ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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本話は渋谷凛さんの視点でお送りします。
語り手の性質上、コメディ成分は薄いですがご容赦願います。


裏語⑨ BLUE DESTINY

 学校が終わった後、私はいつものように346プロダクションに向かった。

 これからレッスンだから更衣室でスポーツウェアに着替えていると未央と卯月がやって来る。

「おっはよー! しーぶりん♪」

「おはよう、凛ちゃん!」

「うん、おはよう」

 いつも通り元気そうだ。美城常務の新方針が発表された直後は皆どうしようか途方に暮れてしまって酷く落ち込んでいたけど、今では元気を取り戻している。これもP(プロデューサー)や朱鷺のおかげかな。

 

 そのまま三人でレッスンルームに向かう。

「この間の『とときら学園』なんだけど、視聴率がすっごい良かったんだって! やっぱり新しいことにチャレンジするのはいいよね~。私達も何か新しいことやってみない?」

「私は、今までやってきたことをしっかり続けるのがいいと思う」

「そうですよねっ!」

 雑談しながらルーム内に入ると先客がいた。

「おっはよーございまーす! ……あれっ?」

「あっ、おはようございます」

「おはようございます」

「よっ!」

 中にいたのは加蓮と奈緒と美嘉だった。

 加蓮とは中学校が同じだった……らしい。クラスが同じになったことがなかったのであまり記憶には残っていないけど、その縁もあって最近は彼女達と仲良くしている。

 

「自主練習中ですか?」

「そっ! ニュージェネレーションズの曲でね―★」 

 卯月が尋ねると美嘉さんが朗らかに答えてくれた。

「私達の曲で?」

「ホ、ホント? 聴きたかった~!」

 ちょっと恥ずかしい気もするけど、他の子に歌って貰えればあの曲も嬉しいと思うな。

「ていうか、せっかくだから一緒に歌ってみたら?」

 美嘉さんから提案を受けた。奈緒が「でも、いいのか?」と困惑している。

「賛成賛成!」

「私達も勉強になりますっ!」

「え~と。じゃあ、凛。一緒に歌ってもらっていい?」

「う、うん……」

 唐突に指名されたから少し戸惑ったけど、別に嫌じゃないから合わせて歌うことにする。

「よろしくっ」

「こちらこそ、よろしく」

 加蓮がやたらと嬉しそうなのがちょっと不思議だった。

 

「~~~~♪」

 その後は私達の曲──『できたて Evo!Revo!Generation!』を一緒に歌っていく。

 二人共上手くて驚いた。正直言って私達のデビュー前よりもレベルは高いと思う。

 それに何というか、私と波長が合う感じがする。初めて合わせて歌うのにずっと前から一緒に歌ってきたかのような、この感覚は何なんだろう?

 未央や卯月達と一緒に演る時とは別の何かを感じてしまった。

 

「失礼する」

 すると突然扉が開いたので、思わずその方向を見てしまう。視線の先にはあの美城常務と複数のアイドル達がいた。

「美城常務ッ!」

「突然で悪いが、社内オーディションのために此処を使いたい。場所を空けて貰えるかな?」

「わ、わかりました」

 私達の予約時間だったけど、相手が彼女では譲らざるを得なかった。そのまま皆と一緒にレッスンルームの外に出る。

 

「さっきの、星輝子ちゃんと松永涼ちゃんでしたよね」

「社内オーディションって、何の?」

 皆が思っている疑問をあえて口にしてみた。

「また何か始めたのかな?」

「あれだけ朱鷺に妨害されたのに新企画って、結構タフな人なのかもしれないね」

「でも常務の机の上に胃薬が常備されるようになったって噂があるよ」

「それはご愁傷様、かな」

 美城常務の方針には反対だし強行的なやり方は好きじゃないけど、今朱鷺から受けている仕打ちを考えると少し同情してしまう。

 

「だけど、とっきーのお陰で美嘉さんの路線変更の強要だって無くなったんだからさっ! 良かったじゃん!」

「うん、そのことについては感謝してるよ。『上質で優雅な大人の魅力』なんて私のキャラに合わないし~★ やっぱり今はギャルっしょ♪」 

「新方針が一時凍結したお陰であたし達のCDデビューも近い内に決まるみたいだしなっ!」

「そうなんだ。おめでとう」

 新方針決定時は無期延期になっていたけど、やっと決まって本当に良かったと思う。思わず胸を撫で下ろした。

 

「だけど朱鷺ちゃんって一体何者なんでしょう?」

 卯月が首を傾げる。

「謎が多過ぎて良く分からない。身体能力もそうだけど、あのカーニバルを仕掛けたりスポンサーに圧力をかけるなんて普通の子じゃ出来っこないし」

「熱中して競馬中継見てたり美味しそうにノンアルコールビールを呑んでる姿はウチのパパとまるっきり同じなんだけどねぇ」

「でも、悪い子じゃないことは確かだよ。だって私の体を治してくれたんだから」

 加蓮が朱鷺のことを擁護した。子供の頃に重い病気を完治させたことを相当恩義に感じているらしい。

 

 私には『あの頃の朱鷺』が善意でそんなことをしたとは到底思えないんだけど、この場で言うべき話でも無いので口にはしなかった。

 今でこそ『絶対アイドル護るマシーン』と化しているものの、アイドルになる前に知り合った頃は何というか……ちょっと怖かった。

 顔ではにこやかに笑っていたりおどけた仕草をして笑いを誘っていたりしたものの、まるで道化師が笑顔の仮面を付けてわざと明るく振る舞っているような、そんな言い様のない違和感があった。もちろん今ではそんなことはないけど。

「むむむ。とっきーの謎は深まるばかりだねぇ」 

「とりあえず敵にしてはいけないってことは確か、かな?」

「……うん」

 全員が一斉に頷く。多分346プロダクションに関わる者全員の共通認識だと思う。これ以上酷い目に遭う前に美城常務が新方針を撤回することを心から願った。

 

 

 

 そんな出来事があってから数日後、プロジェクトルームで待機しているとPがやって来た。

「渋谷さん、アナスタシアさん。少しよろしいでしょうか」

「いいけど、何の用?」

「シトー。どういったご用件ですか?」

「先程美城常務がお二人と共に常務室に来るようにと……。私もそれ以上のことは聞かされていません」

 説明をしながら申し訳無さそうな表情をする。

「よくわからないけど、呼び出された以上行かきゃいけないかな」

「ダー。私も、ご一緒します」

 そのまま三人で常務室に向かった。

 

「失礼します。お二人をお連れしました」

「入りなさい」

 Pがドアを慎重にノックして声を掛けると返事が返ってきた。その言葉に従い常務室に入る。

「おはようございます、武内先輩!」

「おはよう、ございます」

 するとそこには美城常務だけでなく朱鷺達の担当Pの犬神さんがいた。そして飛鳥も仏頂面で佇んでいる。呼び出された理由が更に分からなくなり困惑していると、美城常務が口を開いた。

「おめでとう。君達は『プロジェクトクローネ』に適合した、選ばれし者だ」

「プロジェクト、クローネ……!」

 犬神さんが驚愕の表情を浮かべる。

「イズヴィニーチェ。ごめんなさい、プロジェクトクローネとはなんでしょう?」

 アーニャが質問すると、言葉を失っていたPがゆっくりと口を開く。

 

「秋の定期ライブに向けて美城常務が立ち上げた新しい企画です。346プロダクションのブランドイメージを確立させるに足ると見込まれたアイドルを中心としたプロジェクトであり、Pの担当割を超えて選抜された優秀なメンバーで構成される予定だと伺っています」

「そうだ。我が346プロダクションのイメージ戦略の中核であり、芸能界に城のような綺羅びやかさを取り戻すための重要な企画だ。秋の定期ライブは346プロダクションを代表するアイドルの共演の場。そのメインとして華々しくデビューさせる予定で進めている。

 現在内定しているメンバーは速水奏、塩見周子、宮本フレデリカ、鷺沢文香、大槻唯、橘ありす、神谷奈緒、北条加蓮の八名だ」

 今まで噂でしか聞いてなかったけどそんなに凄いプロジェクトだったんだ。それに奈緒と加蓮がクローネに入るなんて本人達からは聞いていなかったので本当に驚いた。

 

「私が直々に企画したプロジェクトの一員になれることを光栄に思いなさい。今後の予定だが、渋谷凛さんと二宮飛鳥さんには新しいユニット、アナスタシアさんにはソロで活動してもらう」

「フッ……。随分勝手なことを言ってくれるものだね」

「ま、待って下さい!」

 飛鳥のつぶやきを他所に常務が一方的に指示を出す。それに対して犬神さんが異議を唱えた。

 

「私達は冬の舞踏会に向けて準備をしているところです。そんな中でクローネに参加と言われましても、あまりに急ではないでしょうか!」

「これは会社の方針だ。納得して貰う必要はない。それに彼女達にとって悪い話ではないはずだ」

「ちょ、ちょっと待って! まだ参加するとは言ってないっ」

 あまりにも話が勝手に進められているので思わず口を出すと、美城常務が怪しく微笑む。

「君には特に気に入ってもらえると思ったのだがな」

「はあ?」

「ユニット名は『トライアドプリムス』。メンバーは神谷奈緒と北条加蓮、そして君だ。私は君達三人の組み合わせに可能性を感じた。既存のユニットにはない新たな輝きを見出したのだ」

 可能性という言葉が私の胸を強く打った。

 

「お言葉ですが、この三人には既存のユニット活動があります!」

「そうだよっ。私にはニュージェネがあるし……」

「私にもラブライカがあります」

「そしてボクにはコメットが待っている。それはどうするつもりなのかな?」

 ニュージェネを解散させるなんて冗談じゃない!

「既存のユニットを解散しろとは言っていない。……第一そんなことをすればあの忌々しいカーニバルがまた始まってしまうからな」

 美城常務が薬の小瓶らしきものを握りしめながら苦々しく呟く。

「え?」

「私は君達の才能を高く買っている。それをもっと伸ばしてみたいとは思わないか?」

 才能を、伸ばす……。

 

「そうは言っても、やはり彼女達には既存の活動が……」

「君には聞いていない。私は彼女達に参加の意志を問いている」

「それでも、二宮さんにはコメットの活動を優先させるべきです!」

 普段温和な犬神さんが珍しく常務に食って掛かったけど、常務の表情は全く変わらない。

「アイドルの自主性を尊重する。それが君達の得意とするやり方だったのではないか?」

「……ッ!」

 彼女に向けていた言葉を投げ返されたPと犬神さんは反論できず俯いてしまった。

 

「なるほど、全てはボクの意志というわけか。フフッ、面白い」

 飛鳥が不敵な笑みを浮かべた。まさかクローネに入るつもりなの?

「ボクがクローネに参加すれば、アイドルとしての成功は約束してくれるのかい?」

「我が346プロダクションが総力を上げてバックアップする。失望はさせないと神に誓おう」

「神に誓う、か。もしコメットが落ちぶれてもボクだけは助けてくれるんだね」

「ああ、約束しよう」

「実に素晴らしい。その言葉でボクは決断したよ」

「そうか。流石は適合者だ」

 美城常務が静かな笑みで満足を示す。

「ボクの答えは────『絶対にNO』だ」

「何?」

 すると意外な回答が返ってきた。その言葉を聞いてさっきまでの笑みが一瞬で消える。

 

「君にとって悪い話ではないはずだが」

「ああ、そうだね。だけどボクは元々権力というものが嫌いなんだよ。そして権力を悪用して他人を好き勝手に弄ぶ人間はもっとディスライク。その上ボクは『自分のことを偉いと思ってるヤツにNOを突きつけてやる』ことが大好きな反逆者なのさ。厄介だろう?」

「……優れた才能をドブに捨てるとは嘆かわしいことだ」

「いくら才能があったところで本人が望まない環境では伸びはしない。さて、これ以上用がないなら戻らせてもらうよ」

「ちょ、ちょっと! 二宮さん!」

 飛鳥がスタスタと出入り口に向かい、その後を犬神さんが慌てて追いかける。扉のドアノブを握ると何か思い出したかのようにこちらを振り向いた。

「ああ、一つ言い忘れていたことがあった。……あまりドブを侮らない方がいい。氾濫して大惨事になってもボクは知らないからね」

 そのまま二人して出ていってしまった。

 

「ニェナーダ・スパシーバ。私も、そのお話は辞退します」

 意を決したような声が室内に響く。その声の主はアーニャだった。

「……君もか。一体何故だ? なぜ新たな可能性を自らの手で潰す真似をする?」

「私はラブライカが、美波が大好きです。だから美波と一緒に進んでいきたいと思います」

「既存のユニットは解散しないと言っているだろう」

「前に、誰かが言っていました。何かを選ぶとは何かを捨てることだと。例え解散はしなくても、ソロで活動することでラブライカとしての活動は減ってしまうはずです。私は、ソロ活動にラブライカ以上の価値を感じません」

 迷いなくはっきりした口調で告げる。その表情に曇りはなかった。

「……もういい。君の意志はよくわかった」

「イズヴィニーチェ。期待に添えず、すみません」

「それで、君はどうかね?」

「私?」

 急に話を振られたので戸惑った。

 

「トライアドプリムスは喝采を集める存在になると私は確信している。他のアイドル達とは違い、頭の良い君なら何が正しい選択かは理解できているはずだ」

「……ごめん。ちょっと、考えさせて」

 絞り出すように呟いた。こんな大事なことを急に言われても直ぐに回答できるわけがない。

「いいだろう。但し今後の仕事の都合がある。今週中に回答を出しなさい」

「……わかった」

「要件は以上だ。仕事に戻りたまえ」

「失礼します」

 そのまま三人で常務室を後にした。

 

「……大丈夫ですか、渋谷さん?」

「トゥイ・フ・パリャートキェ。顔色が悪いです」

 二人が心配そうに私を表情を窺う。

「正直、ちょっと混乱してる。まさかあんな話だとは思わなかったから」

「すみません。事前に確認をしておくべきでした」

「いや、別に……」

  Pは悪くないんだから、そんな申し訳無さそうな表情はしないで欲しい。

 

「体調が悪いようであれば、今日は早退されても構いませんが」

「……なら、そうさせて欲しい。頭の中がごちゃごちゃしててレッスンどころじゃないからさ」

「わかりました。島村さんと本田さんには私から話をしておきます」

「うん。でも今の話のことは伏せてくれないかな」

「承知しています。よく考えて、結論を出して下さい」

「反対は、しないんだ」

 トライアドプリムスへの参加はPにとっては望ましくないはずだけど。

 

「貴女は、今度のプロジェクトに参加して笑顔になれると思いますか」

「……わからないよ。全く考えていなかった選択肢を突きつけられてるんだから」

「問題は、渋谷さんが進みたいかどうかです。それがどんな道であっても、乗り越えた先に笑顔になれる可能性を感じたのなら前に進んで欲しいと私は思います。アイドルフェスの時以上の笑顔になれると思うのでしたら、私は全力でその道をサポートします」

 その言葉に嘘偽りは感じられなかった。

 

 

 

「ニュージェネレーション……トライアドプリムス……」

「あっ!」

 そんなことを呟きながら帰り道を歩いていると加蓮と奈緒に出会った。どうやら偶然ではなく私を待っていたみたいだ。

 お互いに話さなきゃいけないことがあるから、近くのファーストフード店に入った。ボックス席で向かい合う形で座る。

 

「ごめんね、急に付き合わせて。ちょっと話したいことがあってさ」

「……うん、わかってる」

 話したいこととはユニットとのことで間違いないだろう。私が常務から誘いを受けていることはこの子達も知っているはずなのだから。

「トライアドプリムスのこと、なんだけどさ。あたし達は凛と一緒のユニットでやっていきたいんだけど、どうかな!?」

「……色々考えてみたんだけど、多分私は参加できないと思う。本当にごめん」

 奈緒が遠慮がちに切り出してきたので、私の答えを返した。

「そうだよね……。凛にはもうニュージェネがあるんだもんな」

「うん……」

 加蓮や奈緒と共に歌った時は本当に楽しかった。出来れば一緒にやりたいって気持ちはあるけど、やっぱり卯月と未央を裏切れないよ。

 

「でも私、このチャンスは逃したくない」

「ちょっ! 加蓮っ!」

 すると真剣な表情で口を開いた。

「デビューしたいのはもちろんだけど、私は奈緒と凛と三人でもっと歌ってみたい。この前三人で合わせた時、凄く良い感じだった。この三人ならきっと凄いことが出来るって思えたんだ」

「あ、あたしだってそうだよっ!」

 そうか、二人共私と同じ気持ちだったんだ。

「凛はどうなの。あの時、楽しくなかった? 何か可能性を感じなかった?」

「それは……」

 違う、と言えば嘘になる。私だって、この三人なら凄いことが出来るって思ったから。

「明日の5時、レッスン室に来てくれないかな? もう一度この三人で合わせてみよう。そうすればきっと分かるよ」

「……ちょっと、考えさせて」

「うん。それじゃ私達レッスンだから、行くね」

「ずっと待ってるからな!」

 そのまま二人は店外に消えていく。話をすることで胸のモヤモヤが一層強くなってしまった。

 

 

 

 翌日は学校が終わってから346プロダクションに向かった。約束の時間は午後5時だけどその前に寄っておきたい場所がある。30階には向かわずに地下への階段を降りて行った。

「失礼します」

 コメットのプロジェクトルーム前で一声掛けた。すると「ああ、入っていいよ」という返事が返ってきたので扉を開ける。

「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」

「フッ……甘いッ!」

「ダニィ!? 」

 部屋に入ると朱鷺と飛鳥が変な玩具で遊んでいた。人が真剣に悩んでいるっていうのに、この子達は……。

 

「いらっしゃいませ、凛さん」

 朱鷺が私に気付くとその手を休める。

「その玩具は何?」

「バトルドームという最近流行中の『超! エキサイティン!!』な対戦型ピンボールゲームです。ネットオークションで新品未開封のものが割安で売られていたのでつい買ってしまいました。凛さんも遊んでいきませんか?」

「いや、いいよ……」

「あら、バトルドームは興味ないですか。それなら人生ゲームや野球盤は如何でしょう? ドンジャラやモノポリーもありますよ!」

「ごめん、そういう気分じゃないから。何だか日に日に玩具が増えてない?」

「小さい頃はこういう玩具で遊んでいる子が凄く羨ましかったんですけど、その反動で色々と買ってしまったのです。いわゆる大人買いと言うやつですね」

 女子中学生でも大人買いっていうんだろうか。

 

「ボク達に用事かい?」

「飛鳥にちょっと訊きたいことがあって」

「何となく察しはつくよ。答えられることであれば答えよう」

「うん。でも……」

 横目で朱鷺の方をちらりと見た。

「プロジェクトクローネの勧誘に関してはアスカちゃんから聞いていますから、そのことであれば私も一緒に話を伺います。私は『世界一口が堅いアイドル』ですから心配なさらないで下さい」

「わかった。じゃあ朱鷺にも聞いて欲しい」

 二人の顔を見ながら話を続ける。

 

「飛鳥がクローネへの参加を断ったのは『権力を悪用する大人が嫌いだから』って話だったけど、本当にそれだけなの?」

「どうしてそう思うんだい?」

「確かに美城常務は好きになれないと思う。だけど飛鳥は人の好き嫌いだけで自分の可能性を潰す子だとは思えないから」

「流石、凛だね。キミの言う通り、断った理由はあれだけではないさ」

「じゃあ、何?」

 すると飛鳥が一枚のカードを財布から取り出す。するとカジノのディーラーがトランプを配るかのように格好良くテーブルの上に置いた。

 

「一番の理由はこれだよ」

 カードには『コメット オフィシャル・ファンクラブ会員証 No.00002 二宮 飛鳥』と記載されていた。

「ファンクラブ会員証が理由?」

「ああ。ボクはコメットのメンバーであると同時に一番のフリークなのさ。ファンとしては応援しているユニットのメンバーにはいつでも100%の力で頑張って欲しいと思うだろう? 掛け持ちではコメットに全力を注げないからボクは降りたのさ」

「でも、DIOだってやっているじゃない」

「あれはイベント限定の不定期なユニットだから然程問題ない。だが恒常的に二つのユニットを兼ねるとなると話は違う。純粋に仕事量が二倍になるのだから余程の天才でなければ瞬く間に破綻するだろう。ボクはそこまで自分を過大評価していないし、新企画に魅力を感じていないからね」

「そう、なんだ」

 アーニャが断った理由と同じだ。やっぱり二つのユニットを兼ねるなんて無理なんだろうか。

 

「まぁ反逆者とか言い出しちゃう辺り、この間私が貸したペルソナ5の影響も多分にあったんだろうと思いますけどねぇ」

「なっ!?」

 飛鳥の顔が急に赤くなったけど、朱鷺は構わず言葉を続ける。

「コメットを優先して頂いてリーダーとしては本当に嬉しく思います。アスカちゃんが言う通り、どんな偉人でも一日は24時間と決められていますからユニットの掛け持ちなんて並大抵な覚悟で出来ることではありません。

 プロ野球の世界だって投手と野手のどちらかを極めるだけで精一杯です。投手と野手の二刀流が可能な選手はそれこそ二十年に一人の天才くらいなものですよ」

「うん……」

「しかし、そんなことは問題ではありません!」

「えっ?」

 朱鷺が唐突に叫んだので些か呆気にとられてしまった。

 

「問題は凛さんがどうしたいかです。出来るか出来ないかで考えるのではなく、やりたいかやりたくないかで考えましょう。もし挑戦して上手く行かなかったのなら仲間に協力してもらえばいいんです。確かに人一人には24時間しかありませんけど、仲間が百人いれば2400時間もあるのですから」

「やりたいか、やりたくないか……」

 その言葉が心に強く残った。すると朱鷺の表情が不意に優しくなる。

「それに凛さんは二十年に一人の天才だと思いますよ。どちらを選択しても私は貴女の味方です。貴女を非難する奴がいたら私が絶対に許しませんから、そのことは憶えていて下さい」

「凛がどんな選択をしようとも、ボク達はキミを応援するさ」

「ふふっ。ありがとう」

「決めるのは凛さんです。生まれ変わりでもしない限り人生に二度目はないんですから、後悔しない選択をして下さいね」

「うん、そうする」

 二人に相談することでもやもやしていた心が晴れていくのを感じた。友達って、いいな。

 

 

 

 話しているとあっという間に午後5時になったので、約束通り私はレッスン室に向かった。

「おはようございます」

 中に入るともう加蓮と奈緒がいた。二人共少し安心したみたい。

「来てくれたんだね、凛」

「それが新曲?」

「そうっ! トライアドプリムスのデビュー曲! ……になるかもしれない曲だよ」

 手渡された楽譜を確認すると曲名が書かれていた。

「『Trancing Pulse』……」

「まず私と奈緒で歌うよ」

「う、うん」

 

 すると二人が新曲を歌っていった。それぞれの歌声によって広がる波が折り重なり色彩を増していく。パワフルな歌声に負けない旋律が私の心を掴んで離さなかった。

「綺麗……」

 思わず呟いてしまう。この中に私が入ったらどうなるんだろうか。自然と心臓の鼓動が早くなってしまう。

「ほらっ、凛も一緒に、ね?」

「えっ?」

「あたし達に合わせて一緒に歌おう!」

「……うん、わかった」

 

 何回か通しで歌った後一息つく。

「今日はありがとう。一緒に歌えて嬉しかった」

「こっちこそ」

「えへへ。やっぱりあたし達相性いいよなっ。初めてちゃんと合わせたとは思えないって!」

 確かに奈緒の言う通りだった。この二人とは波長が合うみたい。

 Pが言う『乗り越えた先に笑顔になれる可能性』を今はっきりと感じた。

 

「……それで、どうかな?」

「トライアドプリムスのことだけど、答えは少しだけ待って欲しい。先に話さなきゃいけない子達がいるからさ」

「うん。今日はあれこれ訊かないよ。でもきっと良い返事が返ってくると思ってるから」

「あたし達はいつでも待ってるからなっ!」

「ありがとう」

 二人にお礼を言ってからレッスンルームを後にする。そしてそのままプロジェクトルームに足を向けた。この時間なら、未央と卯月はそこに居るはずだから。

 

 

 

「おはよー! しぶりんっ!」

「おはよう、凛ちゃん!」

「……おはよう」

 部屋の扉を開けると二人が出迎えてくれた。タイミングが良かったのか、他の子達はいないみたいで広い室内ががらんとしている。

「もうっ、来るのが遅いぞ~! 今日から秋のライブに向けて猛特訓なんだから!」

「あのさ、二人に話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「は、はい……」

 

 それからは未央と卯月に今までのことを話した。プロジェクトクローネに誘われていること、そしてニュージェネレーションとは違う可能性をトライアドプリムスに感じていることを、私なりの言葉で正直に伝えると二人共押し黙ってしまう。その顔は湿気を含んだ風が向こうから吹きつけてきたかのように曇った。

「プロジェクト、クローネ……」

「参加したいってどういうこと!? そんなことする必要はどこにもないじゃない。これからみんなで力を合わせて美城常務に立ち向かおうって時なのにさ!」

「アーニャちゃんと飛鳥ちゃんは断ったんですよね? それなのに、なんで……」

「私も初めは断るつもりだった。でも感じたんだ。奈緒と加蓮と一緒に歌った時に新しい何かを」

「新しい、何か……」

 漠然とした感情なのでそれを言葉で表現するのはとても難しい。

 

「それが何かはまだはっきりしない。でも私が笑顔になれる可能性がそこにはあると思ったんだ」

「ちょ、ちょっと待って。それじゃあニュージェネはどうするの?」

「ニュージェネは辞めない。私は両方の道を進んでいきたいんだ」

「そんな簡単なことじゃないじゃん!」

「我儘を言っているのはよく分かっているよ」

「私、この三人だからここまでやってこられたと思う。この三人ならどんなことでも乗り越えられるし、どんなことでもチャレンジできるって思ってたんだ。その笑顔になれる可能性って、ニュージェネじゃできないの? 私達とじゃ駄目なの!?」

 未央が今までで一番真剣な表情で問いかけてくる。二つの道を進むと決めた以上、この質問にはちゃんと答えないといけない。

 

「ニュージェネが駄目って訳じゃないことは分かって欲しい。実際、未央と卯月と一緒に演っている時は楽しいし、あのアイドルフェスだって最高だった。私達はもっともっと上のステージに向かっていけると思う。

 だけど、奈緒や加蓮とはニュージェネとは違う可能性を感じてる。皆の言う通り、ユニットの掛け持ちなんて並大抵な覚悟で出来ることじゃないけど、それでも私はやりたいんだ」

 二人の目を見ながら、嘘偽りのない本当の気持ちを思いっきりぶつけた。多分嫌われてしまうかもしれないけど仕方ないと思う。とんでもない我儘を言っているのは私なんだから。

「そう。やっぱり真剣なんだ」と呟いて未央が俯く。その体は小刻みに震えていた。

 

「……ふ、ふふっ。あはははっ!」

 すると勢い良く笑いだした。締りのない笑い声がルーム内に強く響く。

 な、何? 何なの?

「駄目ですよっ、未央ちゃん。まだ途中だったんですから」

「ごめん、しまむー。だってしぶりんがあまりに迫真な表情だったから……。あ~おかし~!」

 卯月がたしなめると笑い疲れた様子の未央がようやく落ち着いた。

「一体どういうこと?」

「ごめん! 実はさっき、トライアドプリムスのことについてとっきーから話を聞いてたんだよ」

「話を?」

「凛ちゃんがクローネに誘われていることやトライアドプリムスに惹かれていることも教えて貰いました」

「うん。しぶりんはニュージェネを大事にしているからこそ本気で苦しんでいるってね」

「じゃあ何で知らないふりをしたの?」

 さっき話をした時にはそんなこと一言も言ってなかったじゃない!

 

「朱鷺ちゃんが『凛さんの思い、そして覚悟を試してあげて下さい』って助言してくれたんです」

「それで一芝居打ったってわけ。そのおかげでしぶりんの覚悟がわかったから良かったな~。どう? 未央ちゃんの演技は中々だったでしょ?」

「はい! 迫真の演技でした!」

 つまり私は全てお見通しの二人に熱弁を奮っていたんだ。真相を聞いて顔が熱くなる。

「……いいじゃん。トライアドプリムス、やってみなよ」

「いいの?」

「はい。凛ちゃんが真剣なことは私達もよくわかりましたし」

「その代わり、ニュージェネの活動で手を抜いたらオシオキだよ~!」

「うん、絶対に手を抜かないって約束する」

「はいっ、嘘吐いたら針千本です!」

 二人共温和な表情を見せた。私の活動に理解を示してくれたこの子達を裏切る訳にはいかない。

 

「あっ、そうだ。そう言えばとっきーから伝言があるんだった」

「……何?」

「え~と、『先程私は世界一口が堅いアイドルを自称しましたが、世界一口が軽いアイドルの言い間違いでした。ここにお詫びして訂正致します。おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです』だって」

「あいつ……」

 信用した私が馬鹿だった。でも未央と卯月が理解してくれたのはそのお陰かもしれないので、何だかもどかしい。

 

「私も何か新しいことに挑戦して見ようかな~」

 朱鷺の事を考えていると未央がそんなことを呟く。

「新しいことって?」

「私最近演劇に興味あるんだよね~。だから今度ミュージカルのオーディションに応募してみようかと思ってるんだ!」

「へぇ、いいじゃない。やってみなよ」

 さっきは完全に騙されたから、意外と演技者としての素質はあるのかもしれない。

「しまむーも何か新しいことをやってみたら?」

「わ、私、ですか? でも、何をすればいいんでしょう。私、新しいことに挑戦するの苦手ですから……」

「そんなに無理して見つけなくてもいいよ。やってみたいことが出来たら挑戦すればいいんだし」

「が、頑張りますっ!」

 卯月の表情に影が差していたのが少し気になった。

 

「しぶりんがトライアドプリムスに参加してもニュージェネは永遠に不滅だよっ!」

「うん、わかってる。これからも一緒に頑張っていこう!」

「はいっ!」

 少し形は変わってもニュージェネは私の大切な居場所なんだ。自分が二十年に一人の天才かはわからないけど、ニュージェネとトライアドプリムスの二つを必ず掴み取ってみせる。

 

 だって、私の運命は私自身が決めるものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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