ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第28話 始動! シンデレラプロジェクト

 むぎゅううう。

「うう……」

 今日も今日とて通学途中は満員電車でした。人と人とがべったりぎゅうぎゅうくっ付くほどの、いわゆる寿司詰め状態です。

 転校したことは大正解でしたが、唯一の問題がこれなんですよね。暫く電車通勤をしていなかったので、この辛さを完全に忘れていました。

 しかも今日は数時間前に起きた車両故障の影響からか、いつもより込み合っています。でも心理的には前世よりマシでした。

 

 なんといっても、痴漢に間違われることがないですから。

 どんな社会的ステータスを持っている男性でも、痴漢冤罪(えんざい)の前では無力と化します。

 電車内で『この人痴漢です』というワードを女性に呟かれただけで、男性は社会的に即死してしまうんですよ。これほど理不尽なことは世の中にそうそうありません。

 『それでもボクはやってない』と大声で叫んでも、誰も信じてはくれないのです。

 女性専用車両があるんですから、男性専用車両も設置した方がよいと元男性の私なんかは思ってしまいます。

 

 スマホも開けないので中吊り広告やトレインチャンネルを見て時間を潰していると、ふと違和感のある光景が視界に飛び込みました。

 視線の先には女子高生と思われる子が映っています。私とは反対側のドアに両手を付いており、顔だけは後ろ側を向いていましたが、その表情は苦悶に満ちています。

 その後ろには、がっしりした体型をしたサラリーマン風の中年男性が直立していました。その少女を自分の体で隠すようにして、コソコソと不審な動きをしています。

 

 これは、もしや……。

 嫌な予感がしたのでそちらの方に向かいます。満員電車のため普通には移動できませんので、『無想転生(むそうてんせい)』を使用し半透明になって乗客をすり抜けていきました。傍から見るとワープしたように見えて目立つのであまり使いたくないんですけど、緊急事態ですから仕方ありません。 

 

 先ほどの男性の真後ろに立ち、その手の動きに注目します。

 ああ、やっぱりアウトでした。自分の体でその少女を隠しながら、右手で彼女のお尻を嫌らしく撫で回しています。

 抵抗できないか弱い女性を一方的に蹂躙(じゅうりん)するとは、正に唾棄(だき)すべき人間──いや、畜生です。

 こういう痴漢がいるから、世の中の善良なお父さん方は女性に怯えながら電車に乗らなければならないんですよ。私の怒りが一気に有頂天になりました。

 

「……すいません。止めて、下さい」

 少女が泣きそうな声で呟きますが、そんな畜生に許しを請う必要なんてありません。地獄からの使者、七星朱鷺が今助けてあげます。

 そう思うと同時に、痴漢の右腕を(ひね)り上げました。

「いててててて! やめろ、やめろ!」

 痴漢が(わめ)きたてますが気にしません。そしてボイスレッスンで鍛えた声量を全開にし、マジカルワードを叫びました。

 

「この人、痴漢でーーす!」

 周囲の目が全てこちらに集まります。乗客達の軽蔑(けいべつ)の視線が痴漢に突き刺さりました。

 

 

 

「何だこのガキ! オ、オレは何もしてねえぞ!」

 三人一緒に次の駅で降りると、痴漢が狼狽(ろうばい)した表情を私達に向け、声をうわずらせました。

「貴女、あの人にお尻を触られてましたよね?」

「は、はい。止めて下さいってお願いしたんですけど、何度も……」

 痴漢を無視して少女に問いかけると、コクコクと頷いて肯定してくれました。よく考えたらそういうプレイ中の男女なのでは? とちょっと心配しましたが、杞憂だったようです。

 被害者がいる以上、この時点で勝負ありです。直ぐに駅員さんが駆けつけてきてくれました。

 

「ちっ!!」

 すると痴漢がいきなり駆け出します。タックルして駅員さんを吹き飛ばし、ホームから一目散に逃亡しようとしました。

 そのガッツは買いますけど、ちょっと相手が悪すぎましたねぇ。その動作を見て、助走もなしに一息に跳躍しました。

 

「はぁ!? なんでまたこのガキが!」

 『北斗無想流舞(ほくとむそうりゅうぶ)』を使い回り込みます。一瞬姿が消失するほどのスピードで移動する軽功術ですから、ダッシュした痴漢なんてスローロリス並みにスローリィです。まるでお話になりません。

 

「知らなかったのですか……? 大魔王からは逃げられませんよ……!!」

「どけよ!」

 むっ。せっかくの決め台詞を無視されたので腹が立ちました。

 殴りかかってきたのでひらりとかわします。その際に、痴漢の顔面にあるあの秘孔を右手の人差し指で突きました。

「がっ!……はっ!」

 すると痴漢はその場から動かなくなります。いや、動けなくなったという方が正しい表現でしょうか。

 

「テメェ! オ、オレに、何をしやがった!?」

「軽く秘孔を突いただけですよ。さーて、そろそろでしょうか」

 すると、痴漢の両目の眼球がグルリと勢い良く裏返りました。怖ッ! 

 

「ひぎゃあ~! 目が、目がぁ~!!」

 大声で叫びながらのたうち回ります。

 秘孔の一つである『瞳明(どうめい)』を突いて視力を完全に失わせたのですが、危険な秘孔で今まで人に試したことはなかったので、こんなにグロいとは思いませんでした。

 

「ど、どうにかしてくれよォォォォ!」

「なら、今までやってきた悪行を全て告白することですね。罪を償えば、その濁った目も元に戻りますよ」

「わ、わかった。わかった! 全部正直に話す! ずっと前から痴漢をやっていたんだ!」

「なるほど。で、他には何かやっていませんでしたか?」

「実は……」

 

 痴漢は今までの悪行を話し始めました。未成年との淫行、強制わいせつ、ストーカー行為、のぞき、盗撮等々。いやはや、呆れてものも言えません。まるで性犯罪の総合商社です。

 そのうち駅員さん達に取り押さえられました。この調子なら放っておいても全て自白するでしょうから、後は彼らにお任せすることにします。

 軽めに突いたので秘孔の効果はせいぜい2~3日なんですが、痴漢には黙っておきましょう。しっかり反省して、刑務所で罪を償って欲しいです。

 

 

 

「本当に、ありがとうございました!」

「え? ああ、別に大したことしてませんから……」

 元居たところに戻ると、痴漢被害にあっていた女の子から声を掛けられました。冤罪の元凶である痴漢が許せなかっただけですので、お礼なんていりません。元男性としては男が皆あんな畜生だとは思わないで欲しいです。

 

「それでも、助けて頂いて嬉しかったです」

 深くお辞儀されてしまいます。先ほどの困り顔から一変して、素敵な笑顔を浮かべました。

「あ、あの、すいません、アイドルの七星朱鷺さんですよね?」

「……はい、そうですよ」

 一瞬間が空いてしまいました。自分でも本当にアイドルか疑わしく思う時がありますからねぇ。

 

「私、島村卯月(しまむらうづき)っていいます。今度346プロダクションからアイドルとしてデビューすることになりました! 頑張りますので、よろしくお願いします!」

 なんと、後輩のアイドルさんでしたか。改めて見ると確かに凄く可愛い子です。特にその笑顔とお尻が素敵ですね。思わず惹き込まれそうになりました。

 お名前も私が贔屓(ひいき)にしていた服屋さんと同じなので、親近感が涌きます。一応今はアイドルらしいファッションブランドの服にしてますけど。

 

 唐突ですが、モビルスーツで例えるとジェガンのようなイメージを受けました。

 (おとし)める意図は全くありません。突出した個性こそありませんが、全てにおいて高バランスで完成度が高いという意味です。激動の宇宙世紀で30年以上主力モビルスーツとして活躍したあの傑作機のように、人々から末長く愛されるような気がします。

 765プロダクションの天海春香さんといい、こういう等身大のアイドルは何にでもなれるので大化けするんですよ。色物の私では到底真似できないです。

 

「それでは、今度は事務所でお会いするかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」

「はいっ! 島村卯月、頑張りますっ!」

 そんな会話をしていると次の電車が来ます。彼女はこの駅が学校の最寄り駅らしく、何度も何度も私に頭を下げながら去っていきました。

 ん? 新しくアイドルデビューって、もしかして……。

「うわわっ」

 考える間もなく、再び満員電車に飲み込まれていきました。

 

 

 

「みんなー! おはよう! さぁ、今日も一日張り切って行きましょう!」

 教室の中でハイテンションな声が響きます。

「おはよーごぜーまーす……」

 担任の先生に挨拶しました。この人、朝からもの凄く元気なんですよねぇ。そのテンションの高さには脱帽しますよ。私は満員電車と痴漢騒動で既にクタクタでした。

 

「さて、授業の前に、今日も転校生を紹介するわよ!」

 事前に伺っていた通り、とうとう彼女がこのクラスに舞い降りるのですか。私の転校生キャラ属性が早くも消えてしまいますが仕方ないでしょう。

 それよりも、あの子と一緒に学園生活を過ごす楽しみの方が大きいです。

 

「じゃあ、入ってきて。自己紹介をお願いするわね」

 すると、鮮やかな銀髪をリボンでツインテールにした子が教室に入ってきました。今日はフリルのたくさん付いた黒のゴシック服ではなく、きちんとした制服です。

 黒板にチョークで自分の名前を書き、こちらに振り返りました。そして決めポーズで自己紹介を始めます。

 

「我が名は神崎蘭子。禁断の扉の先に踏み込み、果てしなき天空への階段を駆け上がる者ぞ。皆の者、我の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。フフフフフフ……」

 そう、転校生とは蘭子ちゃんでした。

 

「せーの!」と言う私の掛け声に合わせ、「蘭子ちゃん、ようこそ~!」とクラスの皆で声を揃えて叫びました。それぞれ手に持っているクラッカーのはじける音が教室内に響きます。

 その光景を見て、蘭子ちゃんが目をパチクリさせました。

 

 

 

 マナー研修があったその日、蘭子ちゃんとコメットの皆で簡単なお茶会をしました。

 その時に、彼女と私と乃々ちゃんは同学年であること、そして蘭子ちゃんもこの私立美城ヶ峰学園のタレンテッドコースに転入してくることを聞いたのです。

 

 色々なことをお喋りしたのですが、蘭子ちゃんは前の学校ではちょっとだけ浮いていたとそれとなく伺いました。浮いているといっても私と違い、物理的に宙に浮けるわけではありません。独自の強い個性がありますから、それに慣れない子に誤解されることがあったそうです。

 

「二つの夜を越えし時、我は新しき学び舎に舞い降りる。我が胸を天使たちが叩いているわ!」

「天使が、胸を叩く……。もしかして、緊張してるんですか?」

「ッ! ……う、うん」

 

 重度の中二病アイドルらしく個性的なファッションで自信たっぷりな態度ですが、浮世離れした外見や高飛車な口調とは相反し、素になるのが恥ずかしい非常にいい子だと話していてよくわかりました。

 せっかく同じ学校で同じクラスなのですから、彼女が学校に馴染みやすくなるようクラスの皆と相談し歓迎のサプライズをすることにしたのです。

 コメットだからという義務感ではなく、こういう不器用な子を応援したいと純粋に思いました。

 

 

 

「ううう……。あるまじき、ふれあい……」

 先ほどとは一転して挙動不審になっていました。リンゴの様な真っ赤な顔です。

「どーした、じょーもんかいな~! あいらしかー」

「は、恥ずかしいよ~」

 福岡出身のアイドル兼着ぐるみ芸人である上田鈴帆(うえだすずほ)ちゃんが、満面の笑顔で蘭子ちゃんに声をかけました。やはり近い地域だけあって蘭子ちゃんにも意味は通じているようです。

 

 なお、『じょーもん』とは美人のことだそうです。先ほどの言葉を翻訳すると、『とても美人さんですね。可愛らしいです』という意味になるようです。

 最初に鈴帆ちゃんと会話した時は博多弁に面食らいましたが、今ではすっかり慣れました。少なくとも熊本弁や静岡弁よりはわかりやすいです。

 

「ふーん、確かにカワイイですねぇ……。ボクほどじゃないですけど」

 そして幸子ちゃんが謎の対抗意識を燃やしていました。いつものことですから放っておきましょう。定期的な発作みたいなものです。

 再び視線を戻します。おや、蘭子ちゃんが仲間になりたそうにこちらを見ている!

 皆で固唾(かたず)を呑んで、次の言葉を待ちました。ドッキドキです。

「よろ、よ……」

 よし、頑張れ! あと少しです!

 

「……ヨークシャーテリア」

「何でワンちゃんなんですかっ!」

 滑り気味なツッコミをかましました。残念ながらこのクラスに関西出身者はいないのです。

 ナニワ芸人系アイドルの難波笑美(なんばえみ)さんがいれば完璧なツッコミを入れてくれたでしょう。学年が違うので残念です。

 

「その~、こ、これから……よろしくお願いしますっ!」

 蘭子ちゃんが恥ずかしそうに頭を下げました。クラス中に暖かい拍手が溢れます。

「皆暖かく迎えてくれて良かったわ! 神崎さんの席は輿水さんの隣だから、着席してね」

「うむ!」

 いつも通りの口調に戻ってしまいました。ちょっと残念。

 

「……さて、それで、このサプライズの首謀者は誰かしら? 歓迎する気持ちは確かに大切だけど、流石にクラッカーは不味いわよね?」

 う、そうきましたか。感動的なノリで誤魔化せると思ったんですが、甘かったようです。

 しかし、誰もチクらなければ問題はありません。皆優しい子達ですから、私を売るようなことは絶対にしないはずです!

 

「朱鷺ちゃんです」

「朱鷺ちゃんれす~」

「朱鷺しゃんばい」

「朱鷺さんですよ」

「ビームちゃんだね」

「トキだヨ!」

 

 全員からユダられました。あれぇおかしいね、私を(かば)ってくれる子誰もいないね。

 乃々ちゃんが風邪で休んでいたのがせめてもの救いです。あの子にまで裏切られたら生きる気力を失いますよ。

 

「い、いや、皆で考えたんですから……。裁判長! ここは連帯責任なんていかがでしょうか!」

「な、何言ってるんですか! 大人しく一人で刑に処されて下さいよ!」

 こうなったら死なばもろともです。全員地獄ヘ道連れにしてやりましょう。なあに、皆一緒なら地獄も怖くないですって。うぷぷぷ。

「反省文、原稿用紙2枚。明日までによろしく」

「いや、ですから連帯責任……」

「よ、ろ、し、く、ね?」

「……ハイ」

 転入早々始末書とか先が思いやられます。再度の停学だけは避けねばと改めて誓いました。

 

 

 

 その日の夜、お風呂上りに部屋で牛乳を飲みながらスマホを触っていると電話が来たのに気付きます。

「はい、もしもし。七星です」

「あっ、朱鷺。今時間いい?」

「ええ、いいですよ。凛さん」

 私的な電話を凛さんから頂くのは初めてでした。何の用事でしょうか。私、気になります!

「それで、どうかされたんですか?」

 私の問いかけに対し、一呼吸おいて凛さんが答えます。

「……私、アイドルになるみたい」

 

 飲みかけていた牛乳を一気に噴き出しました。

 

「ゴホッ!! ゲホッ! ガホッ……」

「ちょっと、大丈夫!?」

「う、うう……」 

 完全に気管に入りました。そのまま1分くらい悶絶します。

 ジョークにしては性質が悪すぎますよ。こんなの絶対噴くに決まっているじゃないですか。もう辺り一面牛乳まみれです。

 

「落ち着いた?」

「ええ、お陰様で。それで、先ほどの話は本当なんですか」

「冗談を言う為だけに、わざわざ電話なんてしないから」

 それもそうですか。そういうキャラではないことは重々承知していましたが、あまりの衝撃発言でついつい疑ってしまいました。

 

「でも、なぜ私に電話されたんです?」

「この前、アイドルの誘いを断ったのにさ。急に始めたりしたら、気分悪いかと思って」

「あはは、凛さんはマジメさんですねぇ。別に気にしなくてもいいですよ。それよりもアイドルになってくれて嬉しいです」

 あれだけの逸材を放置するのはやっぱりもったいないですからね。彼女の歌声は鼻歌でしか聞いたことがありませんが、とても澄んだ良い声でしたから、ちゃんと聴きたいと思っていました。

 

「それで、所属事務所はどこでしょう。765プロですか? それとも876プロ? ああ、961プロだったら黒い噂があるので止めておいた方がいいですよ。社長さんの声はかっこいいから好きなんですけど」

「ええと、346プロダクションっていう事務所」

 ん? 聞きなれた事務所名が聞こえたような気がしますが……。

 

「あっ、ごめん。今その事務所から家に電話がかかっているみたい。とりあえず、それだけは伝えたから」

「えっ、ちょっと!」

 ツーツーツーという無機質な音がスマホから流れます。電話を切られてしまいました。

 仕方ありません、今度改めて確認しましょう。それに先ほどの言葉が本当なら、近いうちにまた会うはずですし。

「さてと、まずは雑巾ですか……」

 広範囲にぶちまけられた白い液体が恨めしいです。うう、部屋が牛乳くさいよぉ。

 

 

 

「どうぞお納めください、お代官様」

「まぁ、これでいいでしょう。ご苦労様、もう帰ってもいいわよ」

「ははー」

 昨日課された反省文を先生に提出します。若干リテイクを求められたので、修正に時間をとられてしまいました。レッスンの時間も近いので、346プロダクションに急いで向かいます。

 

 プロジェクトルームにトレーニングウェアを置きっぱなしにしていたので、先にそちらへ行きました。扉の鍵を開けて室内を探すと直ぐに見つかったので、それを持って更衣室に行こうとしたところ、ふと違和感を覚えます。

 

 聞き覚えの無い足音がするんです。しかも三人分で、どたばたと歩き回っていました。

 この地下一階は殆ど使われていないので、人の往来は滅多にないです。知らない方が一度に複数通るなんて今までありませんでした。

 

 これ、もしかして泥棒でしょうか。もしそうだとしたら一大事です。

 このルーム内には皆の大事な私物や、私達の思い出の品が多く保管されています。もしそんなものを盗まれたらと思うと気が気でありませんでした。

 私の勘違いであることを祈りましたが、その足音は真っ直ぐこちらに向かってきます。

 こんなところに用があるのはコメットと犬神P(プロデューサー)くらいしかいません。残念ながら予想は当たってしまったようです。

 

 かくなる上は皆の為に撃退しなければいけません。

 私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますので捕まえるのは簡単ですが、報復でまた侵入されないとも限りませんので、驚かせて退散させることにします。

 ちょうど良い手が思い浮かびましたので、それを試してみましょう。

 

 部屋の照明を薄暗くし、扉から遠いところに仰向けで寝転がります。着衣を乱し赤いハンカチを胸の辺りに広げ、元々部屋に置いてあった小道具のナイフを右手で胸に突き立てました。押し付けると刃が引っ込むタイプの玩具です。

 これで、遠くから見ると死んでいるように見えるでしょう。そのまま迫真の演技で死体役をしつつ泥棒達を待ちます。

 

「どうもー! 失礼しまーす!」

「ちょっと、勝手に入ったらダメだから」

「す、すいませ~ん」

 ここからでは姿は見えませんが、泥棒達が入ってきたようです。

 

「さて、ここも探索するとしますか!」

「あの、やめた方がいいんじゃないでしょうか……」

「大丈夫だって! 誰もいないじゃん」

「いや、誰かあそこにいるよ。えっ! もしかして、死んで、る?」

「またまた、脅かそうと思って! しぶりんは意外とお茶目さんだねぇ~!」

「いえ、あれ、本当に誰か死んでいるんじゃ……」

「や、やだなぁ、しまむーまで。まさかそんなこと……って、ええ!?」

 泥棒達の注目がこちらに集中しているようです。正に計画通りでした。

 

 よし、今です!

 

 その場で勢いよくブリッジすると、両手両足を使いゴキブリのような勢いで泥棒達に急接近しました。名作ホラー映画『エクソシスト』に出てきた、超怖いブリッジ歩きを私なりに再現したのです。ちゃんと白目にもしています。

 

「きゃあーーーーーー!!」

 耳を裂くような甲高い悲鳴がプロジェクトルーム内に木霊(こだま)しました。驚かせて退散させるつもりでしたが思ったよりも効果が高く、泥棒達は腰を抜かして動けないようです。

「タスケテェ! タァスケテェ! ……って、あれ?」

 不思議なことに、泥棒三人組のうち二人は見たことがありました。

 というかそもそも泥棒じゃない気がします。もしかして、私の早とちりというオチでしょうか。

 

 

 

「すいませんでした」

 腰を抜かした少女達に謝罪しました。なんだか最近謝ってばかりのような気がします。

「いや、勝手に入った私達にも非があるから。……心臓、止まるかと思ったけど」

 黒髪ロングの綺麗な子がそう言ってくれます。昨日電話で話した、凛さんその人でした。

「本当に申し訳ない」

「夜、夢に出てきそうだよ……」

 結構なトラウマになってしまったようなので、ブリッジ歩きは封印しましょう。

「でも、やっぱり346プロダクションでしたか。世間は狭いですねぇ」

「うん。これから、よろしく」

 少し照れた感じの凛さんと改めて握手しました。

 

「朱鷺ちゃん、先日はありがとうございました!」

「いえいえ、気にしなくていいですよ、島村さん」

 もう一人は先日痴漢から助けた島村さんです。彼女もシンデレラプロジェクトの一員でした。超可愛いですから不思議ではないでしょう。

「養成所に通いながら、何度もオーディションを受けて……。今回初めて受かったので、頑張ります!」

「へぇ、島村さんは養成所に通っていたんですか」

「はい! ダンスも歌も一通り教わりました!」

 レッスン歴は私より長いそうなので、教わることも多いでしょう。色々と学ばせて頂きたいと思います。

 

「しぶりんとしまむーは、とっきーと知り合いなの?」

「うん、ウチのお店のお客さんだよ」

「私はこの間、痴漢から助けてもらいました!」

 三人目の少女が凛さんと島村さんに質問します。この子とは面識がありませんでした。ショートヘアで溢れ出るパッションが特徴的な子です。これまた当然の権利のように美少女です。

 

「ええと、貴女は?」

「私は本田未央(ほんだみお)! シンデレラプロジェクトのメンバーにして最終兵器だよ! カンペキで最高のアイドルになって、みんなに笑顔を届けるから! よろしくね、とっきー!」

「と、とっきぃ?」

「うん。朱鷺だからとっきー! その方が絶対可愛いって!」

「は、はぁ……」

 聞きなれないワードが少女の口から飛び出します。初対面とは思えない超フレンドリーな態度でした。

 

「雑誌やテレビで見た以上に可愛いじゃん! 制服も可愛いし! どこの学校?」

「ええと、美城ヶ峰学園ですけど……」

「ええー! あそこ凄いお嬢様学校だよね! とっきーやるねぇ~!」

「ははは……」

 その後もマシンガンのような勢いでトークが繰り広げられます。 

 

 ああ、遂に来てしまいましたか。この可愛らしい容姿と溌剌(はつらつ)とした笑顔。そして鬼のようなコミュニケーション能力。スクールカーストの頂点を常に爆走してきたような、生まれついての勝ち組で超絶リア充です。

 負け組ロードを突っ切ってきた闇属性の私が最も恐れるタイプでした。溶ける! 溶ける!

 

 いや、本田さん個人が苦手とか嫌いではないんですよ。こういう光の道をただひたすらに突き進んできたようなタイプの子は、ドブ川風味の私には眩しすぎるだけなんです。アンデッドが光属性に弱いのと同じ理屈です。

 系統的には茜さんに似ていますが、あちらはひたすら熱血でリア充っぽくは無いので大丈夫なんですけどねぇ。

 

「皆さんはどんなご用事でこちらに?」

「今日はシンデレラプロジェクトのメンバーとの初顔合わせなんだ!」

「ああ、そうなんですか」

 シンデレラプロジェクトの定員は14名です。今までお会いした子が11名ですから、この3名を加えてちょうど14名になりました。これでようやくプロジェクトが始動するのでしょう。

 

「ごめん、もっとゆっくり話したいんだけど。Pとの待ち合わせ時間が近いから、もう行くね」

「はい。私もレッスンが始まりますので。また今度お会いしましょう」

「うん。それじゃ」

「はい! 後でお話したいです!」

「じゃあねー! とっきー!」

 3人がバタバタと駆けて行きます。その姿が見えなくなるまで見送りました。

 

 新しい光に向かって走り出すシンデレラ達の物語が、いよいよ始まるのです。

 そして私自身の物語も、ここから新しいステージを迎えるような予感がしました。

 

 

 

 

 

 


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