この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

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最終回じゃないですよ?まだまだ続くんじゃよ。


自己

 

 

 

 

 

 

 山岳地帯に位置する小さな村。その立地条件故に未だ円卓の騎士にも砂漠を作り出したファラオ達にも発見されていないであろうその場所は、つい先日仁慈達を受け入れたという出来事を除いて平和と言ってもいい日常を謳歌していた。戦えるものが来たことにより、アーラシュだけに限らず魔獣を退治することができるようになったのでそれも当然と言えよう。

 このように、難民を助け出した時とは真逆と言っていい日々を過ごすことができる村ではあるが、現在その村の中の一部―――カルデア組が寝泊まりしている民家はその雰囲気と真逆の重苦しい空気に支配されていた。

 

 

 

「先輩がいなくなった……ですか……?」

『うん、まあ大体あってるけど、ことはもう少し深刻だからね?』

 

 

 

 その原因は明白、部屋で休んでいる間に忽然と姿を消していたマスター、仁慈のことについてである。彼が消えるのは割とよくあることではある。戦闘中なんて気配を殺して不意打ちのためによくやっていることだ。しかし、それは戦闘中のできことであり普段はそんなこと行わない。例え戦闘中であったとしても、誰にも言わずに消えるなんてことは絶対に行わない。

 普段の彼では絶対に行わないであろうことが、現在起こっている。それに加え、カルデアが常に観測しているバイタルを含めたあらゆる情報の遮断。不安を煽るには十分な状況と言えるだろう。

 

「……さて、これはどう考えるべきかな」

「少なくとも襲われた―――ということではないだろう。トナカイを誘拐するメリットはほぼ無いと言っていい。その場で殺してしまえばそれで終わりだ」

『そんなことを言ってる場合じゃ――――』

『ロマニ。少しは落ち着きなさい、あのキチガイが早々にくたばると思う?……本当にどうやったら死ぬのかわからないような奴なんだから』

 

 通信越しに聞える女性の声。それはもちろんロマニの声ではない。冬木を乗り越えてから、仁慈に胃袋を掴まれ、最高責任者にも拘わらずオペレーターの座をロマニにむざむざ取られた所長。オルガマリーのものである。

 

『うわっ、所長!な、なんで……』

『観測する対象がいなくなったからこっちに混ざりに来たのよ。今は別の子が解析してるけど……望みは薄いでしょうね。―――ほんと、この特異点に来てから通信系統ボロボロよ……』

「帰ったら改良してあげるからもう少し頑張ってねーオルガマリー」

『言ってくれるわね……。それはともかく、よく考えてみなさい。確かに仁慈の姿は何処にもないけれど、彼が契約しているサーヴァントはまだそこに存在しているでしょう?それは少なくとも生きている証明になるわ』

 

 サーヴァントとの契約は現地においてマスターの魔力に依存する。カルデアからの電力は使えない。つまり、マシュはともかくそれ以外のサーヴァントが未だ現界しているということは、必然的に仁慈が生きていることに他ならない。そのことに気づいたロマニはあっ、と呟いた。優秀なのに、妙にメンタルが弱いところがたまに傷であると、彼らは思った。

 

「それを考えると今先輩がいるところは、カルデアに一切の情報が行かない場所……ということでしょうか?」

『付け加えるなら、死亡判定にされてしまうような場所ね。……案外知らないうちに冥界にでもいるんじゃないかしら』

 

 冥界そのものではないがそれとほぼ同義である死の国の女王に見定められ、しごかれ続けた仁慈である。可能性はあるのではと誰しもが考えた。が、ここでヒロインXが帽子から出ているアホ毛を揺らしながら口を開いた。

 

「………とりあえず、今言った条件が揃いそうなところを聴きに行きましょうか。多分呪腕さんなら何か知ってるんじゃないんですか?」

 

 冗談を断ち切りそう切り出したヒロインX。今言った条件とは当然、情報が遮断され死んだ扱いになってもおかしくない場所のことだ。その条件に合った場所を探し出すには彼らはこの村で過ごした時間が足りなさすぎる―――故に知ってそうな人から聞き出そうという提案である。

 ほかに代案もないために、全員が頷き、一斉に家を出る。ロマニが観測した場所からアサシン―――呪腕のハサンの場所を割り出して、サーヴァントの身体能力を駆使した軌道で向かった。

 当然、呪腕のハサンは唐突に現れた彼女たちに驚きの声を上げる。サーヴァント四体が一斉に駆けよってくるなんて、味方であったとしても肝を冷やす光景と言えた。

 

「ぬぉ!?―――み、皆揃って何事ですかな?」

「実は――――」

 

 簡単な事情を説明する。

 仁慈が居なくなったこと。その反応が死亡として観測されること。しかし、サーヴァントとの契約が切れていないこと。

 それらを聴き終えた呪腕のハサンは髑髏の仮面を被っていても雰囲気で伝わるくらいに顔を顰めた。時々唸っては、どうしてこうなった……と呟いている。その様子から彼に心当たりがあると踏んだらしく、カルデア勢の質問攻めは更に勢いを増した。

 

「知っているのか!?呪腕!?」

「できれば教えてくれませんか?(チラッチラッ」

「教えてくれるととても助かるなー」

「吐け」

「す、少しばかり落ち着いてはもらえませぬかな?」

 

 ズズッと顔を近づけて来た彼女達から距離を取る呪腕。そして、ここぞとばかりに咳ばらいをした後、真面目な雰囲気に切り替えて口を開いた。

 

「……確かに、私はその場所について知ってはいます。だが、こればかりは教えるわけにはいかないのです」

「どうして、ですか?」

 

 当たり前のようにぶつけられる疑問。だが、呪腕がその疑問に答えることはない。唯々言わなければならないことを言う様に言葉を紡いでいく。

 

「あそこに足を踏み入れれば、それはもう生者ではなく死者。私も、魔術師殿の人柄はここ一週間で理解はしています。故に、彼の者があの場所へと赴いたのは本人の意思ではないでしょう――――しかし、それこそ問題。彼が呼ばれたというのであれば、我々ができることは何も無いのです」

 

 納得はできない。理解もできない。説明が不足している。それらの不満は誰しもが感じていた。だが、それと同時に呪腕がこれ以上口を割らないことも理解できた。できてしまった。この場に居る全員が気づいたのだ。彼の身体が震えているということに。それも、恐怖で。

 呪腕がカルデアのことについて始めこそよくない感情を持っていたが、ここ最近ではそれもなくなっていたことを此処に居る誰しもが理解していた。その中心人物たる仁慈をこの場で見殺しにしてもいいことなど何もないということを彼はしっかりと理解している。しかし、手を出せない何かがある。それに近づこうとするのであれば、全身全霊を持って止めるという意思すらも感じることができた。

 

「――――黙って帰ってくるのを待て、そういうことですか?」

「その通り。現在できることは、祈ること……ただ、それだけなのです」

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 斬られた。絶たれた。断たれた。

 その感覚は確かにある。あの時俺は死んだ。そう理解させられた――――にも拘わらず、今の状況は一体どういうことだろうか。

 

 意識がある。身体が脳の伝達事項に反応する。視線を動かすことができる。斬られたはずの、断たれたはずの首が、繋がっている。実際に体験した出来事と現在の状況がかみ合わず、俺の脳内は混乱状態であった。しかし、その混乱もすぐに収まることとなる。他ならない、俺を斬りつける前に聞えたあの声によって。

 

『――――万人の隷属者たる汝は死んだ。これより汝は、死者である。故に、死者として戦い、生をもぎ取るべし。その祭儀をもって、汝の行く末を見定めよう』

「――――っ!」

 

 一方的に言い終えると、その声の主はついに姿を現した。

 その身長は見上げるほどに大きく二メートルに近いと思われ、顔と思わしき部分には大きな角の生えた髑髏の面を付けていた。来ている甲冑も、同じく所どころ髑髏があしらわれており、まさに死の騎士と言った印象を受ける。手に持っている獲物は黒い大剣。その剣には死の気配が絡みついているが、それよりも濃い感情が渦巻いていた。今まで見た感じ、信仰のようなものだと予想できた。

 

 なんて、冷静に分析しているように見せて、実は内心ビビりまくりである。先程まで不調なんて訴えなかった身体からは汗が噴き出るし、身体は震え重心は定まることはない。心臓は破裂するんじゃないかと思わせるほどに早く動き、体温もそれに伴い上がっているはずなのに、背筋は凍るようだった。

 

 先程とは打って変わった様子。生物としての本能がアレに関わるなと告げているようでもある。俺は今すぐその本能に従って逃げ出したくなった。だが、そんなことは何より目の前のモノが許さないだろう。今は大剣を持ち佇んでいるが、向こうがその気になれば一瞬で、それこそ俺が気づく間もなく殺すことができるのだから。

 いつでもできるのに、それをしないということは何かしらの理由があるということ。それが分かれば、俺にも生き残ることが―――

 

『―――』

「っ!」

 

 ―――目の前のモノの剣がきらめく。それは明らかに手加減された一撃。俺にも視覚出来るほどの攻撃。それを俺はあろうことか、()()()()()()手に構えていた武器で受け流そうとしてしまった。……気づいた時にはもう遅い。目の前の存在は、俺が受け流せるような存在をとうに超越しているのだ。

 直接斬られることはなかったものの、逃がすことのできなかった衝撃が暴力的に俺の身体を襲った。トラックに吹き飛ばされたような衝撃を感じた瞬間、身体が宙を舞った。

 

「―――ぁ……!」

 

 肺の中にある空気が全て吐き出され、一瞬だけ呼吸が止まる。受け流せなかっただけでこれとか頭おかしい……!

 咳き込みながらなんとか空中で体勢を立て直し、地面に着地する。そしてすぐにアレの姿を探そうとするが、先程までいたところにあの黒い影をみることはできなかった。

 

『どこを見ている』

「なっ!?」

 

 唐突に背後から聞こえる声。確認するがもう遅い、既にアレは青く揺らめく炎と共に姿を現しており、黒き大剣を振り下ろしていた。致命傷だけは避けなければならない。だが、先程あの黒い大剣を受けてわかる通り、筋力で対抗などできるはずもない。俺が取れる行動は必然的に回避行動一択になる。

 身体をひねるように動かすが、元々反応が遅れているのだ。命に係わるような一撃ではなかったが、代わりに手に持っていた武器を完全に粉々にされた。……やはり一度壊れた神葬の槍を取り付けたのがいけなかったのかと、現実逃避気味に思考する。

 それと同時に脳内にはある言葉がリフレインしていた。それは、この目の前の存在には勝てないということ。ここで死ぬしかないのではという思考だった。

 

 目の前の存在は第四の特異点で対峙したあの魔術王と同等。もしくはそれ以上のものを感じさせている。そんな存在に、身体も思う様に動かせない俺が勝てるわけがない。

 一度そう考えてしまうとその思考は止まらない。どんどん、どんどん悪い方へと転がっていく。

 

「ガッ……ぐっ……!」

 

 向こうはそんな俺の精神を考慮してくれるわけもない。動きが止まった俺に対して黒い大剣の腹で殴りつけて来た。まるでゴム鞠のように弾かれた身体は二、三回バウンドした後に野ざらしされたように転がった。……今のは確実に骨が逝ったと思う。

 

 ガシャリ、ガシャリと甲冑を鳴らしながらそれは近づいてきた。今まではそんな音を響かせることもなく近づいてきたにも拘わらず今はそのようなことはしない。完全に舐められている。

 だが、それが当然だ。俺はその程度で殺すことができる存在なのだから。無駄に気を張ることもないだろう。

 

 ガシャリ、ガシャリ。

 音が近づく。俺の命を刈り取る、死の音が。……それがとてつもなく()()()()。ゆっくりと近づ居てくる死の足音に、心が凍り付きそうだった。正直、どうかしていると思う。今まであまり感じることのなかった恐怖を始めとする感情。いや、感じたこともあるけれど、ここまで強烈なのはなかった。身体を動かすことができなくなることなんてなかった。

 ……全く以って情けない。色々と調子ぶっこいた結果がこれかと思うと呆れてものも言えない。

 

 そして、ふと思う―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――マシュはいつもこんな感じだったんじゃないかと。

 

 戦うことなんてしたことがなかっただろうに、いきなりデミ・サーヴァントなんてものになって、攻撃の前に自分の身体を晒して、皆の為に守る……。彼女が防いだ攻撃はどれも死の危険性があるものだった。それを、諸共しないで、俺の指示で、自分の意思で割って入り守ってくれた。……今までだってわかっていたつもりだけど、ここに来てその真の偉大さを自覚することができた。やはり後輩、最高です。

 

 ……くだらない考え。死に際に何考えてんだ、ともしここに他人がいたら呆れられるような考え。

 けれど、そんなくだらない考えでも生きる活力が湧いてくるのを感じた。うん、我ながら単純なんだけど。そのことを考えて居た何故か途端に感謝を伝えたくなった。急なことだとは思うけど、ほら失って初めて大切さに気付くことだってあるしきっとそんな感じだと思う(曖昧)

 

『――………』

 

 理由はともかく、死にたくないのであれば動かなければならない。死はもう目の前にまで迫っている(比喩なし)のだ。

 全体的にボロボロな全身に回復魔術をかける。折れた骨なんて治したことはなかったが問題なく治すことができた。……ただ、無茶苦茶痛かったけど。

 魔力不足がちの身体に力を入れてゆっくりと立ち上がる。目の前に居るアレは何のつもりかは分からないが、俺が立ち上がるのを唯々眺めていた。―――もうわけがわからないが、とりあえず目の前の存在の目的は考えないことにする。

 

 俺が今考えるのはどうやって生きて帰るか、その一点だけだ。その為に―――全身になけなしの魔力を通して今行える最大の強化魔術を施した。

 

 今の俺ではどうやっても目の前の存在に勝てないだろう。そんなことは対峙したあたりで明白だ。

 だが、それで戦闘を放棄していいのか?戦うことを諦めていいのか?否である。無駄、無意味……そう言われる行為であるかもしれない。自分でも勝てないと分かっていても戦うなんて余計に苦痛を引き延ばすだけかも知れない。けれども、それでも無価値にしてはいけない。ここで諦めたら、それを今まで行って来てくれた彼女に申し訳が立たない。

 

『―――何故、立ち上がる。魔術の徒。汝は理解している。私には届かぬと、立ち上がることは無意味であると』

「……全く以ってその通り。このまま立ち上がっても無残に殺されるだけの可能性が多い。勝つことに関してはほぼ0%だと思う。――――――けど、それが()()()()()()にはならない」

 

 生きることを諦めないのであれば、もがくしかない。例え可能性が低くても、目の前のモノと戦うことになっても、生きたければ全てを行え。最初、初めて死にそうな思いをした時もそうだっただろう。それと一緒と考えるんだ(震え声)

 それに、散々後輩にそれを強要しておいて、自分だけもがかないであっさりお亡くなりになるとか余りにも情けなさすぎると思う。

 

 

 

 

 

 相変わらず、身体は震えているし、頭の中は警報ガンガンだし、冷や汗は出ている。パッと見れば強がりなのは一目瞭然だ。

 それでも――――今芽生えている()()()()()()()に従って、生きるために―――俺は目の前の存在。死の具現とも言える甲冑の男に向って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「うぉぉおおお!!」

 

 

 静かな空気、神聖な空気、死の空気……それらが交じり合った霊廟にて少年の雄たけびが響き渡る。それは少年が今まで上げることはなかったもの。不意打ちを愛しているのでは?と思えるほど行ってきた仁慈であれば上げることのないもの。普段であれば存在を気取られるだけで絶対に行おうとしなかったそれを、彼は今己を奮い立たせるために上げていた。

 

 一歩一歩、地を踏みしめるごとに魔力を放出し、爆発的な加速を行う。なけなしの魔力しか持っていないが、かといって目の前の存在相手に時間稼ぎなんて無駄である。であれば、はじめから全力で行くしかない。彼はそう思っていた。手に持つ者は何もない。武器を出している暇などはない。故に、彼は己の肉体のみを武器として、死の権化、甲冑の男に肉薄する。

 

『―――何処だ』

 

 甲冑の男が着けている骸骨の面。その瞳が赤く光る。すると仁慈が居る場所に青い炎が一気に立ち上った。急に炎が出現したが、仁慈は第六感に任せて直前にサイドステップを踏みそれを回避する。回避したのち、さらに速度を上げ一瞬で残りの距離を詰めた。

 

「くらえ!」

 

 肉薄した時に勢いを震脚に利用し、さらにそれを乗せた拳を突き出す。が、その程度の攻撃で仕留められるくらいであれば彼も死を覚悟したりはしない。既にその場所には甲冑の男はいなかった。

 そう、彼は既に仁慈の後ろに姿を現していた。

 

『では、死ねい』

 

 剣が振り下ろされる。それと同時に仁慈の身に幾重もの斬撃が襲い掛かって来た。振られた回数は一度のみに関わらず、実際に襲い掛かってくる攻撃は数回となっている。その現象に度肝を抜かれながらも仁慈は、できるだけ最小限に回避しようとする。しかし、当然同時にやってくる攻撃を防ぐことができるはずもなく、身体のいたるところが傷ついていった。

 

「がァ……!ちっ!」

 

 久しぶりに感じる痛み。その後、やって来たのは全身を焼くかのような熱だった。斬られた場所が熱を帯び、まるで焼けるようである。だが、痛みに悶え動きを止めている暇など仁慈にはない。悲鳴を上げる全身を無視しながら、再び拳を突き出した。

 

「本当に当たんねぇ!」

 

 が、駄目。

 甲冑の男はそこに実態がないかのようにその場から再び、消え失せた。いい加減にしてほしいと思いつつも仁慈は眼を閉じる。どうせ目ではとらえることができないのだから見ても見なくても同じ。で、あれば今唯一聞かせている音と感覚を頼りに位置を割り出した方がいいと考えた結果だった。

 

「―――――――」

 

 ……攻撃してこないこの隙に仁慈は四次元鞄から武器を取り出そうとする、すると―――再び背後から剣を引き絞る音が聞こえた。

 仁慈はそれを聞いた瞬間にすぐさま身体を反転させる。そこには既に右手の剣を突き出している甲冑の男が存在していた。このままでは先程の焼き増し。いたちごっこでありじり貧だ。それ故に――――仁慈は賭けにでる。

 

 

――――ズブ……。

 

 

 

 肉に何かが食い込む音が聞こえる。

 ポタポタと滴が垂れ落ちる。

 それは、当然だ。……なんせ、甲冑の男が突き出した大剣は仁慈の身体を貫いているのだから。

 

 

『――――ほう』

「っ!……はぁ!!」

 

 

 ―――――そう、しっかりと貫いていた。仁慈の左手を。

 ……仁慈は自分の身体の一部をわざと貫かせ、それで相手を拘束しようと考えたのだ。けれども彼の男が持っているのは大剣であり仁慈の手のひらなんて真っ二つにすることは容易い。故に仁慈は剣が己の手を貫いた瞬間に回復魔術を限界まで使い、剣の部分を避けた他の肉体を再生させることで今も現在進行形で大剣を封じ込めているのである。

 

 流石の甲冑の男もこの方法は予想外だったのか、感心したかのように一度その動きを止めた。

 仁慈はそれを最初で最後のチャンスと思い、先程囮としていた刀で思いっきり斬りつけた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 仁慈の刃は甲冑の男を捕らえることはなかった。当然だ、その男は仁慈よりも力が上であるが故に剣をすぐに引き抜き、離脱もしくは回避することが可能だったのだから。尤も、仁慈としても拘束は建前であり、直接受け止めるという虚をつこうとしての作戦だったために引き抜かれたことに対しての驚きはなかったが、悔しそうにしていた。

 

「はぁ……これでも、ダメ、か…………」

 

 今思いつく限りのことを行い、それが無駄だと悟った仁慈は、再び四次元鞄に手をかける。無手のままではどう考えても不利であり、もう傷もついてしまったために多少のリスクを背負ってでもまだ戦える状況を作り出そうとしての判断だった。

 鞄に手をかけ、中身をばら撒こうとした仁慈だったが、その前に行動を起こした目の前の男に彼の手は思わず止まってしまう。

 

「……何故?」

 

 甲冑の男が起こした行動とは、今まで片手で持っていた剣を地面に刺し、その柄を両手で持っているという格好をし始めたからだ。明らかに戦おうとする態勢ではないために、仁慈も困惑の表情を浮かべる。

 

『――――これ以上は不要。汝は、万人の隷属者ではなく確固たる己を示した』

「……んぇ?」

 

 以外過ぎる展開に気が抜けまくっている言葉を発する仁慈。しかし、それも仕方がないだろう。彼からすれば急展開と言ってもいい状況であるからだ。先程まで敵意を向け、殺す気満々だと思っていたが、急にやめるだなんて彼の性格からすれば恐ろしく感じるのも当然の反応と言える。

 

「………どういうこと?」

『いずれ理解するときが訪れるだろう……。時代を救わんとする魔術の徒よ。汝は既に確固たる己を示した―――――故に、それを忘れることなかれ。己を精査し、行動せよ。さすれば、()()は汝だけのものとなるだろう』

 

 

 ただそれだけ言い残し、甲冑の男は消えた。

 あとに残されたのは魔力切れであり、身体がボロボロであり、頭に多くのクエスチョンを浮かべた仁慈のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




流石主人公!生き残るなんてすごいなー()
……いやー、タグをつけててよかったです。

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