまえば世界を救おうとした男だ。その無謀、高潔、強欲はあ喝采を送るに相応しい。……故に我が恩讐にて破壊する。オレの黒炎は正しき想い、尊き願いにこそ、燃え上がるものだ」
いつになくやる気満々である。
前もって貰える情報から整理してみれば、第六の支配者たる強欲のものは、世界平和を願うほどの人物らしい。性格的にはある程度常識があるとみて間違いないだろう。たまにナチュラルで狂っている人物もいるが、現状でそこまで予測に入れてしまっては収集が着かないためにスルーしよう。
なんにせよ、高潔な人物が相手ということになるのか……。
「これは面倒臭そうだ」
「けれど、壊すのだろう。殺すのだろう。道を遮るのであれば、無理を通し、道理を蹴とばして進むのだろう?」
「―――当然」
「ハハハハハ!それでいい。その不動の意思こそ、ここを生き残るために必要なものだ。――――さぁ、往くぞ。マスター」
ここ二日間で失いつつあった復讐者としての威厳を前面に押し出しつつ、唇の端を吊り上げたアヴェンジャー。俺もそんな彼に特にツッコミを入れることもなく、続くのだった。
「………来ましたね。私は貴方を待っていました。世界とヒトを憎悪し続けるように定められた哀れな魂、アヴェンジャー」
「なっ……!?」
「ジャンヌだと……」
だが、俺たちの目の前に現れたのは調停者というクラスに収まっているアヴェンジャーと同じくエクストラのクラスを冠する者。ジャンヌ・ダルクだった。憤怒の化身として俺に襲い掛かったオルタではない。この監獄塔に全くと言ってもいいほどに会わない真っ白い方の彼女である。
「違う、違う違う!何故貴様がここにいる!確かに貴様も裁きの間に適性を持つ者だろう。だが……あぁ、なんというタイミングの悪さだ旗の聖女よ!」
アヴェンジャー。まさかのガチギレである。その形相は正しく鬼の如く、復讐鬼には実によく似合っている者になってしまっているが、ここまで怒りをあらわにするのも珍しい。どうやら、彼にとってジャンヌ・ダルクはそこまでしなければならない相手らしい。
「どうしてそこまで?」
「オレが、オレであるからだ!あの女は、憤怒の存在を認めない。それはオレの否定に他ならない!」
なるほど。人間の醜い部分を是とし、それがあるが故にアヴェンジャーとして存在している自分の否定にも相応しい思想をしているから憎むのか。確かに、彼女は憎しみとかそういった感情とは無縁そうだし、そのようなものに囚われている者がいれば手を差し伸べようとするだろう。
普通であればそれでいいのだが、生憎とアヴェンジャーはそういった類の奴ではない。その所為でああなってしまっているわけか。
俺が思考している間もアヴェンジャーとジャンヌの話し合いは続いていた。彼女は言う。アヴェンジャーの復讐の炎がいかに強力だろうと、一度救われ道を踏みなおした貴方であれば救われるはずであると。
対してアヴェンジャーは煌々と吼えるように言い返す。己の黒煙は請われようと救いを求めず、己の怨念は誰にも赦しを与えない……それこそが、巌窟王。人類史に刻まれた永遠の復讐者であると。
彼らの主義主張はお互いに平行線を行き、決して交わることはなかった。故に、アヴェンジャーは素早く戦闘をする準備を整える。一方ジャンヌは未だ話し合いでどうにかするつもりなのか、構えを取ってはいなかった。だが、そんな彼女に対して語り掛ける第三の声が唐突に乱入を果たす。
「――ようやく来たか。本来の強欲の支配者。……復讐者一人に対して調停者が二人とは……あぁ。面白い。そうだろう。サーヴァント・ルーラー!天草四郎時貞!」
不機嫌そうだった声音を僅かに回復させ、アヴェンジャーは声の方向に向って吼える。するとそこから、十字架が描かれたたマントを身につけ、神父服を着こみ手に日本刀を持っているという和と洋が何故かフュージョンしている白髪褐色の青年が現れた。どこか少しだけエミヤ師匠に似ている気がするのは気のせいだろうか。
まぁ、俺の些細な疑問は置いておくとして、二人の言い分を噛み砕いていうなれば、彼ら二人はアヴェンジャーを、巌窟王を救いたいらしい。故に二人して手を組むようだった。
「ジャンヌ・ダルク。貴方のお力をお借りいたします。ともに、この場所に配置されている支配者ではなく、ルーラーとして戦いましょう」
「えぇ。天草四郎時貞。私たちの目的は一致しています。お互いが彼のことを救い――――そういうのであれば、ともに手を取り合い戦うべきです。共闘するなら、あなたほど心強い相手はそういません」
「やったねアヴェンジャー。二人から言い寄られてモテモテだぞ!」
「残酷なことだ……。マスターよ、その冗談はかけらも面白くないぞ」
「ですよね。……というか、傍から見たらこっちが悪役じゃねえのこれ」
「クハハハハハ!!なんだ、面白い冗談も言えるのではないか!それは、いい。中々皮肉がきいているぞ。―――――さて、ひとしきり笑ったところで往こうかマスター。もはやオレとお前は一心同体。ここから生き残るにはこいつらを殺すほかない。あらゆる救いを絶たれたここで、しかして希望し真に生きたいと願うものは、
煌々と吼えるアヴェンジャー。少し引っかかる言い回しだったが、今は気にしても仕方がないために一端頭の片隅にでも置いておくとして、戦闘を行うために態勢を低くし、いつでも対処できるようにしていると――――
――――突如、見覚えのある炎が俺たちと、ジャンヌたちの間に燃え上がった。
「随分と、面白いことをしているじゃない?……私も混ぜてもらおうかしら」
そういいながら、悠々と歩いてきたのは俺達の目の前で対峙しているジャンヌと似たような容姿を持つ少女だ。
俺達が二日前の憤怒戦にして、倒した少女。アヴェンジャーから確認を取り、消えていないことを確認した唯一のサーヴァント、
「ねぇ、いいでしょう?聖女様」
新たに生誕したアヴェンジャー。ジャンヌ・オルタである。
珍しく仁慈が空気だな!