この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

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ドン引きです……

 

 

 

 

 

「―――ッ!先輩!」

「チッ!」

「させません!」

 

 アグラヴェイン直属の粛清騎士たちは目の前に居るサーヴァント達を全て無視して彼らのマスターたる仁慈に肉薄する。が、マシュ達も黙ってそれを見送るわけはない。直に彼らの動きに合わせ、仁慈を守るために立ち塞がろうとする。

 英霊に相応しい身体能力から繰り出される速度さえあれば順当に間に合うだろう。だが、その程度のことを予測できないアグラヴェインではない。何かと脳筋しか居ない円卓の騎士においてメインブレインの役割を担っていた彼は既に対策を用意していた。そう、全力の陛下、イケメンのバスターゴリラ、起源傍迷惑、妖怪自覚した屑等々数々の問題児たちの手綱を握ってきた彼は自らが持つ黒い鎖を展開してサーヴァント達の動きを封じ込めていた。

 それは三蔵たちと話している時には用意してあったものである。そもそも話を聞くと言ってもそれ以外何もしないとは言っていない。むしろ敵を目の前に雑談に興じる方に非があるのだから。

 

「――!この鎖は!?」

「不覚……!」

「マズイ、間に合わない!」

 

 三人―――特にベディヴィエールは焦る。あの粛清騎士が一体誰を参考にして強化されたのかを正確に理解できるが故に。嘗て宮廷で暴れた愚か者、彼がそう形容する人物は一人しかいない。円卓の騎士最強にして、数ある問題児のうちの一人。ランスロットである。彼の技量の高さは知っており、それ故に流石の仁慈でも相手にできないであろうと予想していた。

 

「ぬぉ、何時のまに……」

「こらー!あっくん、卑怯よー!」

「卑怯も何もない。そのまま粛清を執行せよ」

 

 三蔵の訴えに当然止まることなく後押しをする。強固な指令を受け取った粛清騎士はそれぞれ上段、横薙ぎ、下段から自らの剣を振りぬく。一つ翻すだけでも英霊ですらない人間にとっては困難な状況。だが、それでも――――今彼らが狙っている仁慈にとっては慣れ親しんだ状況に成り下がっていた。偏に今までの経験がおかしいが故に。

 

「――――そらっ!」

 

 いくら参考元の人物の技量が高くともそれを完全に再現することはできない。ランスロットはバーサーカーで召喚され、理性を失っても色褪せることのない圧倒的な技量と問答無用で自分の武器にする強力な宝具――もしくはスキルを持っていた。だが、その技量も、技術も目の前の彼らは持ち合わせていない。むしろ、狂化というステータスがついているために連携にも綻びが見て取れた。仁慈がそれをむざむざと見逃すだろうか?答えは否である。見せた隙は容赦なく突くし、隙が無ければ作ってその隙を突く、ついでに相手が隙と思っていなくても勝手に隙にして突くという鬼畜の所業を行ってきたのだ。相手が自分から作ってくれたそれをご丁寧に見過ごすなど天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 狂化を付与されたが故の乱れ、すなわち攻撃のタイミングのずれを見出した仁慈は一番早く己に到達する剣を見切りその側面に蹴りを放つ。軌道を見事に逸らされた攻撃は、仁慈を叩こうとするが故に近接していた他の粛清騎士の剣を遮った。それを見届けることなく仁慈は追突事故の被害を免れた粛清騎士に向き直る。

 地面を踏みしめることにより推進力を得た身体が剣を持っている腕をつかみながらも懐に入り込み、そのまま鎧を貫通するように衝撃だけをぶつけた。仁慈が習ったマジ狩る☆八極拳のうちの一つ、寸勁である。腕の衝撃だけでなく仁慈の場合は魔力や気も撃ち出されるためその威力は高い。

 それを受けた粛清騎士は剣を落とし、そのまま尋問室の壁まで吹き飛ばされた。一人を吹き飛ばし、もう一人の粛清騎士に対して回し蹴りを放ち首を刈り取る。そして最後の粛清騎士に接近する―――――と同時に、その粛清騎士を蹴り、仁慈は背後に跳んだ。その程度の蹴りで粛清騎士を倒すことなどできない……首を傾げる行動だったがすぐに理由が理解できた。

 

「オ゛ォ……!」

「…………」

 

 そう、後ろからアグラヴェインが剣を突き出していたのである。仁慈はそれに気づき、目の前の粛清騎士を盾として使ったのだ。アグラヴェインは普段から険しい顔つきをさらに険しくすると自分が刺している粛清騎士を振り払う。一方仁慈もその姿を黙って見ているわけではない。鞄を上に投げ、そこからランダムに武器を出すと同時に仕込んでいる魔術に魔力を通す。そして、全員を縛り付けている黒い鎖を残らず破壊した。彼の鎖はサーヴァントに強い影響力を持つが、人間が相手では丈夫なだけの鎖となるのだ。アグラヴェインはそれを見て若干上を向いた。これで仁慈が人間であることが確定したからだ。

 ……元々、マスターということを知っているがために人間と思っていたのだが、今の行動でその予想が外れて欲しいと密かに願っていた彼からすれば頭を抱えたくなったのである。

 彼の予定であれば、ここで長期戦を仕掛けるつもりであった。粛清騎士は複数人連れてきていたのだから。しかし、仁慈が仕掛けた罠の所為でその計画は崩れ去る。槍に貫かれ、魔術に焼かれ、自らのトラウマで逆流する……始まる前から戦力を減らされたアグラヴェインは現状己の不利を感知していた。

 

「―――引き時か……」

「……まぁ、今引き返すなら見逃してもいいけど……」

『―――!?』

 

 仁慈の言葉に何処かで驚愕したような気配があったが今は無視を決め込むことにする。

 彼の言葉を信じるわけではないが、この場では不利であると正しく悟っているアグラヴェインに選択肢などない。だからこそ彼は踵を翻し、来た道を戻ろうとする。彼は獅子王の行く末を考え、サポートしていかなければならない立場にあるのだ。この場で死ぬことは許されない。

 

 ――――しかし、それはアグラヴェインの事情であって仁慈の事情ではないのだ。

 

「―――ッ!」

「なにっ!?」

 

 翻すことができたのは奇跡だと自分でも思っただろう。アグラヴェインは不意に飛んできた攻撃をかつての経験を以て回避した。前回はそのまま切り殺されるという無様を演じたがその忌々しい経験のおかげで仁慈の一撃を回避することができたと言えよう。

 

「ちっ……!」

 

 アグラヴェインは激怒し、疾駆した。必ずやあの鬼畜外道のマスターを排除すると決意した。一度見逃してから攻撃だなんて卑劣なことを平気でやらかす人物を獅子王に合わせるわけにはいかないと心に決めた。……自分が逆の立場であれば同じような手段を取ったことは気にしないことにして。それに……彼は気づいていた。彼が捕らえていた静謐のハサンが己の宝具を使い自分に対して毒を撒いていたことに。これ以上深追いすれば確実に動けなくなる。

 

「(……次の手を急がねばならないな……)」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「やっぱり考えることが似てると効果は薄いかな……」

 

 アグラヴェインの役割、そしてこの尋問室……という名の拷問室、三蔵との会話。その辺を聴けば相手が騎士の皮を被った汚れ仕事専門ということは簡単に予想することができる。

 しかし、向こうもそういったことをやっているということは、自分がやられる側になった時はその知識を丸々応用できるのである。不意打ちなんて効くわけも無い。しかも相手は生前からそのような役割を担っているという。年季が違うというものだろう。

 

 ―――しっかし、何処かで思ったような感想だけど彼を逃したのは痛手だな。あの手の輩に同じ手は通用しない。これからはより狡猾な罠が必要となるだろう。不意打ちにも気を付けなければならない。最悪不意打ちを狙われてこちらがやられる。

 

 このように必死に思考を巡らせているのにはそれなりの訳がある。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 周りからの視線が痛いのだ。なんというかドン引きされている気配がビンビンする。いや、訂正しよう。確実にされている。今まで引かれることは多々あったがここまでのものは始めてだ。やっぱりアレだろうか。見逃してやると言ったな、あれは嘘だ……がいけなかったのだろうか。

 ベディヴィエールと三蔵、藤太に引かれるのは納得できるけど、まさか呪腕さんや静謐にまで引かれるとは思わなかったなぁ。

 

『いや、あれはないでしょ』

『ないわね。自分にやられたら泣くわ。えぇ、絶対』

 

 ロマンと所長からの意見が飛ぶ。当然彼らの意見は引く側のものだ。知ってた。外道な戦法しか取れない卑怯者ですみません……。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 結局あの後、アグラヴェインは逃げ出した。それを百貌さんも見ていたために俺達が合流した時に彼女は笑っていた。あの逃げ出した姿は見せたかったと。とても爽快だったようだ。

 

 百貌さんと合流した後、静謐を引き連れて西の村に戻る。そして、俵藤太の世にも奇妙な宝具――――お米を無限に出すことができるその宝具でお米を召喚して宴を始めた。これを見ては俺も本気を出さざるを得ない。お米とわずかに残っている野菜で出せる限りの料理を出してあげましょう。

 

「というわけでできた料理がこちらになります」

『三分クッキングも真っ青なキングクリムゾン……』

 

 ネタを詰め込みまくったロマンの言葉を無視し、料理を人々に配っていく。それはサーヴァントであろうとそれ以外であろうと変わることはない。全員が飯を食い、酒を飲み、騒ぎ合っている。

 そこに、村人も異那の住人もサーヴァントも……恐らく()()()()()()()()も誰もわけ隔てはない。どいつもこいつも好き勝手に騒いでいる。……まぁ、ごく一部の人―――呪腕さんとかは一人で警備に向ってるっぽいけど、俺達を誘わない当たり気を使ってくれているのだろう。相変わらずできるお人である。

 

「……………」

 

 ふと、月を見上げる。

 俺はここで自分の状況をまとめることにした。……と言ってもこの特異点に来てからのことだけど。

 

 オジマンディアスにはこの世界を見て来いと言われた。そしてギフトを持った円卓の騎士たちと対峙し、難民たちの生活を見て、仲間に入れてもらい――――とても強くて恐ろしい甲冑の男に遭遇して死にかけて、静謐のハサンを助けて、今に至っている。

 言葉にすれば激動過ぎる流れだ。けれど、その中でも特に気にかけていることがある―――――――当然、あの骸骨の人。黒い騎士、甲冑の男との戦いの事である。万人の隷属者、確固たる己……それはつまり今までの自分が自分ではないということ。俺は、誰かの人形だったのだろうか。

 

 ……まぁ、最初の方ならともかく第四、第五の特異点は確かに所々ひとっぽくなかったかもしれないけど。それでも――――

 

「あー……だめだ」

 

 全然わからないのでとりあえずその考えは放置することにする。今は違うらしいしそれはとりあえずいいだろう。

 問題は完全に砕けてしまった俺の槍。一応宝具たるゲイ・ボルグは俺に残っているけれど、あれは本当に正真正銘の宝具。突然変異を起こした宝具擬きではない。人間の俺が扱うには荷が重く、一回使うと代償は高くつく。魔力は分捕られるし力もろくに入らなくなる。

 

「どうしようか……」

 

 この先、アグラヴェインのように俺を一番に攻撃しようとする輩が現れるだろう。その場合、高確率でマシュ達の助けがない可能性がある。時間稼ぎとして回避に徹するのもありだけれども、それでも攻撃を防げる武器は欲しい。宝具を見せびらかすのもあまり得策とも言えないしね。え?神葬の槍?知りませんな。

 

「………………………」

 

 ふと、視線を空へと向ける。そこにはこちらを見下ろすように浮かぶ月と魔術王が生み出したと思われる光の輪が相変わらず漂っていた……。


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