この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

91 / 149
息抜きとしてこれを書く学生の屑。

そして、次から戦闘シーン抜くかもしれません。ちょっと長すぎるので。


色欲

 

「いい加減、目を覚ませ。仮初のマスター。そうしなければここでお前の首を撥ね飛ばすぞ」

「シッ!」

「ぬぁっ!?」

 

 唐突にぶつけられた殺気によって俺は目を覚まし、その殺気を飛ばしてきた方向に無意識に拳を振るった。無意識ながらも確かに魔力が込められていた俺の拳は標的を貫くことなく空を切る。その際、衝撃によって発生した風圧が俺が寝ていた部屋の床や鉄格子を揺らした。

 殺気によってはっきりと覚醒した意識の元部屋を見渡してみれば、そこには俺の拳をぎりぎりで避けた状態のアヴェンジャーが突っ立っていた。相変わらずポークパイハットを被り、その辺の女性よりも白い肌を限界まで見せないような服装をしていた。只、その顔には若干の冷や汗が流れている気がしないでもない。恐らく、俺のことを起こそうとして殺気を飛ばした結果、もはや本能レベルにまで刻まれている防衛本能による反撃を食らったのだろう。自業自得だから、フォローはできないけど。

 

「おはよう、アヴェンジャー。起こしてもらってなんだけど、その方法はお勧めしないぞ?」

 

「………ああ、身を以て思い知った。……しかし、よくこのような部屋で深い眠りにつけるものだ。常人であれば、寝ることすら困難だというのにな」

 

「ハッハッハ。ベットがあるだけ上等上等。いや、むしろ安全が保障されているだけでそれはもう極上の環境と言えるな」

 

「やはり、お前は生まれる時代を間違えているな………。まぁ、起きたのであれば問題はない。第二の裁きに赴くぞ。この牢獄に巣窟っている肉柱共はまだまだ存在している」

 

「……了解」

 

 アヴェンジャーが俺を頭数に入れていることに関してはもう言及しないでおこう。それよりも、早く七つの裁きを乗り越えてカルデアに帰ることが先決だ。今の俺は魂だけの存在らしいし、こういった状況は魂が肉体から離れている時間が長ければ長いほど元通りにはいかない、ということはお約束とも言っていい。こういった懸念が振り払えない以上は早めに事態を解決しなければいけない。

 

 彼の言葉に俺は頷き、軽く服を整えてから自室として使っている牢獄からアヴェンジャーを引き連れて出るのだった。

 

 

 

 

 

「だれ、か……あぁ……だれか、いないの……です、か……」

 

「ん――――――」

 

 自室として使っている牢獄から出て、昨日(?)と同じく、いくつもの牢獄に繋がっている廊下を歩いていると、何処からか女性の声が聞えて来た。それにアヴェンジャーも気づいたらしく、彼も小さく言葉を漏らす。

 

 さて、どう考えてもまともとは言えない場所に女性の声が聞こえたとなれば十中八九罠だろう。そも、ここには支配者となるサーヴァントと魔神柱、そしてここに住み着いていたであろう悪霊しか存在していない。在り得る可能性としては、悪霊が俺をおびき寄せるために発しているもの、もしくは支配者たるサーヴァントの声ということがあげられる。

 

「どうした、この声の主が気になるのか?別に助ける助けないはお前の自由ではあるが………お勧めはしない」

 

「それは分かってる。罠の可能性が高すぎるし、もし違ってもお荷物が増える可能性もある」

 

 しかし、それはこう……人間としてどうなのだろうか。いや、別に声が女性だからとかそういう理由ではない。よくよく考えてみれば、この場で話すことができるのはサーヴァントだけだし、支配者は基本的にあの裁きの間にしか現れず、あんな言葉を言うような存在でないことはファントム・ジ・オペラを見ていればわかる。もしかしたら、仲間として引き込めるんじゃないかと考え始めている俺がいる。え?さっきと話が180°違うだって?何のことやら(震え声)

 

「行く気か?意外だな、こと戦闘に置いてはほぼ合理的で冷徹なお前なら聞かなかったことにすると思っていたのだが」

 

「戦力が増える可能性があるから一応ね。………もし、これで『だまして悪いが、仕事なんでな』なんてことされたら、全力を以って叩き潰す」

 

「……前言撤回だ。意外でも何でもないな」

 

 釈然としないが、アヴェンジャーからの同意も得たために俺たちは声の聞こえる方へと向かった。

 

 

 魔力で強化していない耳にも届くということからそこまで離れたところにはいなかったのだろう。案外すぐ近くに声の主はいた。来ている服は軍服のような服装。上は赤色、下は黒のスカートであり、白色の長い髪が三つ編みに結ばれていた。その血のように赤い瞳は不安の色をありありと見せながら俺とアヴェンジャーに固定されている。

 

 気配はおそらくサーヴァントだろう。しかし、敵意も殺意も感じないことから少なくともこの場で戦闘ということにはならなさそうだ。

 

「助けて、ください……。私は、気づいたら、この場所に居て……ここは、何処でしょうか?……なんと言いますか、暗くて、怖気がするのですが……」

 

「説明を求めてるっぽいけど……」

 

「フン。如何でもいいヤツに態々そんなことをする義理などオレにはない。……それよりも女。貴様、名は在るのか」

 

 この場の誰よりもこの場所に詳しいであろうアヴェンジャーに話題を振ってみるも取り付く島もなく却下される。しかし、この場ではいさようならとするわけではなく、目の前の女性に名前を尋ねていた。やっぱりこいつはツンデレなんじゃなかろうか。

 

「おい、今とんでもなく不名誉かつ不愉快なことを考えただろう」

「何故バレたし」

 

 サラリと心を読んでくるアヴェンジャーに戦慄をしつつ、意識を女性に戻す。しかしどうやら彼女は名前を思い出せないようで、どうしてここにいるのかという疑問と相まって軽いパニック状態に陥ってしまっていた。

 俺は何とか彼女を落ち着かせるために背中をさすりつつ、できるだけ優しい声音で言葉かけを行う。すると、落ち着いてきたのか自分の覚えていることをできるだけ思い出そうとしてくれた。

 

 が、残念ながら彼女が口にしたこととは、とても大切な何かを探しているということだけだった。……さて、彼女は一体どういう扱いなのだろうか。アヴェンジャーと同じ俺たち側か、支配者側なのか……記憶も名前すらもわからないのでは判別の仕様はないな。

 密かに自分の身体全体に魔力を行きわたらせて身体能力の上昇を図りつつそんなことを思考する。

 

「フン。記憶と名前を奪われた女か……面白い。ならば貴様は今からメルセデスと名乗れ」

 

「メルセデス………」

 

「嘗てこの監獄にて名前と存在のすべてを奪われた男に関係する女の名だ」

 

「嘗てこの監獄にて名前と存在のすべてを奪われし男………ねぇ……」

 

 彼の言ったことを反復して口にする。……その男は目の前のアヴェンジャーのことではないかという予想が頭をよぎるが今は関係ないために口には出さず頭の中かにとどめておく。

 

 まぁ、何はともあれ、俺たちはこうして記憶と名前を失った女性……メルセデスを新たに加えて第二の裁きを受けるために昨日と同じあのコロッセオのような部屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「劣情を抱いたことはあるか?第二の裁きの間にて、オレはお前に問いかけよう。仮初のマスター。一個の意思をもつ他者の肉体に触れたいと思ったことは?その理性と倫理をかなぐり捨て、獣の如き情に身を任せ、貪りたいと思った経験は―――」

 

 

「無論あるとも!!」

 

 

 おそらく……というかほぼ確実に仁慈に問いかけているであろうアヴェンジャーの言葉に仁慈よりも素早くそして力強く返答する声が、コロッセオの如き部屋に響き渡る。その声の持ち主は豪快な物音を立てながら仁慈たちの前に着地し、力強い口調のまま言葉を紡ぎだす。

 

 仁慈はその人物の姿を見て絶句した。彼の眼に飛び込んできた人物は、かつて仁慈がみた夢の中に現れた男の姿と一致していたからである。そう、仁慈が目にした人物とは、影として現れたにもかかわらずスカサハにとんでもない判定を食らった白い少女を食い止めるために単騎で戦った男。フェルグス・マック・ロイその人だったのだ。

 

「天地天空大回転!それが世の常というもの。無論ありまくるに決まっているだろう!獣欲の一つも抱かずして如何な勇士が英雄か!俺を止めたければスカサハ姉を三人もってこい!!」

 

 勇ましく堂々と、あまり誇れないようなことを言い張る彼は確かにかつて彼があったフェルグス・マック・ロイその人だった。しかし、何処か違和感を感じる。彼ら共通の師匠であるスカサハを某王の如く三倍もってこいというあたりが、特に。

 

「俺の在り方が大罪であるならばそれも又よかろう。俺は大罪人としてここに立つまでだ。俺は!赤枝騎士団筆頭にして元アルスターの王たる俺は!」

 

 

 

「主に女が好きだ!」

 

 

 

「主に?え、今主にって言ったよね」

「確かに言いましたね」

 

「……心を覗け。目を逸らすな。それは誰しもが抱く故に、誰一人逃れられない。……逃れることはできないのだ」

 

「おい、声震えてんぞ」

 

 鋭いツッコミが飛び、アヴェンジャーは思わず目を逸らした。目をそらしてはいけないのではなかろうかと仁慈は思い浮かべるが気持ちは大いにわかるので言及することはなかった。

 

「あれこそが、他者を求めて震え、時にあさましき涙を導きしもの――――色欲の罪」

 

「なァにが浅ましきだッ!!抱きたい時に抱き、食いたい時に食う。それが人の真理、人の生であろう!」

 

「……いやぁ、それはどうなんだろう。それこそ人として」

 

「ははははは!そしてそこな女よ。俺にはわかる、わかるぞぉ!お前は尊敬に値し、組み伏せるのが困難な女だ!―――より、具体的に直球にいうのであれば魅力的だ!特に、そのよく突き出た胸がいい!」

 

「わ、わたし……ですか……?」

 

 ここに来て、仁慈達と行動を共にしているこの空間唯一の女性である仮称メルセデスにフェルグスの意識が固定される。その獣欲に塗れた瞳を向けられたメルセデスはビクリと身体を震わせ、仁慈の背中に半分隠れる。

 

「そうとも、お前だ。このようなしけた場所に、酒もなく一人でほっぽりだされたときはどうしたものかと思ったが……よいよい。今宵は最高だ。――――今までたまった分も含めて、俺は!お前を!戴く!!」

 

「………っ!」

 

 余りにも堂々とした宣言。言っていることは最低最悪でも、彼は性にも戦にもその名を轟かせたフェルグス。力の籠った宣言は、記憶を失いもはや唯の無力な女性と化しているメルセデスには刺激が強すぎた。

 ただでさえ不安で染まっていた表情にははっきりとした恐怖の色が浮かび上がり、その身体を完全に仁慈の後ろに引っ込めてしまう。

 

「ふむ……そうくるか。……まぁいい。仁慈、そして見慣れぬサーヴァント。お前らはあれだ。イラン。邪魔だ。殺す」

 

 あっさりと口にされる殺すという言葉。

 普段であればそこまで気にはしない。ケルトにとって、殺す、死ねなんて言葉はおはようとこんにちはレベルの話だからだ。……が、それは彼らが普段放つことのない黒い殺意であれば話は別だ。ケルトの戦士にとって試合でも殺意を飛ばすことなど当たり前のことであるが、そこには一切の不純物はない。只、純粋に相手を殺す気で戦うと言っただけなのだが、今仁慈達が向けられているのは他の欲望が入り乱れ、ドロドロと混ぜ合わさった殺意である。本当にごくわずかの時間しか行動を共にしていなかったが、仁慈にはフェルグスがこんな殺気を放つような人物には思えなかった。

 

 

 まぁ、彼がどう考えたところで事実は変わらないために、戦闘態勢を取るのは変わらないのであるが。

 

「俺から女を奪うというのなら、力ずくで取り返す……強いものが生き残る、これこそが自然界の掟なり。さぁ、唸れ虹霓剣!」

 

「これはちょっとまずいか……?」

 

「……あぁ、お前にはあれが彼のアルスターの勇士フェルグスだと思っているのか。水を差すようだが、それは違う。あれは中世、この世ならざる異界へと送られ恐怖を識った騎士、トゥヌクダルスが見たモノだ。主が作り出した煉獄の第四拷問場―――簡単に言ってしまえば地獄で見た煉獄の悪魔だ」

 

「あぁ、私は何故かそれを知っています。中世欧州に伝わる煉獄伝説。かつて主は異教の神を信仰している勇士たちを捕らえていたと……!」

 

「やっぱり神様って碌なもんじゃない………」

 

 博学な二人の話をざっくりと聞いた仁慈は思わずそう呟いた。大体そんなもんである。伝説に語られる神様なんて誰もかれもが人間よりも人間らしく、とんでもない理不尽の塊なのだから。

 

「その女を寄越せェェェェ!!!」

「ヒッ……!」

 

 元から外れかけていたタガがついに壊れたのか、今にも襲い掛かりそうな見た目フェルグス。

 

「さぁ、マスター。お前はどうする。気前のいい英雄とやらに見知らぬ女をくれてやるのか?それとも、見知らぬ女を――――」

 

「うん。悪いんだけど、メルセデスは関係ない。目には目を歯には歯を、敵意には攻撃を、殺意には殲滅を以て戦うだけだし。相手が本人じゃなくて皮だけなら十分に勝機はある」

 

「――――いいだろう!半分人智を超越しただけの身が、煉獄の獣鬼に通じるのか否か。このオレが見届けてやる!無論、邪魔など入らないように肉柱をへし折った後でな」

 

「………私は、いったいどうすれば……?」

 

 誰もが疑問に思うだろうメルセデスの守り。しかし、その当然の疑問に男性陣は答えることなく、それぞれの敵に駆け出していった。

 

 

――――――――

 

 

「フン、相も変わらず隠れて生えるだけの肉柱、か……。まぁ出てこないならそれでもいい。その場で静かに灰と化せ。――――――我が往くは恩讐の彼方……虎よ、煌々と燃え盛れ!」

 

 前の裁きでも使用したアヴェンジャーの宝具。思考を加速させ、肉体・時間・空間をも超越し、それを肉体に無理矢理適応させるが故に疑似的な時間停止を可能とする宝具。彼の鋼の如き意思が可能とする、彼だけの宝具。その威力は前回の魔神柱で実証済みである。

 

 だが、敵もそのことが分かっているのだろう。ことが終わり、攻撃が自身に接触するかどうかという瀬戸際で、魔神柱は隈なく生えている目から爆発を起こしてアヴェンジャーの謎ビームを防御した。それだけではない、宝具を相殺したことによって発生した爆炎は近くまで来ていたアヴェンジャーの視界を奪ってしまう。

 

 彼は冷静に煙の外に出ようとするが、その行動よりも早く、先程自分の宝具を相殺した攻撃が飛んでくることを察知した。

 

「チッ」

 

 地面を右足で蹴り、後方へ飛ぶのと同時に体をひねる。するとそこには一筋の光が走り、部屋の床を破壊しながら一本の線を描いた。直撃こそ避けたものの、マントの端を少々持っていかれたアヴェンジャーは眉にしわを寄せた。

 空中で体を一回転させ、地面に着地するとマントをばさりとはためかせ、再びその場から跳躍する。

 

 するとその一秒後に彼がいた場所が爆発した。行動を読まれている……元々思考能力にたけているアヴェンジャーがその結論に至るのに、そこまでの時間はかからなかった。宝具すら読まれているとなると厳しいが、打つ手がないわけではない。彼の何よりの武器はその鋼の如き意思なのだから。

 

「フン、それで勝ったつもりか」

 

 カッ、と靴を鳴らしながら再びアヴェンジャーは加速する。一見すると無謀な特攻に見えるだろう。彼の切り札たる宝具を防がれて間もないうちに、特攻……それも宝具の疑似時止めがない状態で突っ込んでも勝機などは万に一つもない。

 が、アヴェンジャーの武器は彼の宝具の効果によって得た驚異的な身体能力でも、疑似的な時止めでもない。疑似的な時止めを可能にするほどの高速思考だ。その頭脳がある彼ならば、この僅かな間でも十分に解決策を導き出すことが可能だ。

 

『――――原罪、解放。理性亡き者、獣と変わらず。古くからある衝動に身を任せる者、己の破滅を知らず。抱いて反し、しかして堕ちる。焼却式、ゼパル』

 

 一見無意味に思える行動。しかし、魔神柱は容赦をしなかった。確実につぶせるであろう己の切り札……その真名を開放し、いつでもそれを放てる状態に整えた。アヴェンジャーはそんなこと気にせず、変わらず正面から突破を試みる。

 

 残り五メートルを切ったところで魔神柱ゼパルは宝具に匹敵する攻撃を開始。アヴェンジャーの償却を試みる。だが、彼はここで己の宝具を使い、疑似的な時止めを再現。その窮地をあっさりと脱する。五メートルという距離を更に縮め、魔神柱の表面に近づいた。彼は右腕を振り上げ、魔神柱の体内に直接己の攻撃を刻みつけようと試みるがその前にいくつもの目が彼を捕らえていたために、爆発が発生する方が早く攻撃するには至らなかった。

 

 けれども、アヴェンジャーの表情に焦りなどはない。むしろ、暴力的ともいえる壮絶な笑みを浮かべ、再び宝具を仕様して嬉々とその場から飛びのいた。ここで魔神柱は過ちに気づくが時すでに遅し。

 流した魔力は既に形を成しており、いまさら止めることなどできはしない。目標を本当に直前で失った攻撃は再びアヴェンジャーを捕らえることは叶わず、自分で放った攻撃を他ならぬ自分で受けることとなった。

 

『――――ッ!?』

 

「クハハ!復讐者(オレ)を舐めたな化け物!こと意地汚さ、生き汚さに置いてオレたちに追従するものなどないだろう!」

 

 いつもの高笑いを上げながら、彼は後ろに下がることをやめ、三度目の接近を行う。流石に自分の魔力はきいたのだろう。いまだに行動を起こすことのできない魔神柱に対してアヴェンジャーは先程の続きとして己の右手を高く振り上げるとそのまま魔神柱の体内に食い込ませ、手のひらから圧縮された魔力を放つ。

 彼の放った魔力は魔神柱の中を余すことなく駆け回り、通常の生物とは異なる内蔵を蹂躙してその命ともよべるか怪しいものを停止させた。彼は魔神柱がグズグズと崩れていくのを確認すると、肉片がわずかに付着した右手を振りそれを落とす。そして、彼は既に戦いを終えていた仁慈の元へと歩き出したのであった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 時は戻り、アヴェンジャーが急に宝具を発動したあたり、仁慈もフェルグス(偽)に挑んでいた。しかし、いくら本物ではないとはいえ、形を借りているだけのことはあるらしくまったく隙が無い立たずまいをしており攻めあぐねている。彼が得意とする槍がないこともこの状況を作り出している一要因となるだろう。

 が、戦場に置いて、ケルトにおいて武器がないから負けましたでは三流以下、もはや戦うものとしての資格すらないほどの欠落である。というか、そんなことをしたら人類の存亡がかかっているこの状況でも仁慈が殺されるだろう。何よりスカサハに。

 

「ウォォオオォオオオ!!」

 

 獣欲に支配されているが故か、それとも本物でないが故か判別は難しいがお世辞にも巧い攻撃とは言えない振り下ろしが仁慈を襲う。まぁ、技術的に拙い部分が目立つだけで、その身体能力から繰り出される攻撃事態には殺傷能力が高い。仁慈はそれを紙一重のところで回避することで、彼の次の出方を窺うことにした。

 

 結果は、想像以上。

 彼の持つ虹霓剣は既に振り下ろされていたにも関わらず仁慈が回避したと判断するや否や、その軌道を仁慈の回避方向に修正したのである。凄まじい筋力によってなされるごり押しが如き軌道修正に仁慈は内心で舌打ちをしつつ、その場にしゃがみ込む。頭上ぎりぎりのところを通り過ぎたのを感覚で理解した彼は、足を払うために左足を軸として体を回転させ、右足でフェルグス(偽)のダウンを狙う。

 

 しかし、流石に肉体のスペックが違過ぎたのであろう。只の足払いが通じるわけもなく当たりこそしたものの彼の足はその場でフェルグス(偽)の身体に無情にも止められてしまった。

 それを認知した瞬間、仁慈は両手をフェルグス(偽)に向けると、今まで封印してきた魔力放出を使って彼の顔面を攻撃すると同時にその場から緊急離脱を果たした。

 

「くっそ、やっぱり地の能力が違いすぎるか……!」

 

 肉体と魂が一体になっていれば、体に刻まれたという言葉がある通り、無意識的に魔力強化や武器を使ってある程度の対抗は可能となっている。けれども今の彼は魂だけで武器となるものも持ってはいなかった。ファントムの時は彼自身戦うようなサーヴァントではないことで誤魔化してはいたものの、今回の相手はバリバリの武道派。例え本物でなくても荷が重いと言える。可能性があるとすれば彼が全身全霊を込めた八極拳による一撃だろう。ダメージであればそれ以外、彼が意識して攻撃すれば何とかなるかも知れないが、こと大ダメージや止めに置いては必ずそれが必要となる。

 

「ォオォオォォオオ!!」

 

 正面から魔力の塊を受けても大して傷を負ったわけではないフェルグス(偽)は咆哮と共に、再び仁慈へと接近をしてきた。その様は本物の彼からは想像もできないくらいの大雑把さである。本来の持ち味の半分は殺しているであろうその突進も仁慈からしてみれば脅威ではあるが、それでも対応できないほどではない。

 

 傍から見ればバーサーカーかと見間違うほどの突撃をかましながら、ドリルの形をした剣、虹霓剣を突き出す。既に回転をしているそれは空気を切り裂き、軽いかまいたちを発生させながらも仁慈の命を奪おうと差し迫る。空気の層が存在していることによりぎりぎりの回避を行えない仁慈は、大きく後ろに飛ぶと、部屋の壁に張り付いた。そして、フェルグス(偽)が虹霓剣を突き出したと同時に壁を蹴り、また別の壁に着地、そこから再び蹴って飛び跳ねる。それを数回繰り返して仁慈は彼の背後を取った。

 

「――――――――――」

 

 ここでありがちな、声を出しながらの攻撃―――なんて愚行は犯さない。それではせっかく背後を取った意味がないからだ。態々敵にこれから攻撃するなんていうことを知らせる必要なんて皆無なのだから。

 殺気すらも殺し、まるでそれが自然だと言わんばかりに足を振り切る仁慈。先程の反省を活かし、一点に魔力を溜めて威力の底上げを図ると同時に人体の弱点である首元を狙って放たれたそれは、吸い込まれるようにしてフェルグス(偽)の首に吸い込まれていった。

 

「ぬゥ!?」

 

 ダメージこそなさそうにも見えるが、流石に首を攻撃されては立ってられないと体を僅かに揺らす。それをチャンスと捉えた仁慈は、地面を思いっきり踏みしめて震脚を放つと、そのまま衝撃を次の攻撃に上乗せし、フェルグス(偽)の脊髄に叩き込んだ。

 

 ふらついたということで踏ん張りがきかなかったのか彼の身体は先程とは反対に吹っ飛んでいった。それに追撃を加えるために、仁慈も態勢を低く保つと、そのままフェルグス(偽)の後を追う。

 彼は持っている虹霓剣を地面に刺すと、ガリガリガリと削りながらも勢いを殺してその場に静止、仁慈に狙いを定めようと顔を上げるが、追撃に入っている仁慈は既に彼の目の前にまで来ており、強化が入った膝蹴りを顔面に受けることとなる。

 

「ぐぬゥ……ぅぅぅぉぉぉおおおおおあああああ!!」

 

 咆哮を一つ上げ、同じような無様は繰り返さないと言わんばかりにフェルグス(偽)は膝蹴りを食らった頭で仁慈を逆に吹き飛ばした。

 

「何っ!?」

 

 まさかの反撃に驚愕の反応を見せる仁慈だったが、一方で冷静な部分もあったのだろう。態勢の立て直しを図り再び一定の距離が保たれた状態でお互いに向き合う形となる。ここから更に戦いが激化していくかと思いきや、ふとフェルグス(偽)の視線が仁慈から外れた。仁慈も釣られるようにしてそちらを見やると、そこには一人でぷるぷると震えていたメルセデスが居たのである。

 

 ここで仁慈の脳内にはこの後の場面がもう未来予知なんじゃないかと思われるくらい正確に思い描くことができた。

 あれは何度も言う様に皮こそフェルグスだが、中身は違う。アヴェンジャー曰く煉獄の悪魔、仁慈からしてみれば欲望に忠実な獣だ。しかも今は飢餓一歩手前の状態と言ってもいいだろう。そんな中、皿にのせられた御馳走(プルプルと震えるメルセデス)を見つけたらどうなるか………当然、そちらの方に行くに決まっているだろう。

 

「やっべ……!」

 

 仁慈は両足に魔力を込め、地面を蹴ると同時にそれを爆発させる。その二つの効果により殺人的な加速を生み出した仁慈は、フェルグス(偽)が行動を起こす前に移動することができ、尚且つメルセデスを流れるようにお姫様抱っこをして持ち上げるとその場から離れる。その直後、つい先程までメルセデスがいたところに視界に移るか映らないかくらいの速度でフェルグス(偽)が通過していった。その様はまさに暴走列車か車のようだった。

 

 フェルグス(偽)はメルセデスを確保できなかったとみると、すぐに体を転換させて仁慈の方に狙いを定めた。一方仁慈もメルセデスを背後に立たせ庇う様に前に出ると、深呼吸を行い体のコンディションを整えると同時に全身にしみこませるかのように魔力を馴染ませていった。

 

「スゥー……」

 

「ォォオォオオオオオ!!――――カラド……」

 

 どうやら、このままではらちが明かないと考えたらしく、フェルグス(偽)は己のもつ虹霓剣の真名を開放する準備を行いながら仁慈に突っ込んでいった。

 流石に仁慈も真名開放を許すわけにはいかない。彼が、真名開放を行おうと口を開けた瞬間に、フッと消えるかのように移動を開始、真正面からやってくるフェルグス(偽)に向けて魔力、気力を練り合わせた拳を霊核が存在していることが多い場所、鳩尾にそれを放つ。

 

 無論、これは唯の一点集中させ力を上げた拳などではない。ここから、彼は己が練り上げた魔力や気力をこの攻撃を通して相手の体内に侵入させる。今回の攻撃は運のいいことに霊核の真上、そんな場所に人間の仁慈の魔力とは言え、流されあばられたのであれば………死は免れない。

 

「ボル……!?ぐほっ……!」

 

 もはや彼が真名を紡ごうとした口からは紅い液体しか出てこず、言葉を出すことは叶わない。それでもあきらめることをしないのがケルトのアルスターの戦士である。彼らを模している以上、ここにいるものだって諦めることをしない。腕も足もまだ動くのであれば、それを最大限に活用するのだ。

 右手に持っている虹霓剣を振り上げ、仁慈の首を刈り取ろうと最後の力と己の欲求を込めて振り下ろす。しかし、既に死に体の身体。そんなもので繰り出される攻撃は仁慈に通用することはなかった。

 

 左手で、手首をつかまれ、虹霓剣を封じられると、震脚をもう一度使い再び霊核の真上に仁慈の拳と魔力を受けることとなり、獣欲の化身ある彼は消えることとなったのである。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「―――見事、お前は第二の裁きも乗り超えた。人の身でありながらも獣欲の化身、煉獄の悪魔を屠った功績はお前のものだ。さぁ、その功績を胸に第三の裁きへと進むのだ」

 

「その前にまた寝かせてくれ」

 

 しっかりとフェルグス(偽)が消滅するところを見届けた仁慈にアヴェンジャーがそう言葉をかけ仁慈が上記のように返す。

 どこか、気さくさすら感じるやり取りは前回、嫉妬を乗り越えたときと同じであったが今は違う。この場には獣欲の対象者であったメルセデスも存在しているのだ。彼女はどこか悪いかなと感じつつも二人の会話に入っていく。

 

「すみません、私はこれからどうすればいいのでしょうか?」

 

「ついて来ればいいよ。別に今更置いて行ったりはしないから」

 

 もちろん。それが致命的な隙、もしくは決定打になりうるのであれば仁慈は彼女を見捨てるだろう。最も、先程咄嗟に助けに入ったことも含めて本当に実現するかどうかは不明だが。

 

「生きずりの女を連れてくる余裕があるのか?いや、その程度の余裕とそれを受け入れる度量があることは既にお前が証明してい居たな。ならばよし。仮初とはいえ、お前はオレのマスターであり、これはお前の問題ということある。余計な口出しはしないでおこう」

 

「もう手遅れな気がしないでもないけどなぁ」

 

「…………ハッ、まさかオレがお前の安否を気にかけているとでも思ったのか?クハハ!おめでたい奴だ」

 

「………フフッ」

 

「女、何故笑った?」

 

 意外……でも、なんでもないだろう。仁慈は戦闘が絡まなければ常識の下で行動をすることができるし、アヴェンジャーも基本的には人間大好きである。そんな彼らがメルセデスを置いて行く可能性はゼロに等しかった。あった当初ならわからなかったが、彼らは彼らの意思で同行をさせたのだ。必要最低限のことは行うだろう。

 

 こうして、シャトーディフ(肉柱付き)ツアーに新たなる参加者が加わることとなったのであった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。