ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第55話 白黒とキグルミ

「ふぁ~ぁ」

 学校が終わってから346プロダクションに向かう途中、小さなあくびをしてしまいました。

「今日はずっと眠そうでした……」

「そう見えますか?」

 並んで歩いていた乃々ちゃんから指摘されます。

「寝る前にちょっとだけオンライン対戦麻雀をしようと思ったんですけど、何故かツキにツキまくってしまいまして。役満連発でしたから引くに引けなくなったんですよ」

 持ち前のガバ運のため、普段はリーチ後フリコミが日常の光景ですから偶に勝ちが続くと止まらなくなってしまうんですよねぇ。

 

「もりくぼ、麻雀はよくわかりません……。でも朱鷺ちゃんが楽しそうで良かったです」

「慣れれば簡単ですって。アイドルでも出来る人は結構いますし。瑞樹さんや早苗さんとかね」

「あのお二人だと違和感ないです。茄子さんとか凄そう……」

「ああ、彼女ですか……」

 鷹富士茄子さんは奇跡のような幸運体質の持ち主ですから、絶対に対戦したくありません。以前テレビのお正月企画で麻雀対決をされた際には全局天和で牌を切ることすらなく終わってしまいました。あれはもう勝負以前の問題ですよ。

 血液を賭けて勝負したら5分かからずあの世へ連れて行かれるでしょう。ヤメローシニタクナーイ状態になること間違いなしです。

 

 世間話をしていると事務所の社屋に着きました。エントランスに入るとブランド物のスーツに身を包んだ美城常務がこちらに向ってつかつかと歩いて来るのが見えます。

「おはようございます」

「……君か」

 こちらを一瞥すると途端に表情が固くなり眉間に皺が寄りました。そんな露骨に嫌そうな表情をしなくてもいいでしょうに。

 そのまますれ違うのかと思いましたが彼女が足を止めて振り返ります。私も合わせるようにして踵を返しました。

 

「外圧をかけて勝った気でいるようだが、それは早計だ。この城は依然として美城の治世下にある。これ以上混沌をもたらすというのなら相応の対応をとることになるだろう」

「え~、何のことでしょうか~。ワタシ全然わかりませ~ん♪」

 先日のスポンサー圧力作戦が結構ダメージになっているようです。一応表向きは関与していない設定なのでシラを切ることにしました。

「…………」

「テヘッ☆」

 微笑みながらペロッと舌を出します。その瞬間、彼女のコメカミがピクンと引きつりました。

 

「君の性格と性根はともかく、才能と能力は高く評価している。それだけにこのような関係になってしまったことは実に残念だ」

「そうですね。目指す方向さえ一致すればお互いに協力できると思うんですけど」

 美城常務は私の敵ですが私怨はありません。既存ユニットの解散や路線の強制変更が気に食わないだけで別に彼女個人が嫌いではないのです。凄い美人さんですしね。

「立場は違いますが346プロダクションをより良い方向に導きたいという思いは変わらないので、今の関係は本当に残念です」

「方針を撤回するつもりはない。私はアイドル事業部の統括重役だ。遊びでここに来ている訳ではない」

「重々理解しています。ですが私も譲るつもりはありません。所属アイドル達は例えこの命と引き換えにしてでも護ってみせますので、お覚悟を」

 そのまま満面の笑みを返します。

 

「フッ、やはり噛み合わないな。私は城を、君は灰かぶり達の夢を第一に考えている」

「ええ。だからこそ決着は『シンデレラと星々の舞踏会』で付けましょう」

「いいだろう。……ああ、今度別件で君に用がある。別途日時を指定するから空けておくように」

「承知しました」

 私が一礼すると彼女は颯爽と外に向かいました。カーニバルの事後処理やスポンサーの圧力の件でかなり心労が溜まっているはずですが、それをおくびにも出さないところは流石だと思います。美城グループへの愛情と夢見がちなところをもう少し抑えられれば名経営者になれるのにもったいないですよ。

 それにしても目の上の悪性腫瘍である私に用とは珍しいです。もしかして暗殺でも企んでいるのでしょうか。まぁ仮に命を狙われたとしても返り討ちにしますけど。

 

「じゃあ行きましょうか、乃々ちゃん。……乃々ちゃん?」

「ぶるぶる……」

 気付くと階段の隅で膝を抱えて震えていました。どうやら小動物メンタルでは先程の緊迫ムードに耐えられなかったようです。

「乃々ちゃんも将来的にはあれくらい言えるようにならないと駄目ですよ」

「うう……。絶対にむ~りぃ~……」

 腰を抜かした彼女を小脇に抱えつつ、コメットのプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「おはようございます」

「お、おはようございます……」

「やあ、おはよう!」

 ルームに入ると犬神Pが出迎えてくれました。ほたるちゃんとアスカちゃんも既に来ています。

 

「最近よく来ますねぇ。そんなに暇ならアイドルらしい仕事の一つでも獲ってきてくださいよ」

「い、言われなくてもやってるって……。それに遊びに来たわけじゃないんだ。この前の性格診断テストの分析結果が出たから渡しに来たのさ」

「前に受けさせられたやつですか」

「うん、そうだよ」

 アイドルとして光輝くには自分がどのような個性を持っており、何を得意不得意としているのか把握しておく必要があります。美城常務も同じことを考えていたようで、彼女の発案で346プロダクション所属アイドルは全員専門機関が実施する性格及び適性診断テストを受けることになりました。その結果が返ってきたようです。

 個人的には人の性格や個性を型に嵌めて分析するテストはあまり好きではないんですけど、業務命令ですから仕方ありません。

 

「せっかくですからどんな結果が出たか簡単に発表していきましょう」

 私が切り出すと乃々ちゃんが「えぇ……」と嫌そうに呟きます。

「フッ、いいじゃないか。見られて困るものでもないさ」

「私達の仲ですからね。それにお互いに知っておいた方がいいかもしれませんし」

 アスカちゃんとほたるちゃんは賛成してくれたので、多数決で公開することになりました。

 プライバシーの侵害と思われるかもしれませんが、これもリーダーとして知っておく必要があるので仕方ないのです。私の結果も公表しますからそれで許して下さい。

 

「では、みんなの分を配るよ」

 それぞれ診断結果を受け取り内容を確認します。私も自分の結果を一通りチェックしました。

「それでは発表会といきましょうか。まずは乃々ちゃんからお願いします」

「わたしからですか……」

 おどおどした様子の乃々ちゃんがゆっくり口を開きます。

「ええと、献身的に他人に尽くそうとする優しい性格ですが、一方で依存心が高く他人を頼ろうとするタイプです。権威や権力に非常に弱い性格で、自己主張せずに周囲に同調し過ぎてしまうので気を付けましょうとのことです……」

「わかるわ。乃々ちゃんらしい結果です」

「うぅ……。もりくぼ、だめくぼ……」

 イメージ像に完全に合致していました。中々精度の高い診断のようです。

 

「次はほたるちゃんの結果をお願いします」

「はい、わかりました」

 診断結果を手にして読み上げていきます。

「性格的にはとてもバランスが取れた模範生のようなタイプだそうです。ですが他人を押しのける強引さが無いところや人からの評判をとても気にしてしまう臆病な傾向がありますので、時と場合によっては義理人情より目的の達成を優先することも必要らしいです」

「確かにホタルは人を押しのけて前に出る感じはないね。そんな個性がボクは好みだけどさ」

「もう少し自己主張が出来るよう頑張ります」

 私もリーダーとして彼女の積極性を引き出すよう工夫してみましょう。

 

「その次はアスカちゃんです」

「ああ、承知したよ。……自分の思考力や判断力には自信を持っていて、自己流の生き方を押し進める可能性の高いタイプらしい。分析力や判断力が高いけど、気ままなところも目立つマイペース主義者だそうだ。反抗心が旺盛で我が道を行く気風が強過ぎる点を抑えるよう助言されている」

「何だか飛鳥さんらしいです」

「そうかい? 自己分析とは少し違っていて驚いたよ。でもこんなテストでボクを測れるとは思わないことだね」

 中二病を貫くにはそれなりの適性が必要なようです。後で蘭子ちゃんの結果も教えてもらいましょう。

 

「最後は私ですか。頂いた結果なんですけど、私が思っている自分のイメージとだいぶ違うんですよねぇ」

「どんな内容なんでしょうか?」

 ほたるちゃん達が首を傾げたので、とりあえず発表することにします。

「計算高い上に自由奔放で、自分の言いたいことを言いやりたいことをやるタイプです。精神力は非常に強くどんな逆境でも仕事をやり遂げる熱血サラリーマン的な気質ですが、組織への従属意識が極めて薄いので会社に魅力を感じないと直ぐに辞めてしまうでしょう。かなりワガママで頑固なところがあるのでもう少し柔軟になる必要がある、との結果です」

「いや、これ以上無く完璧に一致してるじゃないか!」

「どう考えても朱鷺ちゃんなんですけど……」

 犬神Pと乃々ちゃんから同時ツッコミが入りました。

 

「そうでしょうか? 会社への従属意識がないことは確かですけど、そんなにワガママでも頑固でもないと思いますよ。皆のことを気遣っている優しく寛容で控えめなお姉さんタイプだと診断されるものとばかり思っていたので、こういった結果は大変心外です」

「ないない、それはない」

 犬畜生が真顔で否定したのでカチンと来ました。

「ほう、いい度胸です。その覚悟に免じて死に方だけは選ばせてあげますよ。『牙突零式』と『二重の極み』、『九頭龍閃』のいずれか好きな技を選んで下さい」

「ひぃっ! す、すみません!」

「……次はありませんよ」

 いずれの技も私の身体能力によってほぼ原作再現することが可能です。ですが最敬礼で謝罪してきたので今回だけは見逃してあげることにしました。だって私は優しくて寛容で控えめなお姉さんタイプですもの♪

 

「職業適性や恋愛の項目はどうですか?」

「適性のあるお仕事は営業職や販売員、医者、弁護士などですが芸能関係の適性も高いそうです。一方で公務員など組織への忠誠を求められるお仕事はダメみたいです。ストレスで憤死するか組織ごと崩壊するでしょうって書かれていました」

「ああ、やっぱり……」

「恋愛面の方ですけど批判力や判断力、審美眼が高いので下らない相手と結婚する可能性は低いという点は良かったです。結婚後は頑固さで問題が起きることもありますが、愉快で面白い家庭を作るそうですよ」

「朱鷺さんは結婚願望はあるんですか?」

「一応無いことも無いですけど」

「い、意外だ……」

 ですが身近な男性陣は軒並みアレな奴らなので肝心のお相手がいません。子供は好きなので三人位は欲しいんですけどね。そういえば私が子供を産んだらこの能力は引き継がれるのでしょうか。そこはちょっと気になります。

 

「それにしても、見事に性格がバラバラです……」

「だからこそ皆で支え合って、楽しく一生懸命活動が出来ているんだと思います。だってこれまで生きていた中で今が一番充実していますから」

 ほたるちゃんが自信に満ちた表情で語りました。確かに自らの不幸体質に怯えていた一年前とは別人のように輝いています。

「お互いがお互いの不足しているところを上手く補っていますので本当に素敵なユニットだと思います。だからこそ346プロダクションでコメットを続けられるよう、頑張りましょう!」

「フフッ、その意気だよ。傲慢なオトナに一泡吹かせてあげようじゃないか」

「ああ、俺も最大限バックアップするから頑張ろうな!」

 性格診断を経てコメットの絆は更に深まりました。今秋に予定されている定期ライブと『シンデレラと星々の舞踏会』に向け、しっかりレッスンに励んでいきましょう。

 

 

 

 翌日の土曜日は都内の某動物園で行われるイベントに出演する予定なので、朝早く家を出て目的地に向かいました。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 門の前でコメットの三人と合流しました。受付で要件を伝え中に入れてもらいます。

「動物園なんて久しぶりです」

 小学生の遠足で来た時以来なので思わずキョロキョロしてしまいました。

「確かにあまり来る機会は無いですよね」

「はい。子供の頃、パパとママに連れられて以来です……」

 

 少し進むとイベント会社が設置した臨時テントが見えました。腕章をつけた偉い感じの方がいらっしゃったので近づきます。

「おはようございます、346プロダクションのコメットです。本日はよろしくお願いします」

「うん、おはよう。今日は頼んだよ」

「はい。我々にお任せ下さい」

 極上の営業スマイルのまま一礼しました。するとテントの奥から小さな人影が現れます。

「朱鷺おねーさんたち、おはようごぜーます!」

「おはよう、仁奈ちゃん。今日はよろしくお願いします」

「はい! こちらこそです!」と元気よく返事をします。今日は彼女との共演でした。

 

 一息ついてから段取りについてイベントスタッフさんや動物園の職員さんと打ち合わせます。

 本日はこの動物園で生まれたジャイアントパンダの赤ちゃんのお披露目会です。それに合わせて大々的なイベントを行うので、その際の司会進行兼賑やかし役として我々に声が掛かったという訳でした。

 正直あんな白黒の熊よりも我々の方が魅力的だと思うのですがこれもお仕事なので仕方ありません。与えられた役割を全うするよう頑張ります。

 

 

「……段取りは以上です。諸事情でイベントは午前10時から12時に変更となりましたので、衣装のセットやメイクなどの準備を考慮し余裕を持ってこの場に集合して下さい」

「はい、わかりました。でもそうなると相当時間がありますねぇ」

 現在時刻は8時前なのでかなり余裕がありました。私達はお披露目会の司会進行兼賑やかし役でありライブの予定はありませんのでリハの時間はそれほど必要ありません。どうやって時間を潰そうかと暫し考えます。

「それでしたら園内を見学頂いて構いませんよ」

「いいんですか?」

 動物園の職員さんから思わぬ提案を頂きました。

「はい。園内を見て頂いた方がフリートークなどもやり易いと思いますし」

「わーい! やったでごぜーます♪」

 仁奈ちゃんが飛び上がって喜びます。子供らしい反応で実に素晴らしい。クール・タチバナには是非見習って欲しいものです。

 

 

 

 その後はご厚意に甘えさせて頂き五人で園内を見学することになりました。

 仁奈ちゃんの希望もあって最初はペンギンプールです。体長70センチほどのケープペンギン達がよちよちと歩く姿にとても癒やされました。

「ぺんぺん、ぎんぎん、ぺんぎんぎん♪」

「仁奈はペンギンが好きなのかい?」

「はい! 前のお仕事でキグルミを着て、ペンギンの気持ちになったですよ! ペンギンはおなかで氷の上をつつーって滑るです!」

 ペンギンは勿論可愛いですが、全身を使ってはしゃぐ仁奈ちゃんはその上を行っていました。

「テレビで見るペンギンはいつもたくさんで遊んでるです。仁奈たちもあんな風に、ずーっと一緒にいるですよ!」

「はい。私もずっと、皆と一緒にいたいです」

 無邪気な彼女につられて思わず本音を呟いてしまいました。

 

 次は暗闇の中で過ごす夜行性動物用の施設である『夜の森』に向かいます。ガイドブックに拠ると昼夜を逆転させて夜行性動物を飼育している施設だそうです。朝昼は室内を真っ暗にすることで動物達に夜だと思わせ、日が落ちるとライトをつけて明るくし昼だと思わせているのですね。

 思わず夜間警備員時代のことを思い出してしまいます。昼夜逆転は自律神経系の働きが壊れるので若いうちはいいですけど年をとると本当に辛いんですよねぇ。

 

 施設内にはセンザンコウやベンガルヤマネコ、ジャワマメジカなどの愛らしい動物が活発に活動する中で一際異質な珍獣が鎮座していました。

「この動物は何でしょう?」

「もりくぼには、わかりません……」

「……そいつはスローロリスです」

「えっ、リスなんですか?」

「いいえ、種族的にはお猿さんの一種ですよ」

 体長は30cm程で、クリクリの目、ずんぐりした体型といった特徴があります。しかしそれ以上に大きな特徴があります。

 

「こいつさっきから全然動かねーですけど、ホントに生きてるのですか?」

「はい。動作が非常に遅いことが最大の特徴です。闇に紛れて気配を殺し、音も無く接近して獲物を捕まえるという珍しいタイプの捕食者なんです」

「そうなんですか! 朱鷺おねーさんはスローロリスはかせでごぜーますね!」

 別にこんな情報は知りとうなかったのですが、前世ではある意味有名だったのでつい憶えてしまいました。それにしても『森のファーストフード』や『クソザコナメクジ』と呼ばれるだけあり、実にスローリィな動きです。これが厳しい自然界で生き延びていることが不思議でなりません。

「スローロリスの気持ちはわからねーでごぜーますよ……」

「そんなもの一生わからなくていいから。さっ、次行きましょう」

 

 夜の森を抜けた後は色々と見て回りました。暫くして私のリクエストによりある動物の元へ向かいます。徐々に胸が高鳴っていく中、栗色の美しい体毛がちらりと視界に入りました。

「いたっ! いました!」

 思わず駆け寄ると、お目当ての動物────レッサーパンダ様が複数名いらっしゃいました。

「きゃー! 可愛いー♪」

 ふっさふさな毛並みと愛くるしい表情をしていて、まるでぬいぐるみのようなかわいさです!

 しましまのボリューミーなしっぽもチャーミングで素晴らしい! あのクソザコナメクジとは比較になりませんよ! 

 

「こんなにテンションが高い朱鷺おねーさんは初めてです……」

「だってレッサーパンダですよっ、レッサーパンダ! ここでテンション上げなくてどこで上げるんですかっ!」

「他にも可愛い動物は沢山いますけど……」

「ふぅ、これだから素人は。私が彼らのことを気に入っているのは見た目だけではなくその境遇も含めてなんですよ」

「境遇ですか?」

「レッサーとは英語で『小さい・劣る』という意味です。 つまりレッサーパンダとは『劣ったパンダ』という意味なんですね。元々はレッサーパンダの方が先にパンダと言われていたんですけど、あの白黒の熊が発見されて勝手に格下げされてしまったんです! クソッ、忌まわしい白黒め!」

 その不遇な境遇が負け組贔屓の私の涙腺を刺激しました。その事実を知って以降、私だけは彼らを応援しようと強く決心したのです。私の中のパンダはレッサーちゃんなのであの白黒はパンダとは認めません。

「あの、私達はジャイアントパンダのお披露目イベントに出演するんですけど……」

「そんなやつはどうでもいいです。白黒の熊なんてロクでもない奴に違いありませんし」

 

 レッサーパンダ達の前でその魅力について力説していると、彼らが一斉にスックと立ち上がりました。そして私を見ながら両手を掲げバンザイの姿勢になります。そのまま私に手を振りました。

「はうっ!」

 これはヤバイ。死ぬ、萌え死ぬ。このままでは萌え殺されます!

「ほら見なさい! レッサーパンダ達も私を熱烈に歓迎してくれているじゃないですか! 私達は相思相愛なんですよ!」

「あの、朱鷺さん。気を落とさないで聞いて欲しいんですけど……」

「何ですか!? 早く写真を撮らないといけないので手短にお願いしますっ」

 急いでカメラアプリを起動しパシャパシャと写真を撮っていると、ほたるちゃんが本当に申し訳なさそうに呟きました。

「……レッサーパンダが立ち上がって両手を掲げるのは、外敵を威嚇している時のポーズです」

「はうあっ!」

 衝撃の事実が私の胸を貫きました。思わずその場に倒れ込みます。

 おかしい……。こんなことは許されない……。

 

 

 

「……私は貴方をこんなに愛しているのに、なぜ貴方は私を愛してくれないの?」

 意識を取り戻すと同時に、一筋の涙が頬をつたいました。

「何かメロドラマみてーなことを呟いているですよ」

「やれやれだね」

 レッサーパンダの皆さんから拒否られたショックで思わず意識を失っていたようです。気付くとイベント用のテントに運ばれていました。スマホで時間を確認すると既にいい時間です。

「それじゃ、メイクや衣装の準備をしないといけませんか」と言いながら体を引き起こしました。

「大丈夫ですか、朱鷺さん?」

「正直ショックですけど、お仕事はお仕事なのでしっかりやらないといけないですから。落ち込むのはその後にしますよ」

「流石切り替えが早い、です……」

 お金を頂いて芸を見せる以上、どんな状態でも手を抜くことがあってはなりません。手際よく着替えやメイクをしていきました。

 

 本日の衣装ですが、動物園でのイベントらしくそれぞれ動物を模したものとなっています。乃々ちゃんはリス、ほたるちゃんは兎、アスカちゃんは狐をモチーフとしていました。

「パンダの気持ちになるですよー! 超もこもこでごぜーます!」

 そして仁奈ちゃんは白黒の奴のキグルミでした。あの動物自体は好みではありませんが彼女が着るとなると話は別ですね。とてもチャーミングです。

「朱鷺さんも可愛いです」

「ありがとうございます、ほたるちゃん。お世辞でも嬉しいですよ」

 そして私の衣装は鳥の方のトキをイメージしたものでした。白色と朱鷺色の二色が目を引く格好です。朱色のフリフリが袖に付いた白色の長袖と朱色のミニスカートを履き、赤みがかった朱色のタイツを着用しました。白髪のウイッグはトキの頭部を模しているそうです。

 

 その後イベントスペースで簡単なリハーサルをした後、とある事実に気付きました。

「そう言えばお披露目される白黒の奴はどうしてるんですか? あちらもそろそろスタンバイしないといけないでしょうに」

 私達に付き添っている若い女性の飼育員さんに尋ねると、何だか困った表情を浮かべました。

「それがとてもシャイというか……臆病な子でして、パンダ舎から出るのをとても嫌がっているんです。実は今日のイベントの時間を後倒しにしたのもあの子が抵抗しているからなんですよ。今も他の飼育員が元気付けているんですけど、中々上手くいっていないようです」

「それは困りましたね」

 本日の主役はあの白黒野郎です。メインがぐずっているようではイベントの成功など夢のまた夢でしょう。しかしお仕事として引き受けた以上、ちゃんと成功させなければ私のプロとしてのプライドが許しません。

 

「よろしければ私達にもお手伝いさせて頂けませんか?」

「お気持ちはうれしいですけど、我々が手を焼いていますので、皆さんに解決できるとは……」

「あ、あの……。朱鷺ちゃんがいれば、何とかなるかもしれないです。その、秘孔的な意味で……」

「アレは人間以外の動物にも有効だって、以前朱鷺さんが仰っていましたし」

「……そういうことですか。わかりました、何とか出来ないか見て頂けると助かります」

 乃々ちゃん達のお陰で白黒の説得に加わることが出来たようです。それにしても、私の扱いが最近ドラえもんっぽくなってきたのは気のせいでしょうか。別に万能という訳ではないんですけど。

 

 

 

「それでは、こちらにどうぞ」

 飼育員さんに案内されるまま、職員専用のパンダ舎に入りました。いくつかの扉を抜けると目的の場所に着きます。

「あちらの子が本日お披露目するレイレイです。生後半年の男の子ですよ」

 専用部屋のガラス越しに覗き込むと、確かに白くて黒いのが隅っこで縮こまっていました。話に聞いていた通り気が弱そうな感じです。

「わぁ、可愛いです」

「仁奈とお揃いでやがりますっ!」

 白黒のキグルミですから当然なのですが、野暮なツッコミはしないことにしました。

 

「見たところ一匹だけだね。母親は一緒じゃないのかい?」

 すると飼育員さんの表情がみるみる曇ります。

「実はレイレイは生まれて直ぐ母親から育児放棄されてしまいまして……。その影響からか、元々情緒が不安定なんですよ。知らない人を見ると怯えてしまうので今まで何とかお披露目を延期してきたのですが、生後半年ともなるとこれ以上延期するのが難しかったんです」

 ……なるほど、私のお仲間ですか。通りで目が虚ろで生気のない表情をしている訳です。

 

「かわいそうです……」

「乃々おねーさん、いくじほーきって何ですか?」

「え、えぇ……? えっと、パパやママが子供のことを構ってあげなくなること、でしょうか?」

「かまって、あげなくなる……」

 オブラートに包んで説明すると仁奈ちゃんにも影が差しました。

「……あのパンダさんは、仁奈と同じでごぜーますか」

 市原家の場合お父さんは長期海外出張でお母さんも多忙なので自分の境遇と重ね合わせてしまったのでしょうか。下手をすると仁奈ちゃんにも悪い影響を与えかねないので早期に解決する必要があるようです。

 

「時間もあまりないので、中に入らせて頂いてもよいでしょうか?」

「は、はい」

 ドアの鍵を開けて頂き部屋に入ります。すると一瞬ビクッとしてから後ずさりしました。

「ほらっ、レイレイ! お披露目の時間なんだから、早く行こう」

「……ワンッ!」

 飼育員さんが抱えようとすると一吠えしてからジタバタと抵抗しました。白黒の奴の子供は犬みたいにワンと鳴くとは知りませんでしたよ。それにしても本当に外に出たくなさそうです。

 

「ここは私に任せて、外に出て頂いてよろしいでしょうか」

「トキとパンダだけではとても危険な気がするんだが……」

「本日の主役ですから絶対に危害は加えませんし指一本触れるつもりはありません。ただ教育中はちょっと刺激が強い映像が流れますので見ないほうがいいでしょう」

「あの……待望のパンダの子供なので手荒な真似はしないで下さいね。何かあったら私のクビだけではすみませんので」

「はい、承知しました」

「それなら、よろしくお願いします」

 私とレイレイを残し皆には外に出て貰います。彼が警戒態勢に移行しますが気にせず部屋の死角に追い込みました。ここなら外から様子を窺うことは出来ないでしょう。

「ふふっ、そんなに怯えなくてもいいですって。白黒専属調教師の七星朱鷺が手取り足取り教えてあげますから」

「フーッ!」

 そして地獄の研修が始まりました。

 

 

 

「終わりましたので入ってきていいですよ」

 15分ほどしてから皆を室内に招き入れます。

「もう終わったんですか?」

「ええ、バッチリです」

「ワォーン!!」

 するとレイレイが飼育員さんに飛びつきました。とてもアグレッシブで元気に溢れていましたが若干涙目になっているような気がします。

「い、一体どうしたんですか? 先ほどとはまるで別人、いえ別パンダですけど……」

「ちょっと研修を施しただけですよ。ねぇ、レイレイ?」

 そう言って彼の方を向くとおもむろに視線を外しました。どうやらまだ教育が浸透していないようです。皆の前では見せたくなかったんですがコレは再教育やろなあ。

 

「はい、集合ゥゥゥゥゥゥ!!」

 そう絶叫して睨みつけるとレイレイが慌てて駆け寄ってきます。私の前に着くと手を後ろで組み直立しました。

「まずは基本の挨拶からっ!! 来園頂きありがとうございましたァァッ!」

「ワワワワン、ワワワワン!」

「声が小さいっ! もう一度!」

「ワワワワーン! ワワワワン!」

「何ですかそのシミッタレた表情は! もっと笑顔で、腹から声を出しなさいっ!」

「ワワワワーーン! ワワワワーン!」

「それでも男ですか、軟弱者!」

 絶叫が室内に木霊します。

 

「貴方は厳しい私を嫌うでしょうが、憎めばそれだけ学びます。私は厳しいですが公平です。種族差別は許しません。犬、虎、龍、白黒を私は見下しません。全て────平等に価値がない!

 私の使命は役立たずを超一流のエンターテイナーに育て上げ、お客様のありがとうを集めることです。分かりましたか、レイレイ!」

「ワン! ワワワーン!」

「ふざけるな! 大声を出しなさい!」

「ワォン! ワワオォーン!」

「そうです! 我々が『地球上で一番たくさんのありがとう』を集めるのです!」

「ワワワワオォーン!」

 気合の入った雄たけびは狂気に満ち溢れています。

 

 少しして、真っ青な顔で呆然自失としていた飼育員さんがゆっくり口を開きました。

「あの、すみません……。レイレイに何をしたんでしょうか……?」

「新兵を一人前の海兵隊員────ではなくエンターテイナーに育成するための研修ですけど」

「えぇ……」

「子供のためか飲み込みが早くて素晴らしいです。もちろん言葉は通じませんがニュアンスで何となく理解して貰えますしね。ああ、もちろん暴力は一切振るっていませんよ」

 性根が腐っている鎖斬黒朱の奴らなんて下手すると研修に丸一日かかりましたからねぇ。それに比べると飲み込みが非常に早いので助かります。

「ちょっと荒療治過ぎはしませんか……?」

「飼育員の方々は皆優しいですが、その分彼を丁重に扱い過ぎているような気がします。生後半年でこの様子だと今後も引きこもりになりかねませんので、例え恨まれたとしても誰かがガツンと言ってあげる必要があると思ったんですよ」

 私達みたいに特殊な環境で生まれた奴らにはその逆境に負けない強さが必要なんですと心の中で付け加えました。

 

「とりあえず本人もやる気になったみたいだし、良かったのかな?」

「そ、そうですね……。 あっ、もう直ぐイベント開始の時間です」

「それじゃあ、皆さん急ぎましょう!」

「ワワオォーン!」

 五人と一匹揃ってイベント会場に駆け出しました。

 

 

 

 その後、初披露イベントは無事執り行われました。

  レイレイは来園した人々に積極的に手を振ったりあざといポーズを取ったりしたことが功を奏し、直ぐに人気者になったようです。

 即興で行った私との組手がとても好評でしたね。拳に殺気が籠められていましたがまだまだ未熟でしたので、成人ならぬ成パンダになったら稽古をつけてあげましょう。

 エンターテイナーとしての彼の成功を祈りつつ、動物園を後にしました。

 

「それでは、お疲れ様でした」

「はい、また明日事務所でお会いしましょう」

 ほたるちゃん達は学生寮なので途中で別れます。仁奈ちゃんとは家が近いので同じ電車で帰路に着きました。

「……」

「大丈夫ですか、仁奈ちゃん?」

「えっ、何でごぜーますか?」

 少し元気がない様子なので声を掛けると慌てて返事が返ってきました。

「困っていることがあるように見えます。私で良かったら相談に乗りますよ」

「別に困ってはないです。ただ、あのパンダさんは仁奈と同じなんだって思っただけで……」

「……育児放棄のことですか」

 

 なるほど。先程のレイレイの身の上話を今も引きずっている訳ですね。

「ママはすげー忙しくてあんまりあえねーですし。でもワガママ言ったら、困らせちまうし……。仁奈がいない方がパパとママは楽じゃねーのかと思うです」

「そんなことはありません。パパとママは仁奈ちゃんのことを大切に思っていますよ」

 仁奈ちゃんの境遇はとても人事ではないので、以前担当Pさんに家庭環境について伺いました。彼女のお母さんは確か忙しくて仁奈ちゃんのケアが十分に出来ていないのは事実ですが、少なくとも私の前世の母親のようなド畜生ではないとのことです。

「もしそうだったらアイドルなんてさせずに児童相談所に通報しているよ」と仰っていましたし、仁奈ちゃんのケアも適切にしていますので深刻な問題は起きないでしょう。

 それでも非常事態に陥った場合はどんな手を使ってでも仁奈ちゃんを助けてみせます。

 

「確かにレイレイはママからは無視されてしまいましたが、彼のことを大切に思っている優しい飼育員さん達に囲まれて幸せに暮らしています。仁奈ちゃんだって担当のPさんやアイドルのみんなから大切に思われてますから、不安にならなくていいんですよ」

「本当で、ごぜーますか?」

「はい。私も仁奈ちゃんのこと大好きですから」

 そう言いながら彼女を優しく抱きしめます。

「……ママ」

 そう呟くと体の力がフッと抜けました。そっと体を離すと寝息を立てています。イベントの疲れが出てしまったんでしょう。

 この状態で別れるわけにはいきませんね。担当Pさんに経緯を報告した上で、私の家で休ませることにしました。

 

 結局その日仁奈ちゃんは私の家にお泊りしました。

 朱莉とあっと言う間に仲良くなり「マブダチでごぜーます!」と元気よく宣言した姿がとても可愛かったです。お父さんとお母さんも娘がもう一人増えたみたいに暖かく迎えてくれました。

 また遊びに来ると言っていたので、今度は私の手料理をごちそうすることにしましょう。特製のバタースコッチシナモンパイでお出迎えしてあげます。

 

 

 

 そして本当にどうでもいい余談ですが、その後レイレイは世界一ファンサービスが良いパンダとしてテレビやネットで特集され大人気になりました。そのサービス精神が女性の心を掴んだのか、パンダ界一のプレイボーイとして沢山の雌パンダに囲まれウハウハだそうです。

 人も変われば変わるといいますがパンダも変われば変わるようですね。

 とりあえずリア獣は爆発しろと切に願いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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