この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

143 / 149
遅くなって申し訳ありません。
今回はいつも以上に頭を空っぽにして見てください(ジャンピング☆土下座)


人類最後のマスターとは

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

「―――――」

『―――――』

 

 誰もが言葉を発することができなかった。ホームズが知りたいことが、2004年特異点Fと呼ばれていた場所で行われていた聖杯戦争ということの顛末だということは分かった。唖然としているのはそのことに対してではない。それを調べた結果に仁慈達は唖然としていた。

 特異点Fについて調べるにつれて、仁慈達に惜しみなく力を貸してきてくれた人物に怪しい疑惑が持ち上がったのだ。

 まず特異点F……2004年に行われた聖杯戦争の勝利者である前カルデアの所長、マリスビリー・アニムスフィアであったという。……だが、それが人理焼却の引き金になったのかと言えばその可能性は低いという。実質カルデアを崩壊させたレフがカルデアにスタッフとして入って来たのは2004年以前であったらしいからだ。だからこそ記録、記憶からどうしてこの顛末が抹消されたのかがわからなかった。ついでに、その聖杯戦争が起こった翌年に医療部門トップに着いたロマニについても同様である。間違いなく普通の人間にも拘らず、その経歴は一切が不明と来ている。トライヘルメスでも検索は可能だがその時間はないらしい。そう……特異点Fの真相の一端を知った結果、今まで仁慈達に惜しみない協力をしてきたロマニに疑いの目が向いたのだ。

 最終的にホームズはロマニを何の関係もないけれど物凄く謎の人物と表現した。―――ここまでシリアスに語り、ロマニのことを信頼できないと言った最終的な結論がこれである。大なり小なり口がきけなくなるのは正常な反応だと言えよう。

 

「………つまりはミスリードの為に出て来た人物ということに……?」

「どこかドクターらしいですね」

 

 本人が聞いたら涙目で両手を地面につけるだろうことを宣う仁慈とマシュ。カルデアに居る面子が濃すぎておかしいだけで、ロマニも十分に濃い気がするのが、ロマニを霞ませている本人たちには自覚などなかった。

 

「私としては笑い事ではなく彼は重要参考人なのだ……。なんせこの聖杯戦争のことを黙っていたのは確かなのだからね―――っと、カルデアの経歴を探しているうちにミス・マシュに力を貸している英霊の正体がつかめてしまった」

「……えっ」

 

 思わず、という風に言葉――いや、もはや吐息と言ってもいい音を漏らしたのは当然指名を受けたマシュである。今までは知る機会のなかった自分に力を貸してくれる英霊の正体。それは嘗て彼女が心の底から望んだものだった。

 しかし、周囲の反応は微妙と言えば微妙なものであった。ぶっちゃけてしまえばマシュ以外の人たちは彼女の中に居る英霊の名前を大まかに予想できてしまっているからである。特にベディヴィエール、ヒロインX、サンタオルタなんて一目見た瞬間からあっ(察し)というレベルだったのだ。

 

 故に考える。これは少しばかりロマンがないというか、こんなあっさりばらしてしまっていいのかという問題である。このまま普通にホームズがマシュに力を託した英霊の名前を出すことに実害などは起きない。唯一の懸念と言えば、真名を知っても尚彼女が真の宝具を発現させることができないことがあげられるが、そんなものがなくても十分彼女はカルデアで唯一無二の立場を獲得しており、今更宝具の有無なんかで拒絶したりしない。何より彼女自身も落ち込みはするが、歩みを止めることはないだろう。そう、問題は何もないのだ。強いて言えば周りの人間の心情がパッとしないということだけである。当然、そんな超個人的な上に割かしどうでもいいレベルの葛藤なんて本人の意見の前には無力なので、マシュが此処でホームズに真名を聴きたいと望めば粛々と従うしかないのだが。

 

 周囲の人たちが(色々な意味で)ドキドキと見守る中、マシュは静かに口を開いた。

 

「……すみませんミスター・ホームズ。その答えを、聞かないという選択肢はありませんか?」

「理由を聞いてもいいかね?私の見立てでは君は真実から目を逸らすような愚か者ではないと考えていたのだが」

「とても個人的な理由で恐縮なのですが、やはりここまでお世話になった以上は私自身で気づくことが重要なのではないかと考えました。教えを乞うことは決して恥ずべきことではありません。けれど、一度も自分から探求せずに、安易に答えを受け取るのも違うと思います。―――それに、私も結構なミステリー好きなので……その……」

 

 後半に連れてその声の大きさを小さくしていくマシュだが、ホームズには彼女の真意が伝わったらしい。一度だけ目を大きく見開くと今度は眼ではなく口を開けて笑い出した。

 

「ッハッハ!そうだったね。君は私たちの話を深く読み込むほどこの分野に傾倒していたのだった……であれば、謎の一つや二つ自分で解決したくなるのも心情だろう」

 

 一体何が何だか、変なところで学が浅い仁慈には理解できなかったが、これだけは理解できた。ホームズはマシュの中に居る英霊の名前を口にすることはないということを。

 妙な安心感がヒロインXを始めとする円卓の騎士たちの中に満ちる。だが、自らを明かす者の代表と語っただけのことはあるホームズ。このまま何も解き明かさないまま口を結ぶかと言われればそんなことなどまるでないのだ。彼は安心しきっている仁慈達に見せつけるかのようにニヤリと唇の端を吊り上げた。そして、次の瞬間驚くべき言葉を口にしたのだった。

 

「では、そこに居る人類最後のマスター。樫原仁慈のことについて解き明かすとしよう」

 

 再び、誰も言葉を発することができなかった。

 そしてこの場に居た全員が思う。世界最高の知名度を誇る名探偵は、その称号を受け取るに相応しい頭脳と経歴を持つ代わりに、人に対する配慮や物事の過程とその説明を神にでも差し出したのではないかと。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「仁慈君のことを解き明かすだって……?」

「その通り。実は先程まで未解決の事件やらその他私情を多分に含んだ理由から色々調べて回っていたら、そこの彼が起こす事象が次々と出て来たものでね。つい」

 

 つい、なんて軽いノリで俺のプライバシーが損害されていくことなんてありえるのだろうか。これは酷い。こんなんじゃ俺、世界を救いたくなくなっちまうよ……。

 

 というか皆さん驚いているだけで、誰一人としてホームズを止めに入らないんですけどどうしてなんですかね。とりあえず我らが頼れる後輩にアイコンタクトで意思疎通を図ってみれば、そこには私気になりますと目を輝かせた後輩の姿があった。

 その瞬間マシュが俺の味方になってくれないことは確定したので、別の人物に片っ端から視線で語り掛ける。しかし、誰も彼もが俺と目を合わせることはなかった。まさか、あのアーラシュさんやベディヴィエールからも目を逸らされるとはこの仁慈の目を以てしても見抜けなかったわ。

 

「さて、ここで話してほしくない人物など居ないと思う。それは推理するまでもない。見ただけではっきりとわかる。……では、なぞ解きを始めようか」

 

 俺の方を見なかったのは何故なのか理由を小一時間問い詰めたいと切に思った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「本来事象とは個人の行いには使われないのだが……仁慈君のは観測されている。それは何故か……調べていて初めに抱いた疑問はそれだった。しかし、その中身を見て驚いたよ。彼は不自然極まりないことをごく自然に行っていた。君たちにもいくらか身に覚えがあるのではないかな?」

 

 話を振られて思い浮かぶのはマスターという立場に関わらず常に最前線を走り続ける仁慈の姿。英霊は愚か、おとぎ話に出てくるような怪物たちすらも一蹴して歩く現代人とは思えない一般枠マスターの姿である。一方本人である仁慈も想像を膨らませていた。主にスカサハとの修行とか修練とか稽古とか……晩鐘とか。

 

 それらは決して鍛えていたという次元で何とかなる相手ではなかった。条件としてはYAMA育ちなら可能性があったであろうが、生憎仁慈はそれ相応に続くキチガイの家系ではあったが決してYAMA育ちではなかった。けれどもそんなことは関係ないと言わんばかりに彼は己の道を突き進んでいく。普通であれば、オルレアンは愚か冬木で死んでいるだろう。けれどもこうして生き残っている。

 

「まぁ、これについての考察は簡単だね。事象として現れるほどのものが彼に細工を施した――――こういった場面で一番出張ってきそうな存在を私たちはもう知っているはずだ。優秀な魔術師であれば尚の事」

「……抑止力」

「その通り」

 

 出来のいい生徒を褒めるかのようなものいいにダ・ヴィンチの頬が引きつる。よく見るとこめかみに若干血管が浮かんでいた。何処からどう見ても同族嫌悪だった。

 

「レオナルド・ダ・ヴィンチが言った通り、仁慈君に細工を行ったのは抑止力であり……それも人類の持つ破滅回避の祈りの方……アラヤだ。基本的に彼らはその名の通り起きた現象に対してのカウンターを行うものだ。つまり、あれにこの人理焼却の要因を取り除くことはできない。しかし、その分彼らはその要因に対して規模を改変し、絶対に勝てる数値で現れる――――それが……」

 

 ホームズはこれ以上言葉を発することはなかったがその瞳を仁慈にへと固定していた。もちろんこの意図を汲み取れないほど愚鈍なものはこの場に存在していない。全員が全員彼の言いたいことを察し、驚愕の表情を浮かべていた。

 つまり、抑止力・アラヤによって対人類焼却用の対策として作られていたのが目の前でマスターをやっている仁慈だということだろう。

 

 要するに仁慈のこれまでの歩みは仕組まれていたのだ。現在人理焼却という前代未聞の危機に対してのカウンターとして。それは到底普通の人間では受け入れられないことだろう。己の選択で生きて来たと思えば、それら全ては自分とは無関係に限りなく近いところで仕組まれていたことであり、そこに本当の意味での自分等存在しない。只万人のための最善を引き当てるための媒体に過ぎないのだから。

 

 マシュはどちらかと言えば仁慈に限りなく近い存在だ。他者の願望によって作られた存在である。故に自分ですら気づけなかった……気づけないようになっていた情報を知らされてどのような心境に在るのかが想像することができた。それは彼女が常日頃から感じていることと同じことなのだ。

 

「……へぇー」

 

 感心したように間の抜けた言葉を漏らす仁慈ではあるが、その声音に諦観や絶望などと言った負の感情はまるで乗っていない。きわめてごくごく自然に彼はその反応を返していた。強がりではない、我慢しているのではない、まして魔術で己の精神を弄っているなんてこともない。

 

 この反応に驚いたのは意外にも仁慈に全てを語ったホームズではなく、彼と行動して未だ日が浅い現地英霊たちである。彼らは皮肉なことに常識的だった。それはもう仁慈が驚くほど自分たちの感性に近かったのである。それがこうして仁慈の正気を疑うことになるなんて誰が予想したことだろう。

 一方、仁慈と行動を共にしてきた英霊たちは違う。仁慈が常人と違うことは今まで超えて来た五つの特異点でとっくの当に気づいている。むしろ、彼女たちにしてみれば、少しくらいうろたえてもらった方がよかったとすら思っていた。

 

「全く動揺していない……やはり、末恐ろしいよ君は。アラヤの後押しなど関係なしにね」

「普通にその程度は予測できたんでしょ?そう確信してないとこんなこと話せないだろうし」

 

 きわめて常識的な仁慈の癒しともとれる現地英霊たちの予想は全うで正しい。只、その対象が真っ当ではない人物筆頭の奴だっただけで、普通の人間なら発狂とまではいかなくても放心。最悪人理修復が続行できないということになりかねない。いくらホームズがろくでなしだとしても流石に人類に対する致命的な行動は起こさないだろう。故に彼は初めから仁慈がこの程度のことで自我を崩壊させるなんて思っていなかったのである。だからこそのカミングアウト。ここまで計算しての発言なのだ。

 

「―――当然だとも。あの晩鐘を五回も聞いておきながら、平然と目を覚ますほどの精神力を持っていることは既に調査済みだからね。……その精神は正直感服するほかないけれど」

「慣れって怖い」

 

 ここに来るまでそれこそ精神を病む勢いで無茶を続けて来たためであろう。仁慈はそういったことに対してダメージを受けない。むしろその抑止力というやつの所為でこれまでの仕打ちを受けて来たのかと怒りを燃やす始末である。

 ホームズはその様子の仁慈を見てわずかに笑うと、彼に近づいて行き耳元であることを呟いた。それを聞いた仁慈は怒りの表情を一転させ、一瞬だけ目を見開くとホームズと同じように薄く笑ったのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 (勝手に行われた)俺の話が一段落した(トラウマによる閉廷である)のち、ホームズは次の話題に話を移す。その話題とは即ち獅子王の目的についてだ。彼女の目的はオジマンディアスと変わらない。己の民たちを守ることであるらしい。しかし、その方法は聖槍ロンゴミニアドの外殻である聖都キャメロットに善性しか持たぬものを収容して修めてしまうという方法であった。それも自分たちの民以外の全てを崩壊させてまで実行するという最悪の情報付きであった。自民を守るためだけなら納得する者も居たのだが、他の全てを犠牲とするのであれば認めることなど不可能である。特に厳密にいえば同一人物のようでそうでないが、大体同一人物なヒロインXとサンタオルタ……彼女たちは特に獅子王の所業を認めることはできないと持っている聖剣を強く握りしめる。

 

「これは許しがたいな」

「全く以ってその通りです。そんなことをしていると赤のパチモンセイバーあたりからやはり青はオワコンとか言われて煽られるに決まってます!……もう既に二回もカルデアの前に立ちふさがっているんですからこれ以上敵対なんてしたらまたアーサーかなんて言われかねませんよ」

 

 ここまで気にするのがそのことなのかと呆れ半分の俺であはあるが、しかしそれでも彼女たちが下した結論についてはおおむね同意見である。別に自国民を守ることは悪いことではないのだが、それ以外の全てを滅ぼすとなれば話は当然別である。さらに正直なことを言ってしまうとここは決してブリテンではなく獅子王は王ではなく部外者だ。ぶっちゃけそこまでしてここで統治する資格なんてものはない。

 

「君がその結論を下したのであればそうすればいい。私も自身の調べ物は済んだことだし、退散するとしよう」

 

 これまで散々引っ掻き回してくれたホームズを先頭に、トライヘルメスが置いてあった部屋から離れ、地上へ帰るための道を行く。もちろんアトラス院の性質から外へ出ようとする者に対して過剰と言えるまでの防衛装置が働いてきたのだが、ここには一騎当千の英霊たちが存在しており、所詮魔術師用に用意されていたそれは呆気なく突破されることとなった。

 

 そして、出口が目と鼻の先まで迫って来たあたりでホームズは俺達と距離を取った。どうやら話の中でも出てきたように彼はロマンや所長、ひいてはカルデアを信頼していないのではとマシュが問いかける。だが、意外なことに彼の返答は肯定ではなく、やることが残っているため行動を共にできないというものであった。用事があるならば仕方がないと言って引き下がるマシュ。その様子にダ・ヴィンチちゃん渾身のガッツポーズである。

 

「そうだ、最後に伝えて起こう。魔術王がどうして2016年を起点として人理焼却に踏み切ったのかということだ」

 

 別れ間際、ホームズがそう語りだす。

 話の内容は単純明快。魔術王がどうしてこの2016年という時代で人理焼却を始めたのかということだった。仮に人間が憎いなら自分が生まれている時にすればいいものを、彼はそうしなかった。態々自分が生きていた時代から大よそ3000年経ったこの時代を選んだのか。その理由は何なのかということを念頭に入れておくといいと、最後にホームズは言い残す。

 

 こういったところで、質問を投げかけるだけ投げかけたまま消えないで欲しい。心の中のもやもやが大変なことになるから。

 今は見えなくなってしまったホームズの背中、それがあった場所に俺は静かにそう呟いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。