ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:戦犯

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準備

(・・・ここは?)

 

目の前に広がる広々とした草原。

どこまでも続く地平線にしばし目を奪われる。

 

(・・・のどか、だけど、どこ?)

 

このような光景はベルの記憶の中には存在しない。

物心つく前なら有り得るかもしれないが、生憎ベルは幼少の頃から祖父とあの村で育ったと聞いている。

 

それでも、どこか懐かしいと思える光景だった。

 

「ーーーーー」

 

急に、後ろから呼ばれた気がした。

振り返ろうとした時、スッと目に写る光景が遠ざかってゆくーーー

 

 

 

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

 

「ん・・・」

 

意識が戻る。

なにか懐かしい物を見ていた気がするが、思い出せない。

そんな記憶の混濁に首を捻る間も無く、心地よい後頭部の温もりと柔らかさ、それに加えて撫でられていることから大体の自身の状況を察した。

 

「大丈夫?」

 

目を開けるとやはり、写ったのは心配そうにこちらを覗く金の瞳。

 

「は、はい!すいません、迷惑かけちゃって・・・」

 

上体を起こしてそう謝るベルにアイズは気にしないでとでも言うように首を振った。

・・・ちなみに、膝枕をしている方もされている方も、もはや始めのように特殊なことをしているという感覚は無くなっていたのだった。慣れとは恐ろしい。

 

手元に落ちている呪剣。モンスターのいない十八階層に倒れる前の状況を思い出すベル。

やはり、また呪剣に付与をすることは出来なかったと悟った。

(こんな精神力(マインド)吸われる武器なんて、誰が使ってたんだろう・・・)

 

遠くから持ち込まれたと言っていたこともあり、もしかするとオラリオ以外にもダンジョンがあってそこで見つかったものなのかもしれない。が、そう思わずにはいられなかった。

体に異常がないか確認していると、前よりも復帰が早かったとアイズに言われる。

これも【聖癒】のお陰かと思い、発展アビリティの有用さに軽く戦慄する。

 

「その・・・どうなったんですか?」

 

「あそこ、見て」

 

指の先を見れば、かなり大きく削り取られた天井の水晶が目に映った。

良く目を凝らしてみると、何かに切られたように真一文字に傷が付いているのが確認できた。

尖った水晶も所々平らになっている。

 

「ベルがやったんだよ」

 

「・・・え?」

 

そう言われるが、ベルはそんな風に剣を振ったつもりはない。というよりも、あそこまで届く攻撃手段を未だ持ち合わせていないというのが正しいだろうか。それとも正しかった、と言うべきなのかは分からない。

じわじわと減る精神力に怯えながらもなんとか剣を振るった瞬間、その結果を見る前に意識が落ちてしまったのだ。

 

再び手元の呪剣に目を向ける。

気付けばアイズも同じように呪剣を見ていた。

 

「・・・この剣、なんなんですかね」

 

「・・・なんだろうね?」

 

二人して微妙な雰囲気になる中、ふとアイズが思い出したかのように声を上げた。

 

「・・・そういえば、たまにオラリオの外から来る付与(エンチャント)の鑑定も出来るすごい人がいるけど。また、聞きに行ってみる?」

 

「ぜ、是非行きたいです!」

 

剣としても、魔法を乗せた時に得られる効果としても凄まじく強いのは確かだが、やはり自分の剣のこと。知れるなら知っておきたい。

残念なことに、年に数度くらいしか来ないらしく会うことが出来るのはまだしばらく先になりそうではあるが、それでも楽しみなベルであった。

 

「・・・ベル、私もその剣持ってみていい?」

 

おずおずと、といった様子のアイズ。

実際、呪剣を受け取った時から興味深々で、呪剣を持ちたいとは言っていた。

 

「ここなら倒れても危険はないし、もしかしたら大丈夫かもしれないよ」

 

いつぞやの本の時のように身を乗り出して詰め寄られて、思わずたじろいでしまう。

強くなること以外に興味が無かったとロキは言っていたが、自分の好きなものに対しては凄まじい熱意を発揮するらしい、とベルは内心で思う。

 

ちなみに、最近でも二人はベルの部屋で一緒に読書に耽っている。

 

その後、アイズの説得と言う名の言葉攻めによって、自分は大丈夫だったならアイズなら大丈夫。という謎の結論に至り、呪剣を渡す事を許可してしまうのだった。

流石に勝手に人の武器に触ることは躊躇われたのか、抜き身のまま置いてあった呪剣を一旦鞘に仕舞って手渡す。

すると、驚いた事が起こった。

 

「・・・少し、精神力が吸われてるような感じはあるけど大丈夫、かな?」

 

そう、普通に持ててしまったのである。

ずっと精神力が減っていく状況を普通と呼べるかは非常に疑問ではあるが、ベルが言われたように急激に無くなっていく事は無さそうであった。

今のところベルと違う点は、持っただけで精神力を吸われているということである。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】」

 

しかし、ここでアイズは迂闊にも調子に乗ってしまった。

剣を鞘から抜き、魔法を詠唱する。

 

「【エアリアル】、・・・・・・・・・」

 

しかし、本来なら巻き起こる暴風、それが今はそよ風すら起こっていない。

それに疑問を持つベル。しかし、思っていたよりも事態は深刻だったようだ。

 

「・・・アイズさん?」

 

「・・・・・・」

 

固まったまま動かないアイズ。

そんな中突然、ふらりとアイズが体制を崩して背中から倒れそうになるのを慌てて支える。

倒れてきた勢いで左の太腿の上にアイズの頭が乗ることになっているが、これまでそんな姿を見てこなかったせいか酷く焦ってそれを意識できていない。

呼吸は安定していることを確認すると、倒れた理由に至った。

 

(精神疲弊(マインドダウン)・・・、やっぱり呪剣のせいだよね)

 

アイズに当たらないように慎重に剣を直し、自身の右側に寝かせておく。

そして、この剣は二度と他の人に持たせないようにしようと心に誓った。

さて、人間誰しも落ち着けば自分の状況を再認識するものである。いつもはされている膝枕、それを今度は自分がしているということに気付くのにはそう時間はかからなかった。

 

規則正しく上下する緩やかな曲線を描く胸部。

薄いピンク色の形の良い唇。

改めて見ると一つ一つが芸術品のように美しい、顔を赤くしながらベルはそう思った。

いつもは自分がされているように金色の髪を梳くように指を通せば、何のつっかえもなく流れていく。

 

(アイズさんも、こんな気持ちなのかな)

 

撫でられていると心地良いのは経験上知っていたが、撫でる方もなかなかに幸せな気持ちになれると知る。

無音の世界、かすかに聞こえるアイズの寝息を聴きながら時間が過ぎるのを待つのだった。

 

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

 

「ベル、少しいいかな」

 

「?」

 

その後目覚めたアイズに謝られながら地上へと戻り、『ステイタス』の更新を終えたベルにそう声がかかった。

こうやって黄昏の館内で声をかけられるのは昨日に引き続き二回目である。

あまりいい思い出ではないのでそろそろと振り返れば、フィンがニコニコとこちらを見ていた。

 

「今度の遠征、ベルにも参加してもらうからそのつもりで頼むよ」

 

「はっ、はい!・・・え?」

 

「次の遠征は丁度三週間後だから、準備しといてくれるかな。何か分からないことがあれば僕とかリヴェリアとかに聞けばいい」

 

「あ、あのっ」

 

とんとんと進んで行く話に思わず待ったをかける。

流れで返事をしてしまったが、一つ大きな疑問があった。

 

「遠征に参加できるのって、Lv.3からじゃなかったんですか・・・

「うん、基本的にはそうだよ。でもロキに聞いたんだ、なんでもミノタウロスの群れを一人で倒したらしいじゃないか。それだけ強ければ、大丈夫だと判断させてもらった」

 

そんなに評価してもらえているとは思っていなかったのか、嬉しさと、戸惑いと。そんな感情が顔に顕著に現れるベルを見てフィンは苦笑いを浮かべる。

 

「どうする?やめておくかい?」

 

「い、いえ!お願いします!」

 

そうして、ベルの遠征入りが決定したのだった。

そういえば、と付け加えるようにフィンは口を開いた。

 

「メンバーは途中で絞るかもしれないけど一応深層まで行くから、そのつもりでいてね」

 

「・・・!?」

 

かなり焦ったベルであった。

 

 

▽ ▽ ▽

 

 

「それで、私のところへ来たわけか」

 

「は、はい・・・まだ全然知らないので・・・」

 

今、ベルの前には長身の美女が一人。

綺麗に整頓された部屋の中、ベルはリヴェリアに深層までについて教えを請おうとしていた。

最近、中層に入ったばかりのベルは下層以下についてまだほとんど知らない。

リヴェリアも暇な訳では無い上に、自身もダンジョンへと行くためそこまで時間が無かったのである。

しかし、リヴェリアには一つ疑問があった。

 

「何故、アイズがいる?」

 

「・・・付き添い?」

 

「それが必要かは私には理解できないが・・・まあいい。だが、ここに来たからにはしっかり覚えていってもらうぞ」

 

「・・・・・・」

 

こくりと頷くアイズ。

この前まではダンジョンに潜り、強くなる事にしか興味が無いといった態度であったのに今はこの通りである。

どこにどんな場所があり、どんなことに気をつけなければいけないのか。

リヴェリアには及ばないにしろ、アイズはもう既に()()()()()

 

ベルがわからなさそうにしていると横から教える。そんな今まででは考えられなかったような様子も見られた。

 

休憩時間、基本的には休憩せずに今聞いたことをもう一度振り返るベルの頭をリヴェリアの手が覆った。

 

「何が・・・と言われるかもしれないが、ありがとう。ベル」

 

「?」

 

言葉の通りに何が?という顔をするベルに笑みを漏らす。

その疑問を受け流し、リヴェリアは頭を撫でる。

その優しい手つきに思わず目を細めるベル。

 

「むぅ・・・・・・」

 

かすかに聞こえたそんな声の発信源を見てみれば、頬を膨らまして恨めしそうに撫でる手を見つめるアイズの姿があった。

 

「ふふっ・・・」

 

「・・・・・・」

 

「??」

 

思わず声を出して笑ったリヴェリアにそれぞれの反応を返しながら、休憩の終わりを時限式の魔道具が告げて、再び講義が始まる。

 

(本当に、ここまで変わるものなのだな)

 

アイズが見せた嫉妬の感情。

娘のように想っているアイズのそんな変化に再び顔を綻ばせ、夜は更けていく。

 

そして、フィンが示した三週間はあっという間に過ぎた。

 

 




次話:『初遠征』(予定)

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