『よし!クー・フーリンの霊基崩壊を確認!やったか(やってない)なんてことはない。君たちの槍は確かにクー・フーリンの霊基に止めを刺したんだ!』
「やりましたね先輩!」
「ふぅ……」
ロマンのオペレートを聴いた直後俺は思わず思いっきり息を吐いて脱力してしまった。戦場でやるにはあまりにも危険な行為ではあるが今回だけは見逃してほしい。ぶっちゃけヘラクレス以来にやばかった。クリードの時もやばかったけれど、何というか唯の獣にはない……強化されていても何処か残っている戦士としての技術がとんでもなく精神力を使わせるのだ。
「良い様だな」
「ちっ、俺も焼きが回ったか……。しかし、偉そうにしているお前は一回ぶっ殺されかけてるだろうが」
「最期に立っている奴が勝者だ」
「違いない。……さて、よくやった小僧供。これで狂王である俺の役目は終わりだ。―――後は、この聖杯を守護する魔神様を召喚しなきゃな」
魔神の召喚。その言葉で一気に俺達はクー・フーリン【オルタ】の方に視線を集中させた。それと同時に俺は疲れて地面に倒れ込んでいる身体に鞭を撃ち、跳び上がると急いで消え始めているクー・フーリン【オルタ】に止めを刺すためにゲイボルクを構えた。
だが、それは遅かった。既にクー・フーリン【オルタ】は魔人柱を現界させるための言葉を言い終わっていたのだ。
こちらの魔力は既にカラに近く、疲労も大きい。兄貴だって未だ傷が完全に癒えているわけではない。この状況で呼び出されたらいくらただの的だとしてもつらいところがある。
「―――顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり!」
もはやロマンに計測してもらうまでもない。明らかにクー・フーリン【オルタ】の霊基が別の何かに変化して言っていることがわかる。もはや魔人柱化を止めることは不可能だと断じた俺は、最後の霊薬の蓋を開けて一気に呷る。消耗が激し過ぎた結果、回復したのは全体の半分くらいだが、それでもないよりはマシだ。
クー・フーリン【オルタ】との戦いですっかり消えてしまった強化魔術を己にかけ直し、再び槍を構える。そういえば突き崩す神葬の槍はぶっ壊されたんだった。これはかなり厳しいか……。
「全ての毒あるもの、害あるものを絶ち――――人々の幸福を導かん!
自分たちの状況を確認して戦力差にどうしようかと頭を悩ましていると、唐突に後ろの方から頼もしい声が聞こえてきた。それと同時に俺たちの傷が癒えていく。宝具の性質と、声の感じからしてナイチンゲールが発動したものだと一瞬で分かった。
「ナイチンゲールさん…!」
「サンキュー」
「私は看護師として当然のことをしただけです。―――さあ、マスター。救命の時間です。傷は私が癒しましょう。何度でも、どんなものでも、私が治します。なのでこの理不尽を乗り越えましょう」
実に頼もしい言葉だった。マシュと兄貴の様子を見てみれば、ほとんどの傷が治っていた。兄貴は元々負っていた傷の大きさからして完全に塞がっているわけではないのだが、これなら傷が再び開く可能性は低い。マシュに関して言えばほぼ完全に無傷の状態に戻っていた。
よし、これならば行けるかもしれない。流石に精神的疲労までは回復できないようだが、肉体的に十全であれば何とかなる。
「余を忘れてないだろうな」
ここでさらに追加の声が聞こえる。それは当然、先程まで露払いに徹していたラーマだ。クー・フーリン【オルタ】の配下である魔獣たちが彼の霊基が消失したと同時に消えたために俺達の増援に来てくれたのだ。
「いい加減、余も積極的に混ぜてもらおうか」
「きた、ラーマ君来た!これで勝つる!」
何やら緑のような紫のような液体が身体のいたるところに飛び散っている気がするが、見えないなー。戦いが始まる前よりもシータとの距離感が縮まっていることも見えないのである。だって何があったのか大体予想できるもの。
『七十二柱の魔神が一柱。序列三十八。軍魔ハルファス。この世から戦いが消えることはない。この世から武器が消えることはない。定命の物は螺旋の如く、戦い続けることが定められている』
「―――いいえ!いいえ!否、と幾千幾万と叫びましょう!失われた命より、救われる命の方が多くなった時、螺旋の闘争はいつか終端を迎えるはず!いや、迎えさせる。それこそがサーヴァントたる私の使命。だから、この世界から退くがいい魔神。千度万回死のうが、私は諦めるものか!」
『我は闘争を与えし者。平和を望む心を持つ者たちよ。汝らは不要である……!』
「そっちこそ要らんわ。過去からの置物。そんなに闘争を、武器を望むなら……お望み通りお前の身体に刻みつけてやる」
こちとらできれば平穏……とまではいかなくていいが、少なくとも世界の命運をかけるような戦いなんてしたくないというのに……!元凶たるお前にそんなことを言われる筋合いは全くないわ!
「魔神柱殺すべし!」
というわけで死ね。
―――――――
『略奪に努め』
魔神柱についている無数の眼が光る。仁慈達は既にこれが攻撃の合図だと分かっていた。特にマシュと仁慈に関してはこれまで三体の魔神柱と対峙したことがあるのだ。往々にして戦い方というものを理解していた。
「くっそ、範囲攻撃ばっかりやりやがって……!」
理解しているからこそ悪態を吐いた。
仁慈にとってもっとも脅威となるのは範囲の広い攻撃である。彼はいわゆるチキガイであり、常人には理解できない戦い方をする。神秘?何それ美味しいの?むしろ俺自身が神秘だオラ!という感じでサーヴァントも相手取る。だが、そんな彼でも純粋なステータスの差を覆すことはできず、総じて敵の攻撃は回避が基本的な戦術となるのだ。広範囲攻撃の場合は往々にして回避することは難しく、また防ぐこともできないのでやりにくいと彼は感じている。なので、
「マシュ!」
「お任せください!」
こういう時は迷わず頼りになる後輩を頼るのだ。人間の屑、根性なしと罵る者はこの場にいない。自分の性能を確かめ、かつ有効に運用することができる判断を下す彼を罵倒するほど愚かな人間はここに居ない。そして何より、マシュが仁慈に必要とされることを望んでいるのだ。外部の人間が何かを言うのはお門違いというものだろう。
魔神柱の攻撃、爆炎のようなものをマシュの盾がしっかりと防ぎ、そのまま攻撃の中を直進していく。仁慈はそんな彼女の後ろを陣取りながら、彼女に強化魔術を施していた。
仁慈の強化の甲斐あって何とか攻撃の中を突破することができた仁慈はそのまま魔神柱に接近。己が持っている朱槍、ゲイボルクを目玉の一つに突き刺した。だが、幾重にもある目玉の一つが潰されたくらいでは戦闘力を落とすことはないのか、別の眼が仁慈の姿を捕らえていた。
先程の範囲攻撃が仁慈目掛けて放たれる……その瞬間、
「余達のことは眼中にないと?」
「てめえの眼球はどれもこれも節穴か?」
それを許さない者たちの猛攻が仁慈への止めを防ぐ。己の技術とステータスを遺憾なく発揮したその斬撃と突きは、魔神柱の狙いを逸らすには十分な威力を持っていた。思わず彼もそちらの方を確認してしまう。
仁慈はどうしてその無数にある眼でこちらの敵を複数補足しないのかと疑問に思いながら地面に着地し、折れてしまった突き崩す神葬の槍―――その切っ先の部分がついている方を握りしめる。そして、その視線を再び魔神柱へと移した。するとそこには―――
「
「
神の血を引き、もしくは神の生まれ変わりである英霊たちの宝具を受けて苦しんでいる魔神柱の姿があった。どうやら幾分か聞いているようで、小さく呻き声のようなものを溢していた。それを見た仁慈は追い打ちとばかりに切っ先しかない自分の槍を投擲した。
「突き崩す神葬の槍!」
一か八か、真名開放を行い投擲したそれは普段よりも小さいが、確かな光を放って魔神柱ハルファスの体面に刺さった。しかし、やはり折れてしまったが故だろう。前のようにもはや触れただけで効果を及ぼすようなキチガイ染みた効果を発動することはなかった。仕方がないので仁慈が自力で体内に埋めようと動き出そうとしたが……その前に仁慈が今から実行しようとしていたことをいち早く行っていた者が現れた。何を隠そうナイチンゲールである。彼はなんだかんだ言ってこの特異点で最も仁慈達と共に居た現地サーヴァントだ。当然彼の持っている槍の特性を知っていた。クー・フーリン【オルタ】の攻撃すらも退け、神性を破壊した実績を持つことも。それ故に彼女はいち早くハルファスに近づき、表面で刺さっているそれを力の限り蹴り飛ばした。
「殺菌!!」
気合の入った掛け声とともに体内に埋め込まれていく槍の切っ先。流石に中から攻められれば為す術はないのか、魔神柱は眼に見えて苦しみだした。
『魔神柱ハルファスの反応が小さくなってきている……今ならいけるぞ!』
ロマニの言葉に全員が目を合わせる。
そして、同時に動き出した。狙うべきは先程仁慈の槍、その切っ先が埋め込まれている場所。効果が持続しているのかその傷口は塞がっていない。彼らはその穴から槍をさらに中へと押し込めると同時にそこから内部に直接攻撃しようとしていた。
当然魔神柱もただでやられるわけではない。己のうちに渦巻く強大な魔力を凝縮し、仁慈達を纏めて吹き飛ばすために彼らの切り札を切った。
『ッ!―――今を以て汝ら不可解なり。汝ら肉共互いを赦し高め尊び、されど慈愛に至らず孤独を望む。もはや我等の理解は彼岸の果て。死の淵より汝らの滅びを処す。奪いたまえ。焼却式ハr』
『遅い!!』
自分のピンチに切り札を切った。それは正しい行いである。だが、そうして発動する技がいけなかった。既に行動を開始している相手に対して使うものではなかった。もしくは不完全でもすぐに発動するべきだったのだ。この場における魔神柱ハルファスの優先順位は仁慈達を近寄らせないことであり、彼らを消し去ることではなかったのだから。
傷口に塩を塗り込む……というレベルをもはや超越して総攻撃を受けた魔神柱はその巨体を徐々に崩していくこととなった。余りにも不憫である。
『フフハハハハ……フフフハハハハハ……!』
「――――」
おそらく、闘争を否定した仁慈達が闘争によって自分を倒したことがおかしいのだろうが仁慈にとってそんなことはどうでもいい。彼が行いたいことは聖杯の回収であるのだから。魔神柱ハルファスがどのようなことを嗤っていようが関係ないのだ。
彼は徐々に消えていく魔神柱に対して練り上げた魔力を込めた拳を叩き込み、残りの時間を一気に消失させた。これにより、魔神柱は完全に消え去り後には聖杯のみが残されることとなったのである。実際ヒドイ。
―――――
「む、どうやら終わったようだな」
遥か北の地。
魔神柱の苗木と化した二十八の戦士を倒し見事に西アメリカの地を守り切り、暇を持て余した結果雑談や何故か勝負をおっぱじめ始めた連中がいる中、スカサハがいち早く仁慈達の勝利に気づく。
するとその言葉を皮切りに全員が一度己の行っていたことををやめた。
「―――そのようね。はー、疲れたぁ……!フランス、ローマ、そしてアメリカ!アンコールも大概にしてほしいわ!」
「なんだと!?エリザベートはそんなに出演していたというのか!?ずるいぞ!何故余には声がかからない!?」
「うわっ、そんなに出てたのかよこのおぼこ娘。一体どんだけ酔狂な聖杯なんだか。……お前さん、もしかしてあの魔神達に好かれてんじゃないの?」
「いやぁー!それは嫌すぎるわ!そもそも趣味じゃないわよ、あんなの!」
ロビンの言葉が刺さったのか耳を塞いで頭をブンブンと振るう。今のドレスだからこそ違和感を感じるその行動だが、フランスで召喚されたときに纏っていた衣服で同じことを行えばヴィジュアル系バンドのヘッドバンキングと間違えられそうだった。
「にしても、我等がマスターもよくやるよ。こんなのをもう五つも越えてるわけだろ?どんだけ頑張ってんだよ。いや、あのマスターなら納得ものだけど」
「仁慈は儂が育てた(ドヤッ」
「私も育てた(ドヤッ」
「あんたらはもう少し反省しなさいよっ!」
自信満々にドヤ顔を披露するエミヤとスカサハにエリザベートのツッコミが飛び交う。混沌・悪に超ド正論なツッコミを入れられる中立・善と中立・中庸がいるらしい。ちなみに悉くとスルーを喰らっている白い皇帝は涙目で「無視するでない。無視すると泣くぞ……泣くぞ!」と訴えかけていた。そしてそのまま光の粒となって消える。仁慈達が聖杯を回収したために座へと還ったのだ。
「……ふう。これで、本来の流れに戻る……我々の犠牲も無駄にならずに済む」
「本当にありがとうね。ジェロニモ」
「礼を言われることではない。ここで何もかもなくなってしまっては、我々の想いが、決意が無駄になる。それは許されないことだ。過去は変えるものではなく、教訓として糧として、前に進むためのものだからな……ま、復讐で戦士になった私が言えることではないが」
自嘲気味に笑うジェロニモにビリーはもう何も言わなかった。只自分が持っている銃をホルスターに終い、戦いの傷跡が多く残る大地を見渡す。自分がこれを見ることがどれだけの犠牲の上に成り立っているのかということを想いながら。彼らは消えていった。
「ちっ、今の今まで空気を読まないでずっと殴り合ってたっつうのによ。結局負けか……」
「その天性の才は確かに脅威だ。だが、振るうものが未熟であればそれも持ち腐れというもの。座に還り、学ぶがよい。ベオウルフ」
「わりぃがお断りだ。なんか考えて殴るのは性に合わなねぇからな。野蛮上等、それが俺だ。其れよりあんたは良かったのか?あの槍兵と戦いたがってたんじゃねえのかよ」
「……フッ、それはまだ早いとこの前知らしめられてな。今しばらく時間をおこうと思ったまでの事よ。―――呼ばれるのが一番早いのだが、それは時の運だろう」
「ハッ、そりゃいい。確かにあの兄ちゃんの元なら気持ちよく拳を振るえそうだ」
今の今までずっと殴り合いをしていた二人はお互いに笑い合いながら消えていく。
その横ではこの特異点で影の功労者と言ってもいい二人が話し合っていた。
「ミスタ・エジソン。よかったわね。これで世界は救われたわ」
「うむ、そうだな。……これで、良かったんだ。
「別に間違ってはないでしょ。その判断があったからこそ、彼らが来るまで持ちこたえることができたんだから。過程を間違えることはよくあること。それでも正解を拾い上げるのがエジソンでしょう?」
「―――ありがとう。君の言葉に何度私は救われたことか……」
「でも、これで終わりではないでしょうね。まだまだ特異点は残ってる。さあ、あの子は私が渡した媒体を使ってくれるかしら?」
「………まて、そんなものを渡していたのか?しまった!私も恰好つけないで渡しておけばよかった!あの発想は私にはないもの……是非とも親交を深めたかった……もっと具体的に言えばカルデアとやらに召喚されて、色々な機械とか見たかった!」
「ま、その辺は彼に頼むのね」
「ォォォオオオオオ!仁慈くーん!是非とも私を呼んでくれぇぇぇええ!!!」
前半の真面目は何処に行ったのか。やはり、この特異点での彼は大統領たちの妄執に取りつかれていたのだろう。
もはや初見の時に会ったキャラクターは亡き者となっており、そこにはコミカルなアメコミライオンの姿があった。そしてそのまま座に還される。それでよかったのか。
「…………」
「どうだ。答えは、見つけたか?」
明るいムードが漂う中、一人で佇んでいるアルジュナにスカサハが語り掛ける。彼は振り返ることなく、返事をした。
「完全に……とはいきませんが、以前よりはスッとしています」
「そいつは重宝。お主の弓、腕は確かだ。そのまま腐らせるのは惜しいからな」
余りの理由にアルジュナは苦笑した。
彼女が謙遜ではなく心の底からそう思っていることが分かっているのだろう。
「では、期待に応えるとしましょう。もし次に会うことがあれば、また見せてあげましょう。このアルジュナの弓を」
「面白い」
その時彼が浮かべた笑みは授かりの英雄……周囲が称えた理想の英霊という側面ではなく彼だけが自覚している邪悪な部分が表面化している笑みを浮かべていた。
最後に残ったのはカルデア勢のスカサハとエミヤだけである。
「それにしても、よくぞあの状態のクー・フーリンを仕留めたな。これは流石に褒美が必要だろう」
「……明日の天気は槍になるやもしれんな」
「今すぐ降らしてやろうか?」
「遠慮しておこう」
というか確信があったんじゃないのか……と思わず白い眼を向けるエミヤ。しかし、当のスカサハは涼しい顔をしてそれでもやると思っていた。お主も奴らの性質を知っているだろう?と言った。
その言葉にエミヤは返す言葉を持たなかった。
――――――
「聖杯の回収を確認しました。……ナイチンゲールさん。ラーマさん、シータさん!ここまで本当にありがとうございました!」
「本当に助かったよ。マジで。ラーマとシータそしてナイチンゲールがいなかったらこの特異点は危なかったわ」
初期の方でこいつ置いてこうとか思って本当にごめんなさい。ナイチンゲール。心の底からごめんなさい。
「礼などは不要だ。むしろ、余の方が感謝したい。―――ありがとうマスター。余の……余達の積年の願いを成就させてくれて」
「その通りです。ありがとうございました」
「こちらも感謝などは無用です。もとよりそういう契約だったのですから。―――ようやく治療は終わったようですね。独りのではなく、この国全体の大きな傷が。感謝は無用ではありますが……レディマシュ・キリエライト。ミスタークー・フーリン。どうか握手をしていただけますか?」
唐突の申し出に兄貴とマシュはそろって首を傾げる。するとナイチンゲールはこの特異点の中でもかなりの小さい頻度でしか出さなかった微笑みを携えて口を開いた。
「連れ添った患者が退院するとき、こうして手を握り合うのが、私の密かな楽しみだったのです」
「………もちろん喜んで」
「おう。お前さんほどの美人であればこっちからお願いしたいね」
そうして握手を交わす二人。俺に握手がないことに別に驚いたりはしない。だって俺は彼女曰く病人らしいし、多分退院した扱いになってはいないのだと思う。
「そしてミスター樫原仁慈。まずは自分の病を自覚するところから始めることです。いいですね?もし行わなければこちらから赴きます」
「ハイ」
師匠とは別の意味でやりそうだから困る。
俺は縮こまって頷いた。
それに満足したのか、彼女は再び先ほどのような笑みを浮かべ、静かに右手を差し出して来た。
「?」
「ともに戦った同僚に握手することは間違ったことではないでしょう?」
「………プッ」
俺が一人だけ抜け者にされたことを気にしているとでも思ったのだろうか。真偽の方は定かではないが、素直に右手を差し出すことにする。
『いい雰囲気のところ悪いんだけど、そろそろ時代の修復が始まるよ。……今回は初めて味方のサーヴァントが倒れてしまった。だけど、一人で済んだことが奇跡と言ってもいい。君たちは胸を張って帰還してくれ』
「はい」
「最後にミス・マシュ。一つだけいいですか?」
「なんですか?」
「―――貴女は貴女の目的のために、これからの時間を生き続けてください。そして、その目的を夢ではなく、願いにしなさい。人間、夢としてしまうと途端にそれが遠く感じてしまいがちです。けれど違う。限りなく現実を睨み、数字を理解し、徹底的に戦ってこそ道は拓かれるのです。それこそ、人間に許された唯一の歩き方です。――丁度、私たちのマスターのように」
それだけマシュに言うと今度は俺に向き直り、マシュのことをどうか支えてあげてくれという旨の話を受け取った。当然答えはYESである。
返答に満足してくれたようでナイチンゲールはそのまま座へと還っていった。
「さて、最後は余達だな。と言っても伝えたいことは大体先程言ってしまったのだ。だからこそ余計なことは加えない。代わりにこれを」
言って、差し出されたのは彼の左手に着けている籠手、シータからは髪の毛が数本送られてきた。
「この特異点は無事解決された。だが、これよりも厳しい戦いがまだまだあるだろう。だから、余の力が必要な時はそれを使ってくれ。すぐにでも駆け付ける。その場にたとえシータがいなくともな」
「私も同じです。この場では戦っていないので少し信用できないかもしれませんが、
「―――ありがとう。ありがたく受け取っておく」
俺に媒体となるものを渡した彼らは手をつないだまま座に還った。これから彼らがどうするのかはわからないが、かえったら召喚を試みてみるかね。
――――――
レイシフトのなんとも言えない感覚を体験し、目を覚ますとそこはコフィンの中であった。そのまま外へと出ると久しぶりの生ロマンが出迎えてくれた。その近くには所長の姿もある。今日も働く姿を見ることはできませんでしたね。
「こっちは貴方たちの存在を保つために必死にモニターにかじりついていたんだからもう少し言い方ってものがあるんじゃないかしら!?」
マジおこだった。
流石に冗談が過ぎたために俺は素直に頭を下げる。
「さて、これで歴史的に必要不可欠なアメリカ合衆国が誕生したわけだ。何はともあれお疲れ様二人とも。聖杯の方はこちらで預かっておくから先に部屋に戻って休むと良いよ」
「ではお言葉に甘えますね。行きましょう、先輩」
歩き出す彼女に合わせて俺も歩き出す。普段から俺の盾となってくれている小さい背中を見やりながら俺は壊れた槍をどうするか考える。この槍を直さなければ彼女にかかる負担は今以上になることは確定的に明らか。アメリカに行く前に見た夢のことを考えるとこれ以上の負担は絶対によくない。とりあえず万能を謳うダ・ヴィンチちゃんに相談しようと心に決めた。
「先輩。一つ、いいですか?」
「ん?」
「今回の戦いでは哀しいことがありました。――――だけど、私……こんなことを言うのは不謹慎だと分かっているのですが、楽しいんです。こうして先輩と共に時代を駆け巡り様々な人、英雄たちと出会う――――それは、どの魔術師でも経験したことのないことで、歴史には残らないけれど私たちの記憶にだけ刻まれる旅。……そのどれもが初体験で、嬉しくて、悲しくて、大切なそんな思い出。それをずっと大切にしたいと思います」
「……そっか」
それはいいことだと思う。人類を背負うという悲壮で後ろ向きな覚悟よりも明るい方が活力が湧く。今回クー・フーリン【オルタ】との戦いで折れそうになっていたけれどもなんとか大丈夫そうかな?
そんなことを想いつつ、それぞれの部屋に分かれようとした時……、
「それで、は……せん、ぱい……?あれ、おかしい、な……わたし、立って―――――」
マシュが頭から血を流してこちらに倒れ掛かって来たのだった。
活動報告でアンケートやります。
内容は以前言った六章についてのものですね。