「呵々!唯の小僧かと思ったが……非礼を侘びよう。この李書文、まずはお主に対してこの槍を向けよう」
「どうしてこうなった」
……今現在、俺の目の前に居るは李書文。
近代の英霊であり史実の存在であるにもかかわらず、その経歴はまさに作り話のようなものだ。特に有名と言っていいのが二の打ち要らず、一つあれば事足りると謳われていたことだろう。牽制として放った一撃で相手を倒すことからそう謳われていたらしい。生涯、真剣勝負に置いて負けはないとも言われており、実は槍を極めるために八極拳は学んだだけなのに二の打ち要らずと言われる化け物でもある。……マーボー師匠すらも凌駕しそうなスーパー武道人。……以上、ロマペディアから引用。要するにリアルスーパーサイヤ人(史実)という質の悪い人物である。
そんな危険人物と何故俺が正面切って向かい合っているのかと言われれば、当然理由はある。実はこの人、単独行動を行っていた師匠のことを偶然発見してしまったらしく、その実力を見ただけで感じ取ってしまったという。師匠の強さは確かに異次元と言ってもいい。その異次元染みた力に自分の実力が通じるのか否かという衝動に駆られた李書文が、師匠のことを態々追いかけて来たというのだ。
対する師匠。本人も李書文を見つけて割とやる気満々だったのだが、彼の戦闘スタイルが槍と無手であることを見抜いた彼女は実に悪い笑みを浮かべて俺を指名、彼の目の前に差し出したのである。
ここで確認するけど、俺ってカルデア……つまりは人類最後のマスターで、一応人理修復の希望的な役割だったと思うんだけど。どうしてこう、率先して危険な場面に送り込まれるの?
「ハッ、何を今さら。自分から前に出たがる者に、そのような言い訳が使えると思っているのか」
「すいません」
ぐうの音も出ない正論だった。しかし、言い訳させてもらうとこの性格は師匠の所為だと思う。なんせ、頼れるものは己の身体のみ。尚且つ受け身の姿勢で居れば、ただ獲物になるのを待つだけになる……だったら行動するしかないじゃない!
訴えかけるもこの場に居るのはマシュと元凶の師匠しかいない。他のサーヴァント?彼らなら今頃メイヴが聖杯を利用して生み出されたワイバーンやらケルト人上位種やらシャドウサーヴァントやらを駆逐して、俺達の戦闘スペースを生み出してくれていますけど何か?誰か俺を助けようというまともな感性のサーヴァントはいないのか!?
「おい、マスターがなんか言ってるぜ?」
「相手にするな。どうせ何とかする」
「……うむ。余もほんの僅かしか行動を共にしていないが、心配が杞憂に終わることくらいは理解できる」
「…………えーっと……それは少し過信しすぎなような気が…」
「いいのいいの。気にしないで。子ジカはある意味別次元に生きてるから、心配するだけ無駄よ」
「エリザベートの言う通りだシータよ。あやつは早々に敗れたりはせんだろう」
「マスターとはいったい……」
「気にしすぎない方がいいよ。ジェロニモ。はげるよ?」
「サーヴァントは変化しないだろうよ………ハァ……この場所に来てからオレの中の常識とか正しいマスター像とか色々崩壊してるんですがねぇ……」
「緊急性の高い方から処置します」
反応はなし。エミヤ師匠や兄貴ならともかく、この特異点で知り合ったサーヴァント達までこの反応なんて、ちょっとおかしいんじゃないんですかね。
「なに、意気込んだが儂とて一対一で戦えなどとは言わん。強くなる分には何も問題などないからな。そこのサーヴァントも共に戦っていいぞ」
「え……先輩……」
「ごめん。マシュ。戦闘準備をお願い。……ああいうタイプは何言っても止まんないから。ソースは後ろの人」
「……ハハッ。言うじゃないか。………………帰ったら久しぶりに稽古をつけてやろう。直々にな」
ヒェ!選択肢ミスった。
「……マシュ、戦闘開始!」
「先輩先輩。スカサハさんはそれでは騙せないのではないかと」
知ってた。
―――――――――
「甘いぞ!多少の覚えがあるようだが、まだ功夫が足りん」
「……だ、だいぶ前に倣ったから錆び付いているだけだし(震え声)」
「先輩、会話をしている場合ではないと思います!」
マシュに怒られる。けど、正直軽口も叩きたくなるってもんですよ。向こうは完全に俺の上位互換だ。隙を探そうにも向こうは武術の達人、早々にそんなものを晒すわけもない。お得意の気配遮断を行おうとしても、どうやら向こうは完全に見えているらしく、むしろ待っているかのようでもあった。
ここまで相性の悪い相手は師匠以来ではなかろうか。師匠も人の身で人外に至っただけで、兄貴みたいに神交じりの人じゃないし。この人も人外的に強いだけで人外というわけではない。……マシュがいなければ死んでいた。というか功夫が足りないってなんだ。うちの師匠は愉悦が何たるかしか教えてくんなかったぞ。興味なかったけど。
「雑念が浮かんでいるぞ!フンッ!」
李書文が握る槍がしなり、俺とマシュを叩こうと迫る。しかし、回避は不可能。本人にとって牽制となるだろうその一撃は、彼の言い伝えの通り俺達にとって致命傷となるに相応しい一撃である。
俺が受け止めようとしても胆力が足りないだろう。マシュに目を合わせ、それを攻撃の先にずらすことで受け止めてもらう様に指示をだす。意図を正確に読み取った彼女は自身の身長程あるその大きな盾て槍を受け止めた。攻撃を貫通させるようなヘマなどはしない。盾のスペシャリストとも言っていい彼女にとってそんなものは無縁のものだ。
受け止めた盾から飛び出すかのように疾駆し、李書文に一気に肉薄する。だが、相手からすれば恰好の得物が飛び込んできたようにしか思えないだろう。いくら槍を弾かれたからと言ってもここは李書文の距離と言ってもいい。
「槍を弾かれればその分隙ができると思っていたのか!」
李書文はなんと自分の槍を真上に投げると足を開いて中腰となり、拳を構え始めた。ですよね。知ってましたとも。誰だってそうする、俺だってそうする。李書文は己の足を地面に叩きつけ、こちらの動きを阻害しつつ生み出した衝撃を加算する震脚。その完成度は比べ物になるわけもなく、こちらの動きが嫌でも止まってしまう。
「捕らえたぞ!」
「知ってた……マシュ!」
「了解……なんとしてでも防ぎます!」
人間である俺が彼の震脚で止まるなんて当たり前のことだ。そもそもパラメーターが違うんだから。しかし、先程李書文は槍を上に投げた。それはつまり頼りになる後輩をフリーにしたということ。後輩、最高です。え?女の子を文字通り盾にして恥ずかしくないのかって?恥ずかしくありません。こうでもしないと生き残れません。そもそも俺が守ろうという立場がおかしい。レフ?あれは仕方ない。
「面白い!受けてみろ!」
「はぁッ!!」
本命とまではいかないだろう。だが、今までの牽制とはまた違う一撃であることも確か。その威力は先程まで受けていたものとはもちろん毛色も威力も異なるだろう。二の打ち要らずと恐れられていた通り、致命傷足り得る一撃となる。マシュ以外では。
目の前でまるでトラックでもぶつかって来たのかと思えるほどの轟音が響き渡る。面の陥没具合を見るにその威力はとんでもないものということは容易に想像ができた。けれどもマシュは立っている。その細い体で大きな盾を構えて、その場から動くこともなく、かなりの衝撃を持っているはずの一撃を受け止めていた。
「流石マシュ!」
バッと彼女を飛び越えるようにして跳躍、空中に浮いたままマシュと李書文の間に躍り出るとそのまま李書文の顔面に渾身の蹴りを放つ。その攻撃は彼の腕にしっかりと防がれてしまい、そのまま掴まれてしまうが、マシュがシールドバッシュを行い李書文を後方に吹き飛ばした。だが、吹き飛ばされる直前、上に投げた槍をキャッチしていたのは流石に驚いた。どういう神経しているんだあの人。吹っ飛んだ彼に追撃するかのように鞄の口を開けて中身が空中に出るようにして振りまわし、出て来た武器たちを投擲する。狙いは当然李書文であるが、直前に槍を回収されたのが痛かった。撓る槍を巧みに操り危なげもなく投擲された武器を叩き落し、一定の距離で止まる。
その表情にダメージを受けたような感覚はなく、まだまだ余裕であることがうかがえる。リアルサイヤ人は格が違った。
「……近代の英霊とは思えない強さです……」
「いや、それはこちらの台詞よ。……まさかここまで儂に食い下がってくるとは。本気で殺し合えばどちらに天秤が傾くかわからぬか……」
ここで何やら一考するようにして瞳をつぶる李書文。しかし、すぐに目を開けると俺達の戦いを黙ってみていた師匠にその鋭い視線を向けた。
「スカサハよ。先の話は棚上げにさせてもらおう」
「ほう、良いのか?もっと痛めつけてくれても構わんのだぞ」
「それは魅力的な提案だが、儂とて好き好んで世界が滅びるさまを見たいわけではない。お主たちであればケルトにその牙を届かせることができるだろう。……その大盾で世界を守護するがいい。サーヴァントよ」
「……はい」
「そしてそこのマスターよ。ついでに一つ教えておこう。あくまでも儂の見立てだが、あの発明王、何かに憑依されてるな」
「ライオンにか……」
「ハハッ!そうかもしれんな。……どちらにせよ、一発ぶん殴ってやれば正気に戻るかもしれんぞ?」
「ありがとうございます」
なんとここまで親切にしてくれるとは思わなかった。あの人師匠と同列の人かと思ったけれども実はいい人なのでは?
「それではな。先に言っておくが一緒に戦うことは出来ん。此処には儂を刺激するものが多すぎる。だが、どこかで共闘する機会はあるだろうよ」
彼はそれだけ言い残して、先程まで戦っていたことなどなかったことのように、悠々とその場を後にしていった。
「行ってしまわれました……」
『さすが全盛期の李書文。触れれば切れるナイフのような荒々しさだ』
「……それでは患者を治療しに行きましょう」
唐突にナイチンゲールがそう切り出す。理由は言わずともわかっている。彼女にとってもやはりあのエジソンはおかしいと考え居ていたらしい。それはもちろん頭が獅子になっているとかということも含めて言っているのだろうが、彼女曰く、与えられた知識と照らし合わせるとどうにもズレが生じているとのこと。その理由が何かしらの憑依であれば治療しに行かない訳にはいかないということだろう。
「その意見には賛成するよ、もちろん。どちらにせよ、エジソンとは同盟を組もうと思っていたんだから」
「同盟よりもまずは治療ですいいですね」
「アッハイ」
ここで無駄に言い争っても仕方がないので頷く。まぁ、憑き物が落ちた状態の方が交渉は進むだろう。あの状態では何を言っても暖簾に腕押しという感じではあったし。優先順位は治療(物理)の方が高い。
「ねぇ、みどり。ちょっと喉乾いたから水くれない?」
「余にも欲しいぞ!」
「俺に言うなよ。あるけどさ……」
あるんだ。
「シータ。僕の戦いぶりはどうだった?」
「はい!勇ましく素敵でしたよ」
「そうだろう!そうだろう!」
「……ジェロニモ」
「言うな小僧……言わないでくれ」
ジェロニモがorz状態に……。だ、大丈夫だから。ラーマはとんでもない戦力だから。あのフィンとディルムッドを一蹴するほどの強さを持っているから。それに比べれば固有結界の常時展開くらいわけないから!責任を感じないで!
「仁慈。一応、覚えておけよ?しっかりとこの脳裏に刻まれているからな。お主の稽古」
「あっ(察し)」
「リスク管理は大事だとあれほど……」
聞いてないです。エミヤ師匠から教わったのは弓と土下座だけだ。
『またいつもの空気に……ほら。漫才やってないで、エジソンの所に行くんでしょ!』
ロマンに窘められ俺達はようやく歩みを進めるのだった。
「そう言えばマシュ。さっきは本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ。私は先輩の盾ですから!当然です!」
とても明るい笑顔で答えてくれるマシュ。後輩、最高です。
話は全然進んでいません。すみません。
……書文先生が強いのが悪い。