ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第61話 いっしょにとれーにんぐ

「英会話、初心者、手軽っと……」

 ベッドでごろ寝しながらスマホで英会話講座についてググると多種多様なサービスが表示されました。先日犬神P(プロデューサー)が英語ペラペラということが判明し100メガショックを受けましたが、ド畜生に負けたままでは私のプライドが許しません。そのため本気で英会話に挑戦することにしました。

 よくよく考えれば日本の総人口が一億三千万人弱なのに対し世界の総人口は約七十億人ですから、海外のファンを増やすためにも世界共通言語である英語を話すことが出来るようになればコメットにとってプラスとなるはずです。

 

「オンライン英会話……。へぇ、こういうのもあるんですか」

 すると興味深い商品が見つかりました。無料のビデオ通話サービスを利用し、世界各国の講師の方と自由に英会話の練習ができるというものです。学業とアイドルの仕事がある以上、決まった時間に教室へ通うことは難しいのでこういうサービスは大助かりです。

 無料体験が出来るスクールがいくつかあったので夕食後に試してみることにしました。

 

「カメラ設定……OK」

 食事後はパソコンとウェブカメラの設定を行います。スクールの体験登録も先程終わらせたので、後は講師を予約して会話するだけとなりました。正直メッチャ緊張していますが、これもあの駄犬に一泡吹かせるためですから仕方ありません。

「へぇ、講師の方は結構沢山いるんですねぇ」

 一応前世は男でしたし男性の方が遠慮なく話すことが出来るので男性講師に絞って検索します。すると丁度この時間空いている人がいました。

 

「え~と、ロドニー先生ですか……」

 顔写真があるのでそちらも確認します。三十代前半くらいのヒョロっとした白人の方ですが、講師歴一年半とのことなのでそこそこ経験のある方みたいです。特に可もなく不可もない感じなので私の英会話スクール初体験は彼に捧げることにしました。

「イ、イクゾー!」

 若干の震え声で申し込みのボタンをクリックします。すると『連絡しています。暫くお待ち下さい』というメッセージが表示されました。キャバクラで嬢を待っている時並みの緊張感に包まれながら開始時間まで数分待ちます。

 ここまで来たらもう頑張るしかないよ!

 

『~♪~~♪』

「ひいっ!」

 するとビデオ通話アプリから着信の連絡が来ました。震える手で通話ボタンを押します。

Howdy(やあ)! Toki!」

「は~い……」

Nice to meet you(はじめまして)! I'm Rodney(僕はロドニーさ)! Hahaha!」

「マイネームイズ、トキ。よ、よろしゅうお願いします」

 見かけによらずハイテンションで陽気な感じでした。落ち着いた感じの方だと思いこんでいたため結構パニックになっていますが、この時点で切断したら流石に失礼なので話を続けます。

 

How are you(調子はどうだい)?」

「え、え~と……」

How,are,you(調子はどうかな)?」

 ハワイ?

 えっと、彼はアラスカ在住って書いてあった気がしますけど……。ああ、そうか! 私の住所を勘違いしているに違いありません!

「ジャパン!」

「……What(えっ)?」

 おお、ロドニー先生が早速渋い表情になっておられるぞ。誰かなんとかして差し上げなさい。

 

Are you nervous(ああ、緊張してるのかな)?」

「えっと……」

 野バス? いや、ナス?

 どちらかというとナスは嫌いなのです。『貴方はナスですか』って全く意味がわかりませんが、一応カテゴリー的には人間だと思いたいので反論しましょう。

「アイアムア、ヒューマン! ……めいびー」

「……One moment, please(少々お待ち下さい)

「イエスイエス」

 最初のフレンドリーさはどこへやら、怒涛の勢いで心の壁が築かれていきました。もう既にベルリンの壁くらいの厚みがありそうです。

 お互いに深呼吸し、気を取り直してから第二ラウンドが始まりました。ファイッ!

 

Do you like sports(スポーツは好きですか)?」

 おっ、これならわかりますよ。ゆっくり、かつはっきりと発音してくれたので余裕で聞き取ることが出来ました。あたいったら天才ね!

「イエス。アイライクスポーツ」

Me too(僕もです)

 ようやく会話が成立したためかお互いに安堵します。よし、このまま上手く行けば問題ありません。東西冷戦の終結まで後一歩です。レッツ、ブレイクザウォール!

 

Can you ski(スキーは出来ますか)?」

 巨乳好き?

 いや、控えめに言って大好きですけど何故日本語で質問してきたのでしょうか。不審に思いましたが円滑なコミュニケーションのためには答えを返さないといけません。

「アイライク、ブレスト。アイラブラージ、スモール、アンドナッシング! 72cmイズゴッド!」

「……Huh()?」

「そーりぃー……」

 ロドニー先生が半ギレでござる。もう泣きたい。

 

What kind of sports are you doing(何かスポーツはやっていますか)?」

 ふむふむ。やっているというか身についているのは北斗神拳ですが、彼には通じないと思うのでこの場では格闘技としておきます。

「アイドゥー、マーシャルアーツ」

Are you serious(本当ですか)!? What can you do(どんなことが出来るのでしょう)?」

「え~と。テレポーテーション、ブレイクザトラック、キリングアシャーク、フライインザスカイ、キュアーシリアスシック」

Huh(はぁ)……」

 呆れたように呟きました。まごうことなき真実をお伝えしたのですけど、向こうはからかわれたと思ったようです。冷戦終結は遠い夢と化しました。

 

 その後も異文化コミュニケーションは成立しないまま、お試し時間の30分を迎えました。ロドニー先生はぐったりして頬杖をついており、挨拶の時の陽気な白人イメージは一変しています。

「サ、サンキュー。色々とあり……」

「……Goodbye(さようなら)

 お礼を言い終わる間もなく通話を切断されました。

 すごすごとアプリを終了しウェブカメラを片付けて椅子に座り直します。

 

「よし! 今後は通訳を雇いましょう!」

 人によって得意なことは違いますからね。最近は何でもアウトソーシングするのが流行していますから、今後海外で活動する場合は英語の得意な方に外部委託することにしました。

 私自身が話せなくても話せる方を雇えばいいのです。お金があれば何でも出来る!

「世の中金ですよ金! アハハハハ……」

 虚しい虚勢が部屋の中に響き渡りました。

 

 

 

「失礼します。七星です」

「入りなさい」

 その翌日は常務に用がありましたので彼女の執務室に伺いました。扉をノックすると入室を促されたので中に入ると、仏頂面の美城常務がパソコンとにらめっこしていましたので机の側に近づきます。

「何の用だ?」

「いや~、先日の食事会ではかなりの暴れっぷりでしたから体調に問題はないか気になりまして」

 そこまでいうと常務の表情が物凄く険しくなります。

「君に心配して貰うことではない。用事はそれだけか? ならば下がりたまえ」

「そこまで邪険にしなくてもいいじゃないですか~。一緒に朝帰りした仲なんですし♪」

「……誤解を招く発言は慎むことだ」

 あのことは美城常務にとって大きな恥のようなので思わずからかってしまいました。しかしあまり遊んでいると追い返されてしまうので本題に入りましょうか。

 

「いいえ、用事はまだあるんですよ。あの時交わした約束を履行して頂こうと思いまして」

「約束……だと?」

 常務の頭上にはてなマークが浮かびます。この顔は完全に覚えていないという感じですね。

「はい。朝まで一緒に飲んで熱く語り合った際にして頂いたじゃないですか」

「そんな覚えはない。君の勘違いか捏造だろう」

「いいえ、証拠もありますよ。ほらっ」

 完全にシラを切り通す気満々だったので、約束した時に作成した証文の署名部分を彼女に見せつけました。

「こんなこともあろうかと書面を用意していたのです。ちゃんと貴女のサインと拇印もあるでしょう?」

「……どうやら、そのようだな」

 署名の部分だけ見せると観念しました。綺麗で凛としている特徴的な筆跡がこんなところで仇になるとは思わなかったでしょうねぇ。

 

「記憶が無いようなのでまず経緯からご説明します。あの日、三軒目の居酒屋でアイドル事業部の今後について二人で熱く語り合ったんですよ」

「ほう」

「その際に、やはりアイドル事業部の統括重役としてはアイドルの仕事のことをもっと知っておいた方がいいんじゃないですかって話を私が振ったんです。そしたら常務さんが『その通りだ!』と賛同してくれました」

「確かに君の言うとおりだな。経営者たるもの、自社で取り扱っている商品がどのようなものか正確に把握しておかなければならない」

 さも当然のように頷きます。

 

「そして現場を知るには何が必要か色々と話し合ったんです」

「君の話は婉曲的過ぎる。それが先程の約束とどう関係するのか、まず結論を述べなさい」

「失礼しました。話し合いの結果、現場を知るために貴女はとても素晴らしい決断をされました。その内容がこちらです」

 手にしていた証文を彼女に手渡します。ざっと流し読みすると顔色が急変しました。

「……謀ったな」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。これは常務自らの決意を表明するために自主的に作成されました。この私が保証します!」

 勿論大嘘です。酔っているのをいいことに内容を告げずに署名させました。

「首謀者がよく言うものだ」

 そう言いながら机上の小瓶を開けて錠剤を複数個口に放り込みました。胃薬ってそういう使い方するものではないと思いますけど。

 

「まぁ今更何を言っても水掛け論、真実は深い闇の中です。しかし証拠は此処に残っている。まさか天下の346プロダクションの役員さんが女と女の約束を反古にする訳はありませんよね?」

「君はきっと良い死に方をしないだろう」

 前世では過労からの脳溢血でしたからズバリ的中しています。ひょっとしてエスパーなのかもしれません。

「お父様の言いつけに従いアルコールには注意していたのだがな。粕汁さえなければ……」

「過ちを気に病むことはありません。ただ認めて次の糧にすればいいのです。それが大人の特権ですよ」

「……嵌めた張本人に言われると屈辱この上ない」

 みしろじょうむのにらみつけるこうげき! やせいのトキのぼうぎょがさがった!

「で、では失礼しま~す!」

 今までに見たこと無いくらい鋭い眼光で睨まれたので慌ててその場から逃走しました。私のゴーストが逃げろと囁くほど冷徹でしたよ。乙女のおちゃめな冗談くらい笑顔で聞き流して欲しいものですねぇ、全く。

 

 

 

 その三日後はいつも通りコメットのレッスンがありました。但し今回は特別ゲストが二名いらっしゃいます。レッスンルームでアスカちゃん達とストレッチをしながら待ちました。

「おはようございます、朱鷺ちゃん!」

「はい、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「はいっ。頑張りますっ!」

 一人目のゲスト────卯月さんがいらっしゃいました。彼女は本来ニュージェネレーションズ所属ですが、凛さんはトライアドプリムスの兼務、未央さんは舞台のお芝居の稽古で忙しく孤立気味になっていたので時間が合う時は一緒にレッスンをしないかと誘ったところ、二つ返事で快諾して頂けました。

 普段と変わらず明るく振る舞ってはいますが、内心では別の分野で活躍を始めようとしている仲間達に置いていかれるのではという焦燥感と寂しさがあるように思えました。

 その不安を解消するためにも本業のレッスンにしっかり取り組み自信を取り戻して欲しいです。そして私としても卯月さんを側に置いておくことで生命の危機がないか監視ができるというメリットがありました。

 

「今日のダンスレッスンですけど、予定を変更して基礎レッスンになりました。アイソレーションとステップをメインにやるそうです」

「そうなんですか? でも養成所で最初に習うようなことを何で今……」

 ほたるちゃんの説明を聞いて卯月さんが目をパチクリさせました。

「今日のレッスンに参加することになった謎の大型新人のためだそうだよ。詳細はトキしか知らないからボク達も誰が来訪するかは分からないのさ」

「もりくぼ、一瞬で抜かされそうです……」

 新人の話で盛り上がっていると「コラ、煩いぞ!」という声がルーム内に響きました。ベテラントレーナーさんも到着したようです。

 

「ん? 今日のレッスンは六人だと聞いていたが?」

「はい、後一人はもう来る頃だと思いますよ」

「ほほう、誰だか知らんが私のレッスンに遅刻するとはいい度胸だな」

 鬼軍曹の鋭い眼光が煌めきます。アイドル顔負けの美人ですが、軍人並みに規律に厳しい人ですから遅刻は許せないのでしょう。指をポキポキ鳴らしているとレッスンルームの扉が開きました。

「コラーー! 遅刻するとは何事だーー! 気が弛んでいる…………ぞ?」

 最初の勢いはどこへやら、入室してきた方の姿を見て唖然とします。

「……すまない。着替えるのに手間取った」

「じょ、常務っ!?」

 そこには美城常務の姿がありました。いつものスーツ姿ではなくトレーニングウェアに身を包んでいます。

 そう、彼女こそ本日二人目のゲストなのでした。

 

 

 

「あの美城常務がレッスン?」

「天変地異の前触れかな」

「可哀想に、七星さんに虐められてとうとう精神が崩壊しちゃったのね」

「哀れ常務……」

 レッスンルームの外には怒号を聞いて駆けつけた野次馬達が言いたい放題言っています。カチンと来る発言もありましたがこれからのやり取りを聞いてもらいたいので扉はわざと開けっ放しにしておきました。

 

「あの~。こんなところに何か御用でしょうか?」

 正気に戻ったベテラントレーナーさんが常務に質問します。

「見てわからないか。ダンスレッスンを受けに来た」

「これから行うのはアイドルに対するレッスンですよ。経営者の方が受けてもあまり意味は無いかと思いますが……」

「私もそう思……」

「それには海よりも深~い訳があるんです!!」

 常務の言葉を遮って声を張り上げました。

 

「理由ってなんでしょう?」

 卯月さんが首を傾げます。

「美城常務はアイドル事業部の統括重役です。アイドルの皆さんを束ねる立場として、現場を知りアイドル達の苦労を知らなければその気持ちも分からないし、経営幹部として適切な手は打てないと考えられました。だからこそ今回、他の子と同じように自らレッスンを受けて皆さんの気持ちを知ろうとしているんです!」

「なるほど、そういうことだったんですね! 私達の気持ちを知ろうとしてくれるなんてとっても嬉しいです!」

「いや、私は……」

「島村卯月、美城さんと一緒に頑張ります!」

「……よろしく頼む」

 流石の常務も卯月さんのエンジェルスマイルを前にしては無力でした。

 

 ちなみに今の話は全て私の捏造であり、本人は全く乗り気ではありません。

 先日の食事会で私が彼女に約束させたこと────それは『時間が空いた時にはアイドル達と同じレッスンを受ける』というものでした。

 私が前世で勤務していたブラック企業で厄介だったことの一つが『実務を知らない経営陣が現場に的外れな口出しをする』ことでした。

 経営者がいくら有能でも、自社の現場の実情や感覚を知らずに見当違いの陣頭指揮をしていては社員から受け入れられません。現場を知り苦労を理解できるリーダーが諸事情を考慮して立てる方針だからこそ社員の士気は上がりますし、多少無茶してもその人についていこうと思えるのです。

 今の美城常務は日高舞さんを超えたいという気持ちが先行し、実際に舞台で輝くアイドル達の心をないがしろにしていますので、共にレッスンをすることで少しでも現場の実情を知って貰おうと計画しました。

 

「へえ、あの常務さんがそんなことをねぇ」

「アタシ達のことなんて只の駒扱いしていると思ってたけど、違ったんだ」

「意外と優しい人なのかも」

「確かに、楓さんや夏樹さんが離反した時も報復措置は取らなかったものね」

「うんうん。ちょっとイメージ変わったな」

 野次馬達が感心したような素振りを見せます。扉は全開でしたから今の話は外に筒抜けでした。この話が伝播すれば美城常務の評判はいくらか回復するでしょう。率先して汚名を被せた人間の屑として、今出来るせめてもの罪滅ぼしです。

 

「わかりました。しかしレッスンである以上、私もプロとして臨まなければなりません。例え常務と言えども手抜きはしませんのでご了承願います」

「私もそのつもりだ」

「それでは整列! まずはステップの基礎からだ!」

「はい!」

 こうして、ちょっと変わった大型新人とのレッスンが始まりました。

 

 

 

「……では、今日は解散!」

「ありがとうございました!」

 全員でベテラントレーナーさんに一礼します。基礎とは言え終始動いていましたから皆お疲れのようでした。私もこの能力がなければ結構きつかったと思います。

「疲れました……」

 乃々ちゃんが思わずその場に座り込みます。脱水症状の心配があるのでスポーツドリンクのペットボトルをバッグから取り出しました。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。……でも、私より常務さんの方が必要だと思います」

「ああ、確かに……」

 乃々ちゃんの視線の先にはボロ雑巾と化した美城常務が横たわっていました。あまりに無残なので皆声を掛けようか戸惑っています。

 

 しかし放置するのも問題なのでソロリソロリと彼女の元に近づきました。

「あ、あの~。スポーツドリンクは要りますか?」

「……ああ」

 声を絞り出しながらペットボトルを受け取ります。蓋を開けてゆっくり口に含むと少し落ち着いたように見えました。

「君達はいつもあのような厳しいレッスンを受けているのか?」

「はい。今日はどちらかと言えば優しい方でしたけど」

「あれで、優しいのか……」

 非常にゲンナリした様子です。

「わ、私も養成所で初めてレッスンを受けた時は同じでしたから、頑張れば大丈夫ですっ!」

「慣れていない最初のうちは大変だと思います。ですが何回か受けると楽になりますよ」

 卯月さんとほたるちゃんがフォローに入りました。さしずめ地獄に降り立った天使達といったところでしょうか。

 

「辛いのは辛いが思い切り体を動かすというのも悪くはない。一時でも嫌なことを忘れられる」

「大人は大変ですね。でも運動はストレス解消法として最適ですから良かったじゃないですか」

「君の顔を見ていると減ったストレスが増えていくようだ」

「……それは所属アイドルに掛ける言葉じゃありませんって」

 可憐で清純なアイドルが微笑みかけているんですからときめいてもいいんですよ?

「フフッ、冗談だ。……美しく咲き誇るためには努力を惜しまない。アイドルという存在はやはり凄いものだな」

「だけどボク達を生かすも殺すもオトナ達次第さ。美城という名の船の舵取りだけは間違えないようにして欲しいものだね」

「ああ、善処する」

 その言葉はその場しのぎの空虚なものではなく、心からの返事のように聞こえました。

 

「あ、あの……」

「何ですか、乃々ちゃん」

 手を後ろに回しもじもじしています。すると意を決したような表情で言葉を続けました。

「もしこの後時間があれば、もりくぼ達と一緒にお茶をしませんか……?」

「君達と、一緒にか?」

 突然のお誘いのためか常務が困惑しました。というか現在進行形で私が一番戸惑っています。

「は、はい。よく考えてみれば私達は美城さんとちゃんとお話したことがないので……」

「だが、私は君達にとっては敵とも言える存在だ。そのような者と席を同じくすることに何の意味がある?」

 至極ごもっともな意見でした。あまりに凛とした態度なので乃々ちゃんが一瞬怯みましたが何とか言葉を発しようとします。

 

「……各ユニットの解散はもりくぼも反対です。でも、ただ反対反対って言うんじゃなくて、どういう考えで新方針を立てたのかを知りたいと思いました。お互いに話をすれば解散しなくても美城さんのやりたいことが出来る方法が見つかるかもしれませんし」

「その可能性は低いと思うがな」

「……そうかもしれない、です。でも可能性はゼロじゃないはずです。もりくぼだって最初はアイドルなんて100%む~りぃ~だと思ってましたけど、皆に支えられてここまで来ることが出来ました。……だから決して不可能じゃないと思います」

 あ、あの超絶ネガティブ少女だった乃々ちゃんがとても前向きなことを言っているっ!?

 私にとっては江戸時代における大政奉還と同じレベルの衝撃でした。確かに一連の解散騒動に関して色々と思い悩んでいましたけど、まさかこんな大胆な行動に出るなんて色々な意味でキャラ崩壊ですよ!

 どうやらアイドルになることで変わったのは私だけではなかったようですね。あまりに身近過ぎて気付いていませんでしたが、乃々ちゃん達も前に進んでいました。

 

「……19時だ」

「えっ?」

「取り急ぎ対応が必要な業務を終わらせる。19時には合流するから私の席も確保しておいてくれたまえ」

「は、はぃぃ……!」

 そう言い残すと凛とした空気を再び身に纏います。そして荷物を手にして颯爽と退出されました。乃々ちゃんの思いは常務に届いたようです。

 

「十年分の勇気を使い果たしました……」

 そう呟きながらその場に座り込みます。

「まさかノノがあの常務を誘うなんてね。世の中何が起こるかわからないものだよ」

「はい、まさか乃々さんから声をかけるとは思っていませんでした」

「ずっと前からお話をしたかったんですけど、ようやく言えました……」 

「ブラボー! おお……ブラボー!!」

 私一人だけスタンディングオベーションです。ハリウッドのどの大作映画よりも良いものを見させて貰いました。

「乃々ちゃん基準では命懸けの行動。私は敬意を表します!」

「あ、ありがとうございます……」

 今まで周囲に流され続けていた乃々ちゃんが、あの常務に対して自分の意志をハッキリ示したのです。これ以上の喜びがあるでしょうか!

 きっと彼女はこれからもアイドルとして、そして人間として大きく成長するでしょう。だからよ、止まるんじゃねえぞ……。

 

 なお、その後のお茶会はお店のウエイターさんが誤って常務にアルコールを提供したため大惨事になりました。乃々ちゃんの勇気ある行動は報われなかったようです。無念なり。

 

 

 

 美城常務がレッスンに参加するようになって二週間程経ちました。当初は物珍しく見物人が多数いらっしゃいましたが、最近では日常の光景になっており皆普通に接しています。

 常務の動向が何となく気になったのでプロジェクトルームに向かう前に様子を伺うことにします。レッスンルームを覗くと彼女と卯月さんがいました。

 

「はいっ、1・2・3・4・5・6・7・8。……ここでターンです!」

「はっ!」

 常務が華麗なステップでターンを決めました。

「凄いですっ、美城さん!」

「幼少の頃はクラシックバレエを習っていたからな。あの時の感覚が少しづつ取り戻せているようだ。……ん?」

 美城常務とバッチリ目が合いました。優しげだった表情が一気に険しくなります。

 

「おはようございます、常務さん。それに卯月さんも」

「ああ、おはよう」

「おはようございますっ! 朱鷺ちゃん!」

 眩い笑顔で返事をしてくれました。仏頂面の常務とは対照的です。

「貴女達本当に仲良いですよね。この間も二人でレッスンされていましたし」

「私から声を掛けたんです。凛ちゃんはクローネのレッスンがあるし、未央ちゃんはお芝居のお稽古があってニュージェネは今私一人だけだから……」

「そういう時は一緒にレッスンしますので、私に声を掛けて下さいね」

『身の安全が心配なので』と心の中で付け足しました。こまめに確認していますが依然として死兆星が見えているようですから油断はできません。

 

「コメットの皆さんを巻き込んでしまうと足を引っ張ってしまうので……」

「ほう、私の足なら引っ張って構わないと?」

「そ、そんなことはありません!」

「冗談だ。本気にするな」

「ほっ……」

 どうやら冗談を言い合えるくらい仲良くなっているようです。ニュージェネは現在開店休業状態なので、最近では一人取り残された卯月さんが美城常務の面倒を見るようになっていました。

 後輩を指導することで本人の技能も向上するので口出しはしていません。常務の指導で寂しさが軽減されるのであればそれはそれでいいでしょう。

 

「美城さんって本当に凄いんですよ。『できたて Evo!Revo!Generation!』の振り付けをもうマスターされましたし!」

「ほほう、それはそれは……ぜひ見てみたいものですねぇ」

「……言っておくが、ステージに上がる気はない」

「ちぇっ。ケーチケーチ!」

「おや、何処かで鷺が鳴いているようだ。今日は特に騒がしいな」

 鉄の女も今や昔、最近では私の下らないジョークに乗ってくれるようになってくれました。態度が軟化したことでクローネ以外のアイドル達からも声を掛けられやすくなったそうです。やはりアイドルの力というものは凄いですね。頑なな心を容易く溶かしてしまうのですから。

「秋の定例フェスについて打ち合わせがある。君達のレッスンが終わったら執務室に来て欲しい」

「イエス、マム」

「じゃあ、休憩も挟みましたし続けましょうか」

「わかった」

 ダンスを再開したお二人を残してプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「失礼します」

「ああ、ご苦労」

 レッスンを受けた後、約束通り常務の執務室を訪れました。

「オータムフェスの件とのことですが、詳細が固まったのですか?」

「察しのとおりだ。セットリストが決まったのでクローネの各メンバーに通達して欲しい」

「承知しました」

 手渡されたライブ運営用の資料をパラパラとめくります。クローネの出番がいつなのかが気になっていましたので優先的に確認しました。

 

「先陣はノルン。続いてトライアドプリムスとLiPPSですか。う~ん……」

「何か問題があるのか?」

「クローネの皆さんは出番が後半に集中しているので前倒しできませんか? 経験の浅い子が多いですからずっと後まで待たされると緊張し過ぎて本来のパフォーマンスを発揮できない可能性があります」

「それは難しいな。今回のライブはプロジェクトクローネのお披露目会でもある。主役が先に出尽くしてしまっては意味が無いだろう」

「確かに、それもそうですが……」

「関係資料などの印刷は発注済みだ。今からの差し替えは難しい」

「……わかりました。ですが一応彼女達の意見を聞いてみます」

 この順番で問題ないか確認してみましょう。

 

「でも残念です。あんなに頑張っていたのに卯月さんはライブに出られなくて」

 凛さんはクローネとしての出演がある上、未央さんの舞台の通し稽古日と重なってしまったので今回は残念ながらニュージェネはお休みです。冬の舞踏会では三人揃うよう武内Pにしっかり調整して貰わないといけません。

「フフ……。いつ、島村卯月が出られないと言った?」

「えっ、だってニュージェネの出演は無理じゃないですか」

「セットリストをよく見たまえ」

 慌ててクローネ以外の出演者をチェックします。すると驚くべき文字が視界に入りました。

 

「前から五組目は『ダークイルミネイト・オーベルテューレ』。出演者は神崎蘭子、二宮飛鳥、七星朱鷺ィ!?」

 なぜ歴史の闇に埋もれたはずのDIOが勝手に蘇っているんですか! いや、とりあえずそれは置いておいて、そうなるとほたるちゃんと乃々ちゃんはどうなるのでしょう?

 すると見慣れぬグループ名が表示されているのに漸く気付きました。

 

「ラストから数えて四組目は『スマイルステップス』。オータムフェス限定の臨時ユニットで、出演者は白菊ほたる、森久保乃々、そして────」

「そう。島村卯月だ」

 常務の声が静寂な空間に響きました。いやはや、これはやってくれましたねぇ……。

「言っておくがこれは思い付きで考えたことではない。ましてや贔屓などでもな。彼女を選んだのには明確な理由がある」

「……では聞かせて頂きましょうか。コメットも関係していますから嫌とは言わせませんよ?」

「いいだろう」

 そのまま話を続けました。どうやら今夜は長くなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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