ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第14話 灰かぶり姫と瀕死の魔法使い

 ヤバいです。

 彗星が、灰かぶり姫の乗る馬車の車輪によって粉微塵(こなみじん)にされそうです。

 

 シンデレラプロジェクト。

 情報通の菜々さんに教えてもらうまで、私はその存在すら知りませんでした。

 346プロダクションのアイドル事業部が始まって以来最も大きなプロジェクトであり、現在も水面下で準備が進んでいるとのことです。

 

 何でも『女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクト』で、スカウトやオーディション等で発掘したアイドルの卵達を、幅広いジャンルで活躍できるアイドルに育て上げることを目標としているそうです。

 しかもメンバーは総勢14名の予定であり、その大きさはビグザム並みに馬鹿げた規模です。

 採用活動も内々に進んでおり、既に何名かは内定しているとの話でした。

 

 会社として非常に力を入れており、スタート時の環境ですらコメットとは比較になりません。

 なんと最初から専用のプロジェクトルームが与えられているそうなのです。

 しかも驚くべきことに30階のあのフロアです。あそこは346プロダクション新館の中でも一、二を争うほど良い環境です。

 

 新婚のプレゼントとして、芦屋や田園調布等の一等地に新築の戸建住宅を建ててもらうくらいの優遇っぷりでしょう。

 一方、コメットのプロジェクトルームはボロい資料室です。例えるなら過疎地域にある築50年の公団住宅です。格差社会ここに極まれり。

 

 これでコメットの立場はデビューミニライブ前に逆戻りです。いや、状況はより悪化していると言えるでしょう。

 アイドルのお仕事が有限である以上、シンデレラプロジェクトのお仕事が増えればコメットのお仕事は減らされるはずです。たとえ減らされないとしても、良いお仕事はシンデレラプロジェクトへ優先的に割り振られると思います。

 

 所詮(しょせん)この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死にます。それはアイドルの世界であっても同様でしょう。

 ランクが違っていれば事情は変わってきますが、コメットもシンデレラプロジェクト同様アイドルの卵の寄せ集めですし、人気・知名度共に両者の間に差はあまりありません。完全に競合相手になります。

 上手く共存できればいいですが、ここまで似たプロジェクトである以上現実的には難しいのではないでしょうか。シンデレラプロジェクトがケンシロウならコメットはジャギです。兄より優れた弟は存在してしまうのです。

 

 『おててつないで、みんなでならんでゴールイン! みんなやったね、いっとうしょう!』といった最近の運動会のような優しい世界には、天地がひっくり返っても絶対になりません。

 どうしてもそんな世界がよろしければ、是非二次元か共産主義国家にでも移住されることを強くお薦め致します。まぁ現世の共産主義国家も前世に劣らず腐臭がするくらい腐敗していますけど。

 

 更にマズいことに、向こうの担当P(プロデューサー)は武内Pでした。

 強面(こわもて)で最初お会いした時はそのスジの人かと思いましたが、話してみると丁寧な物腰の方で中々の好印象でした。346プロダクションの社員も皆、武内Pの手腕を非常に高く評価しています。出世街道まっしぐらなベジータ並みの超エリートです。

 サイバイマン程度の力しかないウチの犬っころでは、到底太刀打ちできません。どうあがいても絶望です。

 

 せめてコメットがブルーナポレオンやセクシーギルティ(共に346プロダクションの人気アイドルグループです)等と同じくらいの地位を築くまでは待って欲しかったですが、こうなった以上それは言っても仕方がありません。

 ビジネスには不確定要素がつきものです。しかし、身内から背中を刺されるとは思いもしませんでした。やはり会社なんて信用してはいけませんね。初めてのホワイト企業なので完全に油断していましたよ。

 

 

 

「……はぁ」

 レッスン後ティータイムでも、シンデレラプロジェクトのことが頭から離れません。思わず溜息が出てしまいます。

「あの、朱鷺さん、大丈夫ですか?」

 不安そうな表情のほたるちゃんから、そんなことを言われました。

 

「だ、大丈夫ですよ! ほら、元気、元気です!」

「……ボクにはそうは見えないけどね。何か困った事があるなら、ボク達に相談して欲しいな」

「本当に問題はありませんから、心配しないでいいですよ……」

「あまり無理しないでください……」

 乃々ちゃんにまで心配されるとは深刻です。幸い、この三人にシンデレラプロジェクトのことは伝わってないようなので、今のうちに情報を整理して対策を立てなければいけません。

 

 とりあえず、シンデレラプロジェクトとコメットの今後について、あの犬畜生に詳細を問い(ただ)しましょう。そう思って彼宛にメールを発信しました。

 メールの文面は『親愛なる犬神P様へ。シンデレラプロジェクトについて伺いたいので、今晩は空けておいてくださいね♪ もし逃げたら地の果てでも追いかけて必ず(しょ)す』にしておきました。

 

 

 

「……乾杯」

 本日も鳥華族です。ジョッキグラスを軽くカチンと当てるとウーロン茶を少し口に含み、静かにテーブルに置きました。

 楽しげな喧騒(けんそう)の中、離婚調停中の夫婦のような重い空気が私達の席に漂います。他のお客さんや店員さんは(おび)えてしまって近づいてもきません。全て私のせいなんですけど。

 

「……つまむもの、頼もうか?」と犬神Pに訊かれたので「要りません」と即座に返しました。

 そして一呼吸置いてから続けます。

「シンデレラプロジェクトについて教えて下さい」

「……どこでその話を聞いたんだい?」

「貴方は会話が成り立たないアホなんですか? 質問文に対し質問文で答えるとテストで0点なんですよ、お馬鹿さん」

 満面の笑みで返すとそれ以上は追求してきませんでした。菜々さんに不利益を与える訳にはいかないので、うやむやにするしかありません。

 

「あのプロジェクトの存在は、346プロダクションの中でも最重要機密なんだ。君達にも黙っていて本当に済まなかった」

「それは別にいいです。Pとは言っても所詮(しょせん)はサラリーマンなんですから、企業秘密をペラペラと(しゃべ)る訳にはいかないでしょう。それよりも、シンデレラプロジェクトとコメットの関係性を教えて下さい。

 同じアイドル事業部で似たようなプロジェクトがほぼ同時期に発足するなんて、偶然とは思えません。何かしら関係があるんでしょう?」

 

 犬神Pは観念した様子で自白しました。

「コメットは元々シンデレラプロジェクトの先行試験として企画されたプロジェクトなんだ。あの巨大プロジェクトをいきなり始めて、万一失敗したら取り返しが付かないからね。

 まずシンデレラプロジェクト同様、素人のアイドルの卵を集めてグループを作る。そして年末にデビューさせて、(あらかじ)め確保した様々な仕事を与えてみる。その仕事の成否を分析してシンデレラプロジェクトにフィードバックしようと考えたんだ」

 

 ああ、そういうことだったんですか。確かに理にかなってます。メーカーと同様、新製品のために試作品を用意して色々とテストをしようという意図だったんですね。

 コメットはシンデレラプロジェクトを成功させるために生み出された存在ですか。出来た時点で当て馬兼かませ犬兼捨て駒とは、負け犬気質の私が所属するグループらしいです。

 我々は精々(せいぜい)、灰かぶりをお姫様に変身させる為に用意された『脇役の魔法使い』といったところでしょう。何とも滑稽(こっけい)で、思わず笑いがこみ上げます。

 

「なるほど。コメットは本来そういった位置付けだったんですか。それがデビューの延期で見事に存在意義を失ったと」

「ああ、そうだ。そのせいで346プロダクションの中でコメットの立ち位置があやふやなものになってしまった。予定では年末年始の猛プッシュで人気と知名度は今よりもあるはずだったんだ。シンデレラプロジェクトともランクが違うので競合しない予定だった」

 

 実際には完全に被りました。同じようなグループでも、期待を一身に背負った輝かしいプロジェクトと出来損ないのプロジェクトでは比較になりません。会社が限られたリソース(資源)を今後どちらに割くかは確定的に明らかです。

 

「それで、そのあやふやなコメットは今後も存続できて、ちゃんとしたお仕事を貰えるのでしょうか? 気休めや希望的観測ではなく、客観的な事実を教えて下さい」

 これが一番の問題です。私はコメットとして四人でアイドル活動がしたいんです。

 あの三人──私にとっての『第二の家族』と一緒に活動できるかが、最も重要なんです。

 

 犬神Pが重い口を開きました。今までに見たこともないくらい深刻な表情です。

「正直、存続について確約はできない。今西部長が頑張ってくれているけど役員間で色々な意見が出ているんだ。もちろん、このままグループでやらせようと言ってくれる人もいる。

 一方、シンデレラプロジェクトに注力するためにも、似たコンセプトのコメットは解散してソロに転向させるべきだと強く言ってくる奴らもいるんだ。

 色々な意見が出ていて、アイドル事業部の統括重役はどちらに進むべきか判断に迷っている状況なんだよ」

 

 

 

 〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。

 犬神P、暴力はいいぞ!!

 

 余りの憤怒(ふんぬ)で、手にしていたジョッキグラスを粉々に握り潰しました。原形ないです。

 

 ガラスの破片と茶色の液体が勢いよく周囲に飛び散りました。

 店員さんが慌てて飛んできて手際よく後処理をします。グラスが不良品だと勘違いしたのか必死に謝罪頂きましたが、非はこちらにあるので「お気になさらずに」と言ってその場を収めました。完全に営業妨害なのでお店には本当に申し訳ないです。

 一部始終を見ていた犬神Pは終始引き()った表情でした。文字通り顔面蒼白です。

 

 物騒な考えが一瞬頭をよぎりましたね。これでは完全にアミバ(悪党)じゃないですか。危うくアイドル失格でした。いけません、危ない危ない危ない……。

 私はアイドル、私はアイドル、私はアイドル……。自己暗示によりなんとか冷静になりました。おれは しょうきに もどった!

 

「それで結論は出たんですか」

 とても怖いですが、確認しないという選択肢はないので尋ねました。

「い、いやぁ、まだだよ。とりあえずシンデレラプロジェクトが本格的にスタートするまで様子見することになった。要は先送りだよ。全く、勝手な連中さ」

 犬神Pが吐き捨てるように言い放ちました。本当に同感です。人生を左右しかねないことを当人達に相談なく決めないで頂きたいです。もし刑法第199条がなかったら役員共のお命は危うかったでしょう。

 

「会議ばかりやって大事なことは何も決まらないとか、深刻な大企業病ですね。そのおかげで延命できたので文句は言えませんけど。それで、犬神Pとしては今後コメットをどうしたいのですか」

「もちろん現在の形で存続させたいと思っているさ! 俺は最初から、君達四人なら絶対にトップアイドルグループになれると確信しているからな。

 こんなところで潰される訳にはいかないから、死ぬ気で仕事を取って人気を上げて生き残りを図る。俺みたいなペーペーは信用できないかもしれないが、それでも信じて欲しい」

 

 そう言って私に頭を下げてきました。

 犬神Pのコメットに掛ける情熱は本物です。一メンバーとして、その気持ちはとても嬉しく思います。ですが情熱だけではどうにもならないのが現実です。

 正しいことをしたのに、負けて無様な敗者として(おとし)められたケースなんてこの世の中にはごまんとあるのですから。幕末の会津藩が良い例です。結局のところ勝てば官軍、負ければ賊軍です。

 

 そして犬神Pの態度から察すると、存続側の形勢が不利であることは明白でした。

 こうなると何よりも心配なのはコメットの三人です。

 希望と絶望は表裏一体です。希望が輝けば輝くほど、絶望に落ちたときのダメージは計り知れません。人間は上げてから落とされるのが一番辛いのです。

 

 ほたるちゃんはだいぶ明るくなってきたのに、このままコメットが瓦解(がかい)したらまた自分を責めてしまい、不幸な少女に逆戻りしそうで本当に心配です。

 乃々ちゃんは元々アイドル活動に積極的ではないので、ソロになったらひっそりと引退しそうです。アスカちゃんだって中二病キャラのままソロでやっていけるか未知数ではないでしょうか。

 私だって、まだ終わりたくない……。もっとこのメンバーで活動がしたいです。

 

「このこと、あの三人にはどう伝えるつもりですか? それとも最重要機密だからといって黙っておくつもりですか」

「いや、皆に関係することだからいずれ言おうとは思っていたんだが、タイミングが難しくてね」

「では頃合いを見て私から伝えますので、お任せ下さい」

「……そうして貰えると助かる」

 

 嘘をつきました。

 あの三人を悲しませる情報を伝える訳にはいきませんから、この件は私の胸に留めておきます。これぞ『レッスン後ティータイム』と『コメット首脳会議』の裏の特性──情報の隠蔽(いんぺい)です。

 皆を命懸けで護ると誓った以上、リーダーの私が頑張って解決するしかありません。

 

 本当ならこのことを皆に打ち明けて、四人で協力して会社に対抗するのが正しい選択でしょう。社会人経験は長いですから、報告・連絡・相談の大切さは重々承知しています。

 ですが、どうしても彼女達を悲しませたくないんです。例え悪手(あくしゅ)であっても、独力で何とかする以外の回答はありませんでした。救い難い愚か者だと自分でも思います。

 後で菜々さんにも、シンデレラプロジェクトに関する情報の口止めを依頼しておきましょう。

 

「これはお願いなんだが、武内Pやこれから採用されるシンデレラプロジェクトのメンバーを恨んだり、嫌いになったりはしないで欲しい。彼らに悪意がある訳じゃないんだからね」

「そんなことは当然です。彼らは自分の仕事を全うしようとしているだけなんですから、恨んだりはしませんよ」

 シンデレラプロジェクト自体は良い企画だと思いますから、ケチをつけるつもりはありません。まだ顔も知りませんが、メンバーの皆さんには是非頑張って欲しいと心から思います。

 悪いのは346プロダクションの役員共です。

 

「はぁ……」

 二人で深いため息をつきました。お通夜を通り越して、もはや人類滅亡前夜です。

「もしコメットが解散させられたら、腹いせに全世界を世紀末にしてやりましょうか」

「世紀末……?」

 犬神Pが怪訝な顔をしました。言葉の意味はわからないでしょう。

「フフッ。ただの冗談です」

 そう、ほんのジョークですよ。今のところはね。

 

「それじゃ。帰り道気をつけて」

 お店から出た後犬神Pが駅まで送ってくれましたが、道中はお互い言葉少なでした。ただ犬神Pと今西部長はコメットの味方だとわかったので、それはほっとしました。

 

 

 

 電車から降りて家までの帰り道の途中、ふらふらと公園に立ち寄ってベンチに座ります。

 ふと夜空を見上げると満天の星空が輝いていました。どの星も綺麗です。

 北斗七星に寄り添うように、小さくて綺麗な星が光っていました。

 

 あれ? 大きな星がついたり消えたりしています。あっはは。大きい! 彗星かなぁ? いや、違う。違いますね。彗星はもっと、バァーッて動きますもん。

 寒いなぁ、ここ。うーん……。暖かい所に入れないのかな? おーい、入れて下さいよ。ねえ!

 

 ふふふ。しかしコメットとは、何と皮肉の利いたグループ名でしょうか。

 一瞬(デビュー)だけ輝いて、彗星のように爆発四散することが運命付けられたグループなんて本当に傑作です。第三者から見たら抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)でしょう。

 

「そんなこと、この私が断じて許しません。私から家族を奪おうとするなんて、絶対に」

 静かに、はっきりと呟きました。こんな絶望に負けてたまるものですか!

 

 シンデレラプロジェクトは今春頃には本格的に始動するそうです。

 本日は2月10日なので、約二ヵ月の猶予(ゆうよ)があります。それまでの間にコメットの人気を急上昇させれば、会社としても解散を見送らざるを得なくなるでしょう。 

 人気を上げるためには、まず知名度を上げる必要があります。神ゲーでも知名度が低くて売上が伸びなかったケースは枚挙(まいきょ)(いとま)がないのです。『悪名は無名に勝る』と言われますので、どんな形でも目立って有名になれば風向きが変わるはずです。

 

 そして私は幸運なことに、私自身の知名度を高めるための手段を既に持っていました。私の知名度が上がれば、所属するグループであるコメットの知名度もそれにつられて上がるでしょう。

 『過程』を飛ばして良い『結果』だけを手に入れようとするのは私の主義には反します。地道にコツコツ努力することが私のポリシーです。ですが事ここに至ってはそんな生易しいことを言ってはいられません。

 

 一生公にはしたくありませんでしたが、仕方ないです。人生なんて大抵想定外なのですからね。もう覚悟を決めるしかありません。

 星空を眺めながら、私はごく冷静に、重大な決断を下しました。

 

 

 

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』──『北斗神拳』を使わざるを得ない、と。

 

 

 

 


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