ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第2話 ふえぇ? 私がアイドルデビュー!?

「書類審査の結果来てるぞ。おめでとう!」

 

 夕食後に皿洗いをしていると、満面の笑みを浮かべたお父さんが一通の封筒を私に差し出してきました。既に封は切られています。

 はてさて、書類審査とは一体何のことでしょうかね。前世ではしょっちゅう転職活動を行っていましたが、何せ現在は中学生という身分ですから当然応募などはしていません。

 何件か雑誌の懸賞には応募していますが、まさか懸賞で書類審査はしないでしょうし。

 

 受け取った小奇麗な封筒の差出人は『346プロダクション』となっていました。

 芸能にはとんと疎い私でも聞いたことはあるくらい大手の芸能事務所だったはずです。名だたる俳優さんや女優さんが数多く所属しており、社屋が無駄に立派だったように記憶しています。

 アイドル部門なんてものを立ち上げて事業を拡大しているとか、だいぶ前にテレビの経済ニュースでやっていましたね。

 

 そんな立派で華やかな会社が私のような下賎の者に何の用があるんでしょうか。

 中には書類が二枚入っていましたが、一枚目の全文を読み終えたところで完全に固まりました(以下、原文ママ)。

 

 

 

『346プロダクション 四人組新アイドルユニット選考オーディション 二次審査のご案内

 七星 朱鷺 様

 この度は弊社開催の選考オーディションにご応募頂き誠にありがとうございました。

 厳正な書類審査の結果、二次面接審査に進んで頂くことが決定致しました。

 つきましては審査内容・集合場所・面接日時などをご確認の上、お越し下さい』

 

 

 

「え、何これは……」

「何って、アイドルオーディションの結果通知書だよ。朱鷺にはそれ以外の何かに見えるのか?」

 アイドルとは芸能人の若い子のことです。オーディションとは俳優・歌手・コメディアン等の選抜を目的とした試験のことです。

 そこまでは問題なく理解できるんです。ただ、七星朱鷺という名の汚水が溜まったドブ川と、アイドルと、オーディション。この3つの単語が全く結びつきません。いや薄々とは感づいてはいるのですが脳がひたすらに理解を拒みます。

 

「聞いてないよぉ……」

 自分でも声が震えているのがわかります。

「何だ、朱美から聞いてなかったのか。朱鷺にアイドルオーディション受けさせたいって前々から言ってただろ?」

 確かに以前そんな話はしていたような記憶はありますが、性質の悪い冗談だなぁと思って一笑に付していました。

 

 真相を確かめるべく踵を返してリビングに入ります。お母さんは正座しての~んびり緑茶などすすっていやがりました。人の気も知らずに。

「何で勝手に応募したの?」

 珍しくドスを利かせて問い詰めますが、一向に動じません。

 

「お母さん、学生時代に日高舞さんに憧れててね。本気でアイドルになろうって思ったんだけど、家族から反対されて諦めちゃって。

 けど絶対トップアイドルになる自信はあったのよ? 朱鷺ちゃんは当時の私より可愛いしスタイルも断然いいから、絶対成功すると思ったの!」

 

 育てて頂いているお母さんに対して大変失礼極まりないですが、『この人、頭おかしい……』と思いました。

 思わず『医者はどこだ』と叫びたくなりましたが、私の目の前にいましたね。親の心子知らず、ならぬ子の心親知らずですか。何とも世の中はままならないものです。

 

 お母さんはぽわんとしていて物腰こそ柔らかいですが、意外と頑固なのでいくら理詰めで反論したとしても直感と感情から導き出した考えを翻させることは難しいでしょう。

 恐らく、アイドルにならないと『今後ごはん抜きよ~』などと鳥取の飢え殺し並みの兵糧攻めで脅してくるに違いありません。

 ならば別の方面から攻めるしかありませんか。そう思って自分なりの迫真の演技でお父さんに呼びかけました。目も頑張って涙目にしています。

 

「私は地域医療を通じて、地元の皆さんの笑顔を守り社会に貢献したいんです! そのためにはしっかり勉強しなければいけないので、アイドルなんてチャラチャラしたことは絶対にできません!」

 悲劇のヒロインぶって言いましたが真っ赤な嘘です。社会貢献なんてこれっぽっちも考えていません。なにしろ私が楽をしたいだけですからね。社会貢献したところで別に家族が幸せになる訳でもありませんし、私のお腹が膨れる訳ではないのですからやる意義が見出せません。皆無です。

 

「別に勉強なんて何歳でもできるだろ。従兄弟の邦義君なんて、もう二十代後半なのに毎年東大受験してるし」

「ア、アレは特殊なケースだし……」

「若いんだから今から何年かアイドルやって、その後に医者になっても遅くは無いだろう? むしろ元アイドルの女医なんていたら集客力も上がるかもしれないしな! むしろアイドルにならなきゃ医院継がせてやらんぞ!」そういって駄々をこね始めました。

 

 どう控えめに申しましても、両親揃ってアホです。こういうのって娘がアイドルになりたがるのを親が必死で止めるのが普通ではないのでしょうか。ほら、アイドルなんて夢見てないで地に足付けて堅実に生きて行きなさいとか言わないんですかね。

 なにぶん前世では普通の家庭というもので育ってはいなかったのでよくわかりませんけど。

 

 ともかく事態は悪化の一途を辿っています。開業医を継げなくなるのは私にとって致命傷です。

 私が14年間暖めてきた崇高かつ高尚なライフプランがこんな馬鹿馬鹿しいことで瓦解しかねません。ならアイドルになるかと言われてもその道は絶対にありえません。

 

 だって奥様! アイドルですよっ! アイドルっっ! 私は累計年齢では50歳のオジサンですよ? そんなヤツがフリッフリした可愛い服を着て、全世界にその痴態を晒すんですよ? 誰がどう考えても狂気の沙汰としか思えません。

 

 この事態を何とかして打開できる策はないか少ない脳みそを必死に活性化させて考えたところ、とっておきの妙案が浮かびました。ソファーでテレビを見ていた朱莉に駆け寄ります。

「ねぇ、お姉ちゃんがアイドルになったら、朱莉とは中々一緒にいられなくなっちゃうんだよ。朱莉はお姉ちゃんと一緒に居たいよね?」

 

 すがるように問いかけます。あのアホ達は朱莉には弱いのです。朱莉が嫌だと言えばこの下らない論争にも決着が付くでしょう。

 何せお姉ちゃん大好きっ子になるよう私が長い間手塩にかけて仕込んだ(洗脳とも言います)のですから、離れたくないと言ってくれるに決まってます!

 

 朱莉はちょっと悩んでから答えました。

「おねえちゃんがいないのはさみしいけど……。でもおねえちゃんに、アイドルになってほしい!」

「わかった! お姉ちゃん、アイドル頑張るからね!!」

 朱莉は100点中100万点の笑顔でした。歯向かえるわけないじゃないですか。もう。

 

 

 

 翌日の目覚めは意外なほど快適でした。私の理想とする植物の心のような平穏な精神です。

 昨日の夜は思いのほかテンパっていて頭から抜け出ていたのですが、あのアイドルオーディションには二次面接審査があるのです。

 

 こんな簡単なことにも気が付かなかったなんて、私も両親に負けず劣らず相当のアホですね。要は面接で落ちればアイドルなんて水商売(人気に大きく依存し、収入が安定しない仕事のことです)はやらなくてよいのですよ。うぷぷぷ。

 

 この体は見てくれだけはそれなりですから、審査員もそれにまんまと騙されてしまったのでしょう。全く嘆かわしいことですね、人間は外見よりも中身が重要なのですよ。

 面接審査さえしてもらえばこの汚水が溜まったドブ川のように醜い中身を敏腕審査員がまるっと見抜いてくれるはずです。

 むしろそうじゃないと超困ります……。

 

 

 

 

 

 


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