この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

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すみません。今回はあんまり進んでいません。


弟子と師と弟子と

 

 

 

 

 

「――――そら」

「フッ!」

 

 赤黒く光る朱槍が別々の軌道を描いて交じり合う。火花を散らし、甲高い音を響かせ、何気にメイヴがばら撒いて行ったケルト兵をなぎ倒す。それはまさに天上の者たちの戦いだっただろう。決して弱いとは言えないケルトの兵士とてなすすべもなく吹き飛ばされるばかり、天災を前にした人間のような有様なのだ。

 しかし、それも仕方がないと言えるだろう。片方はケルト神話の英霊その代表格とも言えるクー・フーリン。度肝を抜くような逸話が数多く存在する文句なしの大英雄だ。そしてもう片方は、そんなクー・フーリンの師。己の力で敵を、魔物を、神をも殺しこの世の外側へと弾き出された生粋の外れ者にして影の国の女王スカサハである。その二人の戦いが常識という物差しで見ることができる範囲に収まるかと言われれば否と答えるしかないだろう。

 

「追加分だ。遠慮せず貰っていけ」

「寝言を言うな」

 

 スカサハが召喚した朱槍がまるで独自の意思を持っているかのように自由な軌道を描いてクー・フーリンへと向かうが、流石は弟子にして大英雄。堕ちていてもなおその技術は錆び付くことはない。自身が握る朱槍を振り回し、ひとつ残らず叩き落とすと、防御に使った槍を投擲した。真名こそ開放していないものの、その槍は確かに宝具であり呪いの朱槍である。直撃すれば傷は免れない。さらにその速度は到底捕らえられるほどではなくまるで赤い流星のようでもあった。

 しかして、その槍を受けるのは何度も言う様にクー・フーリンの師であるスカサハである。彼の技術の基は彼女が作り出したと言っても過言ではない。故に、何を行うか、どういった軌道で来るかは当然理解できている。……ましてや、ここ最近ではカルデアに居るクー・フーリンと幾度となく戦いを繰り広げてきたのだ。影の国で怪物を倒して回ることでも十分修行となるだろうが、対人戦の経験もここ最近積んできた彼女が変質したとはいえ同一人物の攻撃をむざむざ受ける道理はなかった。

 

 迫り来る朱槍を回避することでやり過ごすスカサハだったが、その直後己の失策を悟った。

 彼女がクー・フーリンに視線を戻した時、既にそこに居たのは()()()()()()()ではなかったのだから。

 

「―――なっ!?」

 

 元々、外見は普段のものと違っていた。一目でわかるほどに全体的に尖っており、何より尻尾も生えていた。その段階で緊張感のないことを口にしながらも警戒はしていたのだが、スカサハにとって予想外だったのは対峙しているクー・フーリンの堕ち具合だった。まさか、波濤の獣にここまで近づいているとは思っていなかったのである。

 

 そう、今の彼は自分の真の宝具を解放していた。その身を彼らがもつゲイ・ボルク……その素材となっている獣の骨格を再現したかのような鎧が包み込む。

 予想だにしていなかったその光景に一瞬だけ滅多に見せることのない隙を見せたスカサハ。当然、本来のクー・フーリンよりも貪欲に戦いを求めている彼がそれを見逃すことなく通常よりも遥かに強化されたステータスで一気に加速、スカサハとの距離を一気を無へと還し、腕に纏った爪でスカサハを八つ裂きにする。その後、力を溜めて彼女の体内を抉ろうと腕を突き出した。

 

 隙を突かれ咄嗟にその攻撃に反応できなかったスカサハであったが、己の身体を八つ裂きにしようとする爪の攻撃は致命的なものだけは確かに防いでおり、最後の止めとばかりに突き出された腕は回避することに成功していた。本来であれば、己が教えていない攻撃を即座に見切ることなどは難しかっただろう。が、先程も言ったようにスカサハもクー・フーリンに修行を付けていた頃から成長していないというわけではない。特に最近では、仁慈を相手にしているのだ。自分の教えたことを使いつつ、何処から考え付いたんだと思えるようなあの手この手を使って生き延びようとしている彼との戦いが不可解な事態に対する対応力を養わせる結果となっており、それ故に致命傷は何とか避けることができたのである。もちろん致命的な攻撃を受けていないというだけであり、普通に重症ではあるのだが。

 

「―――っ……!その姿……そうか。そういうことか。……ふむ……さて、ここからどうするべきか。今の状態では、お主に引導を渡すことは不可能。かといって殺されてやる気分でもない……」

「呆けたか?元からお前に選択肢なんてねえ。今のを躱されるとは思ってなかったが…結果は見えたも同然だ」

「いいや、殺されてやらん。……そうさな、様子見ということであれば十分であろう。引くか」

 

 そう呟くスカサハ。

 一方のクー・フーリンは彼女の放った言葉と態度に驚愕の表情を見せた。彼が知っているスカサハであるならば未だ戦えることの状況で尻尾を巻いて逃げるなんてことはしない。自分の在り方を認めていないが故にどうあっても殺しにくると彼は考えていた。だが、今の彼女は戦う意思を見せないだけでなく逃走の算段まで立てているのだ。関りが深かったからこその反応と言えるだろう。

 

「腑抜けたかスカサハ」

「なに、ジジババのように同じことを繰り返す生活から脱したが故の変化、というやつだ。あやつはいい刺激になる」

 

 彼女はそういってクスリと笑う。

 

「くだらねえ。もういい、そのまま死ね」

「わからん奴め。殺されてやらんと言っているだろう。それに、あやつ等を嗾けてみるというのも面白そうだしな。―――死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)

 

 心底失望した、という反応のクー・フーリンがスカサハに止めを刺すべく、鎧を纏ったまま再び攻撃の体勢に入る。だが、その時には既に彼女の宝具が発動していた。

 本来であれば敵を影の国へと強制的に引きずり込み魔力と幸運判定で失敗すると即死させるというある意味でクトゥルフ的な宝具なのだが、今回ばかりは脱出用のどこでも〇アとして利用し、己をその中へと入れたのちにその門を閉じた。

 間一髪のところでスカサハを取り逃がしたクー・フーリンは纏っていた鎧を解除すると不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「大体予想通りだったとは言え、悪いわね。牢屋に入れる形になっちゃって」

「この後出してくれるならなんの問題もない。牢屋なんて入り慣れた」

 

 まさかここで監獄塔での経験が役に立つとは思ってなかったけれども。…っておいロマン。お前の呟きは聞こえているぞ。牢屋に入れられ慣れているというのは普通に豚箱にぶち込まれた経験が豊富というわけじゃないから。むしろカルデアに来てからの経験だから。此処に来るまでは一度もなかったから!だから犯罪者を見るような目を向けないでくれません?ほら、所長も怯えてるし。

 

「なんにせよその内助けが来ると思うからそれまで我慢して入っててちょうだいな。……その間に私は貴方のことを聞けるだけ聞くから」

「なんだその眼」

 

 ロマンと所長の誤解を何とか解いたと思ったらエレナにロックオンされていた件について。どうやら彼女も例に漏れることなく研究者のような体質らしく興味のある者には一直線と見た。直接本人に聞いてみると俺の想定していたような答えを得ることができ、また俺がどうしてサーヴァントと正面切って戦えるのかどうか知りたいらしい。修練の成果じゃないかな(白目)

 

「それもあるとは当然思うわよ?ただ、それでも神秘の塊であるサーヴァントを現代の魔術師擬きとも言えるあなたが戦えるのはおかしいと思うのだけれど………うーん、こんな状態でなければ詳しく調べることができるのに……」

 

 心底残念と言った感じのエレナだったが、その後フッとひらめいたのか、俺にメモ用紙の一部のようなものを手渡して来た。

 彼女曰くこれが自分の媒体となるものらしくカルデアに帰ったら是非私を呼んで欲しいとのこと。どうやら意地でも俺のことを調べたいらしい。そんな彼女の様子にマシュは呆気にとられ、エミヤ師匠は顔が引きつり兄貴はモテモテだなとからかってきた。

 

 そんなことをしていると、唐突にナイチンゲールが口を開いた。こうしてエレナが俺達に協力する以上本気でアメリカを真の意味で独立させ人類を滅ぼす気はないのだろう、なのにどうしてエジソンに味方するのかと。

 

「今のアメリカには彼が必要だからよ。答えがたとえ間違っていようとも今日この時までアメリカと言う国を存続させ今もケルトと戦っていられるのは彼のおかげだから。私なら今頃挫折してるわ。だから、よ」

 

 最後にさんざん言っているけど生前から付き合いがあるしねと付け加えるエレナ。彼女の言い分は最もだろう。この時まで一騎当千のサーヴァントたちを相手に前線を持たせてきたのは彼の製作や発明品、そして策略によるものだろう。だからこそ味方をして長く前線を持たせなければならないということか。人理修復も、特異点が完全なものとなりもう歴史的にも修正が不可能になってしまってはもうどうしようもないし。

 

「あら?………お話はここまでみたいね。じゃあ、適当に見張りの者と交代してくるから頑張って脱出してねー」

 

 何かに気が付いたのかエレナはよっこいしょという掛け声とともに身体を起こしてこちらにそう言葉を投げかけるとそのまま外へと出て行ってしまった。それとほぼ入れ替わるようにして見たこともない褐色の男性が俺たちの前に現れた。その男性は褐色の肌によく映える白い線を縦に丁度身体が二分割できるような位置に引いていた。なんなんだろうかこのひとは。道路?

 

「何やらとても不名誉な考えをされたような気がするが……まぁ、いいだろう。少し大人しくしていてくれ。今、牢から出そう」

『サーヴァント?……おかしいぞ!言葉を発せられるまで全く気付くことができなかった!?』

「そのまま入ってはインドの大英雄に気づかれてしまうからな。ある男から借り受けた宝具のおかげだ」

 

 そう説明しつつ俺たちを助けに来たというサーヴァントは牢の鍵を外して俺たちを開放してくれた。まぁ、別にいつでも出ることはできたんだけれどもこういった演出があった方がいいだろうとエレナが気を利かせてくれたのだろう。恐らくカルナだって気づいていても彼のことを通してくれただろうし。

 

「貴方は一体……?」

「ん?ああ、確かにこちらの名を明かさねば信用は得られないか。とはいえ、私の真名はおいそれと口にするべきものではないしそもそも言ったところで通じないだろう……故にこう呼んでくれ。ジェロニモと」

『ジェロニモ!アパッチ族の英雄にして精霊使いだね。成程、確かにこの英霊なら彼らの方に加わらないということも分かる』

「本来であれば問答無用で敵同士なのだが、今はそうも言っていられないからな。一先ずここから脱出しよう。交代の兵士が来るまでまだ時間はある。一先ず私たちの拠点に案内しよう」

 

 そう、助けに来てくれたサーヴァントジェロニモは言った。俺達も特に異論はなく黙って彼の後について行くことにした。

 俺達の味方であると決まったわけではないが、それでも敵というわけではないだろう。ロマンの言い方からすれば彼は元々この地に住んでいた部族であることがわかる。ここを支配せんと進行するケルトの軍勢と手を組んでいるとは考えにくい。

 

 彼の後について行っている途中俺の魔力がごっそりと削られるような感覚に陥った。それはよく宝具を開帳した時に味わう感覚と似ており、ここに居るサーヴァントたちは当然の如く宝具を発動させてはいない。つまり此処に居ない人物、師匠が宝具を使用したというわけだ。彼女がそれを使うというのであればそれなりに厄介な状態なのかもしれない。

 

 俺は確実に来るであろう苦労と、強大な敵の存在に思わずため息を吐くのだった。

 




軽傷というわけではないけれど、戦線離脱に成功した師匠。
言った何時から、彼女が成長していないと錯覚していた……?

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