墓守達に幸福を   作:虎馬

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 アインズ・ウール・ゴウンというギルドとしてツアーと出会うって言うのも中々珍しいかもしれません。
 二次界隈ではルートの違いもありますが、そもそもそこまで辿り着けずにエタってしまうのが大きいですが……。まあ原作での対応が解らないため書く難易度が高いという問題もありますし、そこは仕方ないです。

 そのまま続けばどんな世界になるのか読者としては毎回興味が膨らむのですが、途中で萎んでしまうのが悲しい所です。



43.白金の竜王

 時は遡り、竜王国女王ドラウディロンが帰国する数日前のこと。

 

 ビーストマンによる竜王国への本格的な侵攻。それは稀代の名将ブラム・ストーカー伯爵の参戦により沈静化し、ビーストマンの氏族達との和議も恙無く進行していた。

 これによって竜王国は一時の平穏を得ることとなった。

 

 しかし件のブラム伯爵の顔色は晴れない。

 ビーストマンの侵攻が起こった元凶、彼等を駆逐した牛頭族の魔の手が忍び寄っている事が判明したからである。

 

 牛頭族の脅威をいち早く察した伯爵は竜王国から対価を受け取ることなく、速やかに領地のエ・ランテルへと帰還する。

 新たなる配下達を率いて次なる脅威へ対抗するために……!

 

 

 

 というのが表向きの理由となるが、これはあくまでもブラム・ストーカーとしての理由である。

 本当の理由。即ちナザリックの支配者ネクロロリコンとしての理由は更に深刻で、ともすれば遥かに致命的な可能性すらあった。

 そう、この世界においてほぼ無敵の戦闘力を誇るナザリックにとっての危機であると支配者達は判断していたのだ。

 

 

 

 事の起こりはその前日、ビーストマン遠征軍との決戦を終え、和睦は難しくないことが解ったためにナザリックの警戒レベルを準警戒態勢に落としたことがそもそもの発端となる。

 

 前線に身を曝す支配者の片割れであるネクロロリコンの警護のために竜王国に潜んでいたシャルティア達であったが、護衛対象が戦場から都市に戻り当座の危険は去ったとともに、セバス達が傍に付く体制に移行したため通常業務に戻るよう下命されたのだ。

 

 ここでシャルティアやマーレをはじめ、ネクロロリコンの眷族達は纏めて〈転移門〉でナザリックへ直接帰還したのだが、アウラとその配下は一旦セカンドナザリックへ向かうこととなった。

 ブラム・ストーカー伯爵の背後にセカンドナザリックを拠点とする何者かが居ることをアピールするためだ。

 

「アウラよ。僅かな可能性とはいえ、ブラム・ストーカーの後援であるお前達の存在を感知した者がいる可能性がある。それが百に一つ、万に一つの可能性であっても備えておかなくてはならない。他者の目が、このナザリックではなく大森林のセカンドナザリックへと向かうように。解るな?」

 

 石橋があれば、その設計図や材質などを調べ尽くしてから漸く渡る算段を立てるとまで称されるのがナザリックの支配者たるモモンガである。その慎重なモモンガの命令によりアウラは夜陰に乗じて竜王国から北上、カッツェ平原を駆け抜けてトブの大森林にあるセカンドナザリックへと向かうこととなった。

 ちなみにモモンガをそのように称したのはネクロロリコンであり、彼は彼で石橋があっても自分で鉄橋を作って渡るタイプとモモンガからは称されている。

 要するにどっちもどっちである。

 

 

 

 アウラは慎重に、ある程度の実力のある者であれば気付ける程度に隠形系のスキルを駆使して移動していた。これは周辺で確認されている野生動物や周辺国家の住人たちでは発見できない程度にまで隠密レベルを抑えたものだ。隠れ過ぎず、かと言って身を曝しすぎない絶妙なバランスと言って良い。

 端的に言えばかなり面倒なことをしている。

 しかし勿論彼女はこの一手間を無駄なことなどとは欠片も思ってはいない。これが最も『御方々が望まれる仕事』と考えた結果の行動だ。

 

 そもそもこの任務は機動力と索敵能力に優れ、トブの大森林を管理下に置く自分以外には任せられない特別任務であるという自負がある。更にアウラは、御方から贈られたナザリック一の便利屋の称号に恥じない働きを普段から心がけてもいる。

 何より他の守護者達と同様に自分が期待されているという自覚があるのだ。期待されているからこそ種々様々な仕事を任せてもらえている、と。ならばシモベとして、その期待には応えなくてはらない。可能な限り全力で、だ。

 

 そんな彼女の努力が通じたのか、トブの大森林に入って直ぐに彼女を捕捉できる存在と出くわすこととなった。

 

「やあ、こんな時間にすまない。君はあの森の奥にある砦の関係者なのかい?」

 

 白金製の全身鎧を身にまとった、何か。

 普通の生物とは異なる妙な雰囲気を纏った、いや、妙に気配が薄いモノに声をかけられた。

 

 先日のネクロロリコンの戦いぶりを見ていたアウラは、『待ちかまえている』相手に欠片も油断をしていない。するはずが無い。

 準備が整っていれば弱兵でも強敵を討取れるようにできるのだと、言いかえれば状況が整っているから姿を曝すのだと、御方々から直接御教示いただいたのだから。

 

 そうでなくともこれは怪しむべき状況と言える。

 相手を侮ってさえいなければ。

 

「そういう……いや、あたしはアウラ。アウラ・ベラ・フィオーラ。あんたの言う砦がトブの大森林奥にある砦のことなら、一応あたしが管理を任されてるよ。……はじめまして?」

 

 相手が何処の何者なのかは気になるところではあるが、ナザリックの支配者が特に嫌うマナー違反を犯さぬよう、先ず自分の名前と表向きの所属を明らかにする。初めて会ったであろう相手なので挨拶をするのも忘れない。

 

 しかる後に、

 

「それで、あんたはどこの誰なの?」

 

 相手の名前を聞く。

 これがナザリックスタンダードである。

 

「ああ、ごめんね。こうして誰かと会うのも久しぶりだったんだ。私は……ツアーという。十三英雄と呼ばれる者達の一人で、白銀と呼ばれているものなんだけど、知っているかい?」

 

 十三英雄。勿論知っている。

 

 眼前の存在が本物かどうかはわからないが、デミウルゴスが作製した資料の中にプレイヤー疑惑のある過去の偉人として紹介されていた者達のひとつだ。

 人間以外も含まれている、という不確定情報もあったと記憶している。

 

「ふーん。その十三英雄サマが、あたしに、っていうかあの砦になんか用? 世界を喰らう魔樹の話?」

「ああ、やっぱりあれを倒してくれたのは君たちだったんだね。近くに住んでるからそうじゃないかと思ったんだ」

 

 最初はあのザイトルクワエの仲間として攻撃してくるのではと身構えていたが、全体的に険を感じない。倒して『くれた』という口ぶりからも敵対していたということが窺える。

 ならばアレを倒せる程度の実力者に用があるということだろうか。知恵に優れた仲間達を羨ましく思いつつ、相手の情報を頭に叩き込んで思考を巡らせる。

 

「君は、守護者かな?」

 

 続けて発せられたこの質問。やはりプレイヤーか、あるいはその関係者か。

 しかし此処までは想定内。あえて『任されている』という言い方をしたのもデミウルゴス達からの助言によるものだ。

 

「そうだけど? そういうあんたは……プレイヤーなの?」

「いや、私はぷれいやーじゃないよ」

 

 余所の勢力を相手に交渉しに行くのなら責任者であるプレイヤーが行くべきというのが至高の御方々の考えであったが、彼らの所では先ずシモベを挨拶に向かわせるらしい。御方々ほど剛毅ではないようだが、同時に一守護者としては安全のために良い方法だとも思う。

 などと相手の情報を整理していたアウラだったが、

 

「あ、でもえぬぴーしーでもないよ? 生まれも育ちもこの世界なんだ」

 

 この発言には少々驚かされた。

 

 ここはもう少し突っ込んで聞くべきと更に問いを投げる。

 

「へえ、じゃあそんな言葉を何処で聞いたわけ?」

「十三英雄のリーダーが、そのぷれいやーだったんだ。……もういないけどね」

「そう。まあ200年も前だから、仕方ない、よね」

 

 至高の御方々は他のプレイヤーに対して特に注意を払っている。これは始めから一貫していたとデミウルゴスが分析している。

 周辺諸国の軍事力が脆弱であることが解ってもなお慎重な行動を心がけているのは、元々プレイヤーこそを警戒していたのだろうとも。

 

 そのプレイヤーではないと言われて安心したアウラではあったが、ツアーの発言からリーダーであったプレイヤーが居なくなってしまった悲しみも酌み取っていた。

 誰かが居なくなることによる寂しさは共感できる。

 

「それで! あたしがプレイヤーかどうかを聞きに来たわけ?」

 

 暗くなってしまった雰囲気をかき消そうとあえて明るく水を向けると、気づかいを感じ取ったのだろうツアーも即座に応じた。

 

「今度のぷれいやーがどんな人なのか、是非会ってみたくてね。私はブラム・ストーカー……さんがそのぷれいやーなのではと思っているんだけど」

「そうだよ。ブラム様はプレイヤーで、あたしはそのお手伝いをしてるんだけど……お会いになられるかは、ちょっと確認を取ってみないとわかんないかな? 今忙しくされているし」

「危機に瀕した竜王国を救うために出かけているんだったっけ? 私は急いでいないから、予定が空けば会ってほしいと伝えてくれるかい?」

 

 アウラの返答を聞き、連絡をするための待機場所を告げられる。

 更にプレイヤー達が100年周期で現れること、そのプレイヤーにも色々な人がいたこと、だからこそ可能な限り接触して意思疎通を図りたいとツアーは語る。

 基本的に人類を守ろうとしていることは既に解っているし、同時にゴブリンやオーガ、トロールにも無用な殺戮はしていない。今後ともその方針で活動していくつもりであれば自分も協力したいとも。

 

「うん、わかった! それじゃあブラム様にお伝えしておくね」

 

 現地の勢力との対話と協調を重んずるネクロロリコン様であれば、ツアーの申し出は断らないだろう。そう判断したアウラは笑顔で応対した。

 それこそが御方々の御意志に沿う対応であるという判断の下で。

 

 

 

 こうして、この世界におけるナザリック2度目の外交交渉が幕を開けることとなった。

 

 

 

 場所はトブの大森林の北端、アゼルリア山脈の麓のくぼ地、アウラがツアーと出会った10日後の太陽が最も高く登るとき。

 これが何時でも構わないというツアーの言葉に対して、速やかにアウラに会いに行くことを伝えさせて決定した会談日時である。

 

 それがエ・ランテルに帰還して事後処理を終えた5日後の南中。

 新たに加わった領民であるビーストマン達をエンリ・エモット戦術開発部長に丸投げし、遠征費用の計上をカイ・ヨーリ財政部長に任せ、内外への戦果報告をアーノルド・シュバルツエーカー通商部長に押し付け、最短日数で叶えた面会日となる。

 

 それが、今だ。

 

「お待たせした」

「いや、忙しいところを呼び出したという認識はあるんだ。わざわざ来てくれたことを感謝するよ」

「そうかね? 私としても君のような者と会談ができることを嬉しく思うよ」

 

 ブラムことネクロロリコンの後ろに控えるは、砦の主としてこの場を設定したアウラとブラム・ストーカーの子として周囲に認識されているブラドである。

 

 対するツアーは、一人。

 一方的に危険な状況に身を曝している『ように見える』。

 

「すまないね、ツアー殿。どうしても供をすると聞かなかったのだ」

 

 傍から見れば3対1という少々宜しくない状況に、先ずは了解を取るべきとネクロロリコンことブラムは先手を取る。

 

「別に良いよ。かつての六大神や八欲王も、ぷれいやーを守るためにえぬぴーしー達が躍起になっていたからね」

 

 さらりと出てきたが、この情報は割と大きい。

 

 他の勢力であってもNPCはプレイヤーに従う存在であろうとは予測されていた。そしてそうと知るということは、随伴型ないし拠点防衛用NPCを率いるチームの形態について知悉しているということになる。

 つまり高確率でギルドの関係者か、その知り合いであるということになる。

 

 仮にプレイヤーでなく本当にこの世界の出身であったとしても、この世界に来たプレイヤーについての深い情報を持っているということは間違いない。

 

「一応紹介しておこう。こちらのダークエルフはアウラ・ベラ・フィオーラ。蔭ながら私の援護をしてくれている。そしてこちらの男がブラド。私の子供、ということになっているNPCだ」

 

 会話の主導権を渡してはならない。

 ここは自己紹介という名目で探りを入れるべく捲し立てる!

 

「実は先ほど竜王国から竜公の称号を贈られてね? いずれ私の跡を継ぐ彼は竜公たるドラクルの子供、つまり子竜公、ドラキュリアということになる」

「? まあ、そういうことになる、かもしれないね」

 

 怪訝そうな雰囲気からして意味を理解していないように見える。

 だが一先ず幾らかの混乱を与えた。ならばもう一声!

 

「今の私が、ブラム・ストーカー・ヴァン・ドラクル・デイル・ランテア伯爵。その子供であり子竜公であるブラドは、ブラド・ストーカー・ヴァン・ドラキュリア・デイル・ランテア伯爵。略して、『ドラキュラ伯爵』だ!」

「!!」

 

 喰いついた!

 ブラム・ストーカーを知らない奴は少なくない、作者の名前までは普通知らない。

 ブラド・ツェペシュ、串刺し公を知らないと言うのもままあるだろう。

 しかし、ドラキュラ伯爵を知らないというのは、プレイヤーではあり得ない!!

 

 同時にこの世界にはワラキア公国も無ければ串刺し公ブラドも、それを題材にしたブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』も存在しない!

 

 よって俺がネタ半分でプレイヤー用の餌として用意したドラキュラ伯爵に喰いついたツアーは『プレイヤー』に違いない!!

 

「良ければもう一度自己紹介をしてもらえるかね? 『人形遣い』君」

 

 更なる追撃を行いつつ、渾身のドヤ顔でプレイヤーネームを明かすよう要求する。

 

 片眼鏡によって眼前の鎧が操作されていることはとっくに気付いていた。 中身は空っぽであるということが、だ。リビングアーマーなどという種族はユグドラシルには存在しない。それはゴーレムであり、つまりプレイヤーなどではないということだ。

 

 しかしこの世界に来てからというもの、割と自分でもネタアイテムだと思っていた『悪魔貴族の片眼鏡』には何度も助けられている。

 やはりこれは有用アイテムだったのだ! 爆笑してくれたルシ☆ファーよ、見ているか!!?

 

「……そうか、気付いていたのか」

 

 勿論だとも。

 さあ、どこのギルド所属だったかもついでに明かすがいい!!

 

 他のプレイヤーの動向は気になるに決まっている。そして疑り深くなってしまう。

 しかし未知の現地勢力だと言い張れば相手に付け入る隙を減らすことができる。中々よく考えられたシチュエーションだったがこの俺にかかれば―――

 

「ああ、仮の名、仮の身体で相対してすまなかった。では改めて名乗らせてもらおう。十三英雄が白銀こと、アーグランド評議国永久評議員、【白金の竜王/プラチナム・ドラゴンロード】ツァインドルクス=ヴァイシオン。故あって仮初の身体で出向かせてもらっている。改めて宜しく頼むよ、ブラム伯爵」

「「おお!」」

 

 ―――はい?

 

「いつもながら、君達ぷれいやーには驚かされるよ。とりわけ君は情報の収集が得意のようだね。あるいは推理力かな? そちらのブラド子竜伯に君が地位を継承した頃に贈り物をしてアーグランド評議国から何らかのアクションを起こせということだと思うけど、竜を冠する二つ名を持つ存在に親しみを覚えたという理由で良いかい?」

 

 良いかい? って言われても……。

 

 曖昧な笑顔で場を濁しつつ、大急ぎで情報を纏める。

 

 アーグランド評議国と言えば、ドラゴンやその他様々な種族が一緒に暮らす多種族国家だと聞いている。一応人間も普通に暮らしているという情報もある。現在ナザリックが目指す『他のギルドから文句を言われない国家』の見本と言って良い。その永久評議員の一角を占める存在となると、やはり保守的なプレイヤーなのか?!

 

 いや、その前に会話のドッヂボールをしなくては!

 

「アーグランド評議国といえば、ドラゴン達が統べる多種族国家でしたか? 人間も、それなりの自治を認められているとか……?」

「! そう、そうなんだ。各種族、民族毎に代表者を一人選出して、その代表者達が一堂に会してアーグランド評議国の運営を行っているんだ。私達永久評議員も人間の代表もあくまで1票として扱う合議制でね! まあ永久評議員はバランスを保つ以上のことはしていないから同じ一票とは言えないかもしれないけど―――」

 

 聞いてもいないのに評議国の政治形態を語り始めた。

 捲し立ててくる話を纏めると、リアル世界では形骸化してしまった民主主義に近い形態だろうか? パッと見平等な政治形態には思える。

 

「種族毎に一つの意見を述べる、という形態か。確かに平等には見えますな。個々の種族からの不満が出にくい形態と言えよう」

「そうだろう? リーダーから聞いたアイデアを参考にして今の形になったんだ!」

「少なくとも、先日までのリ・エスティーゼ王国の貴族主義よりは遥かにマシでしょうな」

 

 種族間の争いごとを治めるために他の複数の種族の意見を取り入れる。これは悪くない。今後の参考にしておこう。

 そしてそのために代表者を選出させて意見を述べさせるのも悪くない。20世紀頃に行われていた政治形態が近いのだろうか? あまり近代の知識は持っていないが、平和な時代だったんだから良い方法に違いない。

 今度アルベドに意見を聞いてみよう。

 

「我々も、所謂多種族国家の成立を目指している。そのモデルケースとしてアーグランド評議国はとても魅力的に映るよ」

「そう言ってもらえて嬉しいよ! 今のところリ・エスティーゼ王国との交流は僅かだけど、今から交易を増やしていけば将来的には王国全体の意識をも変えることができるはずだ。君が前面に立ってくれれば、子竜公即位の際にアーグランド評議国は大々的に祝福できるだろう!」

 

 なんだかトントン拍子にアーグランド評議国との秘密協定ができあがっていく。

 だが待て、一つ重要なことを聞いていない。

 

「アーグランド評議国では多くの種族が共に暮らしているそうだが、……例えばアンデッドなども、立場を認められているのかね?」

 

 此処はとても重要だ。回答如何では非常に厄介なことになってしまう。

 

「アンデッドか……」

 

 やはり反応が鈍い。

 せめて対話する意思はある程度のことを言ってほしいところだが――。

 

「君達には申し訳ないんだけど、無暗に襲いかかってこない、対話のできる知能を持ったモノとは共存したいと思っているんだ」

「……なに?」

 

 心底申し訳なさそうに語る竜王の言葉に思わず疑問の声が出てしまう。

 

「君が治めるエ・ランテルがアンデッドの集団に襲われた事は聞いてるよ? 異形種狩り、というモノがかつての世界で行われていたとも聞いた。だけども、話せばわかるアンデッドだっているんだ。君も知っていると思うけど六大神はぷれいやーで、彼等は人類を助けるために手を尽くしていた。実はその一人もアンデッドだったんだ! 一概にアンデッドだからと排除すべきではないと私は思うんだ。 そもそも人間種以外が多く存在するこの世界では――」

 

 混乱する俺を余所に、アンデッドを始めとした異形種に分類される者達を守ろうと必死の嘆願をされてしまう。

 

「この世界出身のアンデッドにも、話が出来る者はいる。ぷれいやーにもアンデッドはいる筈だろう? 無用な騒乱を無くすためにも、歩み寄ってみては貰えないだろうか……? 勿論話を聞かない、あるいは話をする知性の無いものなら排除すべきだ。それは全面的に同意する。だけど、無用にアンデッドだからと戦うのは、どうかやめて欲しいんだ」

 

 アンデッドを容認して貰うための交渉をしようと思ったら、アンデッドを擁護されてしまった。それもかなり必死に。

 

 混乱状態は即座に解消しているとはいえ、このままでは頭がパンクしてしまう! どうにかしてこの濁流の如き話を止めなくては。

 

「勘違いをして貰っては困る。共にこの地へ来た仲間を排除されるのではないかと思って訊ねただけだ。無論、それらをアンデッドだからと排除するつもりなら……!」

 

 言いつつ自分のように人間化して溶け込むことのできないモモンガさんが悪者扱いされて排除される光景を思い浮かべ、思わず、ほんのちょっぴり怒気が溢れてしまった。

 

 しかし、ほんのちょっぴり程度の怒気で済んだのは俺だけだったらしく、後方から凄まじいプレッシャーが放たれる。

 更には近くで待機していた者達も俺とニグレドの魔法によって音声を共有しているため、後方で待機していた者達から溢れ出た殺意によってこのフィールド全体が覆われてしまう。

 

「そんなことはしない! 先程話した六大神およびスレイン法国とは条約を結んでいるし、かつて十三英雄として活動していたときにもアンデッドの仲間と協力して戦ったんだ! それにアーグランド評議国にも、少ないけどエルダーリッチが住んでる。嘘だと思うなら見に来てくれていい、私が案内しよう。彼等はマジックアイテムを製作しつつ気ままに暮らしている。本当だ! 我々アーグランド評議国、ひいては竜族は平和と共存を――」

 

 少々手の内を曝し過ぎたが、まあ上出来だろう。

 これだけ協力体制になりたいと表明する言質を取ったのだから。

 

「信じよう、ツアー殿。そして信じるがゆえにこの姿を見せておく」

 

 言い放ち、〈完全人化〉を解除して吸血鬼の身体へと変質させていく。

 騙していたようで申し訳ないのだが、先に正体を隠して接触してきたのはあちらだ。文句は言われないだろう。

 

「そうか、君は……。だからアンデッドすらも容認される国を作ろうとしていたのか……!」

「解っていると思うが」

「ああ、君が《吸血鬼》であることは決して誰にも漏らしたりしない。竜王としての誇りに誓おう」

 

 こうしてナザリックとアーグランド評議国の、正確には現地最強の個体たる白金の竜王との秘密協定が締結されたのだった。

 

 

 

 その後も様々な情報を交換していった結果、互いに少なくない収穫を得ることができたように思う。

 

 まず理由はわからないが、100年周期でプレイヤーがこの世界にやってくることがわかった。

 

 過去に来たのは順に六大神、八欲王、口だけの賢者、カッツェ平原の獣人王国、十三英雄のリーダーとドワーフの鍛冶王、ゴブリン王、そして今代のブラム・ストーカーがそれにあたるらしい。

 それ以外、ないしそれ以前に来ていた可能性は否定できないが、大きな変化を齎したのはこれらであるという。

 

 また口だけの賢者が齎した技術革新の影響はこの世界を大きく変えたとされ、その影響力はこの世界に元々存在した原始の魔法を塗り潰して位階魔法に組み込ませた八欲王に匹敵するという。

 

「既に大陸中央部で権勢を誇っていた竜王達は軒並み討取られているんだ。それを可能とする兵器であるらしいけど……」

「火器類は使用者の技量より武器その物の性能がモノを言う、そういう兵器だ。竜の鱗をも貫けるだけの威力を持たせた銃、というか大砲を大量配備すれば兵数を揃えるだけで押し勝てるだろうよ」

「それは……恐ろしい武器なんだね」

「ふんっ。これからそれを相手にせねばならんと思うと、頭が痛い」

 

 思わずため息を吐く。

 これは半分本音であるが、同時に対処は可能だろうという思いを持ちつつ行う「ふり」でもある。

 

 しかし弱気な態度を見せるわけにもいくまい。

 

「まあ、相手の武器の性質さえ知っていればどうとでもなる。任せてくれたまえ!」

「本当かい?! 正直に言ってぷれいやーの出現と同じくらい牛頭族の侵攻には頭を抱えていたんだ。此処で止めてくれると助かる。このままでは本格的に竜族対牛頭族の図式になってしまい、この世界の勢力図を大きく塗り替える事態にまで発展していたんだ……」

 

 恩を売るべく強気な発言を繰り返した結果、ミノタウロス銃兵隊への対処を任されてしまった。

 

 まあ大口を叩いてしまったが、実際のところ余程技術的に発展していなければ対処法は存在する。

 正面を重装歩兵で堪えつつ側面から隠遁に長けた高速の兵団に襲わせればいいのだ。具体的に言えば、正面を高い不死性を誇るトロール重装歩兵隊で固め、スキル〈肉球〉によって静音性に優れたアサシン特化種族であるビーストマンの強襲部隊を側面からぶつけてやれば良い。

 そもそもビーストマンについてはスタミナに難がある代わりに短期決戦に長けた種族的なボーナスがある。そのことを踏まえると何故真正面から攻め込んできたのか疑問ですらあるが、この辺は星君や族長の黒髪と相談しておこう。

 

 まあいざとなったらモモンガさんやマーレの気象操作で濃霧にするだけでマスケット系の銃は無力化できる。これについては〈薬莢〉が開発されていなければだが、流石に今まで見た限りでは作れないだろう。少なくともビーストマンが戦った相手は連式銃ではなかったそうだし。

 

 さしあたって矢面に立たされたという大問題こそあれど、後顧の憂いがほぼ無くなったことは実にめでたい。

 将来的には同盟国として他種族の援軍を得られる可能性も視野に入る。協力して領地を守っているという外聞を得られるということは実に宜しい。

 

 

 

「それではツアー殿、私は人間族の兵団で牛頭族の銃歩兵隊を迎え撃つ準備に取り掛からねばならんのでな。名残惜しいがこの辺りで御暇させてもらおう。強力な武装を施した強大な種族が相手なので、加減の類はしかねるが構わんね?」

「それは仕方ないことだろうね。殺さなくては殺される、そういう武器を使っていると聞いているよ」

 

 少なくない期間に亘ってプレイヤーからこの世界を守護していたかのような口ぶりをする竜王殿の許可を貰い、本格的にミノタウロス王国を相手に戦端を開く用意ができた。対外的には竜公たる自分がこの世界の竜王と同盟を組んだということになる。

 どちらが上かは言うまでもない。

 

 攻めてきた異形種を相手にした場合でなら加減無用の言質を取ったことも大きい。

 額縁だけ見れば相手が攻め込んできたときにだけ効果を発揮する同意ではあるが、『攻めてきた相手を倒す』分にはいかようにでも力を使うことができるとも取れる。その後弱体化した相手をどう料理するかは、現地の人々に任せれば良いのだ。

 

 別に倒すだけならどうとでもなるのだが、100年後にやってくるだろうプレイヤーへの心証を想うとプレイヤーとして暴れるのは避けるべきだろう。それこそミノタウロス系のギルドが来てしまったら目も当てられないことになる。

 

「何かあればこの『ナザリック』まで連絡してくれたまえ。火急の用件であればそのスクロールを使ってくれても良い。長引くようなら私から連絡を取り直しても良いしね。ちょっとした困り事から大規模な侵攻作戦まで、我々アインズ・ウール・ゴウンが相談に乗るよ。力になるかは別としてね?」

「ああ、頼りにさせてもらうよ。君も何かあればいつでも〈伝言〉で連絡してほしい」

 

 ちゃっかり〈伝言〉のスクロールを御土産に渡して現地最強の存在と思われる竜王との会談を終える。

 個として強大な力を誇る竜王であるがゆえに、高位の情報系魔法は習得しておるまい。情報系魔法特化のニグレドと高位のスクロールを大盤振る舞いしたモモンガさんがタッグを組めばほぼ察知されずに追跡できよう。また対情報魔法を使われた瞬間に魔法を停止すればほぼ勘付かれることはない。

 これはギルメンがわざと負けて奪わせたアイテムを使って行う、肉を切らせて拠点を潰すぷにさん考案の対プレイヤー戦術の一つだ。さすがに情報系魔法が軽視されていた初期の頃しか上手くいかなかったが、それでもPVPギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名を知らしめた戦術の一つである。

 

〈状況終了。これよりナザリックへ帰還する〉

〈お疲れさまでした、ネクロさん。ターゲットは対情報系魔法を使うことなく、住処に向かっていますよ〉

〈それは何より。少々心が痛むがね〉

〈そこはスクロールの対価ということにしておきましょう〉

〈それは何とも、タダが高く付いたものだ〉

 

 最後の最後、スライムの如く崩れ落ちたい衝動に逆らいつつ参加者全てに筒抜けな〈伝言〉での交信を以て、本当の意味で作戦を終了する。

 

 敵を騙すには先ず味方からとは言うモノの、何処からを騙しているという認識にすれば良いかすら解ったものじゃない。そして他者を騙すというのは気が張るし心が軋む。何も気にせずに済む睡眠状態というのはこの世界では究極の安息ではなかろうか?

 

 あー、早く〈怠惰の枕〉を使って夢の世界に飛び込みたい……。

 睡眠無効の種族でもHP・MPの回復量が増す睡眠状態に移行できるという末期に解放された特殊アイテムの一つだが、それらのアイテムに対して種族特性を潰しにかかる処置と憤りを覚えていたのがモモンガさんだった。

 それを説き伏せてまで取りにいったことは、今となっては英断だったと心から思う。世の中何が役に立つかなんてわからないものだ。下手をすると一緒に食事すら取れなかったんだから、本当に危ないところだった。

 

 後でモモンガさんの部屋で打ち上げ会でもしようかなー?

 マーレが育ててくれた金麦を贅沢に使った経験値アイテム〈金麦酒〉をクイっといくのも良いだろう。モモンガさんだって今日くらい許してくれるだろう。多分。

 

 

 

 

 

「―――つまりネクロロリコン様はアーグランド評議国から使者が来ることを見越して今回の竜王国救援を指示なさったと、いうこと?」

「表面的にはそういうことになるね。しかし――」

「遠からずブラム氏に跡を継がせるという御方針はァ、かァなり前から計画しておられましたァ。少なくとも、大計『ゲヘナ』の時点でエ・ランテルの治世おぉぉおよびッ! アーグランド評議国への御対応についてもォ……!」

「御計画しておられた、ということですわね」

「己の見識の狭さが、何と言いますか、嫌になりますねえ」

「こればかりは、デミウルゴス卿。至高の御方々の御共謀によるものでありますれば。我々如きでは測り知れぬというのもやむなきかとぉ、不肖このパンドラズ・アクター! 御意見致したいッ!!」

「当然の如く白金の竜王の住処までも特定されてしまいましたわね。まだ確定情報ではないとの御言葉ですが……。また、この方法はぷにっと萌え様が考案なされた戦術であるそうですが」

「いったいあとどれほどの戦術を御持ちなのか。そもそも同じ手札を持っていたとしても、同じ領域で思考できるか甚だ疑問ではあります……」

 

 もはや定例となりつつあるバーでの打ち上げ会。御方々に御仕えする三巨頭が額を突き合わせて相談し合うこの光景も定番となりつつある。

 デミウルゴスの弱り顔も、アルベドのフォローも、パンドラの解説も、ある意味恒例行事である。

 

「……幸いにして、我々は100年の猶予を与えられております。今の御方々に追いつくことができれば、来たる騒乱において我らも御役に立てることでしょう!」

「その通りよ! それを御期待なさっているからこそ、デミウルゴスに数多の指南をしてくださっているのではなくて?」

 

 至高の御方々の頂点たるモモンガから時折受ける戦術指南の数々。その全てを頭に叩き込み、また自分一人の脳内で風化させるまいと書きとめ共有しているのがデミウルゴスである。対してその知識を補足すべく御方々から享受された英知を惜しげもなく提供するパンドラズ・アクター。そしてそれらの情報を一歩引いた目線で精査するアルベドによって彼らが扱えるように整理されていく。

 こうして『与えられた』知識はナザリックのシモベ達に共有されていく。より高度な戦術行動ができるように、御方々の御期待に添える形へと。

 

 

 

 『騙される』ことこそが、支配者達の『望み』であると知るからこそ。

 

 

 最初に『騙された』シモベは、望まれた『役』をこなし続ける。

 

 

 それこそが己の生きる意義であると『信ずる』が故に。

 




 という訳で騙し騙しツアーと協力関係を構築しました。ばれなければ騙したことにはならないのです。

 お互い必至に譲歩しあおうとしていましたが、ここはプレイヤーとして、更に言えばリアル社会で生きて来たネクロロリコンがやや優位に交渉を進めました。
低レベルな交渉でしたが、最強種族であろうツアーが腹芸出来るかと言われれば難しいだろうと思います。普通の竜族よりは考えて動くと思いますが、それが限界でしょう。それこそリアルで上司達相手に生き抜いてきた周到なプレイヤーが相手では分が悪いです。
 過去にはDQNな八欲王とやりあったであろうツアーにしてみれば話が出来るだけ有難い相手だったという状況でした。

 どうでも良いですが、原作読み返して『僕』じゃない事に少なくない衝撃を覚えたりした作者です。そのしゃべり方は僕だろ……! もしかして雌なのかお前?!
 ええ、どうでも良いですね。

 ドラウディロンも妾だと思っていました。やっぱり喋り方のイメージで。
 イメージって怖いですね……。

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