ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第38話 DIOの世界

「やっぱりドゥラメンチは鉄板です。そこから流すとしたらインビシャスやノーザンブラックですか……。でもそれだと固すぎて面白くないですもんねぇ。ここは同じ女として、ライトマリアに賭けてみるのも面白いかもしれません」

「……七星さん。本当に馬券は買ってないんだよね?」

「当たり前じゃないですか。私は花も恥じらう乙女なお年頃ですよ。予想するだけで買ってはいません」

 タブレットで競馬雑誌を見ながら次回の重賞レースである宝塚記念の予想をしていると、犬神P(プロデューサー)が横から茶々を入れてきました。仕事の連絡が終わったのなら早くプロジェクトルームからお引き取り願いたいです。

 

「そういう犬神さんの本命馬は何ですか?」

 彼も競馬を知らない訳ではないので、タブレットを見せて訊いてみました。

「俺かい? まぁドゥラメンチは鉄板だろうな。皐月賞とダービーは圧勝だったし」

「へぇ~。じゃあアイドルで例えるとどのくらいですか?」

「……五人分くらい?」

「何で人数なんですか。名前を言いなさい名前を!」

「痛いです!」

 アイアンクローをかますと(わめ)き出しました。殆ど力は入れていませんので大げさなリアクションです。

 

「はい、アイドルで例えるとどのくらいですか?」

「ヘレンさんくらいです」

 やっとまともな回答をしたので手を離します。

「お~、世界レベルですか。いいですねぇ。だいぶわかってきたじゃないですか!」

「はい!」

「やれば出来ます!」

「はいっ!」

「ではこちらのインビシャスはいかがですか?」

「ヘレンさんくらいです……」

 少し迷った後、先程のセリフを繰り返しました。

 

「ヘレンさんばっかりじゃないですか貴方の事務所! 何人ヘレンさんを勧誘すれば気が済むんですか貴方!」

 適当な返事を聞いて激おこになったので再びアイアンクローをかまします。

「痛い、痛いです!」

「漫才やっているんじゃないんですよ!」

 

 私達のやり取りを見ていたアスカちゃん達が笑いを(こら)えていますが、清純派アイドルに笑いなんて必要ないんです。こういう無駄なやりとりをさせる男は本当に好きじゃありません。

「いや、ホント痛いって!」

「大人しく座ってなさい! 生きてる証拠ですよ!」

 立ち上がろうとした犬っコロをソファーに押し付けて調教していると、出入り口のドアがノックされました。慌てて手を離して平静を装います。

 

「は~い、どちら様でしょうか。扉は空いていますからどうぞ~」

「こいつ……」

 呆れ顔の犬神Pを尻目に扉越しで呼びかけました。

 すると「失礼します」という重々しい低音ボイスと共に扉が開きます。がっしりした長身の男性────武内Pがのそっと現れました。

 

「おはようございます。何か御用でしょうか?」

 何事もなかったかのように笑顔で挨拶をすると、そのままこちらに近づいてきました。

「……おはようございます。犬神君がこちらに来ていると伺いましたので」

「あっ。そういえばオフィスに携帯を置きっぱなしでした。すいません!」

「いえ……」

「それで、どんなお話でしょうか。ここでは話し難いことでしたら上に行きますけど」

「コメットの皆さんにも関係があることですので、ここで構いません」

 犬神Pが気遣いましたがやんわりと断ります。私達にも関係のある話とは一体何でしょう。

 

 来客用の紅茶とスコーンをお出しして武内Pのお話を伺います。それにしても紅茶が似合わない方ですね。ブラックコーヒー以外を飲んでる姿が想像できません。

「シンデレラプロジェクトですが、ニュージェネレーションズとラブライカに続いて神崎さんが新たに『ローゼンブルクエンゲル』というソロユニットでCDデビューすることになりました」

「そうですか、おめでとうございます! それが何か問題があるんですか?」

「実は、神崎さん本人が難色を示しています」

 意外な言葉が飛び出しました。あれだけデビューを心待ちにしていたのに何があったというのでしょうか。

 

「なぜでしょう?」

「問題になっているのはソロでデビューするという点です。先日のゲストライブで他のアイドルと一緒に練習しステージに立ったことがとても楽しかったので、誰かとのユニットでデビューしたいというのが彼女の希望です」

 確かにあの時の蘭子ちゃんはとても楽しそうでしたもんね。しかし私のちょっとした気遣いがこんなところで足を引っ張るとは思いもしませんでした。というか大体私のせい……?

 

「では、神崎さんと誰かを組ませるんですか?」

「いえ……。神崎さんの世界観は唯一無二のものです。シンデレラプロジェクトの他メンバーと組ませると彼女の個性に引っ張られて、十分に個性を発揮できなくなる恐れがあると私は考えています」

 確かにその通りです。下手な組み合わせだと双方の個性がぶつかり合ってそれぞれの持ち味を殺しかねません。

 魚介の出汁がよく出た上質の醤油ラーメンに濃厚な豚骨スープをぶち込むようなものです。でもそれはそれで美味しそうな気がしてきました。例えとして失敗です。

 

「では、デビューは見送りということですか? もしそうなら大変残念ですが……」

「そうはならない……予定です。彼女の意見をよく聴いて根気よく話し合いを続けた結果、ソロデビューには納得していただけました。但し、条件付きですが」

「条件?」

「ソロデビューの前に、もう一度他のアイドルと一緒にステージに立ちたいという要望を頂いています。それも、今度は二宮さんと一緒に」

「ボク、かい?」

 話をじっと聞いていたアスカちゃんが目を丸くしました。

 

「はい。皆さんが良ければ来週末のライブイベントでイベント限定の臨時ユニットを組み、ライブをして頂ければと……」

 二人は普段から仲がいいですしユニットで組ませたら超面白いだろうなと思っていましたが、本人的にもそういう希望があったんですねぇ。

「そういうことですか。私としては問題ありませんので、後は本人の考え次第です。どうかな? 二宮さん」

「フフッ。蘭子と一緒のステージというのも中々面白そうだ。その申し出、謹んでお受けするよ」

 

 アスカちゃんが問題なければ私としてもそれで構いません。完全移籍という話なら私が全力で阻止しますが、イベント限定の臨時ユニットであれば問題ないです。

 それに中二病×中二病という、特定の層にとっては胃潰瘍不可避なステージは是非見てみたいですしね。当日は観客として参加して詳細な現地レポートを作成し、二十年後の彼女達とご家族にその惨状を報告してあげましょう。

 いや~、どんなカオスぶりを見せつけるのか今から楽しみですよ。おほほほほ。

 

「ありがとうございます。それと当日は七星さんにも臨時ユニットに参加頂きますので、よろしくお願いします」

「…………は?」

 武内Pから発せられた言葉を聞いて一瞬素に戻ってしまいました。なんかとんでもないワードが出たような気がします。まるで意味がわからんぞ。

「あの……なぜ私が愉快痛快な怪物ユニットに組み込まれなければいけないんでしょうか……」

「神崎さんの指名です。『朱鷺ちゃんとも一緒にライブをしたい』と彼女が話していました。……私の意訳ですが」

「えー……」

 マァジスカ。学校では色々とお世話をしていましたが、そこまで懐かれているとは思っていませんでした。

 

「それに神崎さんと二宮さんの二人ですと、その……準備やライブに苦労すると思いますので」

「随分と心配性だね。僕と蘭子だけでも問題はないけど、トキがいても面白いからボクはそれで構わないよ」

 苦労するのは貴女達ではなく現場のスタッフさんです!

 アスカちゃんは挨拶以外この口調と態度ですから、スタッフさんとしては色々と対応に難儀すると思います。そして蘭子ちゃんは……推して知るべしです。

 

「でも私には荷が重すぎる気がします。代わりに乃々ちゃんやほたるちゃんはいかがでしょうか?」

「えっ……」

「そ、そうですね……」

 話を振ると安全圏で安心していた二人が焦り始めました。そりゃ、あの二人と組めと言われたらこうなりますよ。でもこういう苦しみこそ分かち合うべきなんです。みんなで不幸せになろうよ。

 

「そうは言うが、ボク達のライブに蘭子達を誘ったのはトキだろう? なら相応の責任は負うべきじゃないかい?」

「うがっ!」

 一番痛いところを的確にブッ貫いてきやがりました。諸悪の根源としてはこう言われてしまうと何も言い返せません。

「分かりました。そのお役目、精一杯務めさせて頂きまーす……」

 こうして無事、中二病×中二病×オジサン(精神のみ)の闇鍋ユニットが爆誕することになりました。常識的な範囲で何でもしますから勘弁して頂けないでしょうか。

 

 

 

 後日、美城カフェにてイベント限定ユニットの発足式と打ち合わせを行うことにしました。

「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか!」

「おはようございます、菜々さん。私はチョコレートパフェをお願いします。アスカちゃんと蘭子ちゃんは決まりましたか?」

「我は春の息吹が満たされた赤き実と、雪原の白との融合を所望するわ」

「ええっ? 当店にそんなメニューありましたっけ……?」

「イチゴパフェのことさ。ボクにはブルーベリーチーズケーキパフェをお願いするよ」

 

 戸惑う菜々さんを見かねてアスカちゃんが翻訳をします。私もこのくらいの熊本弁ならノーウェイトで翻訳できるようになってしまいました。嬉しいような悲しいような気分です。

「そ、そうなんですか……。最近の若者言葉は難しいですねぇ……」

 肩を落としてとぼとぼと厨房に歩いていきました。まるで自分が若者ではないかのような発言にはとても親近感が沸きますね。

 

「では、乾杯~」

 パフェの入った大きいグラスで無理やり乾杯をしました。チョコレートアイスをつつきながら今日の議題に入ります。

「それで、ユニット名はどうしましょうか? 武内Pからは『公序良俗に反するものでなければ自由に決めて頂いて構いません』と言われていますけど……」

「我に名案あり!」

「フフフ……。ボクに任せてくれ」

 

 言い終わる間もなく蘭子ちゃんが声を張り上げました。アスカちゃんもそれに追従します。この時点で超クッソ激烈に嫌な予感がしました。

 中二病真っ盛りな彼女達のことです。さぞや素晴らしく痛々しいユニット名を考えてきたのでしょう。第三者の立場であれば「いいぞもっとやれ」と草を生やしながら盛大に煽っているところですが、いかんせん私が巻き込まれています。

 あまりにアレな名前だと私の黒歴史にもなりますし、清純派アイドル路線復帰への足枷になってしまいますので上手いところに軟着陸させる必要があります。

 

「わかりました。ではまずアスカちゃんから発表をお願いします」

「では発表するよ。このユニットにはボクと蘭子という最高にクールなアイドルが含まれているから、そのクールさを前面に押し出すのがいいだろう。そういう意味も込めて、『アブソリュート・ゼロ』というのはどうだい?」

 案の定、初っ端から超必殺技みたいな名前が来ました。蘭子ちゃんは「流石我が盟友!」と目をキラキラさせており、まんざらでもない様子です。

 このまま決まりかねないので全力で待ったをかけましょう。

 

「アスカちゃんのネーミングセンスには脱帽です。私も含めて全員クール属性ですから、ある意味ピッタリな名前でしょう。ただ絶対零度まで行ってしまうとクールを通り越して冷徹なイメージをお客様に与えてしまいかねないので、今回は見送った方がいいと思います」

「……全員?」

「何か問題でも?」

「いや、何でもないさ……」

 笑顔でアスカちゃんを見つめるとそれ以上は何も言いませんでした。君のような勘のいい子供は嫌いじゃないし好きですよ。

 

「ボクのセンスはいささか大衆の先を行き過ぎているのか……」

「そうですね。では次、行ってみよー」

 ポーズを決めて黄昏(たそがれ)ている姿をスルーして、今度は蘭子ちゃんの案を伺うことにしました。

「ククク、我にその名を呼ばせるとは何と罪深き偶像ぞ……。見よ! この漆黒の翼を! 我らが覇道はここにあり!その名は──『傷ついた悪姫ブリュンヒルデ!』」

「蘭子ちゃん! ここお店ですから! 声のボリュームは控え目にお願いします!」

「ふぇぇ! ご、ごめんなさい……」

 

 店内中の視線が我々に注がれます。やはり打ち合わせはプロジェクトルームでやるべきでした。

 それにしても、自分から姫を名乗っていくのか……。アブソリュート・ゼロよりも数段ヤバいのでここは断固阻止です!

「と、とってもステキなお名前だと思いますけど……。ほら、他事務所に魔王エンジェルってユニットがいるじゃないですか。名前の方向性がなんとな~く似ているような気がしますので、見送った方が賢明ですよ!」

「我が想いが伝わらぬのか……」

 うわ、何か凄いしょんぼりしてる。

 

「ではせめて、傷ついた悪姫は取れないですか? ブリュンヒルデだけなら千歩譲って私も妥協しますけど」

「そ、それはならぬ!」

 妥協案は全力で拒否されました。この名前には並々ならぬ想いが込められているようです。

 その後もアスカちゃんと蘭子ちゃんの案を聞いていきましたが、いずれもアレな感じなので却下し続けました。打ち合わせが始まってからまだ30分くらいですがもう疲労困憊(こんぱい)です。

 

「人の案にダメ出しを続けるとは随分と偉くなったものだね。それならトキの案を聞かせてもらおうじゃないか」

 アスカちゃんからの逆質問です。今回のイベント限りなので、あまりに中二病っぽくなければ何でもいいんですけどねぇ。とりあえず今思いついたワードを並べることにします。

「じゃあメタルマックスはどうですか? ラグランジュポイントやアルテリオスでもいいですよ」

「それはキミがRTA(リアル・タイム・アタック)でプレイしたクソゲーじゃないか……」

「あら、よくご存じですね。でもメタルマックスとラグランジュポイントは名作ですからクソゲーとは絶対に混同しないで下さい」

「アルテリオスとやらは否定せぬのか」

「あれはクソです。プレイ時間が短いのでじゅうべえくえすとに比べたらまだマシですけど」

「じゅうべえくえすととやらに一体どんな恨みがあるのか、理解できぬ……」

「プレイするより硫酸に浸した方が面白いと思いますよ」

 RTA動画のことはコメット内で話題にしたことはありませんでしたが、いつの間にか見ていたとは……。次作中に中二病いじりを入れようかと思っていましたが考え直した方がよさそうです。

 

 

 

 その後も話し合いを続けましたが、ユニット名は一向に決まりません。

 一時はニュージェネレーションズに(なら)って、じゃんけんで勝った人の好きな食べ物名にしようかという案も出ましたが、私がラーメン二十郎と呟いた瞬間全力で差し止められました。

 乙女の軽いジョークなんですけど、その時の二人の青ざめた表情が目に焼き付いて離れません。

 

 流石の私も二人のこだわりっぷりにとうとう白旗をあげました。よくよく考えれば中規模のライブイベントに一回出るだけですから、痛々しい中二病ネームでも何とか耐えられるでしょう。犬に嚙まれたとでも思うことにします。

「……では、各自好きな単語を一つづつ持ち寄って合体させるというのはいかがでしょうか。これなら皆の想いが三分の一づつ反映されるので良いでしょう?」

「ボクはそれでいいよ。ラーメン二十郎さえ組み込まなければね」

「我も構わぬぞ。でもラーメン二十郎は本当に止めて下さい……」

「……あれは本当に冗談ですって」

 

 三人でメモ用紙に単語をしたためていきます。私としては前世を象徴する言葉であるブラックとダークで迷いましたが、他の中二病ワードと相性がよさそうなダークを選択しました。

 アスカちゃんと蘭子ちゃんも書き終わったようです。

「じゃあ、いっせーのせでオープンですよ」

「わかったよ」

「心得た!」

「ではいきます。いっせーのせ!」

 一斉にメモ用紙をテーブルに置きます。そしてそこに書かれている単語をじっと見つめました。

 

「アスカちゃんはイルミネイトですか」

「ボク達はアイドルだからね。ファンの皆を照らす明かりでありたい。そう思ったのさ」

 意外と真面目な単語チョイスでした。

「そして蘭子ちゃんはオーベルテューレ……。確か序曲を表す言葉ですよね」

「うむ! 我らの覇道の幕開けに相応しい言霊であろう!」

 一回きりなので始まりと同時に終わるんですが、水を差すようなことは言わないでおきます。

 

「この三つを組み合わせるのか。語感としては『ダークイルミネイト・オーベルテューレ』がスッキリするね」

 これもこれで中二病っぽいですが、 傷ついた悪姫ブリュンヒルデよりはマシなので妥協します。

「でもちょっと長くないですか? 自分たちでさえ舌を噛みそうです」

「ならば三つの言霊の頭文字をとって略すのがよかろう。普段は世を忍ぶ仮の姿──『DIO(ディオ)』と呼ぶのだ!」

 自信過剰な吸血鬼さんが真っ先に浮かびました。ですがこれも一回だけのことです。我慢我慢。

 こうして全会一致の結果、 ダークイルミネイト・オーベルテューレ──通称DIOが発足したのです。本当に大丈夫かなぁ?

 

 

 

 グループ名決めの次は衣装合わせです。

 346プロダクション内の衣装部屋に移動し、ライブで着る服を確認します。衣装自体は武内Pに事前に選んで頂いていますので発注したり制作する必要はありませんでした。どのみちライブは来週末なので今からでは間に合いませんけど。

 

「ボクと蘭子の衣装は……これか。こっちのはトキの衣装みたいだ」

 ビニールで包装された白色の衣装を手渡されます。ハンガーには『七星朱鷺用』と達筆な字で書かれたメモが(くく)りつけられていました。靴や小物といった専用品もまとめて置いてあります。

「では皆で着替えましょうか。その後に見せ合いっこしましょう」

「新たなる闇の衣を身に纏った我の姿をその目に焼き付けるがいいわ! ハーハッハッハ!」

 若いっていいなぁ。何となくそんなことを思いました。

 

「なんじゃあこりゃあ!」

 一通り着替えて小物を付け終わった後、姿鏡を見て叫びました。思わず殉職しそうになります。

「そんなに叫んでどうしたんだい。とても似合ってるじゃないか」

「だってこれ、フリフリですよ! フリッフリ!」

「ゴスロリ系の衣装なんだから当たり前だろう?」

 今回我々に支給された衣装はゴスロリ系でした。普段の衣装もフリフリはついていますがその比ではありません(当社比約三倍)。それにライブで動きやすいように作られていますから、肌色面積が結構凄いことになっています!

 

「~♪」

 一方で蘭子ちゃんは上機嫌で鼻歌まで歌っていました。当たり前ですよねぇ。

 彼女は普段同じような服を着ていますから別にいいですけど、私にとっては未知のエリアです。

「我らの衣装は漆黒だが、朱に染まった(さぎ)だけは純白なのだな」

「黒系のゴスロリ風衣装でサイズが大きいものがなかったって武内Pのメモに書いてありました。私だけ色が違うと滅茶苦茶浮くから勘弁して欲しいです……」

「それにしても、露出が凄いことになっているね」

 この純白のゴスロリ衣装ですら私にはかなり小さいです。だから胸とかお尻とか……色々とはみ出そう。これでハードなダンスなんてしたらポロリどころではありません。

 

「おのれ武内!」

 とっ捕まえて説教です! 彼を捜索するため扉に手を掛けました。

「わ、我が友はケルベロスに連れられて楽園外へ出ており、今日はこの聖地に帰還せぬぞ……」

 アイツら逃げやがった! 見つけ次第潰せ!

「その格好で外をうろつくつもりかい? それは中々クレイジーな行動じゃないかな」

 くっ! 確かにアスカちゃんの言う通りです。この姿のまま、お仕事モード未発動状態で路上をうろつく度胸は私にはありません。そんなの痴女ですよ痴女。羞恥心(しゅうちしん)で確実に憤死します。

 

「今度のライブイベント限定なんだからいいじゃないか。それに今回披露するのは蘭子のソロ曲──『華蕾夢(ツボミユメ)ミル狂詩曲(ラプソディー) ~(アルマ)ノ導~』だから、激しいダンスもないし問題ないだろう」

 ううう……仕方ないです。個人的にはブルマに匹敵するレベルですが、一度引き受けたお仕事ですから頑張ってやり通すしかありません。これも一回きりの我慢です。

「いや~キツいっス……」

 もう一度姿鏡を見て、改めて絶句しました。

 

 

 

 そんなこんなでライブイベント当日です。会場となるライブホールに早めに入場して着替えを済ませ、控室で思い思いに過ごします。

 なお、乃々ちゃんとほたるちゃんは別の仕事なのでいません。こんな無様な姿を見られずに済んでなによりです。

 

「それにしても今日のアンタは凄い恰好ね」

「まるで姫だなッ! お姫様だ!」

「……私だって好きで着てるわけじゃないんです」

 麗奈ちゃんと光ちゃんから声を掛けられました。今日のライブイベントでは彼女達二人のユニット──『ヒーローヴァーサス』も出演するのです。

 

「あ~あ残念。その姿だと事前に知っていたらステージ上で衣装がビリビリになるイタズラをしてあげたのに」

「もしそんなことしたら地上から影一つなく消し飛ばします」

「じょ、冗談よ。朱鷺相手にそんなことしてたら命がいくつあっても足りないわ……」

 悪質なイタズラをする娘ではないので本気じゃないのはわかりますけど、今の私には冗談でもそういうことを言わない方がいいです。

 

「なんというか……濃いわね、そのユニット」

「ええ、私もそう思います」

 その視線の先には、部屋の隅で黄昏るアスカちゃんとカッコいいポーズを決める蘭子ちゃんがいました。

 ヒーローヴァーサスも個性の強いユニットですが、それに負けないくらい異彩を放っています。

「悪の女幹部が沢山いるみたいで落ち着かないな……」

 光ちゃんが居心地悪そうにします。その後暫く雑談していると彼女達の出番がやってきました。

 

「じゃあアタシ達は先に行くわ。アンタ達もせいぜい頑張りなさい」

「会場にいるみーんな、アタシ達の応援で笑顔にしてやる! いくぞッ! 麗奈!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! このバカ南条!」

 麗奈ちゃんが光ちゃんに引きずられていきました。貴女達本当に仲いいですねぇ。

 

 さて、我々の出番はその次ですのでそろそろ準備しなければなりません。私も頑張って気持ちを切り替えましょう。

 おもむろに立ち上がり神経を集中させます。そしてゆっくり深呼吸しながら、今日のために開発した『あのモード』に移行していきます。

 

「さて、次はボク達の番かな。そろそろ非日常のステージへ向かうことにしよう」

「ククク……。我が魂を解放する時!」

「ああ、全力で『DIOの世界』を見せ付けてあげようじゃないか。トキもそう思うだろう? ……トキ?」

「フフフッ……目覚めの刻は来た。自分でも恐ろしいぞ。我が覇王の力がな!」

「クッ……!」

「なんと‼」

 私の言葉を聞いて二人が急にうろたえ出しました。

 

「あ、あの……。何か変なものでも食べたの?」

「もしかして、また本物のビールを飲んだのかい?」

「否! これぞ我が生み出した、禁じられし中二病のモードよ! ハーハッハッハ!」

「えぇ……」

 郷に入っては郷に従えという言葉の通り、私もこの二人と一体となるために頑張って新モードを生み出しました。

 累計年齢50歳のオジサンの身としては通常のお仕事モードだと最高のパフォーマンスを発揮するのは無理だと悟ったのです。こうでもしなければステージ上で中二病達に心合わせることはできないと思いました。

 

「大丈夫かなぁ?」

「多分問題ないだろう。せっかく朱鷺がボク達に合わせてくれているんだ。その気持ちを()もうじゃないか」

「開け、黄泉の門よ! 現世を本物の地獄で満たしてくれるわッ‼ フハハハハハハッ‼」

 早足で舞台袖に向かいます。これも清楚モードと同じく時間制限がある欠陥システムなので長くは持ちません。SAN値がゼロにならないうちにライブを完遂させる必要があります。

 

 

 

「それでは本日のイベント限定のスぺシャルユニット──ダークイルミネイト・オーベルテューレの皆さんです。どうぞ~!」

 司会の女性の合図と共に照明が暗くなります。舞台袖に()けてきた光ちゃんと麗奈ちゃんにハイタッチしつつ、ステージ中央の定められた位置に移動しました。少し間隔を空けてその場で待機します。

 すると照明が少しづつ明るくなり、何とか三人の存在が認識できるくらいの照度になりました。次の瞬間、蘭子ちゃんにスポットライトが当てられます。

 

「わ、我が名は神崎蘭子。闇より出でし『眼』を持つ絶対の魔王なり!」

 緊張気味ですが、打ち合わせ通り自己紹介のセリフを叫びます。続いてアスカちゃんにスポットライトが当たりました。

「ボクは二宮飛鳥。もう一つの闇のカタチさ」

 流石にステージ慣れしているだけあり緊張した様子はありません。そしてついに、私にスポットライトが当たってしまいます。

「我は七星朱鷺。かつて闇の中で滅び、闇と共に再生した禁忌の覇王!」

 セリフは中二病ですが何一つ嘘は言っていません。

「三つの闇が合わさりて、ここにダークイルミネイト・オーベルテューレが生まれ出づる!」

 

 三人で力強く叫びます。

 あまりに個性的なため動揺した観客が静まり返りましたが、刺すような勢いで観客席の後方を(にら)みつけると途端に歓声が沸きました。

 事前に潜入させていた鎖斬黒朱(サザンクロス)の構成員が必死になって場を盛り上げにかかります。彼らとしてはいつも通り命が掛かっていますから怒涛(どとう)の勢いでした。その歓声が次第に周辺へ伝播(でんぱ)します。

 

「ステージで照らし出されれば、背後には闇が迫る。観客のキミ達にも見えるだろう?」

「ハーッハッハ! 我らは闇! その双眸(そうぼう)にしかと焼き付けるがいい!」

 機嫌を良くしたアスカちゃんと蘭子ちゃんが声を張り上げました。このままだと中二病セリフご披露大会になりかねないので早く曲に行かなければなりません!

「さぁ! 血塗られたショーの開幕だッ! ダークイルミネイト・オーベルテューレが贈るのは悪魔の戯曲──『華蕾夢ミル狂詩曲 ~魂ノ導~』。愚かなる人類よ、心して聴け! そして我らの世界に酔いしれるがいいッ!」

 そしてようやく曲のイントロがかかり始めました。始まる前からこんなに疲れるライブは初めてですよぉ。

 

 

 

 ライブの日の翌日は休養のためレッスンがお休みでしたが、放課後はいつものようにプロジェクトルームに集合しました。当然の権利のように蘭子ちゃんも混ざっています。

「昨日はお疲れ様でした」

「お疲れ様です……」

「いや~、本当に疲れましたよ……」

「そうかい? 一曲だけだし動きも少ないから楽な方だっただろう」

「精神的に、です!」

 

 私達の曲はとても好評で、ライブの最後にはヒーローヴァーサスと一緒にアンコールで再度歌ったりしました。

 なお、私が中二ポーズを決めて痛々しいセリフを吐く姿を(とら)えた動画がスマイル動画やmytubeへ勝手にアップされ、現在進行形で結構な再生数を稼いだりもしています。

 ライブを取材しに来ていた善澤さんや観客として来ていた虎ちゃんから冷やかしの電話が掛かってきたりもしたけれど、私は元気です(白目発狂)。

 

 でも終わってみれば楽しかったとも言えなくはありませんでした。私のアイドル人生でもいい経験になったでしょう。

 それにもう終わったことです。過去を振り返っても仕方ありませんので、これからは未来志向で生きていくのです。人の噂も七十五日と言いますから風化するまでじっと耐えて被害が消えるのを待つしかありません。

 

「我らを(たた)える七色の海が忘れられぬ!」

「蘭子ちゃんはとっても頑張りましたからね。次回からはソロですが、この経験があればきっと上手くやっていけますよ」

「が、がんばります! これからは、その……もう一人じゃないし……」

「一人ではないとは、どういう意味でしょう?」

「確かにステージでは一人だけど……。シンデレラプロジェクトやコメットのみんな、それにクラスメイトや他のアイドルの子達に応援してもらってる。だから私は一人じゃないって、今はそう思えるの」

 

 蘭子ちゃんは今回のライブイベントで大切なことに気づいたようです。

 アイドルは一人では成立しません。支えてくれる家族やP、友達、ファンの皆さんがいて初めてアイドルになれるんです。だからソロであっても決して一人ではないんです。

 そのことに気づいた蘭子ちゃんはソロで十二分に活躍できるでしょう。それでこそ私が泥を被った甲斐があるというものです。

 

「失礼するよ」

 そんなことを話していると犬神Pと武内Pが入室してきました。ひどく緊張した面持ちですがどうしたんでしょうか。

「どうかしましたか?」

「う、うん……。とりあえず昨日のライブはご苦労様! 君達の活躍のおかげでライブは大盛り上がりだったよ!」

「はい、ありがとうございます」

「そ、それでだね……」

 褒められましたがそんなことを言うためだけにやってきたとは思えません。犬神Pの顔面が蒼白になり上手く喋れなくなったので、武内Pが代わりに言葉を続けます。

 

「我々の予想を遥かに上回る反響がありまして……。事務所としてもDIOを一回きりで終わらせるのは余りにも惜しいという判断になったそうです」

 あれ、何だか流れがおかしい方向に……。 

「DIOは今回限りではなく今後も継続していきます。もちろんそれぞれの活動が最優先ですので不定期ではありますが、ライブ等の活動をしていくという方向で正式に決定しました。色々考えることはあるでしょうが、上層部直々の決定ですのでここは堪えて頂ければと思います」

 ん? んん?

 

「感じるわ……。盟友達と引かれ合う運命を……! 八百万(やおよろず)の華よ、我と共に咲け! ハーハッハッハッハ!」

 興奮する蘭子ちゃんを尻目に、私の意識は次第に混濁(こんだく)していきました。

 おかしい……こんなことは許されない……。

「ああっ! 朱鷺さんが完全に白目に!」

「な、七星さん! 大丈夫か!」

 意識が闇に飲まれていきますが止められません。なんで続ける必要なんてあるんですか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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