墓守達に幸福を   作:虎馬

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 相変わらずお待たせいたしました。

 そして色々書いていたら此処まで伸びてしまいました。視点が変わりまくっておりますので読みにくかったら申し訳ないです。全ては力量が追いつかない私の実力不足故です。御許しを。

 だってオリキャラ同士のガチンコとかもはやオバロ二次じゃないやん! という思いがありますので、その辺は生温かい目で見て貰えれば幸いです。



 と言う訳で対ビーストマン戦、開幕です。




41.大虐殺

 雄叫びを上げ突撃するビーストマンの戦士達、その数100余り。

 総勢3000のうちの僅か100程度である。

 先行する戦士の数は聊か少なく思えるが、これにはビーストマンという種族の『経験値』の少なさが影響している。

 

 長年に渡り辺境に住んでいたビーストマンは他種族からの侵略を受けず、また同族同士の戦いは族長や家長同士の決闘で収めてきた。そのため集団対集団という戦争の形態そのものが全くの未知なものであった。

 これはミノタウロス軍との戦いで一方的な敗北を喫した事の一因でもある。

 

 そもそも彼らに陣形などという概念は無い。

 集団戦であろうともあくまで個として戦い、剣や手斧を振り回して倒し倒される。これをどちらかが戦えなくなるまで戦場全体で繰り返すのがビーストマンにとっての「戦争」である。

 そのため攻め込む戦士達は同胞の邪魔にならぬようそれぞれ間隔を取っている。

 

 更に言うと、個としての力を尊ぶビーストマンという特性により連携を取るという考えも薄い。

 比較的集団行動をとる傾向のあるレオ族はまだ複数人がかりで大物にかかるという戦術を持っていたが、そんな彼らだからこそ縄張りの防衛のために残っている。

 

 そもそも脆弱な人間相手であれば、2~3人程度は容易く相手にできるという共通認識が彼らの中にはあった。

 

 

 

 『尋常』な勝負であればという一方的な前提条件の下に、『異種族』と戦争を始めてしまった。

 

 

 

 これが、彼らビーストマン最大の悲劇であった。

 

 

 

 

 

「ステータスの差に任せた無策で野蛮な突撃。知性の欠片も見えませんね」

 

 その光景を観察するデミウルゴスは思わず苦笑を漏らす。

 

「私ハ戦術トイウモノニ明ルクハ無イノダガ、ソレデモ突撃スルビーストマン達ト御方ガ率イル人間達ノ違イハ解ル。整然ト並ブ人間ノ兵達ハ長槍ヲ用イテ相手ノ間合イノ外カラ先ンジテ攻撃シ、横ニ並ブ同胞達モソノ援護ニ回ル事ガデキル。故ニ彼ラハ前方ノ敵ニ複数人掛カリデ対処スルコトガデキル。ビーストマンガ間隔ヲ開ケテ突撃シテイル状況ニヨリコノ効果ハ顕著ニ顕レルダロウ。ソシテ、正面カラ敵ノ対処ガデキルヨウニ戦場スラモ設定サレテイル。不慣レナ長槍トイエド、突キ出シ振リ下ロスダケナラバ問題ハアルマイ。対スルビーストマンハ――」

 

 同じくナザリック地下大墳墓で戦場を俯瞰するコキュートスも戦況を分析しつつ見解を述べる。

 至高の御方が設定した『勝つべくして勝つ』戦況を。

 

「うん、そうだねコキュートス。まず左右に回り込むことができないよう、平原の側面に木の杭を乱立なさった御様子。これによって側面からの攻撃を妨がれている訳だね。更に言うと、同族の亡骸というものは強い忌避感を与えるものだからねぇ。結果として、陣の厚い中心部に敵兵が殺到している訳だ。哀れな彼らはそこが死地とも知らずに!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべるデミウルゴスは、ネクロロリコンが用意した罠の数々を開帳していく。

 

「この一戦にネクロロリコン様が用意なさった『罠』は実に7つ! 圧倒的な力を御持ちでありながら、尚も確実な勝利を得るために手を尽くされるその御姿! このデミウルゴス、感嘆の念を禁じ得ません……!」

 

 

 

 

 

 突撃する先駆けの若い衆の背中を見守る総長の心は晴れない。

 

 異常なまでに密集した人間の陣形、草葉に隠れて見えない穂先、頭上に飛び交うレイブンの群、そして厚い雲に覆われた空。

 その全てが己らに害をなすものであるように感じてならない。

 

 指揮官が臆病風に吹かれたとあっては二度と連合軍による遠征部隊は編成できまい。歯を食いしばり、不安を噛み殺し戦況を見つめる。

 決して不利な戦況ではない、それは解っている。

 

 だからこそ、止めることは、指揮官には許されない。

 

 

 

 その視線の先で先方の集団が人間の陣形へと攻めかかっていった。

 

 

 

 

 

 攻めかかる戦士達は人間兵達の構えから凡その槍の長さを予測する。

 

 穂先を地面に付けているとしても随分と長い。少なくとも見たことの無い長さの槍であることは間違いない。あの密集した兵達であれば、少なく見積もっても一人当たり5本以上の槍を掻い潜る必要があるだろう。

 

 最前列の兵達の隙間から伸びる2列目の兵達の槍も注視すべきだ。

 仮に最寄りの兵の刺突を回避するなら、その奥で待ちかまえる二列目の槍が襲いかかる。ならばいっそ弾いて真っ直ぐ突っ込むべきか? 戦士としての経験から最善の未来を推測しつつ、前進し続ける。

 

 改めて見れば、恐ろしい状況ではある。

 

 人間の兵達を相手にするとして、5人までならば多少の負傷を覚悟すれば勝利をすることができるだろう。

 しかしすぐ後ろで槍を構えている兵達を加味すれば、一人で10人近くの敵兵を相手にしなくてはならないということになる。こうなると勝利は苦しい。

 一人二人は道ずれにして見せるだろうが、自身の命は無い。

 

 しかし彼らに恐怖など無い。戦場特有の『高揚感』とあの老人への『怒り』によって塗り潰されている。

 

 あと数歩。

 

 あと数歩で人間兵の槍の間合いに入る。

 

 手に持った手斧を握り直す。

 

 前列の兵が繰り出す槍は弾き、左右から迫る槍をすり抜け、後列の兵達の攻撃を耐え、非道なる人間の戦列を喰い破る。

 

 気合を入れ直し、人間兵の動向に意識を集中し、攻撃に全身のエネルギーを注ぎ込む。

 

 その瞬間。

 

 

 その一瞬を。

 

 

 

 その一瞬に生じた隙を。

 

 

 

 戦場の支配者は狙い撃つ。

 

 

 

 

 

「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」」」

 

 

 

 

 

 戦士達の頭上から怪音が降り注ぐ。

 

 

 

 

 戦闘に無関係なはずのレイブンの群。

 

 それらが突然上げた奇声。

 

 意識の外から襲いかかる異音に、熟練の戦士達は即座に反応する。

 

 反応してしまう。

 

 

 

 

 

「―――<穂先を上げよ>!!」

 

 

 

 

 

 頭上に意識が向かったビーストマンの戦士達、その足元から刃の壁がせり上がる。

 

 彼らを討取るべくして繰り出された〈槍衾〉が。

 

 そして必殺の罠の数々が。

 

 遂にその姿を現す。

 

 

 

 

 

「グッ!」

「うおッ?!」

 

 先行し、横並びになったビーストマンの戦士達は、ほぼ同時に死の壁に激突する。

 未熟な戦士はなんの抵抗もできずに複数の穂先に胴体を貫かれ、それなりに熟練した戦士もまた咄嗟に避けた先に待ちかまえる『鎌』に絡めとられる。

 そして失速した戦士を待っているのは、すぐ横で虎視眈々と待ちかまえる別の槍の穂先である。

 

 誰もが同様に死の壁に激突し、そして、長槍にその身を貫かれる。

 

 

 

「〈槍玉〉に挙げ、贄を天に掲げよッ!!!」

「「「「ネバギバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッ!!!」」」」

 

 胴を貫かれた同胞達が天に掲げられる。

 

 これ見よがしに、苦悶の声を上げるビーストマンの戦士達が、『戦場に曝される』。

 

 

 

「グッ、ガァッ、や、やめろぉ……!」

「いでぇ、いでぇよぉ……!」

「止めろ、やめてくれえええええええええええ!!!」

 

 即死にはならなかった哀れな戦士達が、自重で穂先を沈みこませつつ、血と絶望の声を吐きだす。

 

 

 

 

 

 先行した若集の後を追っていた戦士達は、眼前に広がる光景を目にして凍りつく。

 

 戦士達にとって、戦いとはどちらが上かを決める儀式という意味合いが強い。

 互いに命を失うことは同意の上ではあっても、お互い積極的に奪い合うものではない。

 つまり戦士の決闘において、死とは結果であって目的ではなかったのだ。

 

 まして、狩りであれば獲物の反攻により怪我を負わされることがある程度。運の無い者が稀に命を落とす。その程度の認識でしかなかった。

 

 死とは、戦いの場であっても縁遠いものであったのだ。

 今までの彼らにとっては。

 

 しかし二度目の大敗を前に。

 

 徐々にその前提が崩壊していく。

 

 

 

 

 

〈蛮族共に! 恐怖と、苦痛と、その果てに死を与えよ!!〉

 

 

 

 

 

 掲げられた同胞達に次々と穂先が埋め込まれていく。

 

 

 

 即死にならなかった哀れな同胞達が、天に掲げられた亡骸達が、視線の先で無数の槍で破壊されていく。

 

「な、何と言う……」

「こんな、酷過ぎる!」

「コレが、人間達の、戦争なのか……!」

 

 〈公開処刑〉される同胞達を見た戦士達が慄く。

 

 狩りの結果として喰らうのではない。強弱を競った結果の事故でもない。

 『殺した』、その事実にこそ意味がある戦闘行為。

 唯ひたすらに敵を排除するために殺す。戦争の、兵士による殺し。

 

 

 彼らは、

 

 此処に来て初めて、

 

 人間達を対等の敵と認識した。

 

 

 

 

 

〈決ィィイイまったァァァァァァァ!!! やったぜモモンガさん見てるううううううううう?!?!〉

〈さすがネクロさん、完璧です!! よっ! 串刺し公!!〉

〈遂に念願の串刺し公かぁ……! よっしゃァアア! このまま押し潰してやるゼエエエエェェェェェイ!!!〉

 

 〈伝言〉越しに仲間の雄叫びが聞こえてくる。仲間の楽しそうな声が。

 二人きりで資金稼ぎをするようになってから滅多に聞けなくなった興奮する『友』の声に、思わず目元が熱くなる。

 

 ネクロロリコンが興奮する理由もよく解る。この状況はゲーム時代でもそうそう叶わなかった夢のような環境だ。

 仲間が去っていった後は当然として、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期であっても、人型の兵を5000も集めるのは簡単なことではなかった。それも長槍で統一するとなると、費用対効果が低すぎて他者に頼みにくい。つまり趣味の一環としてほぼ自力で用意しなくてはならなかった。

 しかしネクロロリコンは指揮官であって召喚者ではない。つまり、自力では到底叶えられない状況となる。《死霊術士》を極めた自分でも性能面と数を両立させるとなると、此処までの兵団を用意するのはかなり厳しい。

 これほどの大軍を率いて、それも軍勢を相手に戦うなど、さぞかし興奮することだろう。指揮官冥利に尽きると言ったところだろうか。

 

 そして〈伝言〉から伝わる歓声で思い起こすのは懐かしの思い出達。趣味に生きるギルメン達が、労力が報われた瞬間に感極まって上げた奇声の数々。

 特に少なくない時間を注ぎ込んで戦力を整えるネクロロリコン達は、準備に費やす地味で地道な作業の反動か上手くいったときは毎回非常に煩かったものだ。

 

 しかし、その煩さは嫌いではなかった。

 

 特に一人、また一人とギルメンが去っていく末期に行われる『狩り』での喧騒は一際心に残っている。

 

 趣向を凝らし、無駄に派手な行動を取らせることで笑いを取り、それを皆で囃し立てる。困難に挑む楽しさから遠のきつつあった当時、挑戦心と仲間を盛り上げようという気遣いから起こる喧騒からは大きな勇気を貰ったものだ。

 勿論、彼らは自分が楽しめるように、自分が楽しいと思えることをしていたはずだ。

 

 自分が楽しめて、なおかつ仲間も楽しめるのが最高に違いない。

 

 最近は剣を振り回す楽しさを覚えた。

 かつては後方で援護をするモモンガと前線で指揮を執るネクロロリコンという分担だったが、これからは後ろで指示を出すブラムと前線に立つモモンという新たな陣形で『遊ぶ』こともできるだろう。

 

 モモンとブラムというアバターであれば、この世界でもまた一緒に『難しいこと』に挑戦できるかもしれない。

 NPC達を交えたコンバート陣形というのも面白い。ナザリックの皆と『遊ぶ』。それはとても、とても心躍る情景だ。

 

 勿論『遊ぶ』ことができるようになるには、しっかりとした生活の基盤が必要になる。リアルではこれが無くてログインできなくなったのであろうギルメンだっていた。自分たちだって他人ごとではない、ナザリックの安全確保と安定した収入を確立させることが重要だ。

 何より二人のナザリックにおける立場をより盤石なものにしていかなくてはならない。

 

「デミウルゴス、お前の説明では些か不足している。ネクロさんの戦略をその程度のものと吹聴されては、彼はどうとも思わないかもしれないが、他でもない私が気にする。良いか? ネクロさんの戦略はそもそも―――」

 

 なので、先ずは可能な限り長所を喧伝していく。

 

 もちろん自分の長所を喧伝するのは気恥ずかしいので、相方であるネクロロリコンの素晴らしさを中心に布教していくことにする。

 悪いことを吹聴している訳ではないのだから何も問題は無いだろう。

 

 そんなモモンガの草の根活動によって、今日も『二人』の株価は高騰していくのだった。

 

 

 

 

 

 滅多刺しにされ、その果てに地面にたたきつけられる同胞の亡骸を見せ付けられた【新たなる星】であったが、彼は辛うじて現状の把握に努めていた。

 多少の犠牲は始めから織り込み済み、そう己に言い聞かせて敵の情報を精査していく。

 

 先ず隠匿され続けた槍の長さと穂先の形状が僅か100名程の犠牲で判明した。

 特に穂先の両脇に用意された鎌は悪辣と言わざるを得ない。知らずに通常の槍と思って回避した先にある追撃は、なるほど隠匿すべきであろう。この槍を密集した全ての兵が持てば回避不能な刃金の壁を作り出すことができる。

 

 戦場の上空を旋回するレイブン達も、間違いなく人間達が用意したものだ。

 軍勢同士が接触する瞬間に突然叫び声を上げるなど偶然なはずが無い。つまりは人間達の仕込みということだ。

 死肉を漁るという性質を利用して戦場におびき寄せておき、あとは何らかの方法で一斉に鳴き声をあげさせたのだ。

 

 人間達の入念な準備により、完全に出鼻を挫かれてしまった。兵達にも動揺が走っている。そもそも掛け声のねばぎばとは何なのか? 言い難い言葉を使うのだから何か意味があるはずだ。

 しかし、穂先の形状にせよレイブンの叫び声にせよ何度も喰らうような仕掛けではない。最初の一回しか効果が無い仕込みだ。

 ねばぎばが何らかの呪文であるとしても、みたところ大きな効果は無いはず。

 

 何より、人間達の攻撃では一撃でビーストマンを倒すことができていなかった。

 

 ならば、

 

「怖気づくな! 全軍が雪崩を打って攻め込めば押しつぶせる!! 一人で戦うな、複数人がかりで攻め寄せるのだ!!」

 

 如何にビーストマンの戦士が精強とはいえ、人間10人が相手では勝てない。一方的に殺されるだろう。

 それなら一人で行かなければ良いのだ。多少動き難くとも、槍を弾いて進み、そのまま押し込めば良い。

 

 

 

 人間達の戦い方を見て学習した結果、ビーストマンの戦士達は集団戦の基礎を手に入れ始めていた。

 複数人で敵に当たるという、有利な状況を作り出してから戦うという兵士の戦いを。

 

 だが、もはや遅すぎた。

 

 

 

 敵を脅威と認識し、死を意識した戦士達の心は、少しずつ「恐怖」に侵されていく。

 

 

 

 ビーストマンが遮二無二攻め寄せてくる様子を見たブラムは、予定通りとばかりに人差し指と親指を口に咥え、勢いよく息を吹き出す。

 

「ふーーーーーーーーーー!!」

 

「「「……?」」」

 

 しかし、なにもおこらなかった!

 

 指笛だろうか? しかし音すら出ないとはいったい何が目的なのか?

 

 警戒と困惑によりビーストマン達は思わず停止する。

 『落ち着いて』、冷静に周囲を見渡す。

 

 警戒する視線の先でブラムはもう一度大きく息を吸い込み、改めて、勢いよく息を吹き出す。

 

「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 やはり、なにもおこらなかった!

 

 困惑の眼差しが集中した先で、ブラムはそのまま何事も無かったかのように両手で槍を構え直し、

 

「ぜ、〈全軍微速前進〉! 並足!!」

 

 進軍の号令を下した。

 

 

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 

 

 いったいなんだったのだろうか?

 こちらの突撃を止めさせるためのフェイントだろうか?

 

 陣形を維持したまま同胞の死体を踏みにじりつつ前進する人間の兵達を見るビーストマン達は、幾許かの疑問を持ちつつも改めて突撃の態勢に入る。

 そのために、まず傍らの戦友とタイミングを合わせるために周囲を見渡す。

 

 そうして漸く気付く。戦場を襲う異変に。

 

「うわっ、何で突然レイブン達が襲ってくるんだ?!」

「! 空だけじゃない、草陰に何かいるぞ!!」

「獣、狼だ! 気を付けろ、こいつら同時に襲って―――うわぁああああ?!」

 

 空と足元、二つの死角からの〈奇襲〉により戦士達は一気に「恐慌」状態に陥る。

 

 勿論ビーストマンを気遣って人間の兵達が歩みを止めることなどありえない。

 

 逆である。

 敵が弱みを見せたそのときこそ、攻め込むのだ。

 

〈進軍せよ! 蹂躙せよ! 虐殺せよ!!〉

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 上下からの襲撃により己が身を守ることに精一杯なビーストマンは、連携して迎撃する余裕などない。

 更に言えば、草陰に潜む狼の影に脅えて戦場から逃げ出すことすらままならない。

 

 そうして一人一人順番に、確実に、刃金の怒濤に呑み込まれていく。

 

〈フフフ、ハハハハハ! アーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!〉

 

 戦場にブラムの〈哄笑〉と戦士達の断末魔の絶叫が響き渡る。

 

 こうして、

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 虐殺が始まる。

 

 

 

 

 

「敵を〈槍玉〉に上げ、更に〈公開処刑〉によって相手の士気を挫く! コレがネクロさんの得意技だ!! そして別働隊の奇襲により完全に「恐怖」状態にしてしまえば、あとは一方的な虐殺だ。レベル差が30あっても余裕で押しつぶせる! この一連の流れこそが、ネクロロリコン式ファランクスだ!!」

 

 拳を握りしめ、目を輝かせるモモンガは盟友の手腕を褒め称える。

 

「歩兵隊で敵を抑え込み、ガラ空きの側面に別働隊の騎兵を突っ込ませて壊滅するのがマケドニア式ファランクスなわけだが。しかし、研究を重ねたネクロさんが編み出した新戦術は逆! 足の速い別働隊で相手の足を止めて主力の歩兵隊で押し潰す! まあ騎兵隊を用意するのは難しいからな、その代替案として考案したそうだが……。つまりは臨機応変! 彼にこそ相応しい言葉だと思わないか?」

 

 解説を始めたモモンガだったが、興が乗ってどんどん解説に熱が入っていく。そんな早口に捲し立てるモモンガの解説を、デミウルゴス達は姿勢を正して傾聴する。

 

 至高の御方自らが、態々同じく至高の御方の戦術・戦略の解説をしてくださっているのだ。一字一句聞き逃す訳にはいかない。

 常にシモベ達の成長を促してくださる。何と慈悲深き御方なのだろうか。

 

「ネクロさんはチームプレイが上手くてな? 特に待ち伏せをさせたらナザリックでも屈指の腕前だったものだ。今回もマーレが〈隠蔽草原/マスキング グラスランド〉で戦場を覆ってから【軍狼】を潜ませることで奇襲の成功率と効果を大きく高めている。普段はアウラのモンスター軍団に有利な戦場を作るために使っているものだが、勿論ネクロさんもその事を知っていた訳だな。更に言えば先ほどの【レイブン】達の絶叫もアウラが《猛獣使い》のスキルで上位種族である【死告烏/ネヴァン】のスキルを発動させていたのだぞ? 唯の叫び声ではあそこまでの効果は無かったことだろう。このようにそれぞれの持つポテンシャルやスキル、魔法の性質や効果を普段から頭に入れて戦術を組んでいる訳だ。それから地形や敵の種族的な特性なども考慮に入れるべきだ。より効率的な戦闘を行うためには情報というものは非常に重要ということだな。今まで話したことはどれも単純で基本的なことだがとても大切なことでな。特にデミウルゴス、お前はナザリックの軍事統括なのだから―――」

 

 微に入り細を穿ったモモンガの解説をききつつ戦場の様子を見るデミウルゴスは、背筋の震えが止まらない。

 まさしく、全てが御方の掌の上で動いている。それも僅かな準備期間しか無かったはずだというのに!

 

 後日、ビーストマンの種族的文化的性質までも考慮に入れた作戦であったことが判明することとなるが、そんなことはネクロロリコンとてあずかり知らぬことだった。

 

 

 

 

 

「総員〈撤退〉!! 〈撤退〉――――――!!!」

 

 ビーストマン連合の指揮官たる【新たな星】は声を張り上げる。

 

 正直に言って舐めていた。

 

 人間そのものはそれほど恐れるような相手ではないと。悪魔さえ出てこなければ問題は無いと。

 

 甘かった。甘すぎた!

 

 戦士と兵士の違い、決闘と戦争の違い。かつてのミノタウロスとの戦いで身にしみて理解していたはずだというのに。

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 撤退は遅々として進まない。

 レイブンや草陰に隠れる狼達は前線の戦士達への攻撃による人間兵の援護から、撤退する者達への追撃に移行していた。

 

 厄介なことに狼達は殺すことより足止めすることを優先しているらしく、足元に攻撃を集中させて逃げられないようにしているらしい。

 そして足を負傷した後列の戦士が邪魔になって、撤退を更に遅れさせている。

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 気づけば頭上からは雨粒が降り始めている。

 勝敗は決した。このまま戦えば全滅する。

 なによりもたもたしていれば本降りになり、河が増水。退路すら完全に断たれてしまう。

 既に上流に降った雨の影響が出ている可能性も否定できない。

 

 指揮官として、種族の未来を守るために必要な決断とは何か。

 

 歯を食いしばり、眼前の同胞を助けることから、この敗北を、この経験を持ちかえることに方針を切り替える。

 

「兵を纏め人間領を脱出する! もはや猶予は無い!!」

「な、何を! 彼らを見殺しにするというのか?!」

 

 後方へと下がってきた戦士達を纏めて戦場を去ろうとする【新たな星】を見て、タイガー族の族長は同胞達を見捨てるのかと声を荒げる。

 戦場には未だ多くの同胞達が残っている。確かにその通りだ。

 

 しかし、

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。

 

 壊乱した戦士達は足を負傷した同胞が増加し続けていることもあってまともに後退できていない。

 次々に追いつかれ、着実に数を減らしていく。

 

 何より雨が少しずつ強まっている。

 迷っている余裕などない。

 

「河が増水し、退路を断たれれば我々は全滅だ。つまり人間兵の強さを誰も伝えることができんということだ! 解るか? 此処で我々が死ねば、そのまま一族が滅びるのだ!!」

 

 苦悶の声を上げる族長を尻目に、僅かな兵を率いて戦場を後にする。

 

 比較的正気を保った兵のみを纏め、恐慌状態で四方に散っていく者は諦める。あるいはバラけさせた方が人間の追手から逃げられるかもしれない。

 そうして逃げ延びた者が一人でもいれば、人間の戦い方を一族に伝えることができるかもしれない。

 空を飛びまわるレイブン達が騒々しい。飛び道具を卑怯者の道具と侮ってきた一族のツケが頭上から重くのしかかる。

 

 それでも希望に縋りつき、全力で戦場を離脱する。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな僅かな希望すらも、逃亡した先で容易く摘み取られる。

 

 

 

 

 

「―――ファイナル・エクサ・ブレイカアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 同胞達を見捨て、這う這うの体で戦場を後にした彼らを待っていたもの。

 それは増水し氾濫した河と、漆黒の鎧を纏い身の丈ほどもある大剣を振う偉丈夫の姿であった。

 

 狼達の追撃を振り切り、此処まで辿り着いた同胞は僅か50にも満たない。

 それも疲労困憊、まともに戦える者などほとんどいない有様である。

 

「貴様も、貴様もブラムとやらの……?」

「ああ。我々は伯爵とは違う拠点へ援軍に向かったのだが、手を下すまでもなく壊滅していたものでね? そこに本格的な侵攻部隊が来たと聞いて、こうして退路を断つために急行したのだよ」

 

 荒い息を吐く傍らの灰白色の狼が恐らく此処まで案内したのだろう。よく見れば黒と赤の髪をした女達もいた。

 この人間達も装備を見るにそれなり以上の腕前であろう、それを戦場ではなく態々退路に配置したということは。

 

「始めから、我々に勝ち目は無かったというのか」

 

 彼ら無しでも追い払えるという絶対的な自信の表れであろう。

 

 

 

 絶望的な心境で善後策を練る【新たな星】の背後からあの足音が響く。

 

 整然と並ぶ兵士の集団。

 まるで一個の生命体であるかのように、呼吸を合わせ、足並みを揃え、着実に近付いてくる。

 

「こ、殺される……皆! 殺されるぅ!!」

「もう駄目だぁ、おしまいだぁ……」

「に、逃げるんだ。勝てる訳が無い!」

「逃げ道なんかない、もう囲まれている……!」

 

 悄然と立ち尽くすもの、絶望に膝を折るもの、喚き散らすもの、反応はそれぞれであったが、結局のところ何もできないということで一致している。

 口元を鮮血で濡らした狼達に四方を囲まれ、頭上には相変わらずレイブン達が飛び回っている。

 もはや逃げることすらできない彼らは、最期の時が近づくことを待つ以外になかった。

 

「〈全体止まれ〉! その場で待機だ」

 

 眼を血走らせ帰り血と狂気に歪む人間兵達は、獲物を前にしつつも黙ってその場で立ち止まる。

 一人戦列から歩み出てきたのは誰あろうブラムである。

 

「さて。退路を断たれた訳だが、最期は華々しく戦って散るかね? それとも順番に処刑してほしいかね? 仲間を見捨てて逃げたものなど本来は狗の餌にするところだが、兵を纏めて撤退すると言う君の行動は最善のものであったという評価を以て、また君の礼節ある対応にそれなりの敬意を払い、選ばせてやろう……!」

 

 槍を肩に乗せ、あえて無防備な格好で問いかけてくる。

 

「降伏する。どうか見逃してほしい。もう二度と我々は―――」

「駄ァ目だなァア! 言ったはずだぞゥ?! 戦うならァ、二度とこの河は渡れないとォ!! 生かして帰さんよォ? 当然だろォゥウ?!」

 

 確かに当然だ。

 人間達の戦い方を見知った今なら、もう少しましな戦いができることだろう。

 そんな相手を生かして帰して、彼らに得なことなどない。

 

「ところで」

 

 生き残る術を模索する【新たな星】に、ブラムはおもむろに近づく。

 

「生かして帰さないと言ったが。絶対に此処で皆殺しにするとも言っていないわけだ、が?」

 

 此処ではあえて殺さない。

 捕えて別の場所で殺すということか? あるいは、もしかすると。

 

「私は一度だけなら過ちを見逃すことにしているのだよ。私の配下であるなら、な?」

 

 人間の領地に攻め込んだ過ちを、見逃す。だから配下になれ。つまりはそういうことだろう。

 

 断れば此処で皆殺しになることは間違いない。その場合河向こうに残ったレオ族は、報復も兼ねてほぼ間違いなく河を渡り人間に挑む。そして、同じく全滅するだろう。

 

 一族の全滅。それを避けることが今の最重要課題だ。

 屈辱を呑み込み、此処は―――

 

「わかった。ブラム……様。貴方に御仕えする、いや、させてください」

 

 【新たな星】は剣を放り、仰向けに寝転がった。

 それは誇り高きビーストマンにおける服従のポーズであった。

 

「……んん? あぁ、そうかそうか。実に結構! 正しい選択だ」

 

 安堵の息を吐くも僅か、にこやかな笑みを浮かべたブラムの顔を見て心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖に襲われる。

 

「なっ、貴方は?!」

 

 見てしまった。

 深紅に輝く縦に割れた異形の虹彩を。口元に覗く鋭く尖った牙を。

 にこやかにこちらを見る、ニンゲンの姿をした、何かの姿を。

 

 後方の同胞達も見たに違いない。誰もが息をのみ、竦み上がっている。

 

 その場にいるだれもが思いだす。

 

 

 

 この地が何と呼ばれているのかを。

 

 

 

 

 

 ここに狼王竜王連合軍とビーストマン遠征軍の戦争は終結する。

 

 ビーストマン遠征軍の生存者は【新たな星】と共に戦場を後にし、投降した46体のみ。

 ブラム伯爵の軍門に下った僅かな戦士達を除いて、3000を超すビーストマン遠征軍は悉く全滅した。

 

 対する人間軍は、死者無し、負傷者無し、疲労回復薬などの消費が僅かにあったのみである。

 

 正に完全勝利であった。

 

 

 

 またこの日から、ブラム・ストーカーの通り名が更に増えることとなる。

 

 曰く、虐殺王。

 曰く、串刺し侯。

 曰く、ねばぎば伯爵。

 

 この一戦によりブラムの名声は更に高まり、もはや近隣諸国に知らぬ者は無い名将としてその名を轟かせることとなった。

 

 

 

 全くの余談だが、竜王国で最も広まった通り名は「ねばぎば伯爵」であったという。

 




 非常に時間がかかりましたが、遂にビーストマン戦も終了です。勿論ネクロさんは何時だって計算づくです。ええ、全て、最善の結果を得る為の行為なのです!
 そして外患の憂いが無くなったので、これで漸く元気一杯にNAISEIが出来ますね!

 次回は戦後処理と竜王国でドラウちゃんと面会をする予定です。勿論何時もの行き違いをしつつ・・・。

 3つある拠点、残る一つがどうなっていたのかもちょっぴり語られます。
 狩る根混成部隊とか言う奴等の仕業なのですが・・・。



 最後に、ちょっとだけ解説など。


ナザリックが用意した7つの罠

上向三日月型十文字鎌槍(槍の穂先側に湾曲した鎌が左右に付いた槍。横に避けても刺さる)
戦場を覆う伸びた草(ドルイドの魔法で潜伏や奇襲にボーナスを与える)
左右に並ぶ死体が刺さった乱杭(密集陣形の弱点である側面を守る【ついでに死体で敵の動きを誘導】)
レイブンの群(偵察や奇襲、追撃を行うネクロロリコンの眷族達。無駄に多い)
草原に潜伏する軍狼達(何時もの軍狼達。ただし『殺すな』とは命じられていない。地味に強い)
上流から徐々に広がる雨雲(マーレが〈コントロール・ウェザー/天候操作〉で上流に雨を降らせて退路を遮断)
アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』(単独で突っ込ませても殲滅可能。そもそもパンドラズ・モモンなら一人で……)

 という訳で、『絶対に勝てる』ようにはなっていました。
 特に上の方が無いとネクロさんが本気になっても人間兵では勝てません。それくらい人間兵が弱い設定だったりします。


人間兵とビーストマン戦士の戦力差

 人間兵は帝国騎士団の近衛兵が金級冒険者相当(Lv.12程度)らしいので、他種族と戦い続けた竜王国兵はLv.10と設定。

 対するビーストマンは成長しただけで人間の10倍強くなると言う事で、ドラゴン達のように成体になった時点で《ビーストマン幼体》Lv.10を所得済み。戦場に来るやつらはここからからスタートして職業レベルと《ビーストマン成体》の種族レベルを取ると設定しました。主なクラスレベルはビーストマン全体が《蛮族》《戦士》、そして森で獲物を取るタイガー族はもう一種類《レンジャー》を所得しやすく、族長等は《指揮官》持ちです。後方に残した主に雌の神官達が申し訳程度に信仰系魔法詠唱者職を持っているというオリ設定となっております。

 その為今回出て来たタイガー族戦士は大体Lv.20~25と設定しています。
ちなみに一番レベルが高いのが【星】です。
幼体10、成体1、混合種3、戦士6、蛮族3、指揮官3、以上でLv.26。英雄クラスに近いレベルで、種族的なステータスで英雄クラスです。いずれ成体になればLv.35を超える、そんな優良株だったりもしますがあまり意味はありません。

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