ロキ・ファミリアに入ってダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:戦犯
「おお・・・」
目の前の鏡に映る自分の姿を見て思わずそんな声が出た。
体を包むのは黒いレザーコート。腰まで伸びる裾に銀色の胸当てがついたその防具に加えて腰には二本のナイフ。何よリ一番の変化は肩から覗く呪剣の柄。
【ヘファイストス・ファミリア】の店に入る前と比べると大きく変わった装備は自分とは思えないほど冒険者らしい出で立ちになっていた。
(でも、神様には欲張りすぎって言われちゃったけどね・・・)
苦笑しながら腰にささる二本のナイフに触れる。
ベルにダブルナイフの適性を見出したのはアイズだった。呪剣騒動の後、アイズに連れられた先にあったのがこの二振りのナイフだった。
端の方の棚の上に置かれていて、42000ヴァリスとベルの所持金からすると少し価格は高めであったが性能はベルのレベルと合わせて見ると丁度いい性能だ、というのが他ならぬアイズの見解だった。
どうしたらそんなことがわかるのか、とアイズに聞いてみたところ
「・・・?見ればわかるよ?」
・・・と、何の参考にならない意見が返ってきた。
そうした経緯で今の装備を揃えるに至ったベルが鏡の前で立ち尽くすこと数十分、ベルを現実へと引き戻したのはドアのノック音だった。
「ベル、ちょっといい?」
「え、アイズさん?」
鏡をしまい、ドアを開けた先にいたのは先程別れたばかりのアイズだった。着替えたのか少し動きやすそうな服装に«デスぺレート»をしっかりと腰にさしている。
「今日はもう遅いから・・・明日のために少しでも戦い方に慣れれたらって思って。少しなら訓練場で教えてあげれるよ」
こてん、と可愛らしく首を傾げるアイズはとても可愛・・・ではなく、ありがたい提案だったので頼むことにして剣を置いて部屋から出ようとする。
「あ、剣も背負いながらの方が良い・・・早く慣れておいた方がいいと思うから」
なるほど、と再び剣を背負って立ち上がるベルは訓練所へ行こうとするも、部屋の入口の前。若干控えめに部屋の中を興味深々に覗き込むアイズを見つけて足を止める。
その視線の先にあった物はーー
「・・・本、好きなんだね。こんなにいっぱいあるんだ」
「あ、はい!小さい頃からおじいちゃんが書いてくれたのとかが好きで。家から何冊か持ってきてたのと、ダンジョン帰りに買ってたらこんなことに・・・」
ベルの部屋の一辺。入口から一番離れた壁に床から天井まで伸びるベルお手製の木の棚。
板を組み、壁に打ち付けたーー隣の団員に許可はもらっているーーだけの簡単なものだがとにかく大きい。
まだまだ本の入る余裕はあったが、それでも大量に納められていて十分にアイズの目を惹いた。
「どんな本が好きなの?」
「ええと、子供っぽいんですけど・・・英雄譚とかです」
笑われるかと思いながらもそう言ったベル。
ファミリアに入った時の事を考えると今更ではあったのだが、その返事聞いたアイズはむしろ目を輝かせてベルに詰め寄ってきた。
「・・・私も読んでもいい?」
「(ち、近い・・・)はい!えっと、訓練の後ですか?」
「・・・・・・・・・やっぱり、今日は訓練はやめとこっか。ベルも疲れてると思うし」
そう言ったアイズだったが、 元々今日は休めとロキに言われて装備の新調に出かけただけ。
もちろん増えた剣やらナイフやらを持ったまま歩き回ったりしたが、Lv.1とはいえベルも神の恩恵を授かったうちの一人。
普通の人ならともかく、一日買い物で歩き回った程度で訓練を休むほど疲れることはない。
「いや、僕今日は全然疲れてないで「休憩は大切だよ。昨日無茶してたし」・・・もしかして本、好きなんですか?」
「・・・うん、昔はね。少し読んでた」
流石に少し食いつきすぎたと思ったのか顔を赤らめているアイズは、とても可愛かったと後にベルは語る。
無論、そんな様子を見てなお訓練をしたいと言い出せるはずがなかった。
「じゃあ、どれでも好きなのをどうぞ!」
「お邪魔します・・・多いね。どれが面白い?」
「そうですね・・・これなんてどうですか?それか、これとかも」
近くに寄ると思っている以上に圧倒される量である。
その中からいくつか自分が特に好きな本を選び出してそれを手渡していく。
この時、落ち着いているように見えたべルだがやはり浮かれていたのであろう。
周りから今の状況をどう見られるか・・・実際他意はなかったとしてもこう言われる。
「アイズさんが連れ込まれた・・・!」
もう少し注意して部屋の外を見渡せばピコピコと動く長い耳が見えたのかもしれないが・・・想い人を前にいっぱいいっぱいだった少年には酷であった。
こういった誤解が積み重なってとある事件が起こるのだがそれはまた別の話。
そんな外の状況とは関係なく中では会話は進む。
「もうすぐ夕食だし、ここで読んでいってもいい?」
そう言われ窓を見ると確かに空は茜色に染まりつつあった。
好きな場所へどうぞ、と伝えて自分はベッドへと腰掛けて読んでいた本の続きを開く。
そしてその判断が間違いだったと気づくのに十秒もかからなかった。
ーーギシッ・・・ーー
ベルの隣、つまりベッドの上に腰掛けて本を読み始めるアイズ。
ピンと背筋を伸ばし、壁にももたれずに読んでいる。
窓から差す夕日が金髪に反射してまた絵になって・・・
(じゃない!)
ベルとて男である。
悶々としてその横顔をのぞきこんでみれば浮かぶのは僅かな好奇心のみ。
(意識されてないのかな・・・もっと強くなれば、きっと)
そんな集中出来ない状況での読書はベルのお腹がなるまで続くのだった。