第三特異点プロローグ
「やぁ、待たせたね仁慈君。ようやく時代が安定したからもうレイシフトできるようになったよ。今回は1573年。見渡す限りの大海原だ!」
「範囲がアバウトすぎやしませんかね………」
海の上を探し回れとか言われたら完全にムリゲーだぞ。ドラゴンレーダー的な探索装置が必要になるレベルだ。実は聖杯は深海のさらに奥でしたとかいうオチも勘弁してほしい。
「流石にそれはないよ。……ぶっちゃけると、特異点となるくらいだ。もう既に誰かが聖杯を所有して使っている可能性の方が高い」
「まぁ、過去の事例を見ればそうなるか……」
「一応聖杯があるかもしれないっていう海域は決まっているよ。唯、そこには小さな島がいくつか存在するだけだ。これは予測だけど、恐らく聖杯が関係していると思う」
「聖杯の力で新しい海域を作り出したってことですか?」
「予想だけどね。これを含めて至急原因を突き止めてほしい」
「了解」
にしても、いきなり海と来たか……。いつもとは全く違う状況での戦闘を強いられることになるだろうし。いつも以上に慎重に行かなきゃいけないな。マシュも海上や不安定な足場での戦闘はきついだろうし。そこら辺を踏まえて戦闘を行えるサーヴァントを選出しないといけないなぁ……。
「そういうことなら私が行こう。せっかくこうして呼び出されたんだ。流石に家事だけやっているわけにはいかないだろう?」
「あ、エミヤ師匠。じゃあ、一人は決定ということで、後もう一人くらいは欲しいですねー」
「マスターここに優秀なセイバー殺しが居ますよ?聖剣二刀流ですよ?水の上も走れて超お得ですよ?(チラッチラ」
名乗り出たエミヤに続いてアピールをするのはヒロインX。そういえば彼女は自分でアピールしていた通り、湖の精霊の加護がついていたはず……というか、聖剣といいこの加護のことと言いやっぱり隠す気ないだろう。こいつ。
そういうわけで今回の特異点のお供はエミヤとXに決まった。この二人は何処かぎくしゃくしている―――というかエミヤ師匠が一方的に気にしているっぽい――――のだが、まぁ戦闘にまでそれも持ち込むような人じゃないし。そこは気にしてない。ついでにヒロインXの出現率も高い気がするが気にしない。どうせ、皆使えるサーヴァントなら回数とか気にしないで使うだろうし。孔明とか。
「そういえば、ドクター。レイシフトした際に、何もない海上に転移してしまった場合はどうすればいいんですか?」
ごちゃごちゃと考えているうちに話は進み、マシュがロマンに疑問をぶつけていた。彼女の言う通りレイシフト先が大海原だとしたら、万が一にでもそのど真ん中にレイシフトしてしまう可能性が高くなるから当然の疑問だ。
「はっはっは、大丈夫だよ。そういったことも含めてレイシフトの際は細心の注意を払っているんだ。君たちだってレイシフトして、いしのなかにいるみたいなことにはなったことないだろう?」
「あったら即死なんだが?」
いつも割と気軽に行っているレイシフトは、自分の制御が利かない分下手な戦闘よりも厄介だな。この時を狙われたらひとたまりもない。
「だから、心配しなくていいよ。それにもし、海上にレイシフトしてもさ。どうせ仁慈君なら大丈夫だろ?」
「どうせってなんだ」
「ドクター。冗談を言っている場合ではありません」
「大丈夫、大丈夫。こんなこともあろうかと―――」
「ババーン!私が浮き輪を作っておきましたー!カッコイイだろ?デザインはヒト〇マンを参考にしているんだ」
「何で普通の奴にしなかった……」
ヒトデ〇ン型ってようは唯の星型だろ?しかもすっごく扱いにくいんだけどこの星型。どこ捕まって浮けばいいわけ?下手に先っぽ掴んだら沈むぞ、これ。
ダ・ヴィンチちゃんが抱きかかえているソレを受け取った俺はなんとも微妙そうな顔をしていたことだろう。実際俺の心境はかなり微妙だ。一応俺だって泳げないことはないんだけど、服を着ている状態で海のど真ん中に放り出されたら死ねる。
「大丈夫さ!さっきも言ったようにレイシフトには最善の注意を払っている。万が一だって起こりやしないさ」
「むぅ……少々不安が残りますけど、時間もないのでそれで納得しましょう……しかし、先輩の身にもし何かあったら、何かしらの処罰は覚悟してくださいね?」
「マシュがちょっと怖い……」
「ミスターレッド。この度はよろしくお願いします」
「あ、あぁ………。(思い出すらも、綺麗なままではいられなかったか……)」
ま、そんなこんなでいつものごとく、グダグダな感じで俺たちはレイシフトを開始した。
―――――――――――――――――
ドボーン!!!
水しぶきが上がる。
海水が口に少し入ってしょっぱい。
服が水を吸って完全に重くなってしまっている。
現在の状況はこういうことだ。これらが何を示すか……答えは簡単、海に落ちたのである。あれほどきれいにフラグを立てたのだ。この回収は当然と言えるだろう。
「………ドクターぁ?」
『ヒッ!?ま、待ってくれ!落ち着くんだマシュ!それ以上気を高めるな!流石にこれはおかしい!僕だって冗談で済む範囲と済まない範囲はわきまえている!!』
『いや、あれだけ言ってたから、フリかなって……』
『君ってやつはぁぁぁああああ!!!!』
ロマン激おこ、ついでにマジ怒りである。
温厚とヘタレが服着て歩いているとまで言われているロマンがここまで怒りをあらわにするのは珍しい……のだが、それも当然か。一応俺は最後のマスターという貴重な存在になっている。それをくだらないおふざけでダメにしてしまえば本格的に罪だからな。
「そういえば、マシュは大丈夫?鎧の分重くない?」
「どうやら大丈夫みたいです。これもおそらくデミ・サーヴァント化のおかげかと」
「エミヤ師匠は?」
「濡れただけだ。何も問題はない」
「Xは?」
「そもそも沈みません。海の上だろうと地面の上だろうとそこまでの違いはありませんし」
海上での歩行をセールスポイントにしたXは当然のごとく水の上に立っていた。それが目的で連れてきたとはいえ、なんか釈然としない。
大きな波が立つようになる前に何とかこの状況を脱したいと考えている俺たちの前に、運のいいことに一隻の船が近くを通りかかっていた。どこに向かうのかはわからないがこれは足になる。
そう思った俺はマシュとエミヤ師匠に呼びかけた。
「今からあの船に乗り移るから、ちょっと俺の服掴んでて」
「えっ、え?な、なにをする気ですか?先輩……」
「諦めることだ。この馬鹿弟子が馬鹿弟子である限り、私たちの物差しで測ることはできない」
「ちょ、エミヤ先輩!?」
エミヤ師匠はどこか悟り切った風にそういった。失礼な人だな。これからすることはそこまで特別なことじゃない。無駄に有り余る魔力を持っていれば後は細やかな制御ができない者でも可能なことだろう。
「X、船が一番近づいたら跳ぶから」
「はい」
そうして、俺たちは船が自分たちに一番近くなるのを待つ。一番近づいた時でも普通であれば乗り移ることは不可能な距離だ。しかし、残念かな。今まで数多の英霊と子と構えてきた自分を今更普通とは言えないのである。
乗り移るタイミングが訪れたとき、俺は水中で魔力を爆発させた。聖杯からのバックアップを受けた魔力の爆発だ。衝撃は十分なものだろう。それを利用して海中から脱出、そしてそれと共に船の甲板に届く高さまで跳び上がる。Xもそれに続いてきたのを確認し、今度は前進するように魔力放出を行う。かつて、ACのような軌道を行った俺からすれば唯の前進なんて造作もないのだ。
前方への推進力を得た俺は、そのまま甲板のど真ん中に着地を果たす。
ドスンという音に、甲板に元々いたいかにも海賊ですと言った感じの男たちが目を見開いてこちらに注目していた。
そんな視線を華麗にスルーして、エミヤ師匠とマシュを下ろす。
「正直、私を抱える必要はあったのか?」
「ついでですよ。ついで」
「む、無茶苦茶です……」
「今さらですねマシュ。こういったことは気にしてはいけないと神も言っています。まぁ、私はセイバー顔ばっかり増やす神は許しませんけど」
こうして、たまたま近くを通りがかった海賊船っぽいもの(乗員の恰好から推測)に乗ったのはいいものの、向こうから見たら俺たちは船に乗り移って来た侵入者なわけで……。
「親方!空から色々な人がっ!」
「なんだって!?えーっと……なんか知らんがやっちまえ!」
『アイ、アイ、サー!』
当然襲われるのである。
「ど、どうしたらいいんでしょうか?」
「とりあえず大人しくさせましょう。話を聞いてもらうには落ち着くことが必要不可欠です。というわけで喰らいなさい!みねうちカリバー!」
「………確か、聖剣にみねうちは出来なかったはずだが……」
「これはOHANASHIですわ……」
――――――――――
「すみませんでした。なんでもするので許してください」
「こっちも、急に押し入ったからお互いさまということで……」
数秒後、そこには無傷に近い状態のまま投げ出される海賊たちと、そのリーダー格と思われるものの姿が転がっていた……!正直、済まないと思ってる。
だって、いきなり人が海から跳んで来たら誰だって混乱して思わず攻撃するのも仕方がないというもの。今回はこれのことと情報提供があるので普通に会話をしている。
「さて、ここまで暴れておいて悪いんだけど、何かこの周辺に関する情報とか持ってない?」
「さぁ?俺達も気が付いたらここに居たのさ。羅針盤も地図も役に立たねぇし、俺たちも多分にいちゃんたちとそう変わらないと思うぜ?」
彼らの話を聞く限りだと、本当に突然の出来事だったらしい。いつの間にかこの海域に居て、地図も羅針盤も使えなくなっていたそうだ。この人たちもそれなりに長いこと海賊をやってきていてもこういったことは初めてだと言っていた。聖杯が絡んでいるだけあって既存の海域ではないのだろう。
「と、なるとこれはマズイな……」
「一応あてはあるぜ?なんでもこの近くに海賊島があるらしい。同業者から聞いたんだ。これからそこで水と食料を分けてもらうつもりなんだよ。……なんだったら、兄ちゃんたちも行くか?」
「……いいのか?」
ぶっちゃけ、俺たちは勝手に上がり込んで勝手にボコしてきたトンでも集団だけど。
「旅は道ずれってやつよ。それに、にいちゃんたちみたいな強い奴が居れば、何があっても安心ってもんだ」
「そういうことなら、海賊島までよろしく」
「おう!……聞いたかテメェら!このにいちゃんたちに海の男ってやつをみせてやるぞ!」
『アイ、アイ、サー!』
リーダーの男に続いて今まで転がっていた海賊たちも立ち上がって声を上げる。なんだろう、無駄にいい男たち過ぎて罪悪感がマッハだわ……。
ちなみに、先程の海賊たちの脳内はこんな感じ
「(おい、なんかすごそうなのが来たぞ!)」
「(あぁ、すごいな……【胸が】)」
「(あの男たち何とかすればいけるんじゃね?)」
「(でも、あの褐色の男は超強そうだぞ?)」
「(白いのちょろそうじゃね?こいつを人質にとれば……)」
「(確かに。細いし、なよなよしてそうだな……それで行こう!)」
『うぉぉおおおお!!』(仁慈に突撃)
尚、全員もれなく返り討ちに合った模様。