ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第63話 バカばっか

「それではこれよりオータムフェスの総括を行う」

 常務の凛とした声が大会議室に響きました。同席している今西部長や武内P(プロデューサー)、犬神Pは真剣な面持ちです。私も姿勢を正し真面目な表情を維持しました。

 総括といっても赤い人達の様な物騒な意味合いはありません。今日は昨日行われたオータムフェスの振り返りを行う会議の日なのです。物販やアンケート結果、アイドル達自身の意見と言った情報を整理して問題点を解消し、今後のフェスに活かすことが目的です。

 今西部長は部全体の責任者、武内Pと犬神Pはそれぞれシンデレラプロジェクトとコメットの責任者という立場で出席していました。他にもフェスに参加したアイドル達を担当しているPが複数名いらっしゃいます。

 本来私は一介のアイドルなのでこの場に呼ばれることはないですが、今はプロジェクトクローネのサポート役を兼ねていますので特別に出席を許されていました。

 

「……資料を元に説明しますので、正面のスクリーンをご覧下さい」

 進行役の武内Pがプロジェクタによって投影された資料を元に物販の売上やアンケート結果について冷静に説明をしていきます。快挙とまでは行きませんがいずれも昨年度対比で大きく改善していますので、出席者一同は思わず安堵の色を浮かべました。……たった一人を除いて、ですが。

「説明ありがとう。顧客満足度、売上共にサマーフェスを上回っているようだな」

「はい。特にプロジェクトクローネに関しては『とても良かった』『良かった』というポジティブなご意見の合計が九割を超えていました。デビューライブでこの数字は誇るべきだと思います」

「当然だ。私が選んだアイドル達だからな」

 空中分解しかかってましたけどね、というツッコミを入れたくなりましたが場が場なのでぐっと堪えました。悲しいことに手柄をぶん取られるのには慣れてますから別にいいですけど。

 このところ常務は誰かのせいで失点続きでしたがオータムフェスの成功で名誉挽回できたことでしょう。全員を護るトゥルーエンドを目指すと誓いましたので私としても一安心です。

 

「クローネの躍進はサポート役の七星が一役買っている。この場で改めて礼を言おう」

「えっ……? あ、はい……」

 褒められるとは微塵も思っていなかったのでついつい挙動不審になってしましました。ふ、ふんだ! あんただけのためじゃないんだから! 勘違いしないでよね!

「だが今回のフェスは私が思い描く完璧なものではない。現に二つの問題が発生した」

 常務から言葉が発せられると共に再び緊張感に包まれます。予想はしていましたが、やはりあの件について触れますか。

 

「問題の一点目は、我がクローネのアイドル────鷺沢文香のライブ直前における体調不良だ。幸いとある人物が起こした超常現象によって難を逃れ無事に出演することが出来たが、体調管理の不備によるトラブルはフェス自体を破壊しかねない問題だ。それに栄誉ある美城として、いつまでも野蛮な力を当てにする訳にはいかない」

「はい。その点については意見があります」

「……七星さん、どうぞ」

「文香さんを始め、クローネメンバーの多くはライブ未経験者です。それなのにデビューが数千人規模の大規模ライブ、しかもプレッシャーが掛かる終盤に出演するのですから体調不良などのトラブルの発生は予見できました。問題はアイドルではなく会社側の体制にあったと私は判断します」

 文香さんの名誉を守るためにも強い口調で反論しました。練習を怠っていたり前日に遊び歩いていたりしたのであれば本人の責任ですが、クローネの子達はオータムフェスに向け猛練習し前日はしっかり休養していたのです。美城常務の判断ミスの責任を文香さんに押し付けるのは絶対に許せません。

 

「ああ。君の言う通りだ」

「えっ……!」

 超あっさり非を認めました。てっきり猛反論してくると思ったので肩透かしです。

「そんな簡単に非を認めて宜しいのですか?」

「私はアイドル事業部の統括重役────部門責任者だ。社員やアイドル達の過失の責任は全て私にある。個々人について責める気は毛頭ないが、失敗を放置しているとまた同じトラブルが発生するだろう。だからこそ何が問題であったかを客観的に分析しなければならない。そのため今のような意見は大変参考になる」

「は、はい……」

「それ以外で疑問を感じた者はいるか? 此処での発言については個人名を議事録には残さない。発言内容によって義務や責任が生じることはないので、今のような率直な意見が欲しい」

 そう言って意見を求めると皆自分の考えや思いを述べ始めます。

 どんな回答をしようとも追い詰めるよう理論武装をしてきたのに無駄になってしまいました。ですが常務がまともな方であることが再確認できたので、これはこれで良かったのかもしれません。

 

「ライブ時の体制は別として、鷺沢自身人目に晒されることを苦手としているように見える。それは今後のライブにも影響しかねない問題だ。君にはそのフォローを最優先で頼みたい」

「承知しました」

「そして問題の二点目は『スマイルステップス』のライブだ。いや、正確には島村卯月のパフォーマンスと言った方が正しいか。彼女は今どうしている?」

 常務の表情に一瞬影が差します。ですが直ぐにいつもの鉄仮面に戻ってしまいました。

「最後のターンの際に足首を捻ってしまいました。病院で見て頂いたところ軽い捻挫とのことですが、大事を取って今週は休養して頂く予定です」

「……そうか」

 武内Pの報告を冷静に受け止めていますが、私には少し悲しそうに見えました。

 

「結局、どう足掻いたところで灰被りに掛けられた魔法は解けてしまうと言う訳か」

「いえ、星は依然として輝いています。覆い隠す黒い雲が過ぎ去ればまた輝きを取り戻す。私はそう信じています」

「だといいがな。だが輝けなくなった星に居場所はない。いざとなったら……わかるな?」

「ご心配には及びません」

「……願わくば、私の予想を覆してもらいたいものだ」

 常務と武内Pの静かな応酬が繰り広げられましたが、どちらも卯月さんの身を案じていることは確かです。死兆星の件もありますのであの子のことは特に気掛かりでした。

 

 

 

「コーヒーをどうぞ」

「ありがとうございます。ちひろさん」

「いえいえ、お気になさらず♪」

 全体会議が終わった後は武内Pと犬神Pと私の三人で今後の対応についての検討に入りました。

「クローネの方ですが、文香さんが衆目に晒されることに慣れていないという問題がありますので、そちらは私の方で取り急ぎ対応するつもりです」

「わかった。俺の方は引き続き白菊さんのフォローを続けるよ」

「お願いします。スマイルステップスのライブがあまり上手く行かなかったことについて責任を感じていますので上手く慰めてあげて下さい。私達だけでなく犬神さんからも言って頂いた方が気が楽になると思いますので」

 ほたるちゃんは最近不幸な目に遭う機会が大幅に減っていたため、その間溜め込んだ不幸が一気に開放されてしまったと落ち込んでいます。決してそんなことはないと思うんですけどね。

 昨日はアイドル寮に泊まらせて頂きアスカちゃん達と一緒に励ましていました。今は落ち着いていますがケアは欠かせません。

 

「任せてくれ。Pとしてしっかりフォローするさ」

 爽やかな笑顔を見て無性に不安になりました。

「弱っているところに付け込んでいやらしいことをしようとしたら……もぎますよ」

「何をだよ! 絶対にしないって、そんなこと!」

「JCばかりアイドルに勧誘する卑猥なPが言っても説得力は皆無です」

「ちゃんと高校生もいるって! 依田さんとか!」

「見た目的にはJCどころかJSで通用しますけどね」

「ぐっ、それは……」

 担当Pとしてそこはちゃんと否定して差し上げなさい。本人も少し気にされているんですから。

 

「……島村さんのことで、色々とご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」

「いえいえ! 俺達は大丈夫ですって!」

「はい、気になされないで下さい」

 武内さんが頭を下げましたが彼が謝る必要はないことです。

「それよりも卯月さんのフォローが大切です。昨日のフェス後は撤収作業でバタバタしてしまいロクに話ができませんでしたので、早い段階で対話の機会を設けたいのですけど」

「……そのことですが、少し待って頂いてもよろしいでしょうか」

「待つ、とは?」

「フェス後に島村さんを家まで送り届けたのですが、表面上はいつもと同じように努めているものの、ライブが上手く行かなかったことについて精神的に強いショックを受けている様子でした。その状況で話をしても心が受け止めきれず、却って良くない影響が生じる恐れがあると思います。

 そのため少し時間を置いて平常心を取り戻し次第、適宜フォローをしてきたいと考えています」

 彼の言うことにも一理あるとは思います。ですが危機的状況にある彼女を放置するのはそれはそれで心配でした。意見を無視して無理にでも卯月さんを引っ張り出すべきなのか非常に悩ましいところです。

 

「……色々と思うところはあるでしょうが、今は私に任せて下さい」

 すると再び頭を下げました。しかも今度はきっちり四十五度の最敬礼です。一流のビジネスマンにここまでされては引き下がるを得ません。それに彼は卯月さんの担当Pなので、その意向を無視して勝手に突っ走るのはやはり不味いと思い直しました。

「こちらのことはお気になさらず、卯月さんの動向に最大限注意してあげて下さい。詳細は申し上げられませんが、北斗神拳的に考えてこれから彼女の身に大きな災いが降りかかる可能性が高いという予測が出ています。そういう時に卯月さんを支えてあげられるのは我々のような外様ではなく、担当Pの武内さんなのですから」

「ご忠告、感謝します。今日もこれから彼女の家に伺い様子を確認する予定なので改めて注意することにします。状況につきましては逐次共有致しますので」

 そう言う武内Pの表情に迷いはありません。これならきっと未央さんの時のようなことにはならないでしょう。シンデレラプロジェクトだけでなく、彼もまた日々成長していました。

 

「ホント、武内さんは誠実で真面目で担当アイドル想いですよねぇ。どこかの畜生と違って」

「相変わらず好き放題言うなぁ。もう慣れたけど」

 犬神Pが呆れたように溜息を付きました。

「いえ、アイドル想いという点では犬神君の方が私よりも勝っていると思います」

「いやいやいや、ありえないですって」

「ちょっ、先輩! まずいですよ!」

 いきなり焦りだした犬神Pを他所に武内Pが話を続けます。

 

「七星さんにはイベントや番組出演の依頼が数多く来ていますが、その中には何というか……小馬鹿にする様な仕事が含まれています。貴女の身体能力やスキルを見世物小屋の出し物扱いするようなイベンターやディレクターには毅然とした態度ではっきりとお断りをしていました。

 会社として断ることが困難な仕事も稀にありますが、その場合でも内容の変更を直談判してアイドルとしてのイメージに極力傷が付かないよう必死に対応しています。何が何でも担当アイドルを守ろうとする姿勢には私も勉強させて頂きました」

「……その話は、本当ですか?」

「はい、間違いありませんよ。裏社会と繋がりがある危険なイベンターにもちゃんと立ち向かっていました。声はちょっと震えていましたけど♪」

 話を聞いていた千川さんが笑顔で肯定しました。

 

「何で今まで隠していたんですか?」

 犬神Pに問い質します。

「聞かれなかったからね。それにこれくらいわざわざ言うことでもないよ」

「そういう展開は予想できていましたので、頑張って拒否しなくても良かったのですけど。あまりにふざけた依頼の場合は先方に乗り込んで誠心誠意お話しますし」

 すると珍しく真剣な表情になりました。

「アイドルを守ることも担当Pの仕事だ。それに皆にはドロドロした裏事情は気にせず存分に光輝いて欲しい。七星さんが清純派アイドルを目指すのであれば、俺はその夢が叶うよう精一杯応援したいんだ。ただ、それだけだよ」

「……まぁ、ありがとうとは言っておきます」

 ちょっとは嬉しくもなくはないかもしれませんけどね。そう、ほんのちょこっとだけですよ。本当です。

 

「ふふっ。朱鷺ちゃん、顔が赤いですよ~♪」

「あ~! お腹空いちゃったな~! お昼ご飯を抜いちゃいましたから何か食べなきゃな~!!」

 千川さんボイスの幻聴が聴こえたのでその声を掻き消すように叫びました。

「それじゃ、私は美城カフェで何か食べてきますので! アディオス!」

「ちょっと! ここ二十二階だよ!」

「朱鷺、行きまーす!」

 そのまま力づくで固定窓をこじ開けて外に飛び出しました。私はただ単にカフェ到達RTAがやりたかっただけであり、錯乱して思わずこの場から逃げ出した訳ではありません。これだけはハッキリと真実を伝えたかった。

 

 

 

「とうっ!」

 エルシャダイのPVのように颯爽と地上に降り立ちます。全く、あのドリンクオバ……お姉さんのお陰で余計なRTAをさせられましたよ。

 目的地である美城カフェに到着した後、オープンテラスでフルーツパフェを頼んでから電話をかけます。相手は鎖斬黒朱総長の虎ちゃんでした。

 無機質な電子音がスマホから流れます。もう既に三コール目なんですが大丈夫でしょうか。万一私の電話をシカトしたら生身で大気圏に突入してもらう約束なんですけど。

「は、はい! 虎谷ですっ!」

「……ちっ。出てしまいましたか。後ワンコール遅れていたら宇宙旅行にご招待でしたのに」

「ちゃんと出たでしょう! ノーカンッスよ、ノーカン! ……それで何の用っスか?」

「島村卯月さん保護作戦に変更がありますので連絡しました。彼女の護衛って今は常時三人でしたよね?」

「はい。そうですけど」

「更に一人増員です。それと彼女の健康状態や表情、仕草と言った情報も観察して報告して下さい。もし思い詰めた様子でしたら至急連絡願います」

「えー……」

 思っきり嫌そうな返事が返ってきました。

 

「24時間365日体制でシフト組むのも結構大変なんスよ。しかも見た目がガチヤンキーな奴らは不可って条件ですから出られるメンバーも限られてますし。それにこれ以上俺らみたいのが住宅街で見つからないようにたむろしていたらポリ連中だって黙ってないと思うんスけど」

「そこは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して下さい。それと警察については所轄の警察署を抑えたので職質対象外にして貰っていますから大丈夫ですよ」

「……姐さんが何者なのか益々分からなくなってきました」

「それは今更でしょう。暴走族として念願の天下統一を果たさせて上げたんですから、これくらいはお願いします。もし彼女の身に何かあったら……理解出来ますよね?」

「……了解っス。何とかしてみます」

「わかればよろしい」

 卯月さんの様子を見ると言ってもその間に万一のことがあっては後悔しても仕切れません。当面の間は鎖斬黒朱の連中に見守りを強化して貰いましょう。

 

「それよりも姐さんの方は大丈夫なんスか?」

「大丈夫って、何がですか?」

「いや、体調とか崩してねえかなって。オータムフェスの前も相当忙しい感じだったから、終わってもゆっくり休む暇がなさそうなんでみんなで心配してますよ」

「……自分で言うのも何ですが、私は殺しても死なない女です」

「それはわかってます。つってもまだ中学生だし何より女の子じゃないっスか。ファンとして心配するのは当然ですって」

「オーバーワークには慣れてますのでご心配には及びません。……でも、心配して頂いたことについては一応お礼を言っておきます」

「無理するなって言って止まるようなタマじゃないとは十分知ってますが、最後の最後でキツくなった時は連絡して下さい。俺らにやれることはやるんで」

「ん? 今何でもするって言いましたよね?」

「言ってないっスよ! 姐さん相手にそんなこと言ったらマジ洒落になりません!」

「……フフッ。冗談ですよ、冗談♪」

 暫し雑談して電話を切りました。虎ならぬ猫の癖に私を心配するなど十年早いです。

 その後運ばれてきたフルーツパフェはいつもより美味しく感じましたが、一体なぜでしょうか。

 

 

 

「失礼します」

 翌日はプロジェクトクローネの専用ルームを訪れました。するとノルンの子達の姿が見えます。先程LINEにてお願いした通り集合してくれていたようです。

「ちゃーっっっす!」

「おはようございます、朱鷺さん。私達に何の御用でしょうか」

 唯さんとありすちゃんが挨拶をします。ワンテンポ遅れて文香さんも「おはようございます……」と呟きました。

「わざわざお呼び立てしてしまい申し訳ございません。ノルンの皆さんのためにお仕事を取ってきたのでその連絡があったんですよ」

「マジ!? やったー☆ ねぇねぇ、何の仕事? あっ、もしかしてモデルとか!?」

「朱鷺さんが取って来たお仕事ですか……。一抹の不安があります」

「……具体的には、どのような内容なのでしょう?」

「そう慌てないで下さい。それを今からご説明しますから」

 気が逸る三人を落ち着かせます。ソファーに向かい合って座ると持ってきた資料を見せました。

 

「お仕事の内容ですが、『グランブレードファンタジー』────通称グラブレというソーシャルゲームのファン感謝祭への出演です」

「あっ、それ知ってる! テレビでも結構CM流しているよね~♪」

「私も知っています。ゲームは子供っぽいですから実際にプレイはしていませんけど」

「すみません。テレビやゲームにはあまり縁がないので存じ上げていませんでした。ですが関わりのない私達が何故イベントに出演するのでしょう?」

「グラブレは346プロダクションと定期的にコラボしていまして、所属アイドル達をイベント限定キャラとしてゲーム内に登場させているのです。その縁で以前私も出演させて頂きました。……可愛らしい味方キャラじゃなくてイベント用の物騒なラスボス枠でしたけど」

「朱鷺さんなら納得です」

「傷つくことをさらっと言わないで下さいよ……」

 クローネのツッコミ役としてのポジションを確立したありすちゃんの毒舌を流しつつ、話を続けます。

 

「以前出演したツテで先方のPとは面識がありますので、誠心誠意『お願い』をして次回の346プロダクションとのコラボイベントに出演するアイドルはノルンと私にして頂きました。丁度今週末に現実世界での感謝祭イベントがありますのでプレイヤーへの顔見世を兼ねて出演するという訳です」

「なんかチョー楽しそ~! よくわかんないけど♪」

「想定よりまともで安心です。『トキドキ♥サバイバルレッスン』みたいな超人専用の仕事だったらどうしようかと思いました」

「流石にあんな仕事を他の子にやらせるつもりはないですって」

 張り切る唯さんと胸を撫で下ろしたありすちゃんとは対象的に、文香さんの顔色は冴えませんでした。

「あまり気が進みませんか?」

「いえ、そんなことは……」

「私達の間に隠し事は不要です。私はクローネのサポート役なんですから不安や不満は何でも言って下さい。全て解決できる訳ではありませんが人に話すと楽になると思いますよ」

 すると文香さんがゆっくりと口を開きます。

 

「このイベントのお仕事が嫌という訳ではありませんが、人前に出ることは未だに慣れていないので……。先日のオータムフェスのように緊張で倒れてしまい、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません」

「迷惑なんてとんでもないです!」

「アリスちゃんの言う通りだよ~。終わったことは気にしない気にしない☆ それに朱鷺ちゃんがいれば倒れてもひこーで一発だし!」

「ですが……」

「先日の体調不良は不幸な事故ですし会社側に責任があるので気にされる必要はありません。それに人目に慣れてないのなら慣れるまで訓練すればいいだけです。数千人規模のライブに比べれば人は少ないですから丁度良い機会だと思いますよ。

 ですが本当に嫌であれば断って頂いても構いません。嫌々出るのはグラブレファンの皆様にも失礼ですからね」

「私は文香さんと唯さんと一緒にお仕事がしたいです。我儘かもしれませんけど、その気持ちは本当です」

「ゆいもトーゼン同じ気持ちだよ~。せっかく一緒のユニットになったんだからさっ、三人で楽しくアゲてきたいな☆」

 すると文香さんが暫し考え込む素振りを見せます。

 

「……わかりました。そのお仕事、お引き受け致します」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ありすちゃん達のお陰で無事文香さんを説得することが出来ました。嫌がっている子に無理やりやらせても改善どころか悪化してしまうので、進んで引き受けてくれて良かったです。

「はいっ! 一緒に頑張りましょう!」

「ゲームじゃなくて、ゆいに夢中にさせちゃうからー♪ むちゅー☆」

 他の二人もやる気充分で何よりでした。私も誠心誠意バックアップしてあげましょう。

 

 

 

 そしてイベント当日になりました。余裕を持って到着するよう、会場である大東京国際フォーラムに向かいます。イベントの前半は本家キャラの声優さん達によるトークショー、休憩がてら私達のコラボイベントについて紹介があり、後半はゲームのPから今後のアップデートや新システムについて予告があります。

 私達の出演時間はそう長くはありませんが、例え1秒でもお仕事はお仕事なので手を抜かずしっかりやりましょう。そう思い張り切りつつ、割り当てられた控室に向かいました。

 

「おはよう、皆さん」

「おはようございます」

「今日は早いですね」

「だって折角のイベントじゃん! 張り切り過ぎて5時に起きちゃったよ~♪」

 既にノルンの子達が来ていました。それぞれと挨拶を交わすと準備に入ります。衣装はまだ届いていないのでメイク等をしていると扉をノックする音が聞こえました。

「入って頂いて大丈夫ですよ、どうぞ」

「失礼します」

 すると、見慣れたイケメンがクールな表情で入室してきました。

 

「げぇっ、龍田!!」

 ジャーンジャーンジャーンという銅鑼の鳴る擬音が頭の中で響いた気がします。眼前の男性は最近お馴染みのAP龍田でした。

「おはようございます、七星さん。本日は宜しくお願い致します」

「いやいやいや! よろしくも何も、なぜ貴方が此処にいるんですか!」

「グラブレのPから346プロダクション出演パートの司会進行を担当して欲しいとの依頼を頂きました。あのゲームの運営会社は我々の局の有力なスポンサーですから、今日はこちらで勤務するよう局から指示を頂いています」

「一体何故そんなことに……」

「グラブレ側では七星さんを制御する自信がないとのことなので、天敵である私に白羽の矢が立ったそうです」

「余計なことをっ!」

「ご安心下さい。私は七星さんの魅力が周囲の方に少しでも伝わるよう、いつも通り死力を尽くすだけですから」

「だからこそ厄介なんですよ……」

 開始直前になって不安要素が発生してしまいました。大人しく司会進行に専念していて欲しいんですけど。

 

「朱鷺ちゃん朱鷺ちゃん、このカッコイイ人だれ?」

「ああ、唯さん達は面識がありませんでしたか。私が出演している『RTA CX』や『とときら学園』でAPを担当されている龍田さんです」

「ちゃーっす! 大槻唯で~っす!」

「鷺沢文香と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「……橘ありすです。橘と呼んで下さい」

 そう言いながらありすちゃんが三歩ほど後ろに下がりました。見知らぬ大人の男性には警戒心が強く働くようです。でも346プロダクションのアイドル達は結構無防備ですからこれくらい慎重でもいいのかもしれません。

 

「クローネの皆様、初めまして。いつも七星さんがお世話になっております」

「逆ですよ逆! 私がサポートしているんですって!」

「そうでしたか。それは失礼致しました」

 調子が狂わされるので本当に頭に来ますよ。一旦心を落ち着けて冷静になるため手にしていたミネラルウォーターを口に含みました。

「ねーねー。たっつんと朱鷺ちゃんって付き合ってるん?」

「ゲボァッ!」

 私の口から吹き出した水がありすちゃんの顔面を直撃しました。

「汚いです!」

「す、すみません……。あまりに予想外の質問だったもので……」

 おにょれ……。ナチュラルギャルは男女と見れば直ぐ付き合うだの付き合わないだの言い出すから困りますよ!

 

「いいえ。私と七星さんでは釣り合いが取れません。それに恋愛感情の様にあやふやな想いで付き従っている訳ではありませんので」

「え~、つまんないな~」

「こういう話はもう終わり! 閉廷! 以上、みんな解散! もうすぐ仕事なんですから切り替えていきましょう!」

「はい、わかりました」

 空気を読んでくれる文香さんの存在が超有難いです。私の中で確実に三階級特進しましたね。

 

 

 

「し、失礼しますっ!」

 龍田さんが退出し準備を続けようと思った矢先、スタッフらしき女の子が慌てた様子で飛び込んできました。

「どうされました?」

「それが、本日のイベントで使用する機材を乗せたトラックが事故を起こしたらしくて。その中に皆さんの衣装の一部が含まれているみたいなんです」

「それは本当ですか?」

「はい……。今別の便に積み替えて発送しているそうですが、本番までに届く保証はないとのことです」

「わかりました。イベント運営担当者の方で対応を検討願います。方針が決まりましたら私達にもご連絡下さい」

「承知しました」

 そのまま足早に去っていきました。今日のイベントではコラボキャラと同じ衣装を着る予定でしたので、それがないと単なるアイドルのトークショーになってしまいます。イベントを中止するような問題ではないものの、普段着で出ていってはファン感謝祭として盛り上がりに欠けてしまうかもしれません。

 ですが私達ではどうすることも出来ないため、運営側の方針決定を待つことにしました。

 

「私のトークで繋いで衣装の到着をギリギリまで待つ、ですか……」

 少しすると運営側から対応の指示がありました。何でも振替輸送のトラックは近くまで来ており、コラボイベント紹介コーナーの直前には届く予定だそうです。ただ着替えの時間を考えると間に合わないため、先に私がステージで時間を稼ぎ後から文香さん達が合流することとなりました。

 幸いなことに私の衣装は別便で到着していましたので既に着替えは完了しています。

 北斗神拳という個性がありますので拳士や暗殺者キャラを想定していましたが、予想を大きく裏切っていました。

 

「何か凄いなー。アイドルっていうかロボだね、ロボ!」

「ゲームの世界観はファンタジーなのに衣装はSFとは……。ソーシャルゲームとは懐が深いのですね」

「いえ、多分朱鷺さんだけだと思いますけど」

 皆の指摘の通り私の衣装はファンタジーとは大きくかけ離れているものでした。私を模した前回のボスキャラロボットをイメージした装甲、外骨格、衣装を身に纏っています。少女とロボットをかけ合わせているので見た目はモビルスーツ少女のような感じですね。

 なお、武装はチェーンガンやプラズマキャノン、レーザーブレード、垂直ミサイル、自爆装置で更には飛行形態に変形し空から敵を蹂躙するそうです。コスプレにしてはしっかり作り込んであって草も生えませんでした。大型ダンボール五箱分の装備なので私だけ衣装が別便だった理由が何となくわかります。

 

 新たなる敵────魔王ピニャ・コ・ラータからアイドル達を守るため、前回のラスボスだったアイビスが謎の金属細胞の力で『T.O.K.I』として再生し、以前敵対したプレイヤーと協力して戦うというのが今回のコラボイベントのストーリーとのことです。

 一応今回は味方キャラにはなったものの半分ロボなので心中複雑でした。それに『To defeat One's enemy to Keep the Idols(アイドルのためなら全てブッ潰すヤベーやつ)』でトキって略称も結構苦しいと思いますが、プロが制作するゲームの内容に口出しは出来ないので不満は心の奥にしまっておくことにします。

 

「それでは私は先に行きますので、あとで合流しましょう」

「よろしくお願いします」

「よいせっと」

 チェーンガンとプラズマキャノンを抱えて控室から出ると、直ぐ近くにいた清掃のおばちゃんが驚きのあまり腰を抜かしてしまいました。アイドルって一体何なんでしょうか……。

 

 

 

「それでは次のコーナーに行きたいと思いますっ! 本日は次回イベントでコラボする346プロダクションのアイドルの皆さんにお越し頂きました。まず初めに七星朱鷺さんと保護者の龍田APです! どうぞっ!」

 総合司会さんの合図に合わせて舞台に上がります。全席指定席ですが満員御礼でした。皆の視線が私に集中するのを痛いほど感じますが、平静を装いつつヘッドマイクでトークを始めます。

「は~い皆さんこんにちは~♥ コメットの七星朱鷺です! 本日はグラブレ運営様のご厚意で感謝祭に参加させて頂くことになりました! 短い時間ですがよろしくお願い致します!」

「不死テレビAPの龍田です。同じくよろしくお願い致します」

 二人して頭を下げると拍手の音が聞こえました。ゲーム系の番組には二本出演していますのでそれなりに認知はされているようです。

 

 一安心しつつ二人でトークを行いました。内容は最近のアップデートの感想や手持ちキャラのレビューなどです。勿論、ちょっと前に課金ガチャで超絶大爆死して『運営○ね!』と魂の雄叫びを上げたことは伏せました。

 龍田さんは元々未プレイ勢でしたが本イベントに合わせて一夜漬けでゲームの知識を身に着けたらしく、専門用語なども的確に使用しつつ軽妙なトークを繰り広げています。その口の上手さがあれば詐欺師として大成できると思うんですけど、今からでもコンバートしたらいかがでしょうか。

 そのうち私が以前ラスボスとして君臨したイベントの話題に移りました。

 

「プレイヤーの皆さんも色々と思い出があると思いますが、七星さんが出演したあの悪夢のようなイベントが記憶に残っている方も多いでしょう」

「ああ、あれですか……」

 すると観客の私を見る目が一気に厳しくなりました。頭を抱えている方もチラホラといます。

「魔の最終領域。疲弊した味方を容易く蹂躙する無数の大型機動兵器群。下方修正前突破率0.01%は伊達ではありませんでした」

「コラボ先の原作の世界観を大切にしていますから、ちょっと私の力に寄せ過ぎてしまったんですよね……」

 イベント時にはクレームのメールがうちの事務所にまで来ました。幸い1日で修正されましたが、あの一件で私のことを快く思わない先行攻略組などのプレイヤーが少数ながら発生したと聞きます。明らかにバランス調整ミスで後日運営側から謝罪がありましたので私に責任はないと思うんですが、コラボしている以上先方を批判する発言は出来ません。責任を押し付けられて戦犯にされることは前世で散々やられ慣れてますから別にいいですけど。

 

「しかし今回のイベントでは敵であったアイビスが強力な味方キャラのT.O.K.Iとして登場します。かつて死闘を繰り広げた敵同士が手を取り合い、共に新たな強敵に立ち向かうという熱い展開ではないでしょうか」

「えっ?」

「以前のイベントでは辛い体験をした方々も、過去の遺恨は水に流して新たな展開に胸躍らせる方がゲームを楽しくプレイできるのではないかと私は思います」

「そ、そうですよねっ! いや~楽しみです!」

 これってもしかして私のフォローをしてくれたんでしょうか。このドSドラゴンが、本当に?

「さて、ここで次回のコラボイベントの出演者を順にご紹介しましょう。今回出演するのは最近売り出し中のプロジェクトクローネのユニット────ノルンの皆様です。まず一人目は橘ありすさんです。どうぞ!」

 私の考えは龍田さんの声で掻き消えてしまいました。どうやら知らぬ間に衣装の準備が出来たようです。

 

「はい!」

 するとありすちゃんがとことことステージ中心に駆け寄ってきます。魔道師キャラらしく、三角帽に大きな杖を手にしていました。服装はレースで胸元の大きなリボンが可愛いですね。青色で統一されていて知的なイメージが強調されています。

「橘ありすです。皆様、よろしくお願いします」

 大舞台の上ですが取り乱さず冷静に挨拶をしました。少女なのにクール、そして大人口調というギャップが素晴らしいです。魅了された観客も多いことでしょう。

 

「続いて二人目は大槻唯さんです!」

「ハイパーちゃーっっっす! フリフリドレスの、ゆい登場~☆ 両手を広げて、クルクル踊りまくりの回りまくり♪ だーい好きなみんなを、まとめてぎゅーってしちゃおーっと☆」

 凄い勢いで一気に中央に飛び出してきました。ダンサーキャラのようで、スパニッシュ調の赤いドレスを身にまとい薔薇の髪飾りを身に付けています。アイドルもダンスをしますから普段の舞台衣装と然程代わりませんが、その分クオリティが保証されています。

 エネルギッシュに動く彼女に観客の視線が集まりましたが唯さんはそれを楽しんでいるようでした。正に天性のアイドルですね。

 

「そして最後────三人目は鷺沢文香さんです! どうぞ!」

「は、はい……」

 文香さんが舞台に上がると観客席が大きくどよめきました。ヴァルキュリアという槍使いのキャラですが、いつもの落ち着いた司書然とした格好から一転して、純白を基調とした大胆なビキニアーマーに身を包んでいます。

 特に胸部と臀部の露出が素晴らしい。可愛い顔してあんなわがままボディだったとは……。

 それに反して恥ずかしそうな表情がベネ(良い)です! ありすちゃんも唯さんも素晴らしかったですが、このコーナーの主役は文香さんでしょう。

 観客も皆一斉に写真を撮ったり検索したりしています。今回のイベントで文香さんの知名度は一気に上がるかもしれません。

 

 

 

「お疲れ様でした」

 私達のコーナーが終わった後、控室で一息付きます。

「文香ちゃん、やるじゃん! 皆の視線独り占めだったよ~☆」

「はい、流石文香さんです!」

「いえ……大したことはありません」

「あれだけのダイナマイトボディを持ちながら謙遜すると嫌味に聞こえますよ。もっと自信を持って下さい」

「自信、ですか……」

 そのまま少し考え込む素振りを見せました。

 

「今日のイベント、緊張しましたが楽しくもありました。自分が何か違うものに成れたような気がして……」

「それがコスプレのパワーですよ。変身願望が強ければ強いほど輝けるんです。先日は人前に出ることは慣れていないと仰っていましたが、あれだけの人数の前で堂々としていられたんです。これからだってきっと大丈夫ですよ」

「そうかも、しれませんね。……いえ、そうだと思いたいです」

「大丈夫大丈夫! いざって時はゆいもいるんだし☆」

「私も文香さんのお側にいますっ!」

「ありがとうございます。皆さん」

 文香さんの素敵な笑顔が輝きました。障害を乗り越えて三人の絆は一層強くなりましたので、彼女に関してはこれできっと大丈夫でしょう。後顧の憂いを無事に絶つことが出来ましたので後は卯月さんのケアに専念することにします。

 

「そういえばたっつんはどこ行ったの?」

「コーナー終了と同時に局に戻ったようです。挨拶の一つもしないなんて失礼な奴ですよ」

 LINEでメッセージを送っても一向に見やしません。先程のコラボイベントの件を問い質したかったんですけどね。

 それにしても犬・虎・龍と、こんなドブ川を心配するだなんてお節介な奴ばかりです。その分の時間を自分の人生を心配するのに使いなさいな。

 ホント、バカばっか。

 

 でも、その気遣いがとても嬉しいと感じてしまいました。

 孤独死上等なワンマンアーミーだった私も随分弱くなってしまったものです。

 ですがこれはこれで悪くはないと、今は思えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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