墓守達に幸福を   作:虎馬

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 相変わらずお待たせしました。
 アレコレ考えていると妙に時間と文字数が伸びてしまいます。

 説明を読むのが面倒くさくなった人は、3章目の会談シーンから読んで貰えれば良いかと思います。



46.衝撃

 スレイン法国の使者との会談。

 これまでの対外交渉と、いや他の大規模な全ての作戦と異なり、終始ナザリックのシモベ達の手で行わなくてはならない初の重要案件となる。代役であるパンドラに持たせたアレや控室に置かれた彼らなど準備は万端に見えるが、それでも準備不足なのではないかという不安にかられてしまうのは無理からぬことだろう。

 

 勿論作戦司令部として御馴染となったこの氷結牢獄に支配者達の姿はあるものの、あくまで今回はデミウルゴスが主導で事に当たることになっている。

 此処に至るまでの準備を十分にして頂いたのだからこれ以上の助言をしていただかなくとも結構です、という姿を見せたいという思いから並々ならぬ覚悟が窺える。

 

 この辺りは、ネクロロリコンの意向を曲げてまでシモベ達が意見を推し通したことが大きく影響している。

 

 至高の存在として扱われているネクロロリコンが「わかった、ならば全て任せる」と、デミウルゴスに一任したのだ。

 本人達からすれば、やや『顔をしかめていた』ことからどれほど不服であったのかと不安に思っていることだろうが、それでもナザリックのシモベ達にとっては引けない一線であったことだろう。

 状況を理解してしまった彼女としても、やはり今回は控えていただきたいという思いはある。

 

 ただあの顔色の原因がいったいなんであったのかは、長年に亘って傍付きを任された彼女であっても判断しがたいものがあるのだが。

 

 

 

 ブラム・ストーカー伯爵からの返信が届いた法国上層部は、荒れた。

 

 書類を送ってはや数日。生きた心地がしなかった彼らであったが、少なくとも弁解の機会を得ることができた。同時に多分に皮肉の籠った手紙の内容から、これが最後の機会であろうという共通認識もある。

 人民の被害を嫌っているという印象を伝え聞いた情報から持っている。更に法国の切り札である第7位階魔法を封じた「魔法封じの水晶」まで持ってきていたのだ、不信感を持たれてしまっていることは想像に難くない。

 そのため誰もが、この機会を逃してはならないという不退転の覚悟を固めていた。

 

 まず法国の、いや、人類の未来を掛けたこの交渉に出向く人員の選定が難航した。

 

 非礼を詫びるという意思を明確にするためにも、最上位の者を使者にする必要があることは言うまでもない。つまりは最も失礼のない使者として、最高執行機関12人の中から選ぶべきである。

 

 それでは12人の中で押し付け合いが起こったのかと言われれば、否である。

 むしろ、誰もが己こそがと声をあげていた。

 

 神と対面する栄誉を得ようと身を乗り出したのでもない。逆である。

 誰もが、己をこそ生贄にすべきと名乗りを上げていた。

 

 今回の交渉が困難を極めることは、誰もが覚悟していた。

 

 ブラム・ストーカーとは人類を守ろうという意思を持つ存在であり、実際に王国を救い、帝国との無益な戦争を回避せしめ、竜王国をビーストマンから救ったことはまごう事なき事実である。

 同時に彼の人物が守ろうとしていた王国を潰すために帝国との戦争を助長し、そのためにガゼフ・ストロノーフの暗殺を企て、あろうことかブラム・ストーカーその人と戦ってしまったのが法国である。そのような存在を信用しろなど到底言えるはずが無い。

 そのため、先ずは御怒りを鎮めるためにも、弁解の言葉を届ける使者はその場で自ら命を絶つ程度の覚悟が無くてはならない。

 

 また相手は信仰を捧げる6大神と同じくして、かの悪名高き8欲王と同格と思われるぷれいやーである。何が逆鱗に触れるかすら、法国の人員からすれば想像がつかない、いうなれば天上の存在と言える。

 だからこそ使者は、詫びのために死ねと言われたなら僅かの躊躇いもなく即座に命を絶たなくてはならないのだ。

 言いかえれば国家の運営のためには失ってはならないものは避けつつ、しかしそれなりの格式をもった者こそが今回の使者に相応しいという流れになった。

 

 

 そういった審議の結果、司法・立法・行政の3機関長と研究機関長、そして大元帥はまず外された。無用な混乱を避けるとともに、やはり6大神官長や最高神官長と比べると一段劣る立場であるからだ。

 同時に最高神官長もまた避けることとした。こちらは逆に立場が高過ぎるという判断による。スレイン法国の実質的な頂点である以上、王国における国王のような立ち位置という見方ができる。そのため怒りを治める生贄とするには位が高過ぎ、逆に相手に配慮を強いてしまうかもしれないからだ。

 無論要請を受ければ即座に首を差し出すという書面を自らしたためたが、これはあくまで覚悟を示すために使者の懐に入れておくに留めることとなった。

 

 こうして使者は、6大神官長の中から選ばれることが決まる。

 

 次に除外されたのは火の神官長ベレニスであった。

 ぷれいやーたる神々は女性に対する配慮が強いという文献が残っており、先方への配慮を欠く可能性を恐れて遠慮させたのだ。

 

 次に、残る5人のうち御忍びでの謁見であることを理由として、老齢の水の神官長ジネディーヌも避けることとなった。

 本人は最も長く生きた自分こそがと最後まで訴えていたが、エ・ランテルまで大過なく辿りつける体力が必要であるとの言葉を受けて身を引いた。

 また、いざ交渉を行う際に疲労困憊では御話にならないだろうという意見も出ていた。

 

 こうした議論の果てに、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンに決定された。

 

 ここまでの議論で、エ・ランテルまでの道中を無事に踏破できるものが相応しいという意見で一致したため、最も若く、なにより長きに亘って漆黒聖典の一員を務めた実績を評価されたのだ。

 これは瞬時の判断力の高さについても評価されている。一瞬の判断の遅れが命取りとなる戦場で長く過ごした彼であればという意見だ。

 また六色聖典のまとめ役をやっている彼は国外の各種情報もよく耳に入っている。外交役として適した立場であるといえる。

 更に言えば、同じ武断派として人類を守る存在であるなら意見があうのでは、という目論見もあった。

 

 また、風の神官長ドミニクが最後まで対立候補として残ったが、やはり老齢であることが懸念となった。他の11人からすれば、その激しやすい性格が喉につかえていたということも多分にあるのだが。

 

 こうして元漆黒聖典のレイモンが使者となったため、その御供も同じく漆黒聖典から選ばれることとなった。

 これは元々決定事項のようなものであったが、元同僚で固めた方が良いだろうという意見も多く出たため決定となった。

 

 まず1人は、先のビーストマン戦役に参戦した「一人師団」が決定する。

 同じ敵と戦った存在であれば無下にはするまいという期待を込めて。

 

 もう1人は、やはりというべきか漆黒聖典の第1席次「隊長」が選ばれた。

 道中で万に1つでもあっては取り返しがつかないことになる。なればこその、法国から外国へ出し得る最強の切り札と言える。

 彼には土産として法国の至宝も預けている。法国の、人類の切り札を。

 これを以て先方の御怒りを鎮めることができるならば安いものだと。

 

 残念ながら最強の『個』である「絶死絶命」は国外に出すことができないため、こちらもやはり国内待機である。

 もしブラム・ストーカーが既に竜王達と交流を持っていたなら、彼女の存在を知った竜王によって法国が滅ぼされてしまうからだ。やはりこれは最後まで隠しておくべき情報だろう。

 

 こうして法国からの3人の使者と、1つの贈りものが決定した。

 スレイン法国渾身の贈りものが。

 

 

 

 エ・ランテル新庁舎、会議室。

 『ブラム・ストーカー』の個人的な会合という名目で、実質的な2大国のトップが相まみえることとなった。

 

 非公式の訪問ということもあって応接室は使われていないが、これについてはお互いに了承している。

 『ブラム』側としては法国との繋がりを『周囲』に感知されることを嫌い、また法国としてもこの動きを『他』の勢力に勘付かれたくは無かったからだ。

 

「本日は遠路はるばるようこそおいでくださった。ホストとして、先ずは歓迎の言葉を述べさせてもらおう。また、私は無駄なことは好まぬタチなのでな。自己紹介などは不要と判断させてもらっても?」

 

 簡素ながらも上質な素材で統一された会議室で向かい合うなり、早速切りだすのはこの場の支配者たる『ブラム』である。

 人差し指と中指で挟み込んだコインを掲げ、意味ありげに問う。

 

「はい。勿論承知しております、ブラム・ストーカー伯爵閣下。そしてその金貨をお送りした意味も、御承知であると認識させていただいても?」

「ああ、勿論だとも。君達が『YGGDRASIL』の金貨を所持し、それを『ブラム・ストーカー』に送ってきた意味については、勿論、理解しているつもりだとも。私なりの解釈ではあるが……プレイヤー、君達にとっては正に神にも悪魔にも匹敵しうる存在だ! その存在を前にした君達が何を想うのか、私なりに配慮しているつもりではあるよ?」

 

 左右にセバス・ソリュシャン・ヴラドの3人を控えた状態で、あたかも自身がその主であるかのように振舞うブラム。

 全てを見透かすかのようなその眼差しはまさに絶対者、即ち神と評される存在。少なくとも相対した存在であればそうと認識せざるを得ない。

 同時に警戒の色が強いという事実も、重く受け止めるべきだろう。

 

「まずは御忙しい中この場を設けていただけましたこと、心より感謝いたします。私はスレイン法国最高執行機関の1人、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンと申します。どうぞ、お見知りおきを。そしてこちらは、我が国より貴方様への贈り物でございます。謝罪の印として、お納めください」

 

 「隊長」に軽く目配せをし、布に包まれた『贈物』を取り次ぎであるソリュシャンに渡させる。

 そうしてソリュシャンから手渡されたその『贈物』はブラムの手元に渡り、早速改められる。

 

「…………! ……?!」

 

 解かれた包装の中から現れた穂先を見るや顔色を変えるブラム。

 その顔を見るレイモンからすれば、そうであってもらわなくては困るというものだ。

 

 何と言っても、これはスレイン法国に伝わる究極の秘宝。6大神が残した法国の、いや人類の切り札なのだから。

 

 その穂先を何度も見直し、『片眼鏡』をしきりにかけ直し、目を瞬かせるブラム。

 暫くその『槍』を検分し、間違いないと判断したのだろう。中空に視線を走らせ、幾許かの思案の後に漸く口を開いた。

 

「君達はこの『槍』がどういった代物なのか、きちんと理解できているのかね?」

 

 レイモンはこの問いかけから、ブラムが『槍』の価値を理解していると判断した。

 

「勿論、承知しております。そちらの『槍』は我が国に伝わる6大神の秘宝、「殉教の槍」! 〈ロンギニュゥス〉でございます。類い稀なる戦略眼を御持ちのブラム伯爵閣下であれば、有効に活用していただけることでしょう」

 

 傍目にはみすぼらしいただの槍ではあるが、その真価は、正しく人類の切り札と呼ぶに足る秘宝だ。

 その真価は、使用者の『死』と引き換えに、ただ一度ただ一体の敵に対して絶対的な『消滅』を齎すことができるという究極の必殺効果である。脆弱な1人の人間が、その命1つを使い潰すことで竜王すらも討ち果たすことができるのだ。

 これまで幸か不幸か使う機会が巡ってこなかったこの必殺の『槍』ではあるが、ぷれいやーであれば使うべきタイミングを誤ることは無いだろうという判断の下、法国からの賠償品として贈られることとなった。

 

「そうか、これが普通の、唯の槍ではないことを理解したうえで贈ってきたということか」

 

 ゆっくりと、そして慎重に包装用の布で槍を巻き直しつつ呟くブラム。

 しかる後にしっかりと結び目を作って効果が発動しないことを確認してから、くれぐれも慎重に扱うようにと言ってソリュシャンに手渡す。

 

「先のカルネ村周辺で起こった『ブラム・ストーカー』と貴国が擁する陽光聖典の戦い、及びその過程で齎された周辺地域の開拓村の被害に関する謝罪の証として、確かに受け取った。君達が今回行うつもりであった『表向き』の謝罪はこれだろう? それとも別の件についての謝罪も含まれているのかね?」

「は、はい。……王国を野放しにし続けたことで堕落を齎してしまいました我らの怠慢、及びその後始末を伯爵閣下にお任せしてしまいましたことについての謝罪にと、考えておりましたが?」

 

 おかしい。咄嗟にカルネ村の事件以外でブラム様の御怒りにふれたであろう事柄にも触れてみたが、どうにも反応が悪い。

 法国からすれば、2つとない至宝を送ることでこちらの誠意を伝え、やや過大とも言える贈物によって融和を図れるとすら思っていた。だというのに、むしろ警戒感が増してすらいる。

 

「ならば、カルネ村周辺の一件はこれ以上追及するまい。そうさせないだけの、価値がある」

 

 謝罪を受け入れた。言葉の上ではそうとらえることができる。

 しかし、法国の使者たちに向けた視線は激しさを増す一方である。

 

「……埒が明かんな」

 

 こちらから言いだすことを待っていたのだろうか。暫しのあいだ無言でいたブラムであったが、意を決し詰問を始める。

 

「では訊こう。君達は世界を滅ぼす魔樹、巨大トレント〈ザイトルクワエ〉を知っているかね?」

 

 ここからが正念場であろうとレイモンもまた気合を入れ直し、質問の内容を吟味して答える。

 

「巨大トレントという呼称から、恐らくは我が国が〈魔樹の竜王〉と呼称する存在のことであると推測いたします。トブの大森林奥地にて長らく休眠状態にあった彼の者であれば、我々も近頃その復活の予兆を感知し、その調査を致しました。……調査員を送った時点では復活はしておりませんでしたが、その後復活しブラム伯爵閣下が討伐為されたものとみておりましたが?」

 

 魔樹の竜王については法国も把握していた。

 しかしそれを今、詰問する形で訊ねる意図が解りかねる。

 

「ああ、確かに我々が討伐した。あのまま王国領内に進出していたならいったいどれほどの被害が出ていたか、確かに『この』世界を滅ぼし得る魔樹であったよ。

 ……そして法国の特殊部隊がザイトルクワエとの接触を謀ったということもまた、私もとある筋からの情報で得ていた。同時に! 君達が他者を洗脳・支配するマジックアイテムを有しているということも、なァ!」

「?! ご、誤解です! 我が国の特殊部隊「漆黒聖典」は確かにトブの大森林へ調査に向かいました。また仰る通り彼らは「ケイ・セケ・コゥク」も所持しておりましたが、未だ休眠状態であったため何事もなく帰還しております!!」

 

 ブラムの言葉を聞いて、背筋に冷たいものを感じつつも即座に無実を訴える。

 まさかの事態ではあったが、調査のみであったことは事実だ。

 

 なによりその場にいた人物が此処に入る。

 

「此処には漆黒聖典の「隊長」がおります。彼の判断の下、活動を再開しておりませんでしたので一時撤退したのです! そうだな、「隊長」?」

「は、はい! 現場の責任者として証言いたします。〈魔樹の竜王〉は活動を再開しておりませんでしたので、そのまま休眠地点を記録し撤退しました。私が崇拝する6大神と私の信仰に誓って!!」

 

 ジッと鋭いまなざしで見つめるブラムの様子に、さしもの「隊長」も竦み上がる。

 ここで発言を信用できないと言われてしまえば法国は、いや人類はどうなってしまうのか……?

 眉尻から頬に汗が伝っていく感触だけがやけに生々しく感じる。

 

 汗をぬぐうことすらできない。

 何か動きを起こせば、それが呼び水となって法国の、いや人類の最期が訪れる。そんな強迫観念にすら襲われていた。

 

 永劫とすら思えるその時間は、やはりブラムによって破られる。

 

「……君達がそこまで言うならば、良いだろう。確かに確たる証拠が無いというのにこれ以上追及することはできん」

 

 大きく息を吐いて背もたれに寄りかかるブラムを見て、思わず肩の力が抜けてしまった法国の使者達を責めることは誰にもできまい。

 彼らからすれば、たった今、虎口を脱することができたのだから。

 

 そして、その油断を突いてこその『ブラム・ストーカー』。

 

「ところで、君達はこれが何か知っているかね?」

 

 ふと懐から取り出したそれは、法国の中枢にいる者であれば知っていて当然の品だった。

 つい先日、薄汚い裏切り者の手によって法国から失われた秘宝。

 即ち、

 

「〈叡者の……額冠〉?!」

 

 思わず零れてしまったこの言葉を咎めることは誰にもできないだろう。

 それほどまでについ先ほどまで彼らは追い込まれ、そして乗り切った今は反動で弛緩していた。

 

「ほう、やはり知っていたか! つまりこれがスレイン法国にゆかりのある品物ということは間違いない、ということだな!!」

 

 気付いたときには、言質を取られた後だった。

 

「かつてこのエ・ランテルをアンデッドの軍勢が襲ったことは、無論知っているだろう? その首謀者の名はカジット・デイル! バダンテール。現ズーラーノーン「12高弟」の1人で、元! 法国の神官だった男だそうだな?! そして彼にこの〈叡者の額冠〉を渡したのが、法国の! 特殊部隊、「漆黒聖典」のクレマンティーヌ!! 出鱈目を言っていると思うかね? ならば証人も連れてきてやろうじゃないか。セバス君!」

「こちらに」

 

 部屋の奥から引っ張り出してきたのは布でくるまれた人間大の何か。

 その布を解いて出てきたのは青白い中年男性の顔だった。

 

「紹介しよう、カジット・デイル・バダンテールだ! あいにくと死体だが、なに、死人にだって口はある。〈防腐処理/エンバーミング〉を施してあるから、まあ蒼の薔薇を呼べば直ぐにお話しできるようになるとも!」

 

 クレマンティーヌが法国を出たこと、その際〈叡者の額冠〉を持ち出したこと、これらはまぎれもない事実だ。その後エ・ランテルに向かったこととズーラーノーンとのかかわりについても、これらは法国も調査の結果把握していた。

 更に言えば、当のクレマンティーヌの足取りがもはや掴めなくなっていることが余りに不味い。彼女に命じて届けさせたのではない、と証明する方法が法国にないのだ。

 

 即ち、アンデッドの群を用いてエ・ランテルを陥落させようと法国が画策したとの疑惑を払拭できない。

 

 それだけではない。秘密結社ズーラーノーンとの関わりについても疑われている。

 もしこの話を大々的に吹聴されれば、法国の民が混乱し、一部の者は暴動を起こしかねない。その混乱を鎮めるためにいったいどれだけの時間と労力がかかるかもわからない。更に眼前の人物はその混乱を見逃すまい。

 限りなく詰んでいる。

 

 そこまで把握してしまったレイモンは、身体の芯からくる震えを抑えることができなかった。

 かつてこれほどまでに絶望的な状況に追い込まれたことは無かった。自分1人が死ぬ程度の恐怖はとっくに克服していたが、祖国の危機を前にしてなお平静でいることなどできるはずが無かった。

 

 弁解すべきだ。万の言葉を尽くしてでも。

 しかし、震える口からは何も出てこない。何を言えば法国の無実を証明できるのか、一筋の光明も見出せないでいた。

 

 何かないかと左右に控える2人を見るが、若い「隊長」はもはや頭が真っ白になってしまっている。

 もう一方に至っては顔面蒼白で震えるばかりだ。身内の不始末で国に多大な損害を出しただけでなく、廻り廻って国の未来まで閉ざされようとしているのだ。この場で死ねば赦させるならそうしたいが、そんなことをしたところでなんの意味もないと理解しているがゆえに何もできないでいる。

 

「フンッ、君は中々聡いな。今の君が何を言おうと、唯の言葉では『信用』などできるはずもない。むしろ言葉を弄するごとに失われていくことだろう。何せ会って数分、お互いに信用などできるはずもない。その言葉の『真偽』を、確かめる『術』が無いのだからな?」

 

 鋭い視線でこちらを窺っていたブラムの言葉を聞き、ふとある魔法が頭に浮かぶ。

 

「わ、私が嘘をついていないと証明できれば、法国の疑惑は晴れるのでしょうか?」

「嘘をついていないと、証明する? 君達の国の神にでも誓うのかね? まあ、確かに君が『私の質問に正直に答える』なら、法国への不信感も幾らか薄まるだろう」

「わかりました! 私は『貴方の質問に正直に答えること』を神に〈誓約〉します!!」

 

 神に誓いをたてそれを破れば命を失うというこの魔法は、国外で活動する聖典のメンバーであれば誰もが受けている。法国の情報を外部に漏らさぬためにその命を奪うという、まさに外道の所業といえる。

 正確に効果のほどを知っているものは隊長以上だけではあるが、言いかえれば6色聖典のまとめ役であるレイモンはその効果をよく知っていた。

 今回のように1対1の〈誓約〉であれば、お互いに魔法がかかったことを知覚できることを。

 

 これでレイモンが嘘を吐かないことの証明ができた。

 

 立場上必要であると習得していたことは、きっと偶然ではない。けがれ無き日々の信仰の賜物だ。

 この土壇場で思いつけたこともきっと『神』の『御導き』に違いない、と思わず心の中で祈りをささげていた。

 

 

 

 こうして法国とブラムの本格的な交渉は、漸く幕を開く。

 

 彼らを導いた神は生憎と偽物であったが。

 




 レイモン哀れ。
 愚妹をもったどこぞのお兄ちゃんはもっと哀れ。

 法国とブラムの秘密協定の詳細はまた次回。
 このまま書くと今の3倍くらいいきそうなので、視点を変えて仕切り直しです。



 解説を少しばかり。

 ナザリックの目標は、まず傾城傾国の奪取が第一。
 次に法国のもつ戦力を少しでも多く聞き出したい。
 その為に質問に正直に答える状況に持ち込みたかった訳です。

 しかしまさかの開幕ロンギヌス譲渡で作戦変更。世界級2つ目をよこせとは言いにくい、やけになって襲ってきたら困ります。
 そこで武力を背景に脅したという形ではなくあくまで相手が自発的にやったという事にするために、パンドラとデミウルゴスが頭をフル回転させてどうにか〈誓約〉を使うように持ち込みました。
 相手が使えなくてもブラムモードのパンドラが使える、そんな状態です。

 ネクロさんがやらない方が上手くいきそうだとか、そういうことを言ってはいけない。

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