ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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後語⑧ 私にオタクが舞い降りた!

「たーべるんごーたべるんごー。やまがたりんごをたべるんごー。あーまいりんごをたべるんごーもりもりたべるんごー」

「ぼくはーりんごろう、んごー」

 有名ショッピングモールの物産展でひたすら山形りんごのアピールソングを熱唱します。室内のため冷房は効いていますが、狭苦しい着ぐるみの中なので若干汗ばんでいました。

「いっぱい買ってほしいんごー!」

 もちろん道行く人に対する媚も忘れません。りんごっぽい形の着ぐるみだけあり終始中腰なので子供に手を振るのもやり難いです。

 

「日本一の蜜入り『サンふじ』ですよ~! 山形りんごの生産量はまだまだですけど味にかけては日本一で~す!」

 同じく販促イベントに来ている辻野あかりちゃんも声を張り上げて宣伝しています。実家のある山形県産のりんごですからアピールにも力が入っているのが伝わってきました。

「り、りんご~。りんごはどうですか~って、ぼくの声なんて誰も聞いてないよね……。はあ、めっちゃやむ」

 一方もう一人の新人アイドルは店舗の隅の方で小さく丸まっています。やる気の全く感じられない姿勢が逆に清々しいですね。これは後で教育やろなあ。

 今をときめくアイドル達、特に知名度だけは抜群で人気もそこそこの私がなぜりんご売りのドサ回りをしているのか、その理由は少し前に遡ります。

 

 

 

「失礼します。七星朱鷺、出頭しました」

「入りたまえ」

 常務室のドアをノックしてから部屋の中に入ると美城常務と犬神P(プロデューサー)が難しい表情で待ち構えていました。先程レッスン後にここに来るよう呼び出されたのですけど、私に何か用があるんでしょうか。

「え~と、どうしました?」

「ああ、実はね……」

 先手必勝とばかりにこちらから話を切り出すと、ワンコロPが事の経緯を話し始めました。

 

「私を新人アイドル教育係に任命、ですか」

「ああ。以前に七星さんが常務に提案した研修プログラムがあったと思うけど、今回はそれを発展させたものだと思ってもらえればいい。前回は日替わりで色々なアイドルに同行する形だったけど、今回の新人教育ではマンツーマンで一ヵ月間仕事に同行することになるんだ」

「一般企業のOJTみたいなものですね」

 OJTとは先輩社員が実務を通じて業務を教える教育手法であり、双方のスキルアップや人間関係構築に役立つ等のメリットがあるので多数の企業で導入されています。私も前世で嫌という程体験していますから社命であればやぶさかではありません。ただ一つだけ気になることがあります。

 

「それで、私が担当する新人アイドルとは誰でしょう?」

 自慢ではありませんが私は346プロダクションのアイドル達とは上手くコミュニケーションが取れていると自負しています。なので教育係を担当するのは通常問題ないのですが、ごく一部において超クッソ激烈に相性の悪いアイドルがいることは否定しません。

「うん、夢見りあむさんなんだけど……」

「すみません無理ですごめんなさい」

「回答早っ!」

 その相性最悪のアイドルこそ、夢見りあむさんなのでした。

 

 彼女の強烈過ぎる個性を一言で表現するのは難しいでしょう。現在進行系のドルオタさんであり、ザコメンタルを自称するほどメンタルが弱い方です。どちらかというとコミュ障で言葉選びが致命的に下手なため、SNS等で何かと炎上しがちですね。専門学校に通っていましたが案の定挫折し休学状態で、アイドルになってワンチャンを狙うようなダメ人間の気もあります。

 

 一昔前のアイドルのイメージを前面に出しアーティスト性を高めるという会社方針が軌道修正されたのは良いのですけど、いつのまにかこんな異物が混入されてしまいました。噂によるとお酒の席で美城常務が半泣きで愚痴っていたそうですよ、ええ。

 このように個性を列挙すると救い難いように聞こえてしまいますが、実際にはそれらの要素が程よくミックスされた愛されキャラですし、もちろんアイドルになるくらいですからルックスやスタイルは抜群です。私も別に嫌っている訳ではないんですよ。同じピンク髪で親近感がありますし、傍から眺めている分にはとても面白い方です。

 

「な、なんで駄目なのかな」

「説明するのは難しいんですけど、一言で言うとジェネレーションギャップですね……」

「夢見さんが十九歳で七星さんが十五歳だよね。四歳しか違わなくない?」

「乙女には色々事情があるんです」

「はあ……」

 何せ相手はSNS世代の代表みたいな子です。生まれた時からネットに接している子と、生まれ直したとはいえ未だ昭和の影を引き摺る私とは相容れない点が多々あるのでした。

 特にりあむさんは精神的にアレなので下手な指導をしてしまうとストレスで爆破大炎上になりかねません。下手なことをして責任を取れと言われても困ります。

 

「それではどうぞよしなに。アディオス、アミーゴ!」

 こんな所にいられるか、私は部屋に戻るぞ! と心の中で叫びつつきびすを返します。

 すると「待ちなさい」と美城常務に呼び止められました。しまった、このポエマーおねいさんの存在を忘れてた!

「これは会社の方針だ。納得してもらう必要はない」

「うぐっ」

 社畜にとって一番辛い言葉が炸裂しました。組織に属する者は組織の方針からは逃れられません。それでも何とか危機を回避しようと拳以外で抵抗します。

 

「で、でも教育担当ならもっと良い方がいますって。留美さんとか瑞樹さんとか!」

 こういうめんどいのは酸いも甘いも噛み分けた熟……じゃなかったお姉様に任せるべきです。

「私は君達の組み合わせに可能性を感じた。既存のユニットにはない、新たな輝きを」

 表情を変えず淡々と語ります。ほう、新たな輝きですか。

「きっとどのPも巻き込まれ事故が怖くて引き受けなかったんでしょう?」

「……そんなことはない」

 あっ、こめかみがピクッとした。これは核心をついていますね、間違いない。

 

「どうせヨゴれアイドルの私なら炎上に巻き込まれてもノーダメージだし~なんて理由一択じゃないですか!」

「物語には目指すべき目標が必要だ。そこに立つ者達はそれにふさわしい輝きを持つ者でなくてはならない。そのための先導者は資質のある者である必要がある」

「そんな資質いらないですよ……」

 困ったら謎ポエムで誤魔化すの止めてくれませんかね。

 

「勿論無償とは言わない。大役を引き受けるからにはこちらも相応の代価を支払おう」

「代価?」

 コメット単独でのドーム公演なら考えなくもありません。

「ああ。君の今までの問題行動と奇行は懲戒処分になってもおかしくはないものだが、それらを全て不問に処す」

「そんな行為は今までした覚えはありませんけど、何かの間違いじゃないですか」

 これほど眉目秀麗で清廉潔白、品行方正なアイドルは今時どこを探したっていません! 今日は下着も純白ですし!

 

 すると常務が手元の資料に目をやります。あ、急に顔が怖くなった。

「二ヵ月前、リングフィットアドベンチャーの超速RTA動画をマイチューブに投稿。無茶な動きを真似する視聴者が続出し怪我人が発生して事務所にクレーム」

「ま、真似するなってちゃんと言いましたよ」

「一ヵ月前、サムライ8語録の読み上げ音声をフリー配布。動画素材として急速に普及」

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

「三週間前、蟹工船のフルボイス朗読を突如マイチューブに投稿。迫真の演技で激賞され七十万回再生を突破」

「作中の労働環境に親近感が湧きまして、つい……」

「二週間前、アイドルモノマネ企画でダイアルアップ接続のモノマネを披露」

「再現度には自信があります。ピーーーーピョーロロロロ、ピーガーピガーピーーギ、ザーー」

「十日前、VRホラーゲーム体験会イベントの際にリアルなVR映像に驚き思わず大暴れ。会場の五分の一が損壊」

「これは本当にすみませんでした」

 最後のはシャレになりませんでしたね。危うく人死にが出るところでした。

 

「君の小説のように分厚い懲戒フォルダにこれ以上ページを増やしたくはないだろう?」

「はは~!」

 大岡裁きを受けた罪人のようにその場にひれ伏しました。この条件を出されては仕方ありません。私の教育が通じるとも思えませんがこれもお仕事ですから頑張りましょう。

 なお犬神Pが可哀想なものを見る目で私を見ているので後で調教しておきます。

 

 

 

 そんなこんなでここ暫くはりあむさんと行動を共にしています。今日は新人アイドルに割り振られた山形りんごの販促キャンペーンイベントがあり、りあむさんとあかりさんが抜擢されたので私もサポーターとして同行していました。

 なお犬神Pの粋な計らいにより私だけりんごろうというりんごの精霊の着ぐるみの姿で活動しています。このイベントが終わったら二十八箇所の刺し傷でも付けてあげましょうか。

 

「お仕事めんどくさい……頑張りたくない……やる気なんてないよう」

 先程からあえてりあむさんを放置しているのですが案の定やる気のかけらすら見当たりません。先日彼女の最推し(一番のお気に入り)のアイドルが引退してからダウナーさに磨きがかかってしまいました。部下の自主性を尊重するのが私の教育方針ではあるものの、仕事中にあまりだらだらされても困るのでそっと彼女に近づきます。

 

「最推しが卒業して辛いのはわかりますけど、お仕事はちゃんとやりましょうね」

 努めて優しく、私史上最高のエンジェルボイスで語りかけます。聖母マリアかな?

「あぁー、顔がいいアイドル達の近くに置かれると自己肯定感がぐんぐん下がっていくうー」

 しかしりあむさんのテンションが更に下がりつつありました。やむを得ません、後輩のモチベーションを高めるのも先輩としての努めですからここは一肌脱いであげましょう。

「仕方ないですね、そんなにアイドルに飢えているならこの私を推してもいいですよ!」

「い、いや~それはちょっと……」

 言葉は濁していますが明らかに嫌そうな顔になりました。解せぬ。

 

「何が不服でも?」

「ゲスいのも嫌いじゃないけどボクが推すのは尊い子なんだよ。真剣に頑張ってる子は応援したくなるじゃん」

「ますます推しの対象じゃないですか。品行方正で才色兼備な努力家ですよ」

「え、それってギャグで言ってるの?」

「殴るぞコラ」

「ひぃ怒られたびえん、後輩虐待はんたーい!」

「貴女の方が四歳も年上じゃないですか!」

「精神年齢は低いからね。こうみえて心はガラスの十代なんで、やさしくしてほしい!」

「これ以上優しくはできませんって!」

 ああ、また血圧が上がってしまいました。彼女はいつもこんな調子で、私が何を言っても暖簾に腕押しぬかに釘なのです。私は前世含め色々な人材を育成してきましたが、ここまでやり辛い子は初めてかもしれません。

 

「お疲れ様で~す。346プロ、休憩入りま~す」

「ご苦労さん。午後の部は十二時半開始だからそれまでに集合してね」

「はい、わかりました」

 着ぐるみを脱いだ後、イベント関係者の方々に声をかけてから三人でショッピングモールのフードコートに移動しました。ドリンクだけお店で購入して、端の方に設置されたテーブルの上にランチボックスを置きます。

 

「これ全部朱鷺ちゃんが作ったの? すご~い!」

 あかりさんが持参のお弁当を見て目を丸くしました。大したものではありませんけど人に食べさせるものですから、味だけでなく見た目が鮮やかになるよう結構気を使っています。

「え~、また野菜ばっか」

 最近のベジタブル弁当攻撃に音を上げたりあむさんが音を上げました。

「貴女は普段ファーストフードやコンビニばかりなんですから、栄養バランスを考えた食事もきちんと摂りましょうね」

「たまには牛丼とかどうよ。牛丼屋とラーメン屋とハンバーガー屋のローテ最高だな」

「はい、あ~ん!」

「むがっ!」

 有無を言わさずブロッコリーを小さな口の中にねじ込みました。拗れたオタクの駄々を聞くつもりは毛頭ありません。

 

「むごむご……。でも栄養とか無じゃない? どうせみんな最後にはぼっちで死ぬんだし」

「刹那主義は感心しませんよ。それにファーストフードばかり食べてデブったまま死にたくはないでしょう」

「でもドーナッツは穴があるからカロリーゼロだってテレビでやってたんご!」

「それな!」

「その説は悪質なデマですから信じないように」

 法子ちゃんが万一信じたら取り返しがつかなくなりますよ。

 

「りあむちゃんは料理とかしないの?」

「全然やらないよー」

「それは勿体ないですね。外食だと原材料費が大体三割ですけど自炊なら十割ですから、同じ金額でより美味しいものが作れます」

「だって自分のために料理するの無じゃない?」

「まあ、自分のためだけに凝った料理を作るのがダルいのは理解できますね」

 りあむさんは実家住まいですが両親はお仕事で忙しく、お姉さんは海外在住とのことなので事実上一人暮らしみたいな感じだそうです。

 

「あ、でも一人餃子パーティーはたまにするよ。無心で焼き続けるのは好きなんだ~」

「それじゃあ今度事務所のみんなを誘って餃子パーティーをしようよ!」

「マジありえん! アイドルだらけの餃子パーティーなんて恐れ多くて思わず逃げるっつーの」

「貴女もアイドルですけどね」

「いやぼくがアイドルとかまじありえんし」

 

 三人でお弁当を突っつきながら和やかな時間を過ごしました。こうしていると若干ネガティブでありますが普通の可愛いアイドルに思えてきます。

 りあむさんの言動に関しては今まで幾度となく注意してきましたが、彼女が悪いのではなく私の心が狭いのがいけないのでしょう。長い目で優しく見守ってあげればきっと素敵で立派なアイドルに成長してくれるはず。これからは心を入れ替え、菩薩様のような寛容さで受け入れていくことを天地神明に誓います。

 

「ぽちぽちぽち……。つぶつぶつぶ。あ、やばばっ」

 そんなことを思っているとりあむさんの表情が固まりました。その手にはデコられたスマホが握られています。

「……ヘイガール。その手のものをこちらによこしなさい」

「さ、さあなんのことかな~?」

「手を上げろ! デトロイト市警だ!」

「こらこらつつくなつつくな! 凹んじゃうぞ。驚きの柔らかさだぞ!」

 制止の言葉を無視して頬を突きまくります。

 

「こわれもの注意だから! やさしくやさしく! 意外と繊細だから!」

「はじめから抵抗しなければいいんですよ。はい、出して」

「うう……。やむ~」

 諦めた様子のりあむさんからスマホを受け取ります。表示されているSNSの画面を何回かスライドして昨日の呟きを確認すると事の経緯がわかりました。

 

「また煽りコメでプチ炎上してるじゃないですか! あれだけ投稿には気を付けなさいって、昨日言ったばかりでしょう!?」

「いやはや、つい調子に乗っちゃった。はーめっちゃやむ。何にやんでるってもう全部? やんでる自分にやむ」

「とりあえず炎上した呟きは全部消しておきますからね!」

「やみすぎてもう猫になりたい……。あいつら100%愛されるチート生物だぜ」

「こっちがやむんじゃい!」

 ちょっと見直した途端にご覧の有様ですよ。ああ、また血圧が上がりそう。

 

「とりあえず強制鎮火させておきましたので、どうぞ」

 問題の呟きを削除してからスマホを返却します。私のSNSアカウントからもフォローの呟きをしておいたので大事にはならないでしょう。

「毎回ありがとね。ずっとぼくの炎上を鎮火してくれ、朱鷺ちゃん。結婚しよう!」

「もしもし弁護士さんですか、離婚調停をお願いしたいんですけど」

「フラれたわ。やむー」

 心無いプロポーズを断固として拒否しました。最近では気が合えば男でもいいかなと思い始めていますが、そもそも愛のない結婚は地獄なのでNGです。

 

「そういえば朱鷺ちゃんっていかにも炎上しそうですけどそういう話は聞いたことないですね!」

 悪意はないとは言えあかりさんもそういうことは面と向かって言わないで欲しいです。でも雑誌アンケートで炎上しそうなアイドル第一位に見事選ばれましたから皆そう思ってそう。

「フフフ。自慢ではないですが私は話題になることはあれ炎上したことは今までないのですよ。燃えているようで燃えてない、たまにちょっとだけ燃えそうになるアイドルとは私のことです!」

「なんかラー油みたいだね」

「それだけ普段から気を付けているということです。りあむさんも日頃の言動に注意しましょう」

「でもなー、ぼくは普通の人ができることが苦手だしなー」

「大丈夫ですよ、私は貴女を信じてますから」

「そうかー。ぼく単純だから、なんかできそうな気がしてきたぞ」

 彼女はやればできる子です。多分、きっと、恐らく。

 

「そういえばりあむさんって苦手なものとかあるんですか?」

 普段は説教ばかりなのでさり気なくコミュニケーションを図ろうと思い、朗らかに質問を振ってみました。

「苦手なもの……人生とかかな? 僕この人生ゲーム攻略ムズすぎて詰んじゃいそうなんだけど、どしたらいい?」

「……大丈夫、りあむさんならこの世の中イージーモードですよ」

「え~、なんでさ?」

「その顔と胸とお尻があれば余裕です」

 不思議そうな表情の彼女に対し笑顔で答えます。おっぱいは正義。

「たしかに乳はでかい! けどそれで幸せになれたことないし……。あ~人より楽に生きたい! 誰と比べてるとかわかんないけど楽したい!」

 この人生舐め郎は何言ってんですか。貴女が詰んでるなら私は妖怪人間並に終わっています。

 

「あとは濃い人間関係とかも苦手だな~。ぼくのザコメンタルじゃ耐えられないね!」

「わからなくはありませんが、女同士の友情は悪くないですって。私みたいにユニットでも組めば考え方も変わるかもしれませんよ」

「ユニットとか他の子に迷惑かけそうでやだな~。だいじょぶだいじょぶ。だって寂しいって言っても死ぬわけじゃないし、そもそも現代ってみんな孤独だよね!」

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。

 アイドルになる前の私もほんの少しだけ捻くれていましたが、流石にここまで拗れてはいなかったと思いますよ。限界ドルオタ恐るべし。

 

 

 

「りんごろう、影分身の術んご~!」

「うわあ、すごーい! おか~さん、変なりんごが三体に分裂したよ!」

「あら、ほんとねえ」

 お昼を終えるとまたりんご販売の仕事に戻りました。ただ売るのもつまらないため、着ぐるみのまま亜高速反復横とび等の曲芸をして道行く人々の度肝を抜いたりしています。

 あかりさんは元気いっぱいで精力的に販促しており売れ行きも上々です。りあむさんはビビりつつも自分のペースでお客様に売り込みをしていました。

 

 一段落してショッピングモールの大時計を見ると午後二時を過ぎています。よし、そろそろ頃合いですか。

「はい皆さん集合~!」

 あかりちゃんとりあむさんに集合をかけます。すると二人が私に駆け寄ってきました。

「どうしたの、朱鷺ちゃん?」

「この現場のお仕事はこれでお終いなので、次の現場に移りますよ」

「次の現場?」

「ええ、早く着替えて移動しましょう」

 不思議そうな彼女達を引き連れてショッピングモールのイベントステージに移動しました。

 

「え~! 私達でミニライブ?」

「はい、そうです」

「でもそんな話Pサマからは一言もなかったよ!」

「ええ、事前連絡はしていませんから当然です」

 あかりさんとりあむさんがぽかんと口を開けていますので、彼女達にわかるように事のいきさつを説明しました。

 

 アイドルの仕事は担当Pが獲得してきますが全ての仕事が余裕を持ったスケジュールで回ってくるとは限りません。時には急病になったアイドルの代役の仕事が当日回ってくることもあります。

 アイドルとして場数を踏んでいれば緊急の仕事にも対応できますが、彼女達のような新人アイドルでは上手くこなせない恐れがあります。そのため今回は訓練の一環としてライブの存在を伏せていたのでした。

 もちろん二人だけでは危なっかしいので、ある程度経験がある私がサポーターとして付き添っている訳です。私なら万一ライブが失敗しても北斗神拳演舞披露で場繋ぎができますしね。

 

「……という訳です。ドッキリみたいになってしまったのは申し訳ありませんがこれも今後のアイカツのためだと思って下さい」

「わ、わかった! 突然でびっくりしちゃったけど私頑張るんご!」

 幸いなことにあかりさんはやる気になってくれました。一方、控室の端に縮こまっている子からは負のオーラ力が漂います。放置したらそのうちハイパー化しそう。

 

「ぼくがライブとかめっちゃやむ……。自分が無能ってわからされるのは嫌だよぅ」

「曲や振り付けはりあむさんも知っているものなので大丈夫です。ライブだってもう何回もこなしてるじゃないですか」

「あ~、あれはね……。端っこの方でちょこっと踊ってただけだし。スケルトンくらい存在感薄かったな~」

「今日はりあむさんがセンターなので目立てますよ」

「やばば、センターとか無理のむり!」

「いや無理か分かんないでしょう!」

「挑戦したくない……やってダメだったら本当にダメって証明されちゃうし! もしダメだったらぼくはアイドル失格じゃん! アイドルのフリなんてできないよ!」

「なんだって貴女はアイドルに対して根性がないんですか!」

 完全に駄々っ子モードに入ってしまいました。

 

「いいですか、りあむさん。自分がアイドルなんておこがましいと思っていた時期が私にもありました。それでも受け入れてくれる仲間やお客様は絶対にいます。なので、今日はアイドルだからと肩肘張らずに夢見りあむとしてライブを楽しみましょう。それに万一失敗しても私が絶対にフォローしますから安心して下さい」

「……絶対?」

「はい、ここに誓います。仮に問題が起きたとしても最終的にはPに責任を取らせますからりあむさんは何があってもノーダメージですよ」

 責任なんて上司に取らせればいいのです。奴らはそのために良い給料を貰っているんですし。

 

「……ならちょっとやってみようかな~、なんて」

「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだそこで諦めるな!」

 もっと熱くなれよ! と言わんばかりに激励を続けます。

「よ、よし! 調子のってるって炎上しても、エンジョイしてやる!」

「その意気です!」

 何とか天岩戸に引き籠ったアマテラスを引きずり出すことができました。でも彼女のことですから放っておいても最終的にはやるって言っていたでしょうね。ザコメンタルを自称している割には妙に神経が図太いような気がしますし。

 

 その後衣装に着替え舞台袖で待機しました。今出演している芸人さん達のコントが終わり次第、私達の出番となります。二人共やる気は感じられますが表情はやや硬いままでした。

「うう~、緊張する」

「ぼくが大舞台とかありえん………」

「どっちにしてももう引き返せませんから覚悟して下さい」

 咳払いをしてから言葉を続けます。

「よし、それじゃ行きますよ~!」

「ファイ!」

「おお~!! 一曲分、夢見させてやる! ブチ上がってハイになれ~!」

 そうして、三人で手をつなぎながらスポットライトの下に駆け出して行きました。

 

 

 

「あー楽しかった! 自己満足ばんざーい!」

 控室に戻るとりあむさんがテンション高めに叫びました。普段のダウナーな姿とは大違いです。

「まだ心がふわふわしてるんご」

「はい、お疲れさまでした」

 二人にペットボトルを渡した後ライブの振り返りをします。

「随分と楽しそうですね」

「楽しそうに見える? 楽しいよ! 何百人へマウント取ってるし!」

「観客相手にマウントを取らないで下さい。でも今日のライブはとても良かったと思いますよ」

 りあむさんは特に笑顔が素晴らしかったです。あれだけごねてたくせに普通に凄いんですよね、この子。デビューしたばかりなのに人気も相当のものですし。

 

「よ~し、この調子で次は武道館ライブだ~!」

「それはいくらなんでも調子乗りすぎです。まずはレッスンを重ねて練度を高めましょう」

「はあ、呟くだけで歌がうまくなったりダンスがうまくなったりしろ……」

「だらけるだけでは何も変わりませんよ。日頃の努力は大事です」

「私も頑張るのって苦手なんだよね~。農業っていくら頑張っても台風来たら一発アウトだし」

「台風は、まあ仕方ありませんか……」

 友情努力勝利の方程式が通用しないバリバリのさとり世代達でした。ジャンプの黄金世代は今や遠い昔のようです。

 

「とりあえずエゴサして評判を調べてみましょうか」

 スマホを取り出しSNSで私達の名前を検索します。世間的にはネタキャラ扱いなので普段エゴサはやりませんけどこういう時は例外です。

「ねぇねぇ燃えてない? ネットが本能寺しちゃってない?」

「……よし、大丈夫です。好意的な意見がいくつもありますし炎上もしていません」

「よかったー。三日連続で炎上したらまたやむところだった」

「どうやればそんなに燃えるのか教えてほしいですよ……」

 そんなやりとりをしているとあかりさんがクスクスと笑いました。

 

「二人は仲いいよね。やっぱり似たもの同士だからかな?」

「ええっ! 私とりあむさんが!?」

 同じネタキャラ枠ではあるものの一ミリも要素は被ってないと思うんですけど。

「だってメンタルが弱かったり強かったりするでしょ。それに承認欲求が人一倍強いもん。あとはオタクっぽい所も同じだし、二人共ネットの人達からの人気が凄いんご」

「そういえばそだな。やっぱりぼく達は運命の二人なんだよ、結婚しよう!」

「もしもし駆け込み相談室ですか。離活について相談したいんですけど」

「またフラれたわ。やむー」

 私とりあむさんが似ている、ですか。そんなことは今まで考えたこともありませんでした。でも事あるごとに説教したくなるのは鏡を見ているような気分だからなのかもしれないです。

 

「そういえばライブの感想をきちんと聞いていませんでしたね。初めてセンターをやってみてどうでした?」

「うん、なんか超楽しかった。会場のみんなの心の中で、今日の思い出のぼくがいて……それが、アイドルにみえてたら……いいなあ」

 恥ずかしそうに語るそのキラキラした横顔は立派なアイドルに見えました。ついつい、自分の初ライブの時のことを思い出してしまいます。あの時私は若かった。

 

「そんな感想を言えるならアイドルとしての素質は十分です。先輩後輩関係なく、同じ仲間としてこれからも一緒に頑張りましょう」

「あはは、ありがと」

 はにかむりあむさんに手を差し出すと優しく握り返してくれました。

 夢見りあむはインパクトだけの出落ちキャラなんかではありません。普通のアイドルより遥かに高い志を持った、尊いアイドルなのです。そのことを改めて理解できたのは大きな収穫でした。

 

「私から教えることはもうありません。ただし最後に贈る言葉があります」

「ん、なに?」

 咳払い一つして大事な話を続けます。

「男性関係での炎上だけは止めてくださいね! あれは本当にシャレにならないので!」

「だいじょぶだいじょぶ、ぼくにまーかせて!」

「絶対やめて下さいよ、絶対ですよ!」

 人の心配も知らず、ドヤ顔で豊かな胸を張りました。

 

「うわ~ん、助けてトキえも~ん!」

「だから芸人のフリじゃないんですって!」

 翌日、彼氏いないのにエア匂わせ呟きで盛大に炎上するりあむさんなのでした。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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