「いやー、本当にお疲れ様、マシュ。おかげで助かった」
「いえ、先輩のためにできることをやっただけですから。それに、あの黒い霧を纏っていたサーヴァントは宝具を使ってきませんでした」
「………それについては簡単よ。私たちを襲ってきたあれはさっきも言った通り英霊ではなく亡霊。姿もろくに表せない奴らなの。英霊を英霊たらしめる宝具を使えるわけがないわ。だって彼らは英霊の成れの果てなんだから」
マシュに感謝の言葉を贈った直後、俺たちの会話を聞いて、少し離れた場所にいた所長が疑問に答えてくれつつ近づいてきた。
なるほど、あれらは英霊擬き。姿を現すことができないということはそれ即ち、正規の手順で召喚されていない扱いになっているのか。そして、しっかりと召喚されていないから、英霊の代名詞である宝具も使えないと。
「なるほど。分かりやすい説明ありがとうございます。やはり、冷静だとものすごく頼りになりますね所長。冷静なら」
「何で二回言ったのよ。………もしかしてマシュ、私のこと嫌い?」
「はい」
「即答!?」
「冗談です。嫌いではないですよ。唯苦手なだけです」
「それはそれで、傷つくかも………」
マシュの答えに顔を伏せてしまう所長。なんか可哀想にも思えてしまうが、見かけに騙されることなかれ、彼女が嫌われるもしくは苦手に思われる原因の約9割は常日頃の態度と行いなのである。つまり、完全に自業自得だ。
女性陣の会話を片耳で聞きつつも、俺はある一点に意識と視線を向ける。あのアサシンと戦っているときからもう一体、サーヴァントの気配を感じているからだ。一応、戦いに参加してこなかったことから敵意がある可能性が低いことはわかるのだが、念には念を入れておく。
「………ロマン。近くに、サーヴァントの反応ない?」
『…………よくわかったね。ちょうど君が向いている方向にサーヴァント反応がある。クラスはキャスターだ』
「キャスターね。了解」
ロマンからクラスを尋ねる。さすがに気配だけだとクラスは特定できないからね。仕方ないね。……それにしても、キャスターか。だったら唯々見ているだけだったことも頷ける。一応の警戒をしながらも、俺はキャスターに話しかけることにした。
すると、キャスターは意外なことに素直にその姿を現した。出てきたのは青いフード付きのローブを纏い、いかにも魔術師といった感じの杖を持った男性だった。
「おう、お前さんの方から話しかけてくれて助かったぜ。なんせ、完全に出るタイミングを逃しちまってな……」
と言って、キャスターはカラカラと笑った。何やらサッパリとしたような性格の様だった。全く関わりのない俺にそういう感情を抱かせる何かが彼にあったのだと思う。
「別にタイミングなんて気にしなくてもよかったんじゃないの?」
「馬鹿野郎。出るならかっこよく出たいだろ。とまぁ、それは半分冗談として……お前らがどの程度戦えるのかというのも見ていたんだけどな。……最低限の力がないと、あいつには絶対勝てねえだろうし」
キャスターはそういった。彼の言い方からすると、彼は今回の元凶もしくはそれに近しい存在を知っているようだった。……もしかして、このキャスターは今回、冬木で行われていた聖杯戦争の参加者だったのだろうか。そして、今回の元凶も同じように聖杯戦争の参加者ではないかと、ふと思った。
「……ほお、そこの坊主は気が付いたか。そう、この街をこんな有様にしたのは俺と同じく今回の聖杯戦争の参加者。枠はセイバーだ」
セイバー……マスター名ではなくクラスで言ったということは、もしかして、サーヴァントだけでこれをやったのだろうか。マスターは……多分殺されたのだろう。サーヴァントにとって自分に絶対の命令を出せるマスターの存在は邪魔だろうし。こんな騒動を起こすようなサーヴァントなら尚更だ。
「ところで、キャスターはそのセイバーの真名を知っているのか?」
「直接戦えばすぐにでもわかるぜ。なんせ、あまりに有名な奴だからな」
「それじゃあ遅すぎる。こういう情報は前もって知っていてこそ、何かしらの対策が立てられるんだ」
真名とはその英霊を指し示すというだけのものではない。その名前には彼らの力であり、生き様であり、経験であるものだ。その真名が分かれば前もって弱点等が分かるかもしれない。このキャスターはどうやらこの冬木の現状に不満を持っているらしい。それは元凶であるセイバーと戦う仲間を探していることからも明らかだと思う。
戦力が増えるということから言えばキャスターはすぐにでも真名を教えてくれるだろうと、思っていた。
「………そうだな。一つだけ条件がある。お前さんたちの力を俺に示して見せろ。俺を認めさせることができれば真名だって教えてやるし、仲間にもなってやるぜ」
キャスターにあるまじき結論だな。なんだかこの人からは俺たちに近いにおいを感じるわ。
「な、なんでよ!?私たちの力を認めたから姿を現したんじゃないの!?」
ちょっと静かにしてください所長。今ここで対立したら本気で面倒くさいので。ぶっちゃけこのキャスターはさっきまで相手にしていたシャドウサーヴァントとは全く比べ物にならない力を持っていることは想像に難くない。自分の意思を持っているし、普通に宝具も使える。何より、自分の経験をしっかりと活用できる状態だし。だから、本気で対立されると最悪死ぬ。
「まぁ、ホントに最低限な力だけだな。でもそれじゃあダメだ。そこの嬢ちゃん、宝具使えないだろ?」
「!?」
「………わかるのか」
「殆ど勘みたいなもんだけどな。……お前さんたちがこれから相手するのは、宝具なしの英霊が戦えるような奴じゃない。今のままだと確実に足手まといになる。だから、ここで力を示せ。それがケルト流だ」
この人ケルトって言っちゃったぞ。自分の出典は隠すのが基本じゃないのか、と心中で思った俺は悪くない。
あまりな発言に若干動揺している俺とは違い、マシュは彼の言葉に何か感じることがあったらしく、盾を持っていない左手を強く握りしめた。
「――――わかりました。私も、この先宝具無しで戦っていけるなんて思っていません。先輩のお役に立つために、ふさわしいサーヴァントとなるために…全力で挑ませて頂きます!」
「おう、いい気迫だ。じゃあ、あとはそれが口だけじゃないことを確かめるために、いっちょ派手におっぱじめるか!」
バサッ!と深々とかぶっていたフードを上げて素顔を現す。フードの中から出てきたキャスターは着用しているローブと同じ青髪で、野性味あふれる風貌だった。性格から外見まで、ことごとくとしてキャスターに合わない人物である。もしかしたら、本来のクラスはもっと別のものなのかもしれない。
彼は野性味あふれる風貌を獰猛なものに変えてバックステップを踏む。その途中で、右手に持っていた大きな杖を軽く振るった。
「まずは小手調べだ」
瞬間、キャスターの振るった杖の軌道から燃え盛る火の玉が出現し、俺たちに一斉に襲い掛かってきた。その速度はなかなかのもので、弾丸ほどとまではいかないものの人が投げるボールなどでは比べ物にならない。そのせいで、所長が俺たちの後ろでおろおろしている。もう少し
「マシュ!」
「はい!」
所長のチキンハートに呆れつつマシュの名前を叫ぶ。すると彼女はそれだけで俺の言いたいことを察してくれたのか、すぐに前方に立つと、持っているその盾で襲い来る火の玉を防いでくれた。マシュが攻撃を受け止めてくれているうちに俺は鞄の中から弓と矢を数本取り出し即座にセッティングを行う。一度、炎の弾が途切れた時にマシュの盾から飛び出して、弓に三本矢を携えて一気に射貫く。同時に飛び出していった三本の矢は不規則な軌道を描きながらキャスターに迫っていった。
「………なんか既視感があるが、まぁいい。弓も使えるとは面白いやつだな!だが、そいつは悪手だ!」
まるで、矢が自ら避けているのではと思うくらいの軌道を描いて俺の放った矢はキャスターを素通りする。しかし、今の弓で俺は彼の敵として認められてたらしい。今までマシュに固定されていた視線が俺の方を向いた。
「アンサス!」
先ほどまでとは炎の勢いも速度もまるで比べ物にならないくらいの火の玉がキャスターの言葉とともに放たれる。しかも狙いは俺。
「マジか」
ためしに矢を二本射てみるが、当然のごとく燃やされて終わってしまった。それを確認した瞬間、なりふり構わず地面を転がり、迫りくる炎の玉を回避する。俺が先ほどまでいた場所に着弾したそれは、周囲の地面を巻き込みながら爆発し、そこらへんに炎を振りまいた。あれが回避していなかった時の俺の姿だとすると、キャスターの本気具合がよくわかる。というか、本当にこのくらいで死ぬような奴は求めてないんだろうな。だからこそ、こんなことができる。これで死なないならよし、死ぬなら足手まといだったと。……やっぱり、本物の戦場は違うな。マーボー師匠との特訓とはまた別の厳しさがある。
よしっと心の中で気合を入れなおすと、再び彼女の名前を口にした。
「マシュ、盾を構えてキャスターに特攻だ」
「了解です!」
キャスターとは、それ即ち魔術師のことである。彼らもしくは彼女らは基本的に接近戦を苦手としているものらしい。中にはその枠に当てはまらないアウトローの連中もいるそうだが、それは本当に例外だ。このことから、俺たちの勝機はあのキャスターが前者であることを願って接近し、物理で殴るしか方法がない。
俺は自分とマシュの二人に強化魔術をかけると、彼女をキャスターのもとへと走らせる。そして、その後ろに隠れて俺は自身の気配をゼロにしていく。アサシンにも有効だった気配遮断だ。
「確かに、その戦い方が一番効率的だろうよ。だが、それをわかってないとでも思ってんのか!」
キャスターの言葉とともに、マシュの足元にあった何かしらの術式が発動し、正面の方からは彼が放ったと思われる炎が迫りくる。前方に走って行っているため、バックステップは間に合わない。足元には地雷と同じ役割の魔術式が敷き詰められており、前方からはもはや炎の壁と言っていいほどの濃密な弾幕が迫りくる。
デミ・サーヴァントになって間もないマシュでは到底裁くことのできない布陣だ。だが、だからこそ、俺が背後に控えているのである。
ひょいっとマシュを左腕で抱え込み、開けた視界に炎の弾幕を収める。そして、比較的弾幕の薄いところを狙って跳躍した。
「マシュ、盾!」
「は、はい!」
彼女の盾で薄い弾幕を無理矢理抜けると、そのままの勢いでキャスターの懐に入ることに成功した。
ドウモ、キャスター=サン。マスタージンジです。
「何ッ!?」
「こんにちはっ!」
「イヤー!」
キャスターに杖を振るわれる……というか、キャスターが行動を起こす前に俺とマシュで今出せる全力の攻撃をお見舞いする。マシュはシールドアタック、俺は魔術の強化が乗った拳を鳩尾に叩き込む。しかも、マーボー師匠直伝の八極拳である。きっと全内臓に行きわたることだろう。
「――――グハッ!?」
力を認めてもらった後、一緒に戦ってもらう――――なんてこと、考慮もせずに殺す気で放たれた俺とマシュの一撃を喰らったキャスターは勢いよく後方に吹き飛んでいった。
「や、やった……!?」
「いや、まだだ。いくら魔術特化のキャスターでも、俺たちの攻撃一回では倒せない」
喜びの声を上げている彼女にそう言ってたしなめる。流石に過去英雄と呼ばれるようになった存在。絶対に倒せないとは言わないけど、俺とデミ・サーヴァント歴数時間のマシュの攻撃一回で倒せるわけはない。
その証拠に、俺の言葉を丸々実行するかの如く、キャスターは姿を現した。纏っているローブは所々傷ついているものの本人は割とピンピンした様子である。
「ペッ………いいな、すごくいい。本当、キャスターの枠で呼ばれたのがもったいないくらいだ」
本当に惜しいと思っているようで、その感情が表情からありありと分かった。
「お前らの力はよくわかった。だから、これで最後だ」
言うと、杖を俺たちに向けてキャスターは魔力を溜め始める。そしてそれは彼がずっと攻撃に使用していた炎の玉とは違うことが一目で確認できた。溜めている魔力が彼を中心にして渦巻いているのである。
これを見れば、この魔術の世界に入って間もない俺でもわかる。あの力は世界を犯す力の奔流。過去に偉業を成し遂げた、英霊の切り札。
「いいか、嬢ちゃん。宝具は英霊ならだれでも持っているもんだ。それはもはやイコールと言い換えてもいい。英霊=宝具ってな具合にな。でだ、どうして嬢ちゃんが宝具を使えないかと言えば、単純に気持ちの問題だな。こういうのは、大体気合で何とかなるんだよ。だから、死ぬ気で防ぎな。もし、嬢ちゃんが宝具を発動できないなら、マスター共々お陀仏だぜ」
「――――!」
マシュにアドバイスを告げたキャスターはそのまま溜めていた魔力を解放した。
「焼き尽くせ、木々の巨人。――――――――――
――――――呼び出されたのは、燃え盛る木で編まれた全長十数メートルにも届きうる巨人だった。胸の部分は檻のようになっており、ただの巨人でないことがよくわかる。まぁ、燃え盛る木々の巨人という時点で普通じゃないんだけど。
燃え盛る木々の巨人は周囲にあるものすべてを破壊しながら俺たちに襲い掛かる。回避は――――できない。相手が大きすぎるし、そこまで距離も離れていないので、回避行動に移る前にやられる可能性が高いからだ。これこそが、英霊の切り札。降りかかる理不尽を乗り越え、英雄にまで至った者たちの力の本質か。
今回ばかりはさすがにやばいと思いながら、自分の取れる行動を頭の中探し出す。その途中で、
「――――――えっ」
マシュが巨人に立ち向かっていくのが見えた。
――――――――――――――
このままではみんなが死んでしまう。
いくら無茶苦茶で、サーヴァントと正面切って戦える先輩も、宝具相手では手も足も出ない。
私はキャスターさんが発動した宝具を見て思わずそう考えてしまった。これが私にないもの。これこそが、本来の英霊。サーヴァントの真の姿を見せつけられた私は正直、心が折れそうになっていた。
こんな私でも、先輩の役に立てると思っていた過去の自分を殴りに行きたい気分だ。私はデミ・サーヴァントになっても、先輩の役には立てなかった。あの黒いサーヴァントの時も、私は足止めしただけで、ほとんど先輩が倒したようなもの。自分一人の力ではない。
では、どうして私は先輩の手を煩わせなければいけないのか……それは私が宝具も使えないデミ・サーヴァントだからだ。先輩の役に立ちたい。あの人に必要とされたい。今まで多くの人に期待されていなかった私に、声をかけてくれて、いたわってくれて、温かい言葉をかけてくれた先輩を助けたい。
―――――そう考えたとき、体が勝手に動いた。
先輩をかばうように前に出ると、自分の意思とは関係なしに体が動く。右手に持っている盾を静かに構えて前に突き出すと、半ば無意識にそれを行っていた。
「――――あ、ああぁあぁぁあああああああ!!!」
意識したわけではない。狙ったわけでもない。
ただ、私の中にあるのは
その意思に答えるかのように盾は、中心に十字架を描いた魔法陣のようなものを展開して、燃える巨人を正面から受け止めた。
宝具と宝具がぶつかり合い、尋常じゃない衝撃が空間を震わせる。
はたして、ぶつかり合っていたのは一分か、十分か……正確な時間はわからないけれど、やがて木々の巨人はその姿を消していった。それと同時に私が展開した魔法陣も消えていく。
何をしたのか、何が起こったのか、いまいち半分くらいわからないけれど先輩の無事を確かめるために急いで背後を振り返る。
そこには、
「―――ありがとう、マシュ」
守りたいと思った人の笑顔があった。
我ながら単純だと思ってしまうけれど、それだけで私の胸は満たされた。さっきまでのマイナス思考はどこかに吹きとび、唯々この人が無事でよかったと思った。
―――――――――――――
マシュの宝具は無事に解放されたようだ。一応疑似展開という形になり、彼女が融合したサーヴァントの名前も知り得なかったが、まぁ宝具がつかえるようになっただけでも万々歳だと思う。
「まさか、あの攻撃を無傷で耐え凌ぐとはなぁ……ハハッ、いい女じゃねえか」
キャスターも自分の宝具が受け止められて、若干悔しそうにしていたものの、そういっていた。ついでにマシュのお尻を触ろうとしていたので、魔術重ね掛けのマジ狩る☆八極拳でサーヴァントの核である霊核のぎりぎりを攻撃して忠告しておいた。彼は素直にうなずいてくれた。うん。物分かりがよくて助かるよ。
さて、こうしてシャドウサーヴァントのことから始まったごたごたはひと段落付いた。そんな時、所長がキャスターに問いかける。
「ところで、結局そのセイバーの正体は何なの?」
「そうだな。それは移動しながら話した方がよさそうだな。案内するぜ、ついてきな」
所長の言葉に手短に返したキャスターは、この騒動の原因である大聖杯というものがあるらしい洞窟に向かう途中にセイバーの正体を話してくれた。
「ぶっちゃけ、宝具を使えばだれでもすぐに気が付くんだ。それくらい有名で強力な宝具だからな。今回の参加者も、大体はそれでやられた」
「強力な宝具……ですか?それはどういう?」
「王を選定する岩の剣のふた振り目。この時代において、もっとも有名な聖剣。その名は―――――」
「
「!?」
キャスターの解説に、聞き覚えのある声が混ざる。
全員でその場所に視線を向けてみれば、キャスターと戦う前に遭遇したシャドウサーヴァントと同じく、黒い霧に覆われた人型がたっていた。
「ったく、言ってるそばから信奉者の登場だ。テメエは相変わらず聖剣使いを護ってんのか」
「……ふん。信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」
キャスターが黒い人型と何か話しているがそんなことは耳に入らない。なぜなら、今までのシャドウサーヴァントとは違って俺はあの人型の正体を知っているからだ。彼の特徴である褐色白髪と赤い服は見えないが、あの無駄なイケボとひねくれまくっている言動は間違いなく彼のものである。
その結論にしっかりとした確信を得た俺はキャスターと話していることなんて忘れてついつい会話に乱入してしまった。
「………そんなに外見を黒くして、イメチェンですか?エミヤ師匠」
「私が言うのもなんだが、もっと気に掛けるところがあると思うんだが?この馬鹿弟子」
この回答で完全に確定した。
もはや一切の間違いなどありはしない。彼は、今ここで俺たちの道をふさいでいるのはかつて俺の師匠だったエミヤ師匠だ。
というわけで、キャスニキとの戦闘とマシュの宝具解放、師弟の久しぶりの再会でした。