ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:戦犯
裏側触った時火傷するかと思いました。
「はぁ・・・なにやってるんだろ、僕」
逃げ出した日の夜、シルが働いていた店へと足を進めているベルはそう声を漏らした。
あそこで逃げたのは流石に非常識すぎる。少し前の自分を殴りたくなった。
(気にしてても仕方ない・・・か。とりあえずいっぱい食べて元気だそう!お金には困ってないしね)
そう思いながらたどり着いた店は、豊穣の女主人というらしい。昼とは比べ物にならないくらいの客で賑わっており、冒険者たちの笑い声が響いていた。
そんな店の様子にあっけに取られて立ち尽くしていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ベルさん!来てくださったんですね!」
その声の聞こえてきた方を見てみると、二日前に会った鉛色の髪の少女がいた。
「シルさん、すいません!昨日は少し忙しくなってしまって・・・」
「お気になさらないでください!さあ、どうぞ中へ!」
「あ、シルさん!お弁当ありがとうございました!」
中へと足を進めようとしたシルに一昨日に貰った弁当の箱を渡す。
勿論、中は綺麗に洗ってある。
「いえいえ、喜んでいただけたのなら幸いです!では、ここでちょっと待っていて下さいね」
案内されたカウンター席で座っていると、カウンターの中にいた恰幅の良い女性がシルと少し話した後にこちらへと向かってきた。
「あんたがシルの言ってた冒険者かい?アタシはミア、この店の主人だよ!何でもえらい大食漢らしいじゃないか、どんどん食べておくれ!注文は何にするんだい?」
「へっ!?」
告げられた身に覚えのない情報にハッとしてシルの方を見ると、頭の後に手を当て、てへっと言わんばかりに小さく舌を出していた。
やられたな、と苦笑しながらメニューを見ればそこには様々な料理が並んでいた。
どちらかというと山の方に住んでいるベルにとってあまり馴染みのない魚介類であったり、見たこともないようなものも多く、どれにしようかな?と悩んでいるとシルが横から
「悩んでらっしゃるのなら今日のオススメはいかがですか?少し割高ですが、味は保証しますよ!」
そうメニューを指さして言うシルの言う通り、850ヴァリスと他のものに比べて少し高めではあったが、そのアドバイスに従ってそれを注文することにする。
「あいよ!飲み物はどうする?酒にするかい?」
にやりと笑いながらそう言われてベルは再び悩む。
オラリオには特に飲酒に年齢の制限がある訳では無いが、今までベルは酒に手をつけた事はない。
(何事も挑戦・・・かな?)
そう結論付けたベル半ばやけくそ気味に答える。
「お願いします!その、初めて飲むのであんまり強くないやつを・・・」
「あいよ!ちょっと待ってな」
厨房へと戻っていくミアから目を外して周りを見渡せば、様々な装備に身を包んだ冒険者たちが種族を問わずに入り交じって騒いでいる。
(ファミリアの食堂も落ち着いた感じでいいけど・・・こっちの方が楽しいな)
また来よう、と思っているとドンッ!と目の前に大皿とジョッキが置かれた。
お酒はともかくその料理は・・・非常に多かった。
「おお・・・」
「お待ち!蜂蜜酒に今日のおすすめの魚介パスタだよ!たらふく食っていっておくれ!」
そのあまりのボリュームに圧倒されながらもベルはまず酒に手をつける。
カッと喉を通る熱さに、ほのかな甘さが鼻についた。
続けて手をつけたパスタもまた美味で、ベルはしばらく無言になって料理を貪り続けた。
「どうです、楽しまれてますか?」
エプロンを外しながら隣の席に座ったシルが訪ねてくる。
「ええ、とっても。料理もですけど、この店の雰囲気というか、騒がしさというか・・・」
「まあ・・・奇遇ですね!私もなんです!知らない人とお話するのが趣味というか・・・心が疼くというか・・・」
「あはは・・・結構すごい事言うんですね」
流石にそこまで大それた感想を言うつもりは無いが、心のどこかでベルは同意していた。
その後も、しばらく談笑していると再び店のドアが開かれた。
「ご予約のお客様、ご来店にゃ!」
(お酒って美味しいんだな・・・)
「・・・!おい見ろ!」
「ん?おお、えれえ上玉だな・・・」
「バカ、ちげえよ!エンブレムを見ろ!」
「・・・げっ、【ロキ・ファミリア】かよ」
ゴンッ!
「べ、ベルさん?どうかしましたか?」
「・・・いえ、気にしないでください・・・」
チビチビと酒を飲んでいたベルが急に机に顔面をぶつける勢いで机に突っ伏したことに戸惑いの声を上げるシルだったが、入ってくる【ロキ・ファミリア】のメンバーを見て、ああ、と納得したかのように頷いた。
「うちのお得意さんなんです。なんでも主神のロキ様がいたくここを気に入られたみたいで」
「な、なるほど・・・」
おでこの傷と引き換えにどうにか顔を見られずに済んだベルはほっとして食事を再開する。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ!!」
そう言って食事を始めるロキたちを見て周りの客たちも止まっていた食事を再開していく。
その中に先程逃げ出してしまったアイズも混ざっているのを見て、謝罪をしにいくべきか悩むベルだったが、やめた。
今行っても雰囲気を壊すだけだし、なにより・・・気まずかった。
見られていないことを確認して少し残っていた食事を再開すると、狼人の青年、ベートが口を開いた。
「なあ、アイズ!そろそろあの話みんなに聞かせてやれよ!」
「あの話・・・?」
アイズの名前が出てきたことに反応してしまい、軽く聞き耳を立てようとしていると隣のシルから話しかけられる。
「そう言えば、ベルさんはどこの【ファミリア】に所属していらっしゃるのですか?」
「へっ?あ、ああ・・・実は僕も「あれだって、俺らが帰る途中で逃がしたミノタウロス!」・・・っ!」
「ミノタウロスって、十七階層で襲いかかってきたら集団で逃げていったやつ?」
「それそれ!奇跡みたいに上に上がっていってよぉ、俺達が必死で追いかけてたやつ!最後の一匹、お前が八階層で始末したろ?」
八階層、ミノタウロス、聞き覚えのある単語ばかりだ。それを決定づけるかのように最後のピースが放たれた。
「そこにいたんだよ、こないだ入ってきたヒョロくせえガキが!」
ーーー間違いない、僕だ。そう気づくのにそう時間はかからなかった。あの中にいる人にも誰のことかは見当がつくだろう。
震える拳に力が入る。爪が指に食い込むほどに。
そんなベルの様子に横で困惑させられっぱなしのシルすらも目に入っていなかった。
「ひいひい言いながら壁にへばりついっちゃってよ、情ねえったらありゃしねえ!フィンに期待されてようがあんな腰抜けじゃ話にならねえな!」
「いい加減にしろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んだベルを笑い、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
「おーおー流石エルフ様、誇り高いこった。けどな、そんな救えねえやつを擁護してどうする?雑魚を雑魚と言って何が悪い」
雑魚、それが今の僕の評価。
解ってはいても、いざ言われると心が壊れそうになる。
「アイズはどう思うよ?あんな情けねえ野郎。あれが俺達と同じ冒険者だって言うんだぜ」
「・・・・・・」
「あんなのが仲間なんて認めたくねえよなぁ?雑魚にかまってる時間があるなら自分を鍛えたいだろ、目付け役なんて
その言葉が、一番胸に刺さった。
「・・・シルさん、すいません。今日はもう帰りますね。あと、お願いしたいことがあるんですけど」
「だからあのガキと俺、ツガイにするならどっちがいいって聞いてんだ、ああん!?」
「ベート・・・君、酔ってるね?」
苦笑しながら言うフィンに、目線で五月蝿いと言いながらベートはアイズに答えを促すような素振りを見せる。
やれやれと思いながら同じようにアイズを見ると、
「・・・私はベルの方が好き、です」
そう答えたアイズに酒場内が騒然とする。
【ロキ・ファミリア】のメンバーもまた、その言葉にギョッとしていた。
「おっ、アイズたん大胆やな~!」
「ベート・・・ぷっ・・・」
「おい、今笑ったやつ出てこい!」
「それでアイズ、あの子のどんなところが良いの?」
ティオネがアイズにぶつけた質問に、周りの人達は少なからず耳を傾けていた。
先程その発言を引き出したベートも、その獣耳をぴくりと震わせて制裁を与えていた手を止めていた。
注目を浴びたアイズは戸惑うような素振りを見せた後にこう答えた
「・・・えっと、なんか可愛いから・・・?」
あっ、これ違うやつや・・・とそこにいた全員の意見が一致したのは、言うまでもなかった。
ある者はつまらなさそうに食事へと戻り、またある者は安堵の息を漏らしていた。
「ぐあああああっ!放しやがれ!くそ!」
「お前はお前で酔いすぎだ、馬鹿者」
「あっはっは!狼の丸焼き一丁ってか?」
先程暴れ回っていた仕置きとでも言うのか、料理の上に縄で縛られているベートを見ながら笑い転げているロキだったが、おずおずと後ろから声をかけられた。
「ロキ様、少しよろしいですか?」
「あぁ?お、シルたんか!どうした?」
「これをロキ様に渡して欲しい、とお願いされまして・・・」
そう言って差し出されたのは四つ折りにされた一枚の手紙だった。
何や?と思いながらその紙を開いたロキは途端に苦虫を潰したような表情になる。
「シルたん、これっていつ渡されたん?」
「つい先程ですが・・・」
「そうか・・・ありがとうな!」
「いえいえ!では、失礼します」
そうしてシルが去っていった後もロキの渋面は崩れることは無かった。
そんなロキを見たリヴェリアが「どうかしたか?」とロキに近づいていくと、ロキは無言で手元の紙をリヴェリアへと渡した。
疑問に思いながらも受け取ったリヴェリアも同じように表情を暗いものへと変えた。
『少しダンジョンに潜ってきます。明日には帰ると思います。
ベル・クラネル』
● ● ●
「はああっ!」
ーーー許せない。
アイズに憧れを抱いていながら、差を知りながら、それをどこかで仕方ないと受け入れていた自分が!
強くなるには、自ら手を伸ばすしかないというのに・・・
笑われ、侮辱され、あまつさえ擁護された自分が嫌になる!
どれほど時間が経っただろうか、着ていたアーマーはボロボロに、持ってきていたポーションも使い切ってしまった。
揺らぐ銀光をその身に宿しながらひたすらに進んでいたベルだったが、あたりのモンスターを一掃したところでついに限界を迎える。
ガクリと膝が落ち、目の前が暗くなっていく。
続いて襲ってきたのは激しい倦怠感。
(やばい・・・これって・・・)
つい昨日なったばかりの感覚だ、忘れるはずもない。
二度目となるその感覚に、必死に抗おうとする。
(精神・・・疲・・・弊・・・)
だが、そんな抵抗を嘲笑うかのように体から力は抜け、第九階層の小さなルームにて、ベルは意識を失った。
● ● ●
そうしてうつ伏せに倒れた白髪の少年。
それを待っていたと言わんばかりに壁は裂け、モンスターが産み落とされる。
「グルルルル・・・」
ソロで潜ることにおいて最も危険なこと。守ってくれる人がいない故に自分が動けなくなれば待っているのは死。
これまでもこうして多くの冒険者たちが命を落としてきた。
増長し、独りで潜った者。
仲間とはぐれ、あるいは見捨てられた者。
そして・・・少年のように自棄になって進んでいった者。
例外などない、それは当然の結果である。
口元を歪め、じわりじわりと少年へと足を進めるモンスター達。
その爪が、牙が、少年の首元へ触れそうになった時ーーー少女の声が響いた
「【
詠唱式こそないものの、それは少年と同じ魔法。
鈴を転がすような綺麗な声で紡がれた言葉に反応し、魔力が膨らんでいく。
その詠唱と共にに眩い光がそのルーム内を照らし尽くしていく。
何もかもを、照らすーーー
ーーーその光が晴れた時、ルームには二つの人影と、床に落ちた魔石しか残されていなかった。
少年に背を向けるように立っていた少女は振り返ると、長い銀髪を揺らしながら少年へと近づいて腰を下ろすと、窘めるかのように両手で頬をペチッと叩いた後に、慈しむように頭を撫でるのだった。
こうして残された二つの影。
独りでは決して救われなかった命。
偶然か、それとも必然か。運命の歯車は噛み合いながら、そのルームには再び、静寂が訪れたーーー