ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
オーディション応募、採用やプロジェクトについての裏話的な番外編です。
第1章のネタバレを強く含みますので、先にそちらをご覧頂くことを強くお勧め致します。
ほのぼのコメディ成分は薄めで若干シリアスなので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
殆どの照明が消えた会社内で、自席の電灯とパソコンのモニターが煌々と輝く。
今日は終日面接だったので、日中やらなければならない仕事が夜に後ろ倒しになってしまった。面倒な事務業務をようやく処理し、後はあの子の採用稟議を作成するだけとなっていた。
その前に一旦休憩とした。犬神と書かれた自分のネームプレートを机の引き出しに閉まった後、自室を出てオフィス内の自動販売機に向かう。愛飲しているエナジードリンクを購入し、真っ暗な休憩室のベンチソファに浅く腰掛けた。
ようやく最後の一人を見つけることができた。今週末が会社から通達されていたタイムリミットだったので、ぎりぎりセーフといったところかな。
自分の実力的に時期尚早だとは思いながらも、武内P(プロデューサー)に少しでも近づきたいと言う理由から新プロジェクトのPとして立候補したが、既に結構な時間がたってしまった。
武内Pは俺の先輩で、心の師匠とも言える存在だ。
俺は346プロダクションに入社した当初は音楽事業部への配属を強く志望していた。志望とは異なり新興のアイドル事業部に回された時はどうしようかと途方に暮れていたが、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで1ヵ月もの間武内Pの補佐につき、この仕事の基本と魅力を教えてもらった。
ついでに、警察と警備員への対応の仕方も。
彼は強面で口数が少ないのであらぬ誤解が起きやすいが、実直で誠実な性格で現場からの支持が厚い。悔しいが正直今の俺では彼には及ばないし強力なコネクションもないので、より多くの経験を積んで実力を磨きたいという気持ちが強くあった。
そのため、この新プロジェクトを成功させて少しでも彼に近づこうとしたんだ。
四人組グループのメンバーのうち、二宮さん、森久保さん、白菊さんの三人は意外な程すんなりスカウトすることができた。
俺はPとしてはまだまだ経験が浅いが、あの三人はいずれもトップアイドルになる素質を十分に持っていると感じる。ただ、強い個性が逆にその足を引っ張りかねず、単独でその力を完全に発揮するのは難しいと思う。
支え合える仲間とよき理解者がいるグループでこそ、100%の力で輝けるという確信がある。
浅いなりにPをやってきた俺の持論だが、どれだけ親しくなってもPとアイドルは対等な仲間にはなれないと思う。Pはアイドルを正しい方向に導く灯台にはなれるが、その方向に向かって手を取り合って、並んで向かっていく仲間ではないなと感じる。監督は、選手と一緒に汗を流すことは許されないのだ。
そしてこのプロジェクトでは、対等な仲間としてあの三人を支え、彼女たちを繋げるまとめ役が絶対に必要だった。
三人目までは順調に勧誘できていたので完全に調子に乗っていたが、メンバー探しはここからが本当の地獄だった。よくよく考えてみれば、そんな都合の良い人材が簡単に見つかるはずはない。
アイドル志望の子の多くは思春期の難しい年頃の少女で、自己主張が強い。自分が前に出たいと考える子が大多数だし、そうじゃない子も自分の事で手一杯だ。
他のメンバーに気を配る余裕があり、なおかつ地味で苦労するまとめ役を引き受けられるような子はいなかった。
そんな感じでメンバー探しが座礁しかかっていたところ、先日書類審査にパスした子の母親から俺宛に電話があった。話によると、娘に黙って応募したことを謝罪したいとのことだった。
親や姉妹や友達が本人に黙って勝手に応募するケースは別に珍しくもないので謝罪はいらないと伝えたが、母親の話を聞いていてその子に興味を持った。
なんでも小さい妹の面倒を含め家の手伝いは完璧であり、学校の成績も学年で必ず三位をキープする優等生で、家族にはとても優しい世界一の娘らしい。だが、逆に家族以外の人には殆ど興味を示さないとのことだった。
学校の友達も一見仲良くしているように見えて必ず一定の距離を保っており、本当の意味で親友と呼べる存在はいないそうだ。
そして普段はジャージ姿でおしゃれもせず、ぐでたまですら「やべえよやべえよ……」と言って猛ダッシュで逃げ出すほどぐで~っとしているらしい。
もしくは、ガチギレしながらレトロゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)をやったり、さきイカや鮭とばをつまみながら死んだ魚のような目でB級映画を鑑賞していたり、テレビの競馬中継を見ながら黙々とガンプラを作っているとのことだった。
正直『お前のような女子中学生がいるか』と思った。こんなのゲームやプラモ等が好きなただのおっさんじゃないか。干物娘を通り越して既にミイラ化している。もし事実なら親が心配するのも当然だろう。
俺だってこんな娘がいたら、ちゃんと就職や結婚ができるのか不安で夜も眠れなくなるはずだ。
顔写真を改めて見ると一見寡黙で清楚な深窓の令嬢と言った感じで、14歳には見えない美少女だったので、まるでイメージが違う。
その子の両親は彼女に対し、友達と仲良くなったり外の世界に出て行ったりするよう必死になって何度も繰り返し説得したそうだが「大丈夫大丈夫。ヘーキヘーキ」と鼻で笑って全く取り合おうとしていないらしい。
このままでは取り返しがつかなくなる可能性が非常に高いので、ショック療法として半ば無理にでもアイドルになってもらい、色々な人と交流して社交的になって欲しいとのことだった。
その子の母親は「娘のためになるのなら、私はあの子から深く恨まれても構いません」と言っており、結構思いつめた様子だった。噂に聞く毒親のように娘の人生を私物化している訳ではなく、純粋に心配をしている様な印象を受けた。
そのあたりの事情は家庭内でよく話し合って解決した方が良いのでは? と思ったが、同年代の他の子にはない強烈すぎる個性が光っており、唯一無二なキャラクターだったので、予定通り面接に進んでもらうことにした。
そして二次面接試験となったが、面接前にその子の母親から「娘には自身の履歴書を見せておりません」との連絡があった。
何でも事前に履歴書を見せてしまうと完璧な想定問答を作り上げ、つまらない返しをして面接に落ちようと必死に頑張るらしい。その偽りの仮面を粉々に叩き割って素の彼女を表に引きずり出すためにもアドリブで受けさせるという。
その子の母親はおっとりとした口調でとても優しい印象だったのでギャップを感じたが、やはりお医者様ともなるとこれぐらいの抜け目の無さは備えているものなのだろう。
ちょっと可哀想ではあったが、こちらもその方が個性を知ることができるので、特に反対はせず予定通り面接を開始した。
面接室の中から「次の方どうぞ」と声をかけると、ノックの後きっちりとした所作で入室して俺に一礼し、そのまま着席した。顔写真ではわからなかったがかなり背が高く、上品な感じの美少女だった。
「初めまして、こんにちは。私は346プロダクション アイドル事業部の犬神です。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」と言って軽く会釈した。
「七星朱鷺と申します。こちらこそお時間を割いて頂きありがとうございました。本日はよろしくお願い致します」
そう言って笑顔で返してきた。七星さんの母親が言っていたような人物とは到底思えなかった。
その後、履歴書に従っていくつか質問をした。趣味とか明らかに罠だろうと思われる内容も多数含まれていたが、七星さんは決して笑顔を崩さず理路整然と回答したので驚いた。これぐらいアドリブが利けば、輿水さんの様にバラエティでも活躍できるかもしれない。
大人びていてしっかりしているので性格に問題はないように感じたが、少し気になる点があったため履歴書以外の質問をしてみた。
「それでは次の質問です。もし、他人と貴女の家族のどちらかの命しか助けられない場合、貴女はどうしますか」
「家族を助けます」
「他人の方はどうします?」
「見捨てます」
「……助けようとは?」
「助けられないという前提でしたので全く考えませんでした。申し訳ございません」
家族を優先するのは人間として当然だが、他人を見捨てると笑顔で躊躇なく言い切るのはだいぶドライだなぁという印象を受けたので、もう少し突っ込んで聞いてみた。
「その他人が一人ではなく一万人でも、家族の命を優先しますか?」
「はい。家族と他人では比較する対象にはなりえません。私は私の大切な三人の家族を助けます」
こういう質問では、例え家族を優先するにしても、普通はほんの僅かでも迷ったりするものだ。せめて、他に助ける方法はないかとか、その一万人はどんな人なのか等の疑問は涌くだろう。
未成熟な中学生の女の子であればなおさらだが、彼女は一遍の迷いもなく『なぜこの人はそんな当たり前のことを訊いてくるのか』といった感じで返してきた。
「では、お母さんと妹さんのどちらかの命しか助けられない場合、七星さんはどうしますか」
「どちらかしか助けられないなんてありえません。私なら二人とも助ける方法を、この命に懸けて必ず見つけ出します」
「それでも、どちらか選べと言われたら?」
「……私には選ぶことはできません。ただ、一人で逝くのはとても寂しかったので、私は亡くなる方と一緒に逝きます。この命はおまけみたいなものですし」
七星さんはそれまでの笑顔を崩し哀しそうな表情を浮かべて答えた。なんでおまけと表現したかその真意はわからなかったが、自分の命を軽く見すぎだ。命は投げ捨てるものではない。
「それでは、どちらも他人だったとしたらどうします?」
「命は平等なので、コイントスか何かで決めます」
家族の時の回答とは大違いだ。七星さんは他人の事には関心がないが、自分の事を本当に慕ってくれたり心から愛してくれる人は文字通り命を懸けて護るのだろう。確かに、七星さんの母親から聞いたとおりだった。
その後の志望動機トラップでの号泣で、愛情のバランスが偏っていることを再確認した。
先ほど少しネットで調べてみたが、幼少時に両親から無視されたり、過酷な労働環境で長い期間働いていたりすると、精神的に不調になってしまうことが多いらしい。
しかし、七星さんの母親と話していても家庭に問題はなさそうだし、働いている訳もないので、なぜ彼女の愛情のバランスに偏りが生じているのかがわからない。
俺は精神科医ではないので只の妄想でしかないが、たぶん彼女は人から拒絶されることを何よりも恐れているのだと思う。そのため、他人に対しては一定の距離をとろうとするのだ。そもそも、関わり合わなければ拒絶すらされないのだから。
一方で、家族の様に自分を拒絶せずに愛してくれる人に対しては、常人の二倍や三倍以上の愛情を以って接するのだろう。これが七星さんの本質ではないかと勝手に推理してみた。要は、人一倍愛情に飢えている臆病な女の子なんだ。
七星さんの存在はかなり異質だ。ある種の『毒物』と言ってもいい。しかし『毒も転ずれば薬になる』と言う言葉もある。
だからこそ七星さんを新プロジェクトに上手く巻き込めれば、家族と同じようにグループの仲間を深く愛し、仲間のために調整役として一生懸命働き、仲間から愛される存在になれると思う。
七星さんがグループの皆を仲間と認定してくれるかという心配は確かにある。だが、あの三人は皆とても優しくて真っ直ぐな子達なので、七星さんの事を好きになってくれるに違いない。だから七星さんもその好意に全力で応えようとするだろう。
俺は昔から人を見る目に関しては少しだけ自信がある。あの四人ならウマが合いそうな気がするから、きっと上手くいくはずだ。
また、七星さんは役割を与えられると、任せられた役割を果たすよう全力で取り組むらしい。
だからグループのリーダーに任命し、皆をまとめて積極的に引っ張っていってもらう予定だ。
都合がいいようだが、七星さんにはあの三人の間を上手く取り持つ役割を果たして欲しい。
それにどんなに苦しくても、悲しくても、生きる上では家族以外の愛も必要なんだ。
あの三人や他のアイドルと交流して仲良くなったり、ファンから暖かい応援を受けたりすれば、七星さんが抱える歪みは自然と解消されるかもしれない。
なにしろアイドルとは『人から愛される仕事』なのだから、七星さんにとって正に天職だろう。そして愛してくれる仲間やファンの期待に全力で応えるに違いない。
七星さんにはアイドル活動を通じて、彼女が本来持っている真っ直ぐな「愛をとりもどせ!!」と言ってあげたい。いや、これは俺の勝手な妄想なので心の中にしまっておこう。
グループに巻き込んだ以上、俺も担当Pとして精一杯七星さんの支援をしていかなきゃな。
でも本当に四人目が決まってよかった。何しろ今週迄に決まらなかった場合、新プロジェクトを永久凍結させる予定だったのだから。
失敗が確実なプロジェクトに将来有望なアイドル候補を巻き込むわけにはいかない。
といってもこれは当初『
その上永久凍結なんてやらかしたら、ただじゃ済まないだろう。
一応
どうせ一度は死んだ身。死ぬ気になって働いて彼女達を必ずトップアイドルに導いてみせる! と改めて誓い、自分のオフィスに向けて歩き出した。
ご一読頂きありがとうございました。
主人公は『トキ』という名を冠したキャラクターなので、当然の権利のように病んでましたという補足回でした。
不評でなければ第2章も投稿予定ですので、お付き合い頂ければ幸いです。