ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第67話 みしりんスマイル★

「今日も一日、お疲れ様です」

「何か良いことありましたか?」

「疲れた貴方に、スペシャルタイム☆」

「コメットの、キラメキ彗星レディオ~!」

 タイトルコールをはっきり言うといつものジングルが流れます。もう半年以上この番組をやっていますが、やはり出だしはいつも緊張してしまいますね。

 

「皆様こんばんは。コメットの七星朱鷺です!」

「お疲れ様です。白菊ほたるです」

「も、森久保乃々です……」

「やあ、二宮飛鳥さ。今日もよろしく頼むよ」

 収録ブース内でそれぞれ簡単に自己紹介をします。

「この番組は346プロダクション所属のアイドルグループであるコメットが毎週色々なテーマで楽しくトークをする番組です。短い時間ですが楽しんで頂ければ嬉しいです♪」

 そのまま冒頭のフリートークに移りました。内容は最近の活動や時事ネタ、そして差し迫っている『シンデレラと星々の舞踏会』についてが中心です。

 このラジオは秋の番組改編に伴い犬神Pが取ってきました。とてもアイドルらしいお仕事ですし、四人一緒に出演できるので私としても願ったり叶ったりです。あのワンちゃんは極稀に良い仕事をしますから中々侮れないんですよねぇ。

 あらいけない、ついつい余計なことを考えてしまいました。今はラジオに集中しましょう。

 

 番組に寄せられたメールが印刷された紙を手に取ります。

「それでは早速お便りの紹介です! ラジオネーム、自称アメフト部さんからですね~」

 番組に何度もメールを送って頂いているヘビーリスナーさんです。

「皆さん今晩は! 年末に行われる舞踏会ですがチケットの抽選に無事当選しました。深夜の臨時アルバイトで頑張って稼いだ甲斐がありました!」

「申し込んで頂いてありがとうございます。当日は喜んで頂けるよう一生懸命頑張ります」

 ほたるちゃんが思わずお辞儀をしました。楽しみにして頂いているファンの皆様のためにも当日は頑張りましょう。

「でも深夜アルバイトの期間中は大変でした。偶然選挙の時期と重なっていたので昼間寝ている途中で選挙カーに何度も叩き起こされて大変でしたよ~。その時にふと思ったんですが、皆さんがもし総理大臣になったらどんな政策を掲げるのでしょうか? 教えて下さい! ……とのことです。そうですねぇ、アスカちゃんはいかがです?」

 とりあえず話を振ってみました。

 

「ふむ、政策かい。未成年で選挙権のないボクにはあまり実感がないね。だけどもし自由に決められるとしたら『誰でも、いつでも自由な服装が選択出来る』という権利を提唱したいな」

「校則では制服の改造やウイッグの装着は認められていませんからね」

「全く、かくもセカイは不自由なものだ」

 何ともアスカちゃんらしい政策です。

「ほたるちゃんはどうします?」

「私ですか……。今まで考えたこともありませんが、誰も不幸にならず幸せに暮らすことが出来たらいいなと思います」

 うおっ、まぶし! 人間の鑑過ぎて自分の醜さを再認識してしまいました。

「そうなって欲しいですよね。じゃあ、乃々ちゃんは?」

「もりくぼは、あまり目立ちたくないので……。そーりになったら直ぐに辞めます」

「即内閣総辞職!?」

 もし実現したら日本の政治史に残る大事件になりそうです。

 

「朱鷺さんは何か奨めたい政策はあるんでしょうか?」

「ええ。ありますよ。学生さんって社会人に比べると自由な時間が多いじゃないですか。その分、ダラダラと過ごして時間を浪費してしまうと思うんです。だから時間の大切さを学んで頂こうと思いまして」

「珍しくまともじゃないか。具体的にはどうするんだい」

「義務教育の必修科目にクソゲーRTAを追加します!」

 力強く言い切ると場が静まり返りました。

 

「究極に無為な時間を過ごすことで時間の大切さが学べて忍耐力が鍛えられるので一石二鳥ですよ。目指せ『国民総じゅうべえくえすと』です!

 他にはクソ映画強制上映会とかもいいですね。『アナザー(実写版)』や『ジュラシック・シャーク』なんて視聴中に悟りを開けましたから超オススメです」

「……すまない。全くまともじゃなかったな」

「不幸を拡散させるのは、ちょっと……」

「いいじゃないですか。私もやったんですから皆もやりましょうよ」

 緩い娯楽番組なのでボケてみましたが、もし真面目に答えるなら児童虐待防止の徹底でしょうか。前世の私のように生まれた時点で詰んでいる状態の子供は増やしたくはありませんし。あんな辛い目に遭うのは私だけで十分です。

 

「朱鷺さんは頭が良いですしリーダーシップがありますから、政治家とか向いていそうです」

「確かにそう思います」

「ドロドロとした闇の世界でも十分適用できそうな気はするね」

「……それは褒めているんでしょうか、貶しているんでしょうか?」

 キラキラ輝くアイドル界よりも権謀術数渦巻くクッソ汚い大人の世界の方がホームグラウンドですから否定は出来ないのが悲しいところです。国家権力なんて下らないものには1ミリも興味はありませんけど。

 

「ちなみに私が仮に政治家になったとして、その際のポストは何が良いでしょうか?」

「防衛的な大臣さんとか……」

「軍事的なアレだね」

「その、国を守る感じの……」

 三人の意見が見事に一致しました。

「貴女達が私のことをどう考えているのか、よ~くわかりましたよ……」

「す、すみません」

「何かあったら身一つで乗り込んで叩き潰しそうだからね」

「何とかしてくれるんじゃないかという、気がしてしまいます」

 過去には色々とやらかしてますからこちらも否定は出来ないのが辛いところです。この現代日本の世界に北斗神拳をブチ込むヤツはアホとしか考えられないですよ。

 

 

 

「今日も一日お疲れ様でした! カンパーイ!」

「はい、乾杯です」

「ああ、お疲れ様」

「お疲れ様でした……」

 収録後は四人で某ホテル内のスイーツビュッフェで打ち上げを行いました。事前に予約して半個室の席を用意してもらいましたから気兼ねなくお喋りが出来ます。その分お値段はそれなりにしましたが、今日は特別な日ですからプチ贅沢をしても問題ないでしょう。

 

「コメットの結成一周年記念パーティーなんて、流石ほたるちゃんは気が利いていますねぇ」

「本当は結成日に出来ればよかったんですけど、卯月さんの件でそれどころではありませんでしたから」

「親しく付き合う友を優先させるのは当然のことさ。聖夜前の慌ただしい季節に素晴らしい機会を設けてくれてありがとう、ホタル」

「いえ、大したことはありません。卯月さんが元気になって良かったです」

 ミニライブの出演以降、卯月さんはそれまでの不調が嘘のように元気を取り戻しました。念のため確認したところ死兆星も見えなくなっていたので一安心です。

 大きな壁を乗り越えることで今までよりも強く、眩しく輝くアイドルに成長しましたので私も負けてはいられません。清純派アイドル同士、強力なライバルとして切磋琢磨してきたいです。

 

「それにしてもこの一年は色々あり過ぎました……。もりくぼ的には十年分くらいの濃さです」

「私も乃々さんと同じです。去年の今頃はコメットがなかったなんて思えません」

 それぞれこの一年に対して思うところがあるようです。

「折角の一周年記念パーティーですからその辺りをどんどん語っていきましょう! 私としてはやっぱり最初の顔合わせはインパクトがありましたね~。今だから言えますが、本当にこの三人で大丈夫かって思いましたもの」

 子リスさん、悲壮感さん、黄昏さんと心の中で呼んでいた頃が懐かしいです。今になって思えば大変失礼なので猛省しなければいけませんけど。

 

「あの頃はボクもまだ若かったから、軽く見られないように気を張っていたのさ。でも不安感を覚えたのはボクも同じだよ。……特にトキに関しては、ね」

「私に、ですか?」

 清楚可憐で品行方正なJCを装っていましたから問題なんてあるはずないでしょう。

「確かにちょっと怖い感じはしました」

「顔では笑っていても、何となく事務的というか……」

「そんなことは……」

 ない、とは断言出来ませんでした。あの頃の私はアイドル業に微塵も興味がなく、仕事に対する義務感だけで動いていましたからねぇ。

「も、勿論最初の頃だけですよっ! 朱鷺さんが友達思いなことはよく知っていますし」

「ありがとうございます」

 ほたるちゃん達が慌ててフォローしたので軽く頭を下げました。

 

「それはいいけど、一回目の解散騒動の対応はボクとしては不満だったな」

「うぐぅ!」

 闇に葬り去ろうとした黒歴史が唐突に話題に上がりました。皆一斉に苦笑いします。

「当時はスポーツ紙やネットニュースで朱鷺さんを見ない日はありませんでしたからね」

「『パイクVSシールド』で対決した製造メーカーは本当に気の毒だったな。絶対に開かない金庫との対決回なんて、普通に手刀で扉が切断されて開発社員や社長が白目になってたし」

「同じユニットだからって、170km強の魔球を投げろと言われて超困りました……」

「本当に申し訳ない」

 例のアレに対しては私が全面的に悪いので謝る他ありません。私の社会的なイメージが滅茶苦茶になるのは覚悟していましたが、皆にも迷惑を掛けてしまってすまないと思います。

「ま、まぁ終わったことですから。今は皆で協力して危機を乗り切ろうとしていますし」

「そうですね……。過去はともかく、大事なのはこれからですから」

 こんなどうしようもない私を赦してくれるこの子達はホントに良い子です。

 

「『大事なのはこれから』で思い出しましたがクリスマスにはコメットの単独ライブ、そして年末には『シンデレラと星々の舞踏会』が開催されますので頑張りましょう!」

 全ユニットの存続を勝ち取るためにも舞踏会を大成功させなくてはいけません。そのためにまずは単独ライブを成功させて弾みを付けたいと思います。その数日後に舞踏会を控えているため数百人程度の中規模な会場ですが、この四人でライブを演るのは久しぶりなので楽しみです。

「聖夜ライブだけど、特別ゲストの出演は決まったのかな?」

「いえ、これから交渉に当たる予定です」

「本当に承諾してくれるでしょうか……?」

「正直どちらに転ぶかは分かりません。でも卯月さんの再起を通じて得たものはあるはずですから可能性はありますよ」

「よろしくお願いします」

「はい。任されました」

 あのへそ曲がりを表舞台に引っ張り出せるのは業界広しと言っても私くらいでしょう。

 彼女の心に深く根ざした呪いを解くために必要なプロセスですから頑張らないといけません。

 

 

 

「失礼します。七星です」

「君か。入りたまえ」

 翌日の夕方、私は美城常務の執務室を訪ねました。室内に入ると常務がいつも通りの難しい表情でパソコンとにらめっこしています。

「アポイントは入っていないはずだが、何の用件だ?」

「クローネの今週の活動報告書を纏めましたのでご査収下さい」

「後で確認する。そこに入れておいてくれ」

 決済用書類の保存箱に報告書を入れると、満面の笑みで常務に近づきます。

 

「まだ用があるのか?」

「ええ。一点お願いと言うか提案がありまして♪」

「……婉曲的な表現は好まないと以前言っただろう。結論から述べなさい」

「はい、では────」

 コホンと咳払いをしてから言葉を続けます。

「────美城さんも、アイドルとしてライブに出ませんか?」

「……は?」

 完全に不意を突かれたというような様子です。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはよく言いますが、その標本にしても良いくらいの表情をしていました。

 

 その後クリスマスにコメットのライブがあることと、そのライブの特別ゲストに美城常務をお招きして一緒に歌いたいことをお伝えします。

「断る」

「いいじゃないですか♪ 一曲! 一曲だけでも!」

「無理だ!」 

「大丈夫ですって。私もやったんですから」

「日本人特有の同調圧力は私には通じん!」

 断固として譲らない雰囲気です。

「時間が空いた時には一緒に練習していたのでコメットの曲は振り付けも含めて完璧じゃないですか。それに衣装も追加で発注しましたから十分に間に合いますって。

 スケジュールは問題ないと秘書さんに伺いましたけど、もしかして追加でデートの予定でも入ったのですか?」

「いや、予定は特に……」

「あっ! す、すみません……」

 妙齢の女性に聖夜の予定が入っていないことを再確認させてしまうとは……。自分のデリカシーの無さを呪いたいです。

 

「この年齢でアイドルとしてライブなど正気が疑われるだろう!」

「貴女、そのセリフを礼子さんと志乃さんの前で言えますか?」

「……すまない、酷い失言だった。謝罪の上撤回する」

 346プロダクションが誇る31歳児達にそんな舐めたことを言ったらファン達から蜂の巣にされますよ。それに20代後半でナントカ星人を演じているアイドルもいますし、私も精神年齢換算で51歳ですから大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ!

 

「だが、しかし……」

 それからも何だかんだ理屈をこねてライブ出演を回避しようとします。その様子を見てバッグから秘密兵器を取り出しました。

「私、知ってるんですよ~。貴女がライブに興味津々だということは以前の食事会の時にさんざんお聞きしましたからね。その証拠がこちらです」

「これは?」

 先程取り出した一枚の紙切れを常務に見せました。すると瞬く間に表情が青ざめます。

 

「またも謀ったな……」

「人聞きが悪いですねぇ。それは貴女自身が書いたものですよ。筆跡を見ればわかるでしょう?」

 その紙には昔アイドルを諦めたことに対する後悔の念と日高舞さんに対する愚痴がびっしりと書かれています。そして端っこには『次回のコメットのライブではアイドルとしてデビューする!』と高らかに宣言をしていました。

「この証文に従い私の言うことを聞くのです! さぁ、観念しなさい! ファファファ!」

「くっ! 卑怯な!」

 すると囚われの女騎士みたいな表情になりました。この場にオークの群れがいたら大変なことになりそうです。

 

「……な~んて、嘘ぴょ~ん」

「は!?」

 手にしている証文を常務に差し出しました。

「……どういうつもりだ」

「本当に出たくない、出る気がないのであればすっぱりと諦めます。嫌々出演するライブに価値なんてありませんしお客様にも失礼ですから」

 ライブの観客は本当にシビアです。テレビやネット中継と違い演者のやる気がダイレクトに伝わるからこそ面白いですが難しくもあるのです。やる気のない人が一人でも混ざっていたら盛り下がることは確実なので、無理に出演させようなんて最初から考えていません。

「君はなぜ私をライブに出演させたい?」

「当然のことですが、同じアイドル業界であっても経営者とアイドルでは見ている光景が違います。経営と現場の意識のギャップにより、経営者が誤った選択をしてしまったケースを私は何度も見てきました。

 だからこそ貴女には同じような間違いを犯して欲しくない。そのためにも同じアイドルの目線でライブを体験して欲しいのです」

「君達の仕事を知れば私が翻意すると考えてのことか」

「それだけではありませんよ。よくご存知の通り、やってしまった後悔は段々小さくなりますがやらなかった後悔は段々大きくなります。これ以上後悔を大きくしないためにも過去の自分に打ち勝って欲しいんです。あの時の卯月さんのようにね」

「……ッ!」

 するとハッとした表情を浮かべます。

 

「この場で直ぐ回答を出して頂く必要はありません。ですが私は貴女が来てくれると信じています。そのことと、私は貴女の味方でもあることは決して忘れないで下さい」

「私の気持ちは、変わらない……」

「それでは、失礼します」

 動揺している常務を置いてその場を後にしました。選択肢を与えて背中を押すことはしましたが最終的に選ぶのは彼女自身です。私には運を天に任せることしかできませんので、またあの神様に祈るとでもしましょうか。

 

 

 

 そしてあっという間に日は流れ、ライブの当日になりました。

 会場は都内の某ライブハウスでして、キャパはスタンディングで八百名です。大型ライブは圧倒的な迫力と臨場感で楽しいですが、演者と観客の互いの表情がよくわかる中規模のライブも私は大好きです。

 早めに会場入りしコメットの皆と一緒に本日の進行と軽いリハを行います。しかしそこに美城常務の姿はありませんでした。

 

「やれやれ、あの常務は結局不参加か。折角トキが衣装の準備までしたというのに」

「残念ですけど、常務さんには常務さんのお考えがありますから……。気持ちを切り替えていきましょう」

 ステージの上でぼやくアスカちゃんをほたるちゃんがなだめます。

「で、でも、まだ不参加という連絡も来ていませんから……。もしかするとこの後いらっしゃるかも……」

「残念ながらその可能性は低いと判断せざるを得ないだろう。所詮、オトナにボク達の想いが伝わることなんてないのさ」

「いえ、乃々ちゃんの言うとおりですよ。開場まで時間があります。彼女は絶対に来ますって」

 私が断言すると皆が首を傾げます。

 

「なんでそう言い切れるのでしょうか?」

「以前、私と常務との間で食事会という名の惨劇が起きたことはご存知ですよね」

「はい。とても酷い目に遭ったと聞いています」

「二次会や三次会の場で、彼女はかつてアイドルを志した時の熱い情熱と、挑戦せずに逃げ出してしまった後悔の念を悔しそうに語りました。酔った時はその人の本性や本音が素直に出るものです。話を聞くだけでも相当後悔していることが伝わってきました。

 だからこそ常務がこれから美城グループ、そして芸能事務所のトップを目指すためには挫折を乗り越えて一皮剥けなければいけないと思います。そのことは本人が一番良く理解しているはずなんですよ」

 私が前世の記憶に苦しみ、卯月さんが個性という名の呪縛に囚われたように、美城常務も過去の挫折という哀しみを背負っています。そんな自分を変えたいという気持ちは心の何処かに眠っているに違いありません。

 彼女は芯の強い人です。むざむざ逃げ出すことはしないと信じていました。

 

「……全く、本人がいないのをいいことに勝手なことばかり言うものだ」

 すると出入り口付近から凛とした綺麗な声が響きました。声の主がつかつかとこちらに向かってきます。

「おはようございます、美城さん。来てくれると思ってましたよ」

「これだけ好き勝手言われては私の腹の虫が収まらない。……ただ、それだけだ」

「はいはい、そういうことでいいですよ」

 本当に素直じゃありませんねぇ。でも、それが彼女の可愛いところだと最近気づきました。

 

「おはよう。いつもと立場は異なるが今日は同じアイドル同士だ。良いライブになるよう最善を尽くそうじゃないか」

「よろしくお願いします! 美城さん!」

「い、一緒に頑張りましょう……」

「ああ、よろしく頼む」

 三人共常務の参加を歓迎しました。会社方針を巡って敵対している立場だと言うのに、本当にお人好しな子達です。でもこういう子達だったからこそ、私も自然に心を開くことが出来たのかもしれません。

「それでは常務を含めてもう一度リハーサルです。張り切っていきましょう!」

「はい!」

 皆に見えないよう、スマホであの御方宛にメールを送ってからリハーサルに入ります。

 これで舞台は無事整いました。後は勇気で補えばいい!!

 

 

 

 そしてライブが始まりました。幸いなことに満員御礼で、客席はお客様で埋め尽くされています。後ろの方には厳ついモヒカン連中がたむろしていましたがすっかり慣れてしまいました。

 常務はアイドルとしてかなりの実力があるものの実戦経験はないため、通しでの出演ではなく休憩明けの『Dear My Friend』でゲスト出演して貰う予定です。

 前半戦が問題なく終わりましたので、常務のお迎えのため私一人で彼女が待機している控室に向かいました。

 

「失礼します~」

「入りたまえ」

 三回ノックをして室内に入ると常務が衣装に着替えてパイプ椅子に座っていました。見た目上はいつも通りのクールビューティーです。

「ほうほう、これはこれは……」

 私達と同じデザインの衣装は恥ずかしいらしく着替えを拒んでいましたが、流石に観念したようです。いつもの凛としたビジネススーツとは一線を画した、フリル付きの可愛らしいコスチュームに身を包んでいました。一見ミスマッチのように見えますが、妖艶な大人の色気と可愛らしさというアンバランスさが何とも背徳感を感じるというか……。

 

「何が可笑しい!」

「いえ、全然可笑しくはありません。むしろ素敵だと思います」

「下手な世辞は言わなくていい。それよりもう休憩時間は終わりだろう。ステージに向かうぞ」

 手にしたマイクをギュッと握りつつ出入り口に向かいます。

「それはいいんですけど大丈夫ですか? あんまり緊張すると本来の力が出せなくなりますよ」

「私とて栄誉ある美城グループの一員だ。たかだかライブ一つで追い詰められるほど軟弱ではない。この私に精神的動揺によるミスは決してないと思ってもらおう」

 とてもカッコいいポーズで断言しました。

 

「それならいいんですけど。……美城常務、マイク逆さですよ?」

「……ッ!!」

 上下逆さまのマイクを慌てて握り直します。虚勢を張りに張りまくっていますが……内心は半パニックじゃな? これがドラクエ世界だったら確実にステータスが『こんらん』になっています。

「そんなに緊張しなくてもいいですって。何かあったら私達がフォローしますし」

「大丈夫だ、問題ない」

「顔色が青紫になっているのに見栄を切れるのは貴女の長所だと思いますよ。でも一つ大事なことを忘れています」

 はてなマークが頭の上に現れた美城常務の両頬を両手の人差し指で優しく突きます。

「笑顔でこのライブを楽しみましょう。あの時の卯月さんのようにね!」

「……ああ、そうだな」

 すると少しだけ笑みを浮かべました。うん、これならきっと大丈夫です。

 

「お待たせしました! それでは後半戦再開です!」

 先に舞台に戻ると改めて元気よく挨拶します。すると観客席のサイリウムが勢い良く振られらました。

「今日のライブですけど、とっておきのスペシャルゲストがいらっしゃるんですよね?」

「はい。私達の所属している346プロダクションの中でも飛びきりの大者さんです」

 観客達が少しざわつきましたが、ほたるちゃんがそのまま続けます。

「その方はアイドルではないので今までライブをされたことはありません。ですが一度やってみたらいかがでしょうかと私達がお誘いしたのです」

「その実力は折り紙付きだよ。下手なアイドルなら戦意喪失するくらいさ」

「そ、、それではご紹介します……。346プロダクション、アイドル事業部統括重役の美城常務です!」

 乃々ちゃんなりの大声でアナウンスすると、常務がつかつかと舞台に出てきました。

 

「…………」

 場が静まり返ります。観客の方々もどうリアクションすればよいのか戸惑っているようでした。

「只今紹介に預かりました、346プロダクション常務執行役員の美城と申します」

「リアクション固ッ!」

 思わずツッコミを入れてしまいました。

「会社じゃないんですからもっと柔らかく来ましょうよ! ほら、笑顔! 笑顔!」

「む。そうか。それでは……」

 口ごもりながら一呼吸置きました。

「よ、よろしくお願いします♥」

 

 

 

──その素晴らしい笑顔は、あの『たくみんスマイル☆』と双璧を成す『みしりんスマイル★』として、後の世に長く語り継がれたという──

 

 

 

「ぷっ! くく……」

 シリアス然とした普段の状態と比較してギャップがあり過ぎるため、コメットの皆はこみ上げてきた笑いを必死に堪えていました。

 ちなみに私はお腹を抱えて終始大草原状態です。このままいけば地球上が緑化できるレベルでしょう。ていうか笑うなという方が無理ですって!

「わ、笑うな!」

「すみません……。いつもとあまりに違うので、つい」

「でも緊張は解けたんですから良かったじゃないですか」

「それは、否定しないが」

 すると観客席にも笑いが生まれました。私達の和やかなムードがあちらにも伝染したようです。

「それでは自己紹介もそこそこにして、曲の方に入りましょう!」

「そうだな。……では、聴いて下さい。コメットfeat.美城で、『Dear My Friend』!」

 常務の声に合わせて曲が流れ始めます。一生に一度の初ライブを楽しんで欲しいと心から願いました。

 

 

 

「お疲れ様でした~!」

 ライブ後は控室に帰りました。先に戻っていた美城常務は既に元のスーツに着替え済みで、いつも通りの鉄面皮に戻っています。

「着替えちゃったんですか。もう少しアイドル姿でいれば良かったのに」

「どこかの誰かに笑われたくはないからな」

 いつも通りの嫌味が帰ってきます。ライブ自体は非常に良い出来で、常務も一般アイドル顔負けの高いパフォーマンスを発揮していました。

「嫌だ嫌だ言いながら結構楽しんだようだね。誘ったボク達としても嬉しい限りだよ」

「そう、見えたか?」

「はい。素敵で自然な笑顔で、とても楽しそうに演じられていましたよ」

「そうか。この私が笑顔で……」

 ほたるちゃんの返事を聞くと何やら考え込む素振りを見せます。

 

「ライブに出演しての感想はいかがですか?」

「ステージの上と下。距離で測れば僅か数メートルだが、演じる側がここまで大変だとはな。頭では分かっているつもりだったが、真に理解はしていなかったようだ。

 数百人規模でも心臓が凍りつくほど緊張したのだから、オータムフェスで鷺沢が倒れたのもおかしくはない。彼女には改めて謝罪をしておこう」

 実践を経たことで得たものは大きいようです。この経験は今後の346プロダクションのためになるでしょう。

「それ以上に────悪くない体験だった。観客と演者の双方向のコミュニケーションやあの空気感。世界にはこのような景色もあるのだな」

「そんなに楽しかったのなら本格的にデビューしたらどうですか? お客さんの反応も良かったですからきっと人気出ますって。YOU、やっちゃいなよ!」

 すると少し微笑んで、ゆっくりと首を横に振りました。

 

「私には日高舞のように自らの圧倒的な能力で輝く力はない。そして島村卯月のように人々の想いを自らの輝きに変える力もな。だからアイドルとして大成はしない」

「そんなことはないと思います……。それだと、もりくぼなんてもっと力ないですし……」

「慰めは不要だ。私の力は私が一番良く理解している。それに私はこのことをネガティブに捉えてはいない」

「どういうことでしょう……?」

「今回ライブに挑戦して身の程を知ることで、『アイドルに挑戦していたら成功したのでないか』という甘い幻想を打ち砕くことが出来た。

 ……それに、私は自らがステージに上るよりも、ステージに立つアイドル達を輝かせる方が性に合っているようだ。観測者として星の輝きを人々に伝えていきたいと改めて気付かされたよ」

「そうですね。輝き方は人それぞれです。アイドルだって支えてくれるスタッフや仲間、家族に支えられて初めて輝けるんですよ。一見地味ですけど地上で輝く星だって沢山あるのですから」

「ああ、そうだな」

 美城常務は何となく吹っ切れた表情をしています。初ライブを通じて、アイドルに挑戦出来なかった後悔は払拭できたことでしょう。

 

 

 

「やっほー! 朱鷺ちゃんお疲れ~♪」

 和やかに談笑していると控え室の扉が勢い良く開け放たれました。

「おはようございます、舞さん。わざわざお越し頂きありがとうございました」

「別にいいのよ。どうせ愛だってクリスマスライブで留守だしね。一人で家にいるよりはライブの方が楽しいもの」

「アイドル的には書き入れ時ですからねぇ」

 乱入者と談笑していると乃々ちゃんがおずおずと話しかけてきます。

「あ、あの。こちらの方は……」

「すみません、ご紹介が遅れました。こちらの方は私がお呼びした特別ゲスト────あのアイドルアルティメイト優勝者で元スーパーアイドルの日高舞さんです!」

「どうも、こんにちは~!」

 その瞬間、美城常務が完全にフリーズしました。

 

「トキの顔が広いのは知っているけど、どうやって伝説の元アイドルと知り合いになったんだい?」

「娘の愛さんとは何度か一緒に仕事をしたことがありまして。最近舞さんの肩こりが酷いという話を聞いたので先日訪問治療をしたんですよ。で、その時に仲良くなったという訳です」

「あれ以来、肩が羽みたいに軽くてね~。リバースエイジングもやって貰ったから体的には完全に十代後半のレベルだし、本当に助かったわ」

「お知り合いなのはわかりましたけど、なぜ私達のライブに?」

「ライブの課題についてはトレーナー姉妹さんからも指摘頂いていますが、やはり身内なので評価が甘いような気がするんです。なので第三者の舞さんから元世界一の視点でボロクソにダメ出しをして貰おうと思いまして。今回は美城常務も参加されるので、常務が目指すアイドル事業部の方針についても意見を頂くことにしました」

 日高舞に対してトラウマを持っているのならば、直接本人に会わせて話をすることで心のモヤモヤを解消してもらおうという訳です。

 各ユニット存続のために作成したチャート(攻略手順)には入っていなかった作戦ですが、目標としている本人から異論があれば常務も新方針を考え直すだろうと思いノリで入れてみました。

「そういうこと。まぁ、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

 三人が頭を下げると常務が漸く再起動しました。

 

「日高、舞……」

 苦々しげに呟きます。常務にとっては美城グループを壊滅一歩手前に追い込んだ天敵ですから、色々と思うところはあるのでしょう。そのまま舞さんに近づいていきます。

「貴女が美城さんね。初めまして、日高舞よ♪」

「日高舞!」

 一色触発の空気でした。常務は大人ですから無用なトラブルは起こさないと思っていましたが、ちょっとまずい感じなので止めに入ろうとします。すると常務が重い口を開きました。

「サインを、頂けないだろうか」

「ええ、いいわ♪」

 思わずその場でずっこけます。結局ファンだったんじゃないですか!

 

「~~~~♪」

 鼻歌交じりでサインをサラサラと書き終わると、舞さんが再び口を開きます。

「朱鷺ちゃんから色々と話を聞いてるわ。私を真似てアーティスト面を特化する方向に舵を切ろうとしているみたいね」

「トップアイドルとして君臨するには歌と踊りだけで十分。それを示したのは貴女です」

「ええ、そうね。────でも、私のデッドコピーでは失敗するだけよ」

「……どういうことでしょうか?」

「私が成功したのは私の実力が飛び抜けていたからよ。だから他の子が私と全く同じ路線を歩んでも私と並ぶことは絶対に出来ないの。まぁ、量産型のつまらないアイドルを大量生産したいなら別だけど。

 ビジュアルが良くて歌と踊りが出来るのは当たり前。それにプラスして、私に迫れるだけの武器を持つことが大切よ」

 一見自信過剰なセリフですが、舞さんは実際に言うだけの実力がありますから反論できません。

 

「だからもし私を超えたいのなら別のアプローチで勝負することね。そういう意味では朱鷺ちゃんは良い線いっていると思うわ。誰も貴女の真似は出来ないもの」

「真似出来てたまるかという気がしますけどね……」

「別のアプローチ、ですか……。ありがとうございます。参考になりました」

「いいのよ♥ アイドル業界全体が盛り上がれば愛の仕事も増えるし」

 自由奔放な印象ですが、娘を心配する所はやはりお母さんって感じがしました。

 舞さんのアドバイスは常務の心に届いたようです。この結果が吉と出るか凶と出るかはわかりませんけど、良い方向に転がって欲しいものです。

 

「娘でも生まなければ互角に戦えるライバルなんて現れっこないって思ってたのに、最近は面白い子達が沢山出て来てるわねぇ。愛がもう少し育ったらって考えていたけど、今電撃復帰っていうのも面白いかもしれないわ。朱鷺ちゃんのお陰で体の調子も当時に戻ったしね。

 まず玲音ちゃんでしょ。後は春香ちゃん、千早ちゃん、百合子ちゃん、桃子ちゃん、楓ちゃん、朱鷺ちゃん……。フフッ、どれも潰し甲斐がありそう♪」

 お願いしますからその処刑リストに私を載せるのはやめてくださいしんでしまいます。

 というか復帰って初耳ですよ! そんなことが起きたら芸能界に激震が走ります!

「ああ、最強の敵を一瞬で打ちのめす快感……。フフ、フフフフ」

「もし復帰されるのでしたら我が346プロダクションが諸手を挙げて歓迎します!」

「あら、いいわね♪ 前の事務所は私の引退後直ぐに倒産したから困ってたのよ。それで、具体的にはどんな条件になるの?」

「日高さんの場合は十分過ぎる実績がありますので、業界最高の支援体制を……!」

 コメットを他所にビジネスの商談が始まってしまいました。これほど鬼気迫る常務を見たのは初めてです。

 

 私の思いつきのチャート変更により、出会ってはいけない二人を引き会わせてしまったような気がしましたが気にしないことにしました。

 超クッソ激烈に嫌な予感がしますけど、なるようにしかなりません。きっと誤差ですよ誤差!

 ですよね……? 誰かそう言って下さい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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