ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:戦犯
「おい、【
「あの最速記録保持者って噂のか?・・・思ってたのとなんか違うな」
ベルが街中を歩くとこれまでのものと加え、そんな声が聞こえるようになった。
その度に隣で歩く人物が無表情になり、それを半眼で見ればサッと顔を逸らす。そんなやり取りがダンジョン入口に来るまでに何度も交わされていた。
そんな二人のやりとりを見て数人が首を傾げていた。
上記の通り、ベルとアイズは一緒にダンジョンへと足を運んでいたのだが、もう誰も何も言わないどころかそれが普通と思っている者までいる。
視線がちらほらと向けられる中、二人はそのまま奥へと進んでいく。
朝の訓練の後、今日もパーティーを組むのかとアイズに聞かれたことがこの状況の発端だった。
昨日言われた通り、ノーツ達とはもう組めないのでその質問には否と答えたのだが、その後、丁度いいからダンジョンに一緒に潜ろうということになったのである。
その際、珍しく人の顔色を読んだアイズーーベルの落ち込んだ顔が分かり易かったとも言えるーーはパーティーを組まない理由を聞かなかった。
そして驚異的なスピードで下へと降りた二人は、ベルの今まで潜ったことある一番下の層である十五階層・・・ではなく十六階層へと降りていた。
もちろん
それに対してアイズはいつもの装備のままである。
「アイズさんは火精霊の護符はいらないんですか?」
「大丈夫だから行ってていいよ」
困惑しながらも頷き、モンスターの群れの中へと駆け出すベルを見ながら
「【
ベルが危惧したように、この階層のモンスターは敵ではないとは言え、ヘルハウンドの吐く炎は脅威であるのは間違いないのだがそれも相性が良かった。
「【エアリアル】」
その言葉で魔法が起動し、アイズの周りに暴風が吹き荒れる。
無論、全力で
今更だが、二人でダンジョンに潜る際、余程のことがない限りアイズは手出ししないようにしている。
アイズにとって剣を一振りすれば数匹は倒せる程度の存在でしかないが、だからといってアイズがすべて倒してしまってはなんの意味もない。
ロキからもあまり干渉しないようにと釘をさされているため、極力傍観に徹するのであった。
そんな理由から少し下がったところにいるアイズに狙いをつけて火を噴こうとするヘルハウンドも、ベルが目敏く見つけて屠っていく。
そんな中、ベルが見逃したヘルハウンドからのブレスがアイズに命中する。が、すぐに風が煙を飛ばし、アイズは無傷のままだった。
そう、炎に対してアイズの全身を風が全身を覆うような魔法は天敵となり得たのである。
避けるそぶりを見せなかったことに若干戸惑っていたベルだったが、
無事を確認するとすぐにモンスターの処理へと向かう。
「【
同じように光を纏い、さらに加速する。
素の状態でも翻弄されていたモンスター達はあっけなくやられたが、それでも殲滅には十数分の時間を要したのだった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「大丈夫?」
「単体なら大丈夫なんですけど、数が多くて・・・んくっ」
水を飲みながら魔石を回収する。
パーティーを組んでいた昨日は負担が分散されていたのであまり実感はなかったが、上層に比べて圧倒的にモンスターの数が多い。
それも、一気に来るのではなく断続的に、一定以上のモンスターと戦わなければいけないということは肉体的にも精神的にも疲労させられる。
一息つき、幸い体力的にもまだ余裕はあり、
そう判断した二人は次の階層の階段を探すべく、歩み始める。
「十七階層って、ゴライアスが生まれるところですよね?」
「うん。でも今は多分いないままだと思う」
約二週間前の【ロキ・ファミリア】の遠征。
その際に討伐された階層主であるゴライアスのインターヴァルは同じく二週間。
アイズがまだと言ったように正確にはもう少ししないと湧かないため、階段を降り、十七階層最深部まで辿り着いた時に二人の目に入ったのはとてつもなく広い一つの部屋と、その奥にある次の階段だけであった。
「これが・・・嘆きの大璧・・・」
十
大璧の名を冠する通り、視界いっぱいに写るそれは、自然では考えられないほど異質だった。
この壁からゴライアスが生まれると言う。どれほどの大きさになるのだろうか。
先を促すアイズに続いて広いルームを横断し、階段を降りるとそこには打って変わった光景が目に入ってきた。
「光?」
目の前に写る美しい自然。
少し奥に見える街。
そして天井から刺す光に、顔を見上げてみて思わず感嘆の息を漏らす。
天井はもちろんある。ダンジョンを降りてきたのだから当然のことだろう。
これまでと違うのは、天井が水晶で覆われていてそれが光を発しているという点だった。
「綺麗だよね。私も、初めて来た時はそんな感じだった」
隣にいるアイズが口をぽかんと開けて立ち尽くすベルを見て少し笑いながらそう口に出す。
口を閉じ、少し恥じらいながら歩みを再開する。
そうしてしばらく進んだ先にあったのはリヴィラの街と呼ばれる、ダンジョン内に存在する冒険者が集う街だった。
「・・・ポーションが5000ヴァリス!?」
「おっ、兄ちゃんいい目してんな。このポーション、実はダンジョン内で見つかった激レアなやつでな・・・って、【剣姫】!?」
「行くよ、ベル」
初めて見る光景やダンジョン内にある街。
いくら知識を持っていたとはいえ実際見てみるとやはり何か違うものがあるのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
その様子を見て、法外な値段でお上りに見えるベルを引っ掛けようとしていた商人は、そばにいたアイズに遅れてきづき、目を丸くしていた。
慌ててにこやかに手を揉み始める商人を無視するアイズに連れられ、その場を去った。
▽ ▽ ▽
そして、ベルの手を引いて街を進みながらアイズは忠告する。
「ダンジョン内にある
十八階層より下に潜って、危機に瀕した冒険者達が帰ってくる中継地点にもなるこのリヴィラの街では、どんな法外な値段でも命を失うよりはマシ。と、購入する冒険者も少なからずいる。
ここにはそんな商売をする商人や、先程のような詐欺師紛いの商人が蔓延っている。
「はっ、はひっ!」
「?」
そう真面目な忠告をしたアイズに返ってきたのは、そんな意味不明な声であった。
疑問に思ったアイズが横を見れば、そこには繋がれた手を意識して真っ赤、かつガチガチになっているベルがいた。
そこでアイズは今の自分たちの状況を認識する。
街中。二人で手を繋ぎ、商店街を歩く。
「おい・・・あのガキ誰だ?」
「【剣姫】もしっかり恋人とかいたんだな・・・」
オラリオの街でベルとアイズを見たことのない者もここにはいるため、初めて見る組み合わせに驚愕する者が多数。
そして、そんな者達の言葉がしっかりとアイズの耳にも入った。
「・・・ごめんね、嫌だった?」
「いえいえ全くそんなことありませんですっ!」
明らかに言葉がおかしくなっているベルに思わず笑いがこみ上げる。
そんな会話を続けながら魔法を試すため、とリヴィラの街から少し離れたところへ歩みを進める。
(・・・意識しちゃってるのも、僕だけなんだろうな)
ベルを見てくすりと笑う、そんな余裕のある態度を見せたアイズにベルは内心で少し落ち込む。
しかし、ベルの顔がしばらくしても少し赤いのと同じように、アイズの耳も少し、ほんの少し赤く染まっている。
そんな少女の変化にベルは気付けていなかったが、目的地に着くまでの間、二人の手は繋がれたままであった。
▽ ▽ ▽
「何か用かい、ロキ」
同時刻、黄昏の館の一角でロキとフィンが顔を合わせていた。
「いや〜すまんな急に呼び出して!ちょっと考えて欲しい案件があるんや。ベルを、『遠征』に連れて行けへんかと思ってな」
急な主神からの提案。いや、要求に思わず眉を寄せるフィン。
「・・・遠征に?確かにベルはLv.2になったけど、流石に早過ぎるんじゃないかな。前衛ならせめてLv,3になってもらわないと」
「いや、それがやねんけどな・・・」
そこで聞かされた昨日のパーティーでの顛末はフィンをも驚かせるに値したらしく、少し目を見開いているのがうかがえた。
ベルが既にミノタウロスを複数相手取ることができていると言う点。
Lv.2の中でもベテランと言えるノーツ達に言われたことをロキから聞かされて、再び思考する。
「・・・そう、か。そうだね、少なくともその実力があるなら遠征に付随する資格はあるね。・・・ベルは今どこに?」
「アイズたんとリヴィラ行くって言ってたなぁ」
「ふむ・・・じゃあ、帰ってきてから話すことにしよう。その件、承ったよ」
「ほんまか!助かるわ〜、いっつもありがとうな!」
そんな会話が自分の預かり知らぬところで交わされていたとは、現在幸せ最高潮のベルは知る由もなかったのだった。
▽ ▽ ▽
少し時は進み、目的地へたどり着いた二人。
持ってきていた荷物を降ろし、お互いに自身の魔法を発動させる。
「想像?」
「はい、こう・・・手の中に精神力を集めるイメージで・・・」
「ん・・・・・・・・・。・・・出来ない」
「・・・実は、僕もです」
ベルがミノタウロスとの闘いの時に見せた魔法の具現化。
それの練習をするのも兼ねてここへ来たわけであるが、作業は難航していた。
教わっているアイズはともかく、ベルまでもがそれを出来なくなっていたのである。
ちなみにこれは昨日、既に発覚していた。
(想像・・・想像・・・)
それでも一応ベルが手の中に再び光の剣を写し出すイメージを続けていても、あの時のように実体を持つことは結局無かった。
「ぐっ・・・すいません・・・」
申し訳なさからそう口に出したベルにアイズは大丈夫とでも言うように首を横に振った。
少し残念そうな顔をしていたのはやはり、習得したかったという心の表れであろう。
その後、しばらく特訓を続けているとふと、アイズが何かに気付いたように声を上げた。
「そういえば、剣に付与はできるようになったの?」
「・・・いや、まだ試してないです」
ちらりと背にある呪剣を見る。
付与すれば毎回のように精神力が吹き飛んだこれに付与するのをベルは少し恐れていた。
精神疲弊は死に繋がると口を酸っぱく、これでもかというほど酸っぱく言われているベルからすれば、あまり付与したくないというのも頷けるだろう。
そういった理由を告げるとアイズは大丈夫、と今度は頷きを返した。
「倒れてもここならモンスターはそうそう来ないから。もし、誰か来ても守ってあげる」
守ってもらう、の部分で少し苦い顔をしたベルだったがすぐに顔を引き締める。
確かにそれが理由でこの階層を選んだのだった。
想い人の前でみっともなく倒れるのが嫌だった、というのもあったが、覚悟を決めて呪剣を抜く。
「【
渦巻く光が巻き起こり、辺りを白く照らす。
一旦息を整え、いつもナイフにそうしているように呪剣に魔法を載せる。
「・・・っ!」
驚異的な速度で精神力が減っていくのが分かる。
それでも、Lv.1の時と比べれればまだ耐えることができた。
剣先を上げ、誰もいないであろう森に向ける。
剣を振ろうと構えるベルに呼応するように呪剣は輝きを放っていく。
「はあっ・・・!?」
そして振り抜きの瞬間、光は臨界点を迎えてひときわ大きく輝きーーその灰色の刀身が、メッキが剥がれるように白く染まった。
それと同時にベルに残っていた精神力は文字通り
そんな中、アイズは動くことが出来なかった。
目で追うのは斬撃の軌跡を辿るように飛んだ光。
その攻撃が遥か上、十五Mは越える天井から生える水晶を削り取ったのだから。
遠くで水晶が地面に落下するよりと前にバタリ、とベルが倒れる音が鳴り、慌てて無事を確認するために駆け寄る。
「・・・精神疲弊、だよね」
心臓に耳を当てるとしっかり聞こえる鼓動に安堵し、再び水晶の方に目を向ける。
幸いその方向に人はいる気配はないため、怪我人はいないだろう。
ちゃっかりと膝の上に頭を乗せ、頭を撫でてベルの目覚めを待つのだった。
そして、ベルの横に寝かされている呪剣は、何事も無かったかのように灰色の刀身へと戻っていた。