ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:戦犯
(どうしてこんなことに・・・!?)
黄昏の館の中庭にて、ベルは多くの視線にさらされていた。
好奇であったり哀れみであったり、その視線の持つ意味は様々だったが【ロキ・ファミリア】に所属しているほぼすべての団員が自分を見ている。そんな状況にベルはかなり焦っていた。
より正確に言うならば、ベルと、
「双方、準備はええか?じゃあベル対フィンの模擬戦、開始や!」
(・・・本当に、どうしてこうなった!?)
そうして時は今日の朝へと遡る・・・
ロキの部屋から逃げ出した翌日、ベルは一人でダンジョンへと赴いていた。
前日と違う点といえば、腰のポーチに入った数本の
そんなベルが今いるのは十階層。作りは八~九階層と変わらないが明かりは朝霧を連想させるような仄かな光しかあらず、霧も発生しているため見通しはあまりいいとは言えない。
しかし、昨日の経験のおかげなのか特に苦戦することもなかった。時には魔法も使いながら順調にモンスター達を倒し、目の前に広がるのは十一階層へと続く階段。
いざ、と前に踏み出そうとするベルだったが、今朝ホームを出る時にロキに今日は少し早めに帰って来て欲しい、と言われていたのを思い出す。
体感的にもだいぶ時間が経っていると思ったベルは進むのをやめ、踵を返す。
すると、振り返ったベルの目の前でビキビキッと壁が割れる。
割れ目はどんどん広がっていき中から出てきたのは三Mをも超える身長、茶色い肌に豚のような頭をした大型のモンスターであるオークだった。
(壁からモンスター・・・!?しかも、オークか!)
その数、なんと八匹。
幸か不幸か、今までそんな異様な光景に出会ったことがなかったベルは息を呑む。
十階層から出現するオーク。
ベルが今いるのも十階層であり、もちろんこれまでにも遭遇する事はあった。それでも今、目の前で起こった異様な光景がベルの反応を遅らせていた。
そうして生まれ落ちた豚たちは、本能とでも言うのか目の前で固まっている冒険者へと攻撃を始める。
「オオオォォ・・・!」
「くっ!?」
体格差より生まれるリーチの差に加え、多勢による攻撃にベルはたじろぐ。
圧倒的に経験が足りていなかった。一体一ならば苦戦することもなかったであろう相手にこんなに手こずるのは立ち回りがわかっていないからだろう。
連携を取るように周りをぐるりと取り囲むオーク達に、チラリと死の文字が頭をよぎる。
(冗談じゃない、こんなところで死んでたまるか・・・!)
仕掛けてきた一匹の攻撃をさっと躱し、胸の部分を一突き。
ガキンッと何が硬いものに当たったかと思うと倒れ、そのまま起きあがってくることはなく、その身を灰に変えていった。
(今のは・・・魔石?)
偶然にも現状の打開策を発見したベルは同じように他のオークを屠り、上へ上へと足を進めていくのであったーーー
しばらくしてベルが地上にたどり着く頃にはもう昼も回り、夕方にさしかかろうという時間帯だった。
「あいよ、32000ヴァリスだ」
「・・・!?あ、ありがとうございます!」
換金所で渡された金額にギョッとしながらもベルは自分の稼ぎに非常に満足していた。
「これだけあれば新しい武器とかも買えるかな?あ、そうだ!アイズさんにプレゼントとか・・・」
『アイズさん!これ、いつもお世話になっているお礼にプレゼントです!』
『・・・!ありがとうベル、嬉しい。・・・お礼にキスしてあげるね』
勿論、アイズはそんなことは言わない。
そんな果てしない想像を膨らませているベルだったが思わぬ乱入者により現実へと引き戻される。
「あの・・・これ、落としましたよ!」
「えへへ・・・え?」
そんな声に振り向いてみればそこには薄鈍色の髪の少女がいた。
その少女の手に握られていたのは小さな魔石。
「あれ?全部換金したと思ったんだけどな・・・すいません、ありがとうございます!」
渡された魔石を腰から下げられた魔石用のポーチに入れていると続けて声をかけられる。
「冒険者の方ですよね?今からダンジョンへ?」
「いえ、今日は用事があったので今帰ってきたところなんです」
そう言った所でベルのお腹がグルルと音を立てる。あはは・・・と乾いた声を出していると少女が目の前の店へと入っていった。
戻ってきた少女がベルに渡したのは可愛らしい布に包まれたお弁当だった。
「手作りなんです、よければ召し上がってください!」
「いやいや、悪いですよ!それにこれ、あなたのお昼ご飯じゃ・・・」
「お恥ずかしい話ですが、先ほど店の賄いをいただいたばかりで・・・このまま捨ててしまおうかと思っていたんです。だからお気になさらないでください」
「で、でも・・・」
「なら代わりと言っては何ですが、今夜の夕食は是非当店で!ダメ・・・ですか?」
上目遣いにそう言われてしまえばベルも断れず、首を縦に振るのだった。
そんな出会いがあった帰り道、もらったお弁当を食べながらしばらく歩いたベルはホームへとたどり着く。
(なんか・・・騒がしい?何があったのかな。あ、神様だ)
「神様!何かあったんですか?」
「お!帰ったか!今日はどうやった?」
「はい!いっぱいお金も稼げましたし、魔法の練習もできました!」
「そうかそうか!じゃあ、今からその魔法見せてくれへんか?」
「大丈夫ですけど・・・どこでですか?」
「それはな・・・グフフ・・・」
「?」
そして話は冒頭へと戻るーーー
「ルールは、そうやな・・・あくまでベルの魔法見るためやから、それを考慮して自分で判断してくれ、フィン。ベルは全力でフィンを倒しに行ってオーケーや!」
「わかったよ」
「え?え?」
未だにうろたえるベルに歩み寄る影がひとつ。
「ベル、ここでええとこ見せたらアイズたんも振り向いてくれるかもしれんで?そうやな・・・フィンに一撃入れれたらアイズたんとの一日デート権を・・・」
「・・・!」
ベルにだけ聞こえる声でそう言ったロキは返事を待たずに観客席へと戻っていく。
「双方、準備はええか?じゃあベル対フィンの模擬戦開始や!」
その言葉を皮切りに、フィンが槍を構えて一気にベルへと突っ込んでくる。
Lv.6の肩書きにふさわしいその突進は、今まさに詠唱を行おうとしていたベルの不意をつくこととなる。とっさに詠唱を中断してナイフで受けるベルだったが大きく後ろへと吹き飛ばされてしまう。
(ッ!なんて威力なんだ・・・!)
手加減されているとわかっていてもその力の差にベルは歯噛みする。
「【輝・・・ッ!?」
再び詠唱を行おうとするとそれを妨げるかのように突きや薙ぎ払いなど多彩な槍の嵐撃がベルを襲う。
(詠唱してる暇がない!?とりあえず避けないと!)
一旦詠唱を諦め、全力でフィンの攻撃の対処を始める。
変幻自在に振るわれる槍の攻撃を回避し、時には避けきれずにナイフで防ぐ。
その度に後ろへと吹き飛ばされる、そんな交錯が何度か続いた後に、ピタリと攻撃が止んだ。
少しバツの悪そうな、意地悪が成功したような顔でフィンはベルへと言葉をかける。
「悪いね、こんな大人気ない真似をして。今よくわかったと思うけど魔法の詠唱中はどうしても無防備になる。そこを突かれればどんなに強力な魔法でも意味はないんだ」
その言葉の通り、実際魔法を全く発動できなかったベルは身をもって教えられていた。
「【
そして、攻撃が止んだ今こそチャンスだということもちゃんと理解していた。
「【ホーリー】!」
白銀の光をまとい、自分から攻めに行くベル。
持ち前の回避技術とステイタスの中でも魔力に継いで最も秀でた敏捷を生かしてフィンへと攻めいる。それに加えてベルの周りに渦巻く光が後押しするかのように力を加える。
(フィンさんは槍・・・なら近づけば動きにくいはず!)
爆発的な加速でフィンの懐へと潜り込み、怒涛のラッシュを叩き込む。
その攻め方はダンジョンに入るうちに少しずつ身についてきた戦闘スタイル。
高速機動からの手数を重視した攻め方、それはベルの読み通り槍を使うフィンにとって間合いを詰めるのは最も効率的な戦法ではあった 。が
(なんで当たらない!?)
そんなベルの攻撃はすべて、その槍によって防がれていた。
ただ防がれるだけではなく受け流され、ペースを崩されたり、カウンターを食らったりと逆に攻撃を受けてしまう。
疲れがたまったところに胸当てへの鋭い突きが刺さり、たまらずベルは距離を取る。
「はあ・・・はあ・・・っ!」
荒いだ息を整えるように肩で息をする。
(やっぱり、強い・・・!いや、勝てるだなんて思ってなかった。けど・・・)
チラリと周りを見てみれば、幹部が集まっているあたりにこちらを心配そうに見ているアイズが。想い人が見ているのだ、男ならば考える事は一つ
(かっこつけたい!!!)
・・・白銀の少女がどこかで苦笑しながらため息をついた気がした。
前を見れば親指を舐めるフィンがいる。が、それが何を指しているのかわからないベルにとっては些細な問題でしかない。
魔力を集める。自分に今撃てる最大の一撃を打つために。
ナイフを前へ向け、腰だめに構え全力で地を蹴る。
その突撃はフィンとの間にあった距離を一気に詰めて槍へと吸い込まれていきーーー
バキッ、と大きな音を鳴らした。
ほう・・・と声を漏らすフィンに追い打ちをかけるべく立ち上がった所でガクッと膝が落ちる。
(あ・・・れ・・・?)
急に襲ってきた疲労感に抗うこともできぬまま、ベルは意識を失ったーーー
「やりすぎじゃない?まだぜんぜん大人気ないよ!」
闘いの半ばを周りで見ているうちの一人、Lv.5冒険者である【
新人に対する対応ではない。それは誰の目から見ても明らかだった。
その言葉を受けたティオネの双子の姉である【
「そうね、団長のことだから何か理由があると思うけど・・・魔法を見るだけならわざわざ反撃する必要も無いはずよね」
「だよねー?フィン、あの子のこと嫌いなのかな?」
そんな姉妹の容姿はそっくりであったがただ一つ、天と地ほどの違いが存在した。
「ンなわけねえだろうが、テメェの頭はその胸みたいに貧相なのか?」
「む、胸は関係ないでしょ!?このツンデレ狼!」
「んだとゴラァ!」
同じくLv.5冒険者である【
「姉がEで妹がAだ」と。
無論、本人に聞かれれば死を見ることになる。
「でも、本当にどうしたのかしら・・・アイズはなにかわかる?」
「わからない。けど、あれ」
【ロキ・ファミリア】の中でも高Lv帯、フィンと一緒にダンジョンに入ったことのある団員が集まっているあたりから小さなどよめきが起こるのとほぼ同時にアイズが指さしたその先では親指をペロリと舐めているフィンの姿が。
それに疑問の声を上げる間もなくフィンの反対でナイフを構えているベルの周りに渦巻く光が収束し、まばゆく光る。
輝きが最高潮に達したかと思うと凄まじい速度で飛び出し、突きを放つ。
その突きは見事にフィンの槍を破壊することに成功していた。
「あの子、本当にLV.1!?今の速さ絶対にLV.3・・・いや、Lv.4くらいは出てたわよ?」
そう言ったティオネの視線の先でベルがナイフを構え直したかと思うと急に膝から崩れ落ちていくのが見えた。
「あれ?どうしたのか「ベル!」な・・・って、え?アイズ?」
倒れた途端にそう声を上げて飛び出していったアイズにまたもや驚かされる団員たちだったがベルの所にたどり着いたアイズがベルになんとも自然に膝枕をしたことでさらにざわめく。
色めき立つ者、嫉妬の目を向ける者。いろんな団員がいたがその中でただ一人・・・人ではなかったが騒がしく走り寄る神がいた。
「アイズたああああああん!だからそーゆーのはウチにグェッ!」
「やかましい、少し落ち着け」
女性が出してはいけない類の声を上げるロキの首根っこを掴みながらベルの元へと歩み寄るリヴェリア。
アイズの膝の上で心なしか嬉しそうに寝ているベルを見て、
「
副団長のその言葉にぞろぞろと自分の持ち場へと戻っていく団員たち。そんな中でアイズに頭を撫でられているベルを見て一人の狼人は不満げに
「チッ・・・気に入らねえ」
と、悪態をつきながら他の団員と同じように部屋へと戻って行くのだった。
ーーーベルの意識が覚めたのはそれから数時間後。日も傾き、夕日が中庭に差し込んでいた。
頭の後ろの心地よい感触に再び眠気が襲ってくるのに抗いながらゆっくりと目を開け、息を飲んだ。
夕日を反射し、綺麗に輝く金髪。髪と同じ色の瞳は閉じられ、小さな寝息を立てていた。
その姿はさながら妖精のようで、ベルの心を再び奪っていった。
腕を上げ、顔にかかっている髪を横へとそらして頬に触れる。
風に揺られ、サラサラと流れる髪は金色の川のようで夕方ということも相まってかさらに映えて写った。
「・・・綺麗だな」
ボソッとつぶやいたベルの言葉は風に乗ってどこかへと飛んでいく。
「・・・んっ」
「!?」
頬を撫でるベルの手に意識が戻ったのかそう小さく声を漏らすアイズに若干まだ夢の中に居たベルはサッ、バッと頬から手をどけ、膝から飛び上がってダラダラと冷や汗を流す。
(何してるんだ僕!?ど、どうしよう・・・)
幸いと言えるのかはわからないが、完全に眠り込んでいたアイズはベルの行動、言葉に気付いた様子もなく一つ大きくあくびをした後に
「・・・お疲れ様、ベル」
その言葉に自らが倒れる前に模擬戦をしていたことをはっきりと思い出す。
「模擬戦は、僕が倒れちゃったんですね・・・」
「精神疲弊だって。フィンが相手だもん、仕方ないよ」
それでも、もう少しで手が届いたのだ。
何より目の前の少女にいいところを見せることができなかったことが何よりも悔しかった。だが
「それに・・・闘ってるベル、かっこよかったよ?」
微笑みながらそういうアイズにベルは、その言葉だけで頑張ったかいがあったなと思うのであった。