ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第27話 中二病でもアイドルがしたい!

「たわば!!」 

 登校時に下駄箱を開けると、そこは魔窟(まくつ)でした。思わず黄色い悲鳴を上げてしまいます。

 上履きと一緒に入っていたのは複数のお手紙でした。どれも可愛い便箋(びんせん)で、ハート型のシールで封をされています。単なるファンレターではなくガチなやつだと一目で分かりました。

 大慌てで鞄の中に隠しますが『時既に遅し』です。目を爛々(らんらん)と輝かせたあの子に、バッチリ見られていました。

 

「さっすが先生! モテモテだね!」

「……愛海ちゃん。それは褒めているんでしょうか、それとも嫌味なんでしょうか?」

「もちろん褒めてるんだよ。だって超羨ましいもん!」

「私としては、心中複雑ですけどね……」

 重い溜息をつきながら教室に向かいます。

 

「みんな! 先生がラブレターを貰ったよ!」

「おい、やめろ馬鹿」

  教室に入るのと同時に、愛海ちゃんが先程の手紙の件を暴露しました。本人には一切悪気がないので怒るに怒れません。

「へぇ、ラブレターですか。どうせならカワイイボク宛に出せばいいのに」

「人事だからそう言えるんですよ。幸子ちゃんだってこういう手紙を頂いたら対応に苦慮するはずです」

「ボクだって、沢山のファンから熱いファンレターを貰ってますよ! フフーン!」

「ファンレターとラブレターはちょっと違うと思いますけど」

 自慢げな表情で胸を張ります。あまりにカワイイので思わず拳をギュっと握ってしまいました。

 

「でも、ラブレターっておかしくない?」

 紗南ちゃんが不思議そうな表情をします。やはり気付いてしまいましたか。

「何でですか? 学校ですからラブレターくらいおかしくはないでしょう?」

 幸子ちゃんはまだ気づいていないようです。そのままのピュアな君でいて。

 

「だってここ、女子校だよ?」

「あっ……」

 幸子ちゃんがとうとう察してしまったようです。

「……そうですか。茶化してすいませんでしたね」と謝られてしまいました。

 彼女は自意識過剰な天狗だと思われがちですが、忙しい合間を見て宿題をやる等、根はとても真面目で頑張り屋な良い子なんです。そのため、性差を越えて告白した純情な乙女の恋心を話のネタにすることは気が引けたのでしょう。

 

 

 

 女子校なんて女子が廊下で化粧していたり、下ネタを言いまくっていたりするような下品下劣な世界だと思い込んでいましたが、この『私立美城ヶ峰学園』の生徒達は皆、礼儀正しく品行方正な美少女ばかりでした。正に事実は小説よりも奇なりです。

 

 しかしバラエティ番組でのストライクフリーダムな活躍により、私の悪名はこの学園にも轟いていたのです。

 タレンテッドコースのアイドル達は暖かく受け入れてくれましたが、普通コースの女の子達からは怖がられて遠巻きに見られていました。私としては慣れっこなので、特に気にはしていませんでしたけど。

 

 そんなある日の放課後、学園から346プロダクションに向かう途中で学園の子達がガラの悪い男性陣に絡まれている姿を見かけたのです。

 ナンパと言う軽いものではなく強引に誘っており、見ていて気分が良いものではありませんでした。ナンパ自体は否定しませんが、無理やりというのは男として最低最悪です。

 女の子達は知人ではありませんでしたが同じ学園の生徒なので、その間に割って入り男性陣に教育的指導をしてあげました。

 別にボコボコにした訳ではありません。ちょっと心折(しんせつ)な対応をしただけです。

 

 その日以降、普通コースの一部女子の視線が明らかに変わりました。

 以前乃々ちゃんから貸してもらった百合百合しい少女漫画のような雰囲気が、私の周囲に漂い始めたのです。クッキー等の手作りお菓子が貢物の如く捧げられるようにもなりました。

 そしていつのまにか、陰で『お姉様』と呼ばれるようになったのです。どうしてこうなったのか、コレガワカル。

 

 こうして、変わったファンがまた増えてしまいました。

 男の身であればハーレム状態でウッハウハですが、今は女性の身で女性ホルモン全開ですから、女の子と付き合おうという気は起きませんので心中複雑です。

 転校当初はこういう色恋沙汰から開放されたと喜んでいましたが、世の中上手くは行かないものですよ。

 ちなみにアスカちゃんも普通コースの女の子達から結構言い寄られているようです。かっこいいですし王子っぽいですからね、あの子。

 

「いいな~! お山揉みまくりじゃん!」

 愛海ちゃんが人の気も知らずに羨ましがっています。彼女からしたら女の子から告白される環境は天国でしょうけど、世の中は色々と難しいんですよ。

「ていっ」

「あたっ!」

 騒ぎすぎの罰として、デコピンで超軽くおしおきしておきました。

 

 

 

 その日の放課後はクラスの皆と一緒に346プロダクションに向かいます。

「それでは、また後で会いましょう」

「うん……」

 私はこれから『マナー研修』がありますので、乃々ちゃんとは一旦お別れしました。

 予定時間まで準備をしようとしましたが、コメットのプロジェクトルームがある新館地下一階は工事をしていて17時迄は使えないため、会社の敷地内にある美城カフェへ向かいます。

 

「すいません。ダージリンとミルフィーユをお願いします」

「はい。かしこまりました」

 オープンテラスの空席に座って注文します。今日は菜々さんがいなかったので少し残念でした。

 鞄の中からマナー研修の資料を取り出して、その内容を再確認します。

 

 今回私はマナー研修の講師として、シンデレラプロジェクトの皆さんにビジネスマナーについてお教えする役割を仰せつかりました。依頼主はなんと、あの武内Pです。

 なぜ私なのかと質問したところ、以前アスカちゃんの挨拶を改善させたことを高く評価したとの話でした。

 

 プロ講師の研修の方が良いのではと言いましたが、同じアイドルの中学生が指導することで『あの子ができているんだから、私もしっかりしなきゃ!』という意識を芽生えさせる狙いがあるそうです。

 流石武内P、目のつけどころが雑種犬(23歳オス・未去勢)とは違いますよ。

 

 なお、智絵里さんや李衣菜さん達には既に受講頂いています。研修の成果が出て、挨拶等がしっかりできるようになったと高い評価を頂きました。

 ……ただ一人を除いて、ですが。

 

 杏さんは一度聞いただけで内容を完全にマスターしたので驚きましたが、その成果を全く生かしていません。でも、杏さんですから仕方ないのです。

 完全に天才型なので、やる気さえ出せば1年くらいでアイドル界を制覇できそうで怖いですね。そのやる気を出させることが一番難しいんですけど。

 

 今日は私がまだお会いしたことがないメンバーを対象とした研修なので、普段よりも緊張します。その分準備を念入りに行いました。

 そろそろ時間なので研修ルームに移動しようとしたところ、視界内に一人の女性が飛び込みます。その姿を見て私の目は釘付けになりました。

 雪のような白い肌。白銀のショートカットに青緑の瞳。まさに絶世の美女です。しかし、私としてはそれ以上に気になる点がありました。

 

────ヤベェ! 外人さんだ!

 

 純日本人の私が一番関与したくないタイプの方です。

 英語のペーパーテストは得意ですし英語の歌もある程度歌えますが、英会話は本当に無理です。日本から出る気はゼロですから、英語で会話をするという発想がそもそもないんですよ。

 外人さんを目の前にするとテンパってしまい、ハローとグッバイ、サンキュー、イエスノーくらいしか使えなくなります。もちろん、英語を使うような高度な職種に就いたこともありません。

 東南アジア系の方なら、昔よく一緒に底辺仕事をしたのでまだ抵抗感は少ないんですが、西洋系でしかも美女ともなると、ちゃんとした会話は望むべくもありません。

 

 346プロダクションには外国出身のアイドルが多数いますが、いずれも初対面の前には日本語が話せるかちゃんと確認をしていましたので、挙動不審になることはありませんでした。

 ですが道端で外人さんから英語で声を掛けられたりすると、途端にフリーズしてしまいます。

 今回も道等を訊かれたら厄介なので、早々にこの場から立ち去りましょう。

 

 そう思って撤退の準備に入ると、その外人さんが可愛らしい笑顔でこちらに近づいてきました。手にはなにやら書類らしきものを持っています。私は無宗教ですから宗教の勧誘をされても困るんですけど。

 パニクっていると外人さんが私に向かってまっすぐ歩いてきます。もはや異文化コミュニケーションは避けられない状態になっていました。

 

「くっ!」

 もう覚悟を決めるしかありません。勧誘される前にこちらからお断りをしましょう。ゲームでも現実でも、先制攻撃は非常に有効なのです。

 私の頭部に搭載されている最新OS──『Windows toki me』が最適なお断りワードを導き出しました!

 

「ギ、ギブミーチョコレート……?」

 またこれか! この低性能ポンコツOSめ! それなりに有能だった頃の私を返して下さい!

 自分の頭をポカポカ叩いていると、とうとう外人さんが口を開いてしまいました!

 

「ええと、コメットの朱鷺、ですね。私は、シンデレラプロジェクトのメンバーです。ミーニャ ザヴート アーニャ。私の名前はアナスタシア、です。アーニャは……ニックネームです。北海道で生まれて、ロシアで育ったハーフです。よろしくお願いします」

「何で日本語話しているんですかーー!!」

「えっと、プラスチーチェ……。すいません……」

 これが、私とアナスタシアさんとの初対面でした。

 

 

 

「本当に申し訳ございません」

 アナスタシアさんに向かって土下座して謝ります。勝手に誤解した上に失礼な言葉を浴びせるという、人として許しがたい行為をしてしまいました。

 自分で即死の秘孔を突いて死にたいですが、コメットの皆から禁じられているので出来ません。無念なり。

「気にしないで、下さい」

 笑顔で許してくれました。この子もとても良い子のようです。手に持っていた書類は宗教勧誘のチラシではなく事務所紹介の資料で、コメットのメンバー一覧も顔写真付きで入っていました。

 

「アーニャちゃん、どこー!?」

「あっ、美波……。ここです」

 テラス席の外からアナスタシアさんを呼ぶ声がしました。声の持ち主には覚えがあります。

 以前、翼人間コンテストの際に伺った大学でお話したことがありました。健康的なエロスが特徴的な美女だったので強く印象に残っています。

 

 こちらに駆け寄って来ました。私には目もくれず、アナスタシアさんに抱きつきます。

「もう、ダメじゃない! 一人でどこかに行ったら迷っちゃうよ!」

「イズヴィニーチェ。ごめんなさい……。コメットの方が、いましたから」

「え?」

 慌てて振り返る彼女と視線が合いました。

 

「初めまして、ではありませんよね。346プロダクションのアイドルグループ──コメットのリーダーを務めている七星 朱鷺と申します。よろしくお願い致します」

 営業スマイルで丁寧に自己紹介します。相手が日本人であればこれくらい冷静なんですよ。本当です。

「新田美波です。シンデレラプロジェクトのメンバーです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って深々とお辞儀をされました。育ちが良いためか行儀作法がしっかりしていますので、彼女にはマナー研修は必要なさそうです。

 

「これから色々とサポートさせて頂きますので、迷ったことがあれば何でも相談して下さいね。……それにしても、新田さんがアイドルになられるとは思いませんでした」

「はい。私、新しい私に挑戦してみたいんです。アイドルになるのもひとつの経験だと思ってます。まだちょっと迷っていますけど、アイドルを目指すのもひとつの可能性、かなと思って。それに、七星さんもアイドル活動は楽しいって仰っていましたし」

「そうなんですか。安心して下さい、アイドルは色々なお仕事ができますから知らなかった世界をきっと経験できますよ」

 暴走族結成とか、領空侵犯とかね。ま、それは私だけですか。

 

「ありがとうございます。自分で始めたことだけど、励まされると嬉しいです」

 優しい笑顔で髪をかき上げました。おお……天然のお色気で悩殺されそうです。

 シンデレラプロジェクトですが、ここまで誰一人ハズレがいないのは正直凄いです。武内Pは犬神Pに勝るとも劣らない慧眼(けいがん)をお持ちのようですね。

 可愛い後輩達ですが、強力なライバルにもなりそうです。足元をすくわれてかませポジションにならないよう、我々も精進しなければなりません。ベジータくらいの立ち位置ならまだいいですけど、ヤムチャ並みの扱いになったら泣くに泣けませんから。

 

「美波。時間、大丈夫ですか?」

「え? やだ、もうこんな時間! すいません、私達はこれから手続きがありますので……」

「はい。またゆっくりお話しましょうね」

「それでは、失礼します。ちょっと急ぐよ、アーニャちゃん!」

「ダスヴィダーニャ。……さようなら、朱鷺」

 二人が早足に去っていきます。マナー研修の開始時間まで後10分なので、私も研修ルームに急ぎましょう。

 

 

 

 新館22階にある研修ルームに着きました。ここがマナー研修の会場です。本日は三名が参加されるとのことですが、武内Pが多忙のためどんな子達なのかは訊けずじまいでした。

 千川さんならご存知でしょうけど、相変わらず私の能力が『彼女は危険だ』と強く警告してくるので近寄り難いんですよねぇ。

 外人さんがいなければ問題ないので、三名共日本人であることを祈ります。少なくとも日本人なら話が繋がらないことはないでしょうし。

 

 念の為深呼吸して心を落ち着けました。初対面なのでやはり緊張します。さて、いきましょう。

「おはようございます! 本日はよろしくお願いします!」

 3回ノックをしてから、勢いよく扉を開けます。そして営業スマイルを浮かべつつ丁寧に挨拶をしました。この業界は第一印象が非常に大事ですから、しっかり元気よくやりました。

 

 室内に入ると、教室形式で横一列に並べられた会議机の後ろの椅子に、三人の美少女がこれまた横一列で座っています。一瞬コメットの初回顔合わせを思い出しましたが、そこにいる子達は全く違いました。

 

 なんか背が凄く高い子、猫耳をつけてタイヤキ食べてる子、黒を基調としたゴスロリファッションに身を包んだ子、三者三様です。

「おにゃーしゃー☆」

「ふにゃぁ!! びっくりしたにゃあ!」

「ククク、遂に封じられし禁断の門を破る偶像が現れたか……」

 三人が口々に喋りだします。この時点で超弩級に嫌な予感がしました。

 

 あれ、ここ日本ですよね? 外国じゃないですよね……?

 異世界にトリップしたのではないかという錯覚に一瞬陥りました。『何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?』と心の中で叫びつつ、震える手で資料を三人に渡していきます。

 

「で、ではマナー研修の前にお互いに自己紹介をしましょうか。

 皆さん初めまして、七星朱鷺と申します。346プロダクションのアイドルグループであるコメットのリーダーを務めさせて頂いております。コメットはシンデレラプロジェクトに先行してデビューしたグループで、これから皆さんを陰ながらサポートさせて頂きますので、よろしくお願いしますね」

 何とか言葉を絞り出した後、三人に会釈しました。

 

「朱鷺ちゃん、おっすおっす! きらりとなかよくしてほしいにぃ☆」

「先輩だけあって立派なのにゃ。みくも負けにゃい!」

「フフフ……高い神格を持っているようね」

 冷静になると、背が高い子と猫耳の子の言っていることは分かるようになってきました。でもゴスロリの子の言葉はよくわかりません。あれっ、こんな気持ちどこかで……。

 

 デジャビュを感じましたがマナー研修を無事に行うことが今日のメインクエストです。早くしないと時間が押してしまうので、話を進めましょう。

「今度は皆さんのことを教えてもらえると嬉しいです。では右の方から、簡単に自己紹介をお願いします」

 背の高い子に話を振りました。

 

「にゃっほーい! 諸星(もろぼし)きらりだよ☆ かわいいものやハピハピなもの、だーい好き! きゅんきゅんぱわーで、みんなを元気にさせちゃうよー。これから頑張りましゅ! びしぃ☆」

 一瞬眩暈(めまい)がしましたが耐えました。

 ……よし。言葉の使い方はともかく、意味は分かるので十分です。

 

 それにしても圧倒的、ひたすらに圧倒的です。

 その身長は180cmを軽く超えているでしょう。体形にメリハリがついているものの、出過ぎてもいないその姿は理想的なモデル体型でした。それでいてとても美人さんです。

 海外のファッション誌ではたまに見かける体型ですが、純日本人でこれは凄いですよ。

 

 私としては彼女について思うところがありました。

 私も中三ながら170cmに迫る高身長ですが、小学校や転校前の中学校では男子から心ない誹謗中傷を受けたことがあります。

 女性の身で高身長だと、それより身長の低い男子からいじめられたりする等のデメリットが多いんですよ。

 

 私より遥かに背が高い彼女であれば、風あたりはもっと強かったことでしょう。それを表に出さず明るく振舞う健気な姿を見ていると、思わず涙腺が刺激されてしまいます。

 もしかしたら、この破天荒な喋り方は彼女なりの自己防衛なのかもしれませんね。

 ですが、アイドルであればその身長を武器として使えるチャンスがあるはずです。そういう機会に巡りあえるよう、私達がサポートしてあげましょう。

 

 なお、私のことを『デカオン』(デカ女の略です)と、イデオンのようなあだ名で呼んだ当時の級友達の顔と名前と住所と電話番号はしっかり記憶しています。

 私は諸星さんほど善人ではないのです。いつか目に物見せてあげましょう。

 

「はい、ありがとうございました。それでは次の方、お願いします」と言って、猫耳の子に話を振りました。

「みくは前川みくにゃ! よろしくにゃん! みんなの笑顔のために可愛い猫チャンになるにゃ。ファンの子猫チャンにもみくの本気を見せて、ドキドキさせちゃうもん! だから朱鷺チャンもよろしくにゃ!」

「前川さんは猫が好きなんですか?」

「うんっ! 朱鷺チャンも猫になりきって、じゃれてみない?」

「いいえ。私は遠慮しておきます」

 

 可愛い前川さんと可愛い猫さんが両方そなわり最強に見えます。てっきり自分を猫だと思い込んでいる系のアレな方かと誤解していましたが、こういうキャラで売っていきたい子なんですね。

 あまり早いうちに自分のキャラを固めると軌道修正が利かなくなりますが、確固たる決意の元でやっているのであれば問題ないでしょう。ウサミン星人をやっている崖っぷちの17歳(自称)の例もありますし。

 自分を曲げてあらぬ方向へロケットでつきぬけた、どこかの馬鹿野郎よりは遥かに良いです。

 

「これからよろしくお願いします。……そ、それでは最後の方、お願いします」

 思わず声が上ずってしまいました。さあ、ここからが本当の地獄ですよ。

 

「ククク、我が名は神崎蘭子(かんざきらんこ)。禁断の扉の先に踏み込み、果てしなき天空への階段を駆け上がる者ぞ。我の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。フフ、フフフフフフ……」

 

 え? 何だって? 

 

 思わずラノベの難聴系主人公のような感想を抱いてしまいました。

 パルスのファルシのルシがパージでコクーンしそうです。わけがわからないよ。

 これは紛れもなく中二病……。ですが、私が慣れ親しんだ『サブカル系』とは異なるタイプ──『邪気眼系』の中二病です。

 

「すいません。神崎さん。馬鹿な私にもわかるようにお話して頂けると助かるんですが」

「何と! 我が言霊は読み解けぬと……?」

「いや、蘭子チャン以外わからにゃいから」

 前川さんの鋭いツッコミが冴え渡ります。いいぞ、もっとやって下さい。

 

「えっと、神崎さんのご出身は?」

「真紅に燃え盛る炎の国──我が生命は彼の地に宿ったのよ」

「炎の国……。ああ、熊本ですか」

 意思疎通ができないと研修どころではないので、暫く彼女と会話をします。すると細かい表現はともかく、主旨はニュアンスで何となくわかるような気がしてきました。

 

「フフフ、波動が伝わったようね」

「はい、お蔭様で」

 もし中二病に対する耐性がなかったら理解にもっと時間が掛かっていたことでしょう。あの子には感謝しなければいけません。

 

 

 

 その後、マナー研修は無事終了しました。三人とも研修中はきちんと話を聞いて頂けたので良かったです。非常に個性が強い子達ですが、皆良い子だということはよくわかりました。

 それぞれの個性は最大限尊重したいので、個性を潰すほど厳しいマナーは求めませんでしたが、外の現場ではちゃんとした挨拶が必要であることだけは強調して指導したのです。

 自分の行動がシンデレラプロジェクトのメンバーの迷惑になる恐れがあることをお伝えすると、ちゃんと理解して頂けました。

 

「神崎さん、この後はお暇ですか? どうしても会わせたい子がいるんですけど」

 帰り支度をしていた彼女に声を掛けます。

「魂がヴァルハラへと旅立つまで、まだ暫しの休息が必要……。構わないわ」

「ありがとうございます。では、一緒に行きましょう」

 時刻は17時を過ぎており、地下の工事は完了していましたので、二人で地下一階のプロジェクトルームに向かいました。神崎さんとあの子を引き合わせることは、私の使命のような気がするんです。

 

「おはようございます」

「闇に飲まれよ!」

 神崎さんと共に、コメットのプロジェクトルームに入ります。

 ソファーの上ではもう一人の中二病──アスカちゃんが足を組んでカッコつけて佇んでいました。その手にはドイツ語の難解な本が収まっていますが、読んでいる気配はありません。恐らく雰囲気作りでしょう。

 

「やあ、おはよう、トキ。……おや、その子は?」

「シンデレラプロジェクトの中にとても面白い子がいたので連れてきました。神崎さん、こちらがコメットの二宮飛鳥さんです」

 二人の目と目が逢う瞬間を固唾を呑んで見守りました。

 

「ボクは二宮飛鳥。なぜかは分からないが、キミにはボクと似た波動を感じるよ。それで……キミとボクの出会いが、何かのきっかけになるんだろう。あぁ……キミは今『こいつは痛いヤツだ』って思ったかな。正解さ。フフッ」

「我が名は神崎蘭子。私の才能を見抜くとは、貴方も『瞳』の持ち主のようね。運命の扉は、今開かれたわ!」

「フフ、キミにはお見通しか。この出会い……。これが、世界の選択なのかも知れない……」

「ククク。今こそ、創世の時!」

 そう言ってがっちりと両手で握手をしました。

 よし! やはり私の見立てどおり、波長が合うようです。

 

 一仕事終えた充実感と共に、とんでもない極悪タッグを誕生させてしまったのではという強烈な罪悪感に襲われました。

 熊本弁(神崎さんの言語)と静岡弁(アスカちゃんの言語)は相互互換性があることがわかりましたので、今後のアップデートで是非標準語に対応して頂きたいんですけど、ダメでしょうか。

 

 

 

 

 

 


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