ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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わかりやすさ重視のため本作では346プロ周辺の組織体制を以下の通り再構成していますのでご了承願います(本筋に影響はありません)。
・346プロのアイドルは全てアイドル事業部に所属。その中で各Pと共に各々活動している。
・美城HD(常務父が会長)を中核とした美城グループがあり、346プロはその内の一社。


裏語⑧ 死を告げる鳥

「いらっしゃいませ、美城カフェへようこそ。何名様ですか?」

「……一人だ」

「ではこちらの席へどうぞ」

 女性店員に案内されるまま二人がけの席に着いた。早朝のためか店内は閑散としている。

「ご注文はいかがなさいますか?」

「ブルーマウンテンをホットで貰おう。砂糖とミルクは必要ない」

「はい、かしこまりました」

 姿が消えたのを確認すると長い息を吐いて目を閉じた。

 この数日全く食欲がない。一連の騒動が知らず知らずのうちに心労となっているのだろうか。

「まさかこの私がな……」

 歴史ある総合芸能企業、美城グループ────その創業家の一族としてふさわしくない。

 このままでは城の威厳は失墜し廃れていくだろう。そうなる前に手を打たなければならない。

 

「いらっしゃいませ~」

 運ばれてきたコーヒーを飲みながら思索に耽っていると、くたびれた様子の中年男性が二人して店内に入ってきたのがちらりと見える。顔は覚えていないが高級ブランドのスーツに身を固めているので、それなりの役職者だろう。

 そのまま席に着く音が聞こえた。お互いの席が死角になっているためか、周囲に対し一切警戒をせず話をし始める。

 

「今日もまたアレをやっているのか。おかげでこっちはてんてこ舞いだよ」

「あいつらも飽きないですねぇ。これでもう四日目ですけど」

「デモ抗議とストライキとネットの炎上が同時に起きるなんて、美城常務は死神にでも取り憑かれてるんじゃないか?」

「シッ! そういう直接的な言葉を使うと上層部に目を付けられますよ。デモやストの事実は美城グループにとっては酷い醜聞(しゅうぶん)なんですから、『カーニバル』って隠語を使わなきゃ」

「すまんすまん。だがあの馬鹿馬鹿しいカーニバルは日に日に規模が大きくなる一方だ。あれに参加している奴らにとって美城常務は憎むべき存在なんだろうな」

 私の名前が何度も出て来るので、いやがおうにも意識がそちらに集中してしまう。

 

「こんな問題が同時に起きるなんて、普通じゃありえんよなぁ」

「それに奴らの要求は全て、『美城常務は346プロダクション アイドル事業部の新方針を白紙撤回しろ!』でしょう? 一連の騒動の裏に黒幕がいるんじゃないかって噂もあるくらいですよ」

「黒幕? ははっ、それは流石にドラマの見過ぎだろ」

「あの常務さんは本当に疫病神ですよねぇ……。沈むならせめてアイドル事業部に留めて欲しいです。こっちの映画部門まで巻き込まれたら洒落になりませんって」

「俺達広報部門なんてとっくに巻き込まれてるぞ。ネットの炎上やデモで騒動を知ったドルヲタ共から『俺の贔屓(ひいき)のユニットを解散させるなんて許さんぞ!』ってクレームの電話が朝から晩までじゃんじゃか鳴ってる。電話応対の女子社員もストに参加しちまってるから俺が出てる始末だよ。殆ど仕事にならん」

「あはは、ご愁傷様です……。ですが女子社員のスト参加率がやたらと高いんですよねぇ。それも綺麗どころの若い子ばかり。一体なぜでしょう?」

「俺が知るかっての」

 二人して重い溜息を吐いた。

 

「しかし、これだけ大騒動になってもよく方針を撤回しないよな。俺だったらとっくに撤回してるか統括重役を更迭されてるだろう。流石『血の通ってない鉄の女』ってところか」

「だってウチの会長の娘さんじゃないですか。ゆくゆくは自動的に社長になれちゃうんですから何でもやりたい放題なんですって。二代目や三代目は会社を潰すってよく言うでしょう?」

「せめて俺が定年を迎えてから社長になってもらいたいもんだな。確かに高学歴で能力は高いのかもしれんが、ロクに根回しもせず急な方針転換をやって周囲からそっぽを向かれているようじゃ、この会社も長くないだろ」

「あっ、ずるいですよ! 私だって、せめて下の娘が大学を卒業するまでは存続してもらわないと困るんですから」

「お互いにもういい歳だからな。この船が沈まないよう祈るしかない」

「現状のままだとタイタニック間違い無しですけどね……。まぁ沈まなくてもニューヨークの関連会社の社員達みたいにバッサリ首を切られる可能性もありますし」

「あ~そのパターンもあるよなぁ……」

 

 非常に苦々しく感じるコーヒーを一気に飲み干してから席を立つ。

「えっ!」

 すると私の存在に気付いた社員達の顔が急速に青くなった。そのままつかつかと彼らの席に歩み寄る。

「社屋内のカフェとは言え、オフィス外であることに違いはない。話をする際には社名や人物名等の固有名詞を出さないように」

「は、はい!」

「それと、不満を口にするくらいなら手を動かすことだ」

「大変失礼致しました~!」

 頭が床に付きそうなくらい深々と一礼する彼らを見ると、もはや怒りは覚えなかった。その情けない姿に哀れみさえ感じてしまう。

 あれは心の底まで被雇用者と化した家畜の姿だ。強者に取り入るしか能のない寄生虫がこの美しい城に取り付いていると思うと吐き気がする。

 先日対峙した少女とは正反対だ。そう、あの『七星朱鷺』とは。

 

 

 

 自分の執務室に戻り、暫し彼女のことを考える。

 346プロダクション所属のアイドルグループ────『コメット』のリーダーであり、15歳の中学三年生。

 確かに中学生らしからぬスタイルと見目麗しい風貌で人目を惹くが、それ以外はさして特徴のない平凡なアイドルのはずだった。それがユニットの解散危機を機に一気に変貌する。

 始球式や数々の体力系バラエティ番組への出演、更にはインターネット上の著名人であることや正体不明の謎の武術────『北斗神拳』の使い手であることを告白。

 そのインパクトと親しみやすいキャラクター性のため人気は確固たるものとなった。当然、正統なアイドルとしての人気ではないが。

 才能ある者は評価する。この短い期間で非常に大きな成果を上げたことは認めよう。だが、彼女のやり方はやはり気に入らない。

 

 あるところに一人の少女がいたとしよう。

 何のとりえももたない不遇の灰かぶり。

 少女は憧れる────綺麗なドレス、豪奢で綺羅びやかな舞踏会。

 魔女の手で華麗に変身した灰かぶりは、優しく凛々しい王子様に手を引かれ共に美しい城の階段を登る────それこそが346プロダクションが必要とする『真のアイドルの姿』だ。

 片手で大鎌を振るいながら、喜々として敵国兵士達の首を狩り続ける『血塗られた戦の王女』は私の求める偶像には程遠い。

 だが皮肉なことにその王女こそ、この忌々しいカーニバルの黒幕だと確信している。

 

 確かに、新方針に対して彼女がどう出てくるかは警戒していた。だが圧倒的な力こそあるものの、前任の役員による解散危機の際には直接暴力で訴えることは最後までなかったし、非常時以外で暴れたことはないという情報も掴んでいたので然程問題はないものと考えていた。

 しかし今となってはその認識は甘かったと言わざるをえないだろう。抗議デモやストライキ、インターネット上の炎上騒動と言った絡め手で攻めてくるとは想定していなかった。

 

 巧妙、かつ悪質なのはいずれも法律には抵触していないことだ。デモ活動は表現の自由の一つとして認められているし、ストライキも労働基本権の一つとして保障されている。炎上騒動に至っては出鱈目に書かれているように見えて、悪評の流布に当たらないよう絶妙にコントロールされている。

 法に違反していない以上、司法機関の手によって取り締まることはできない。正に真綿で首を強烈に絞められているような状態だ。

 どのような手段であのような無法者の大集団や労働組合を味方に付けたのかはわからないが、『貴女が行おうとしている誤った再生はこの私が破壊します』という強烈な宣誓が彼女の関与を伺わせる。

 

 そして確信の根拠がもう一つあった。

 机上の分厚い三冊のファイルを改めて確認する。その背表紙には『346プロダクション アイドル事業部 経営改善計画書』というシールが貼られていた。

 読み返す度にその内容には驚かされる。SWOT分析、改善計画の骨子、売上計画、変動費及び固定費の削減計画、財政改善計画────その全てにおいて隙がなかった。

 いずれも事業部の現状を冷静かつ、客観的に分析しており、その結果に対するアンサーも明確だ。緻密でありながら実現可能性が高く、事業部にとって無理のない計画(安定したチャート)に仕上がっている点が特に素晴らしい。これがあれば質の低い経営者でさえある程度は安定的に業務運営が可能だ。

 少なくとも複数社の経営に直接参加していなければこのような計画書は書けない。同じレベルの計画書を直ぐに用意しろと言われたら、超一流のコンサルタントでさえ青ざめて逃げ出すだろう。

 私に抗議をしてきた時の毅然とした態度といい、普通の女子学生にはない度胸や計画性、そして陰湿さを持ち合わせている。

 

「七星朱鷺────貴様は一体、何者だ?」

 彼女の真の恐ろしさは超人的な力ではなく、底が知れない腹黒さとアイドル達を護ろうとする強固な決意に基づいた『予想の斜め上を行く行動』だと今になって理解した。

 アイドルではなく部下として出会うことが出来たのであれば、私の右腕として我が美城グループの更なる発展に寄与しただろう。それだけにこのような出会い方になってしまったのは残念だ。

 だが彼女に屈する訳にはいかない。物語には目指すべき目標が必要だ。

 皆があこがれる光り輝く目標────だからこそ城は気高く、美しく。

 そこに立つ者はそれにふさわしい輝きを持つ者でなくてはならない。その美しい輝きを阻害するイレギュラーは必ず排除せねば。

 なにもかもを黒く焼き尽くす『死を告げる鳥』に、私の作る秩序を壊される前に。

 

 再び思索に耽っていると内線電話のコール音が執務室内に響く。そのまま受話器を手に取った。

「はい。美城です」

「ああ、私だ。ちょっと込み入った話があるので私の部屋に来てくれないかな?」

「……わかりました」

 名乗りはしなかったが声のトーンで副社長だと直ぐに分かった。例のカーニバルの件で遅かれ早かれ呼び出しがかかると思っていたので、重い腰を上げて副社長室に向かう。

 父と共に美城グループを大きく成長させた立役者であり父に異論を唱えられる数少ない存在であるため、何を言われるかは大凡検討が付いていた。

 

 

 

「やあ、ご苦労様」

「用件は手短にお願いします」

「そんなに忙しいのかい。いやぁ~羨ましいねぇ。私みたいな閑職になると夜の接待とゴルフくらいしかやることがなくて困ってしまうよ」

 応接用のソファーに向かい合って座る。物腰が柔らかな初老の男性だがいつも通り目は笑っていない。閑職と自嘲しているものの、眼光の鋭さは幼少期に会った頃から何も変わっていなかった。

「最近話題になっているあのカーニバル、君はどう思うかね?」

「転換期に痛みはつきものです。あのような戯言は直ぐに止むでしょう」

「はっはっは、お父さんに似て肝が座っているなぁ。私もそう思いたいのは山々だけど、ちょっと無視できる状況じゃ無くなってきたからねぇ。社内や他の美城グループから何とかしてくれと泣き付かれているんだよ」

「栄誉ある美城が、下らない市井の声に屈しろと?」

 思わず語気が荒くなってしまった。

 

「いや、そこまでは言っていないさ。ただ変革するとしても社内のコンセンサスを得てから進めるべきじゃないかい?」

「時計の針は待ってくれません。逐次合意を得ていたら成果が出るのが遅過ぎるでしょう」

「君の言いたいことはよく分かるよ。だが346プロダクションはあくまで美城グループの一社に過ぎない。一社の業績のために他のグループが風評被害を受けたら何の意味もないだろう?」

「今屈したら、デモやストに安々と屈服する企業というイメージが付きかねません。それは美城の沽券(こけん)に関わります。後世のためにも悪しき前例は作るべきではないと思いますが」

「やれやれ、頑固なところまでそっくりだね……」

 副社長が軽く溜息を吐く。次の瞬間、今までの温和な表情が冷徹なものに変貌した。

 

「アイドル事業部は君の管轄だから基本的に口出しをするつもりはない。だが美城グループ全体に影響が及ぶのであれば話は別だ。

 戯言と評するのであればあのカーニバルを一刻も早く何とかしたまえ。でないといくら会長のご息女とあっても組織上の責任は免れないよ。いくら美城と言えどもマスコミ共にいつまでも圧力を掛け続けることはできないんだ。現にアイドル誌の記者が一連の騒動を嗅ぎ回っているという情報が入っている。

 アイドル事業部と心中するつもりなら止めないが、違うのならば早急に事態を収拾することだ」

「……至急対応します」

 すると再び温和な表情に戻る。どちらが彼の本性なのだろうか。

 

「アメリカから帰国したばかりでまだ疲れているんだろう。そうだ、アイドル事業部は誰かに任せて暫く休みを取ったらどうだい?」

「いえ、私は……」

「そういえば君はまだ未婚だったね。休みを機に良い旦那さんを探して来るといいだろう。その方がきっとお父上も喜ぶよ」

「……私には私の考えがありますので。では、失礼します」

 やり場のない憤りを胸の中で押し殺し、踵を返して副社長室を後にした。

 

 執務室に戻ったものの一向に気分は晴れない。

 日に日に状況は悪くなっており、周囲の私を見る目も一段と厳しくなっている。先程は虚勢を張ったものの、見えない何かに追い詰められていることを十二分に感じていた。

 愚にもつかないカーニバルに屈するつもりは毛頭ないが、このままではデッド・エンド────副社長の言うとおり地獄の業火(大炎上)に焼かれながら事業部と命運を共にするだろう。

 何にしても今は時間が欲しい。『全てを焼き尽くす暴力』に対抗しうる案を纏める時間が。

 

 すると不意にノックの音が聞こえた。

「誰だ?」

「今西です」

「どうぞお入り下さい」

 いつも通り優しげな笑顔を浮かべた男性が部屋に入ってくる。

「何か御用でしょうか」

「キミに対案を持ってきたよ」

「対案、ですか?」

「ああ。若い子達が必死になって考えた、キミの方針へ対抗するプランだ」

 それは、ただでさえ頭の痛い私を更に悩ませる話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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