墓守達に幸福を   作:虎馬

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37.悩める王達

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 バハルス帝国の現皇帝にして歴代最高とまで称される絶対的な君主である彼が、珍しく頭を抱えていた。

 

 リ・エスティーゼ王国の攻略は祖父の代から続く帝国の悲願であり、勿論彼の代においても推し進められてきた。王国を併合するべく様々な手を打ち、結果として早ければ今年中に、長くとも数年の内に達成されると思われていた。

 

 そう、過去形である。

 

「ブラム・ストーカー……!」

 

 恨めしげに口から零れたのは崩壊寸前の王国を瞬く間に立て直し帝国と法国に接する要衝エ・ランテルの領主に収まった怪人物にして、ジルクニフが現在最も警戒する人物の名であった。

 

 恐るべきはその軍事力と政治力、そしてなにより情報力であろう。

 長年王都の闇を支配してきた「八本指」を壊滅に追いやったのは他ならぬこの人物であり、その際多くの資料を手中に収めたと言われている。『六大貴族の一つであるペスペア家を取り潰す』際の証拠もそこから来ているという。『王族派と貴族派の対立を解消した』のも各種証拠を抑えている事が大きいと見られている。

 内乱寸前の王国を瞬く間にまとめあげるなど普通ではありえない。長年に渡る派閥争いを解消するという有り得ない結果を齎した方法は恐らく、『有力者全員の弱みを握る』事によるものであろう。そしてランポッサⅢ世から王位を譲られた元第二王子にして現王ザナックも安泰ではない。むしろ貴族達より余程厳しい立場に置かれているはずだ。『勢力争いの強引な解消』によって集中した権力を考慮すると、王位簒奪という危機が目前に迫っていることから王国最後の王になりかねない状況なのだから。

 

 勿論帝国もまとまっていく王国の様子を黙って見ていた訳ではない。各種関係筋から提供される情報を分析し、手を打とうとはしていた。しかし『「八本指」が壊滅する時期から大悪魔アルコーンの襲来にペスペア侯の取り潰し、ランポッサⅢ世の退位と目まぐるしく変化する王国の情勢』により情報は錯綜、結局何一つ有効な手を打つ事が出来ぬまま今に至っている。手に入れた情報を読み返すたびに、『全てが何者かの筋書き通りに動いている』のではと勘繰りたくなってしまう。大筋は間違いなくブラムによるものだろうが。

 

 とはいえ、王国を正常な状態に戻しただけであればまだ予測の範疇に収まった事だろう。問題はその後に打たれた政策にこそある。

 

 『王国内の戦力を国王の下に集めた正規軍』ができあがってしまったのだ。ブラムが持つ各種証拠と純粋な武力を恐れた『貴族達はあっさりと軍権を放棄』し、他国の介入を許す事無く事を終えてみせた。そして軍を率いるのは忠勇厚き元王国戦士団戦士長ガゼフ・ストロノーフ。再編が終わればかなり手ごわい軍勢となるだろう。なにより農繁期に戦争を起こす事で国力を削る手も実質封じられたことになる。そしてガゼフとブラムがいる限りこの体制は崩せまい。

 

 一応、『元貴族派の者達が反攻の時を窺っているらしいという情報』も入っている。その情報を流してきたポウロロープ侯も何処まで信用できるか解らないが、国家の再建が本当に成功するか静観するのも手段の一つとしてある。仮に成功してしまえば肥沃な国土を誇るリ・エスティーゼ王国は一気に帝国を上回る国力を取り戻し、その国力によって賄われる正規軍の数も帝国を上回る事だろう。そうなれば王国の併合どころか逆に帝国の未来が危うい。

 

 仮に攻め込むとすれば、軍の再編が終わる前に戦いを挑み、全力を以て叩き潰すことで再建の芽を摘む以外に手はないだろう。そう思い先んじてカッツェ平原のアンデッド討伐に動き出すも、こちらは遅々として進まない。

 まず王国はアルコーンの襲来による被害と軍の再編を理由に出兵を拒否。ここまでは予想通りではあったが、王都周辺の冒険者達までもが悪魔達への警戒のため王都に留まるよう『ラナー王女の名で』依頼を出されていた事は流石に想定外であった。

 ならばと被害の少ないエ・ランテルに目を向けてみれば、こちらはより酷い有様であった。ブラムの政策によって『エ・ランテルの冒険者が事実上の私兵と化して』いたのだ。建前上は大悪魔アルコーンへの警戒の為に見回りの依頼を出している事になっているが、明らかに事実上の囲い込みが行われていた。

 やむなく帝国騎士団と冒険者、ワーカー達を動員して討伐を行わせているが、『大量発生したアンデッド』の掃討にはまだしばらくかかる事だろう。

 あらゆる意味で帝国にとって逆風が吹き荒れていた。

 

 背もたれに体を預け、大きく息を吐くジルクニフは今後の方針を話し合う秘書官達の様子を眺める。激変した王国の情勢に対する今後の手を話し合っているが、概ね体制が整う前に戦争を仕掛けるべきであるという方針は一致している。開戦の口実としてはエ・ランテル周辺のみならず『トブの大森林を領有する』と一方的に宣言している事について挙げる予定であると。人外の領域であるトブの大森林を領有する事が実際に出来るか甚だ疑問ではあるが、帝国としても森に分け入って薬草などを採集することはあるので締め出しを食らう訳にはいかない。

 ただ、この大森林の領有宣言は帝国に開戦の口実を与える為に行われたのではないか、という懸念がある。老将ブラムの噂は帝国にも届いており、「子犬の集団を獰猛な狼の軍団に変貌させる」とまで言われている。『貧弱な衛兵達を率いてアンデッドに立ち向かった』事実を踏まえて考えれば余程優秀な指揮官なのだろう。『ガゼフ将軍と個人的な繋がり』もある事から、帝国と戦争をするなら軍師として参戦する可能性が高い。これらの事実から王国側は勝算があると見てあえて帝国から開戦させようとしているのではないかと。

 

 同時にそう思わせる事で開戦を思いとどまらせようとしている可能性も多分にあるのだが。

 

 一枚岩になった王国軍を噂の狼将が率い、先陣を切るのは王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフ。あくまで人づてに聞いた情報でしかないが、これまでの戦争のように睨みあうだけで戦略的勝利を得るということができない可能性も高い。

 『半端に勝たせてしまえば新興勢力であるブラムとガゼフに華を持たせるという最も王国の再建に与する結果となってしまう』のだから更に悩ましい。

 

「それなり以上に優秀な将軍の指揮の下で戦う王国軍……六万と、その先陣を切るガゼフ・ストロノーフ。勝てるか?」

 

 傍らに立つ帝国最強の騎士に問う。

 戦力についてはやや過大評価であることは承知しているが、最悪の事態を想定した問いかけである。

 

「そりゃあ難しいでしょうな。我々帝国四騎士がガゼフを抑え、その他の帝国軍兵士達が王国軍の兵と戦い、最終的に我々を皆殺しにしたガゼフが本陣に切り込むかと」

 

 あるいは力尽きたガゼフが帝国軍の勢力圏内で命を落とすだろうが、指揮官を失った帝国軍は指揮者が存命な王国軍によって潰走する事だろう。帝国最強の騎士である「雷光」バジウッドの答えに思わず顔を顰める。

 

 眉間に皺を寄せ王国軍の戦力を分析するジルクニフは、思わず帝国の切り札に視線を送る。帝国の全軍に匹敵する個、彼の英雄ガゼフ・ストロノーフをも凌駕する逸脱者フールーダ・パラダインに。

 

「……ところでじい、妙に嬉しそうだがどうかしたのか? どこか、英気が漲っているような、そう、『若返った』かのようだぞ?」

「ええ、先日『非常に貴重な魔導書を手に入れ』ましてな。年甲斐も無く興奮しておるのです。この辺りとは異なる言語で書かれた死霊魔術の―――」

「ああ、良い、あいにくと魔導書とやらの中身には興味がない。ところでブラム・ストーカーなる人物だが、何かわかったか?」

「……そうですか。彼の御仁は何かしら強力なマジックアイテムを持っているようでしてな、私の魔法で居場所などを探知する事ができぬようなのです」

「ふん。元大商人で各種貴族とのコネもあるからな、それを使って何かしら手に入れたのだろう。何処までも用意周到な事だ」

 

 忌々しげに言い放つが、同時にやや頬が緩む。これほど傑出した才能の持ち主であれば是非とも帝国に引き抜きたいものだと。

 

「じいはこの人物をどう見る?」

「そうですな、まず非常に頭の回る御仁と言えましょうな。そして仁君でもある。おそらくこちらから手を出さなければ好き好んで戦争を仕掛けてくる事はないのでは?」

「……珍しいな、じいが魔術に関わらない個人に対してそこまで興味を持つとは」

「『私の耳に届く』ほどの御活躍ぶりなのでしょう」

 

 訝しげにフールーダを見つめるジルクニフは、ある疑念が浮かび続けて問いを投げる。

 

「今回の戦争は過去に無い重要なものになる。そして王国軍も、恐らく過去に無い精強さだろう。仮に王国と戦争をするとして、お前も戦ってくれるか? じい」

「ええ、勿論です陛下。『参陣します』とも」

「……そうか。その時は帝国主席宮廷魔法使いの名に恥じない戦果を期待しているぞ」

「お任せを。『全力を尽くします』」

 

 一瞬ブラムからの引き抜き工作でも受けたのではと思ったが、『嘘をついている気配はない』。そもそもフールーダという男は魔法詠唱者であって政治家ではない。権謀術数が入り乱れる魔窟である帝都で生きてきたジルクニフ相手に腹芸など出来る筈はない。無いのだが。

 

 結局己の直感を信じた皇帝ジルクニフの決定により帝国は戦争を延期し、一先ず静観の構えをとる事が決まった。

 

 

 

 

 

 時を同じくして、リ・エスティーゼ王国の若き君主もまた深い悩みを抱えていた。

 

 長年に渡り王都の暗部に君臨し続けた犯罪者組織である「八本指」が駆逐され、王都の治安が大幅に改善された―――ブラム・ストーカーの働きによって。

 同じく王国の構造的欠陥とでも言うべき有力貴族達と王族に与する者達による対立も解消された―――王族とそれ以外の全てである『ストーカー派という派閥』に変化する事によって。

 更にリ・エスティーゼ王国軍という国家の根幹ともいえる正規軍も手に入れる事が出来た―――ブラム・ストーカーと関わりの深いガゼフ・ストロノーフ主導で。

 

 現リ・エスティーゼ王国国王は自身の立場の危うさを理解していた。正確にいえば、それを理解できるだけの知性を持つからこそ王として担がれたものと理解できていた。

 

 これまで自身の後ろ盾となっていた『レエブン侯はブラム伯と子育ての話題に夢中になり急速に接近している』。王家を支配者たらしめる『軍権はあくまで前王ランポッサⅢ世に忠誠を捧げていたガゼフ・ストロノーフに握られてしまった』。

 なにより王国の民を「八本指」や悪魔達から護ったのは実質的には『有力貴族達の首を抑えているブラム』なのである。

 

 ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵。

 本人が望むなら更に高い地位で、例えば辺境伯として王国に迎えていただろうが、彼はあくまで伯爵になる事を望んでいた。当時はこの爵位が王家との繋がりを最低限にとどめた上で他者から侮られない絶妙な爵位であるとは夢にも思わなかったのだ。

 当時の無知な己を叱責したい気持ちで一杯だが今はそれどころではない、どうにかして王国との繋がりを深めなくてはならない。具体的には『王家とブラム一族を親縁にしなくてはならない』のだ。さもなくば王家の血筋は自分の代で途絶える事となるだろう。それだけは到底看過できる事ではない。

 

 しかし同時に自身にとって有力な手札は妹のラナーしかいない。とはいえラナーの献策無くして急速に王国の再建を推し進めるブラムの内政手腕に対抗する事が出来ないのもまた事実。自身には婚姻関係を組むための実子どころか生み出す妻すらいない有様である。せめて幼子であっても娘がいればブラムの養子であるブラドに嫁がせる事が出来たであろうに……。

 

 結局ブラム達「新貴族派」に足元をすくわれないように戦々恐々と国家運営をする以外に出来る事はない。王位を追われる危険を排除する為に、ひたすら国力増強を推し進めるのだ。

 

 

 この危機感によってリ・エスティーゼ王国屈指の名君と呼ばれる事になるが、それは暫く先の話である。

 

 

 

 

 

「―――結局逃げるだけで精一杯だったんだ。見せかけの警戒ラインより外側にあんなに伏兵がいるだなんて思いもしなかったよ」

「あの魔樹はどうなっておった?」

「後日近くを調べてみたけど、もういなかった」

 

 法国の特殊部隊の動向を探った結果魔神の復活が近い事に気が付いたツアーは、復活が予想される時期を見計らって再びその場所に訪れていた。そして、その場にいる強者の集団に気付き慌てて情報収集に移ったのだ。100年毎に現れるあの者たちではないかと。

 その結果得られた情報は僅かであったが、魔樹の気配が消える瞬間に感じた膨大なエネルギーは間違いなくこの世界の者が放った力ではない。

 世界を汚す力、つまりはぷれいやーである。

 

「その場で声をかける、というのは流石に危険だったかのう」

「もしかしたらリーダーのようにこの世界の平穏の為に討伐してくれていたのかもしれない。他の場所ではあまり大規模な力の気配も無かったし、慎ましいぷれいやーなのかもしれない。だけど、あの警戒網は間違いなく」

「魔樹以外の強者が居る事を想定して動いていた、か。他のぷれいやーを警戒したのかのう? 彼等にとってみればこの辺りの者達に脅威など感じまい」

「そうなると、ただ慎重なだけか、他のぷれいやーと何らかの確執があるのかで今後の接し方も変わってくるね」

 

 人間種の生存圏拡大の為に動いた六大神。

 欲望のままに多大な流血を強いた八欲王。

 そして魔神という脅威を排除すべく動いた13英雄のリーダー。

 

 思い浮かべるのは良くも悪くもこの世界に多大な影響を与えたぷれいやー達。友好的な関係を築けるならそれに越したことは無いが、そうでなければまたしても世界に大きな変化が引き起こされる事だろう。如何に強靭な龍種といえども、今回も生き残る事が出来る保証は無い。八欲王は徒党を組んで戦う事で撃退したが、今生き残っている竜王達はそれをしなかった者達なのだから。

 

 遠くない先に今回のぷれいやーと思われる者達が向かった森の要塞に出向くつもりであると語るツアーは、リグリッドにぷれいやー達の残したアイテムの収集とエ・ランテル付近における強者の情報収集を依頼すると意識を魔境と化したトブの大森林の程近くに移した。

 

 

 

 

 

 スレイン法国の最奥。

 ここでも魔樹の竜王消滅の報を受けて急遽会議が開かれていた。

 

 議題は王国、エ・ランテルの新たなる領主:ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵についての情報共有と今後の対応である。

 

「王国の崩壊を食い止め、それだけではなく再建の為に様々な政策を施行している様子。少なくとも王国貴族としては、我々法国は好意的に迎える事ができるな」

「その上で犯罪者組織の討伐に悪魔の撃退、そしておそらく魔樹の竜王の撃破までも行ったのであれば、人類の守護者として活動していると言えましょう」

「魔樹の竜王の撃破についてはあくまで可能性が高い、という程度の認識に留めるべきですが」

「左様。しかしながら可能性としては非常に高いとも言える。何せトブの大森林の領有を宣言した矢先の出来事、無関係と考える方がむしろ愚かしい」

「とはいえ、本当に魔樹の竜王の討伐がなされたかを確認するまでは漆黒聖典は動かす訳には行きますまい。さりとて調査に向かわせるというのも……」

「止めておくべきですな。「一人師団」から、戦闘用の魔獣を従えているなら同等の索敵能力を持った魔獣も従えていると考えるべきとの意見が挙がっている」

「ならば無暗に刺激を与えぬ方が良いでしょうな」

 

 彼の業績について概ね好意的に評価しているが、特に目を引くのはやはり魔樹の竜王討伐である。

 漆黒聖典の見立てではその難度は250を超えると言われている。それを撃破できるだけの実力を持つという事は、神人か伝説のぷれいやー以外にあり得ない。そして神人である可能性は、単独で討伐したのだとしたら低い。噂の「漆黒」が武勇譚として公開していない事も大きな材料となっている。

 つまりはぷれいやーが人類を護るべく活動している可能性が濃厚なのだ。

 

「やはり、この御方は……!」

 

 ゆっくりと、だが確実に縮小していく人類の生存圏。

 その維持を国家の柱としているスレイン法国は、だからこそ絶望的な未来しか思い描く事が出来ないでいた。

 

 増殖する亜人達。人類を脅かす魔物や魔神。そして人類国家を狙って動き始めた強大なビーストマンの国家。更にはこれほどの危機的状況にもかかわらず人間の国家同士で毎年のように戦争をして足を引きあっているというこの惨状は、法国の上層部にある者達にとって長年に渡る頭痛の種であった。

 少しでも人類の状況を理解しているものなら声を揃えて言うだろう。脆弱な人類は、だからこそ結束して他の種族に立ち向かわなくてはならないのだと。

 さもなくば、人類は他種族の家畜に堕ちる事となる。

 

 これまでは六大神や八欲王が駆逐した影響によって多くの亜人達は種の存続にのみ注力していた。しかしもはやその時代は終わっている。確実に勢力を伸ばし始めているのだ。貧弱な人類の勢力圏に向けて。

 

 そんな暗闇の中に差し込んだ人類を護るぷれいやーの出現という一筋の光。あくまで可能性であろうと思わず縋りたくなるのも無理は無い。その情報を知れば、真摯に人類の存続を願うものほど興奮するのも当然である。

 

 しかしだからこそ、振り返らなければならない。自らの過去を。

 

「もしそうだとすると、かなり困った状況になりましたな」

 

 沈痛な面持ちで発言したのは光の神官長イヴォン。

 神の降臨かと浮ついた場も、この発言によって静まりかえる。

 

「ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画、ですか……」

 

 ぽつりと呟いたのは、腐敗した王国が内乱状態になる前に帝国に呑み込ませようと計画・実行された王国弱体化策の一つである。

 そう、実行してしまった計画なのである。

 

「陽光聖典が壊滅したあの場に居合わせた老魔法詠唱者というのが」

「ええ、件のブラム・ストーカー氏です」

「その後のガゼフ戦士長との交流に鑑みますと、我々法国に対する印象は、端的に言って」

「最悪、と言わざるをえまい」

 

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 可能であるなら万の言葉を尽くして弁解したい。望んで行ったことではなく、人類の未来の為にやむなく決行したのだと。

 しかしそれは困難であろうと見られている。なぜなら、

 

「『エ・ランテルにおける神官勢力の排斥』、やはり我々との繋がりを断つ為に行われているのでしょうか?」

「仮想敵国とみなされている可能性は、残念ながら高いな」

「『国境線上に突如現れた灰白色の狼達』も、やはりそういう事でしょうな……」

 

 待ちに待った救世主、だというのに完全に敵とみなされているというこの絶望感。

 再び円卓が重苦しい沈黙に包まれる。

 

「まずは!」

 

 最高神官長は意を決して強い口調で発言する。

 

「まずは、誤解を解く事から始めてはどうだろうか? 我々法国の行動原理が人類の存続と繁栄であるという事実を知っていただき、ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画はその為に行われたと。具体的にはエ・ランテルの領主に封ぜられた事を祝して使者を送り、その使者を通して我々の目的を聞いていただくのだ」

「それしかありませんな。ええ、それが良い!」

 

 まずは誤解を解く、その為ならばあらゆる手を尽くそう。

 単純極まりないが、他に打てる手も無いのが実情である。

 

 その上で本当にぷれいやーであるのかを確かめるにはどうすればいいのか、その方法を模索する方向に会議はシフトしていった。

 

 誰もが縋りたかったのだ。

 人類の護り手たる神の降臨に。

 

 

 

 

 

「もうだめじゃ……、お先真っ暗なのじゃ……」

 

 玉座に座る少女は、その見た目からかけ離れた陰鬱な声を漏らす。

 その目に光は無く、もはやアンデッドを想わせる程に暗く澱んでいた。

 

 竜王国の女王、「黒鱗の竜王」ドラウディロン・オーリウクルスの悩みはとりわけ深い。

 強大なビーストマンの軍勢によって長年に渡り被害を受け続け、疲弊しているというだけでも頭が痛い状況である。その上で、遂に本格的な侵攻が始まったとあってはもはや手の打ちようが無い。

 

 いや、一つだけ助かる目はある。しかし、

 

「法国の連中は何をしておるのじゃ!! 毎年少なくない額の寄進をしておるではないか! ビーストマンの侵攻が本格化した今こそ聖典の連中を動かす時ではないのか?!?!」

 

 来ないのだ、その援軍が。

 頭をかきむしり、怨嗟の言葉を吐こうと、来ないものは来ない。

 

「あー……、もう誰でも良い。誰かビーストマン共を蹴散らしてくれんものか」

 

 無為に叫び声をあげるも、そんなことで事態が好転しない事は重々承知している。

 もはや神頼みに近い心境でこぼれた本心であったが、ここでまさかの返答が来る。

 

「そういえば陛下、王国に新たな貴族が誕生したそうです。かなり武断派な老人だとかで、三国に接した要衝たるエ・ランテルに封ぜられたとか」

「ほう、老人か! 一応聞くが男であろう?!」

 

 老人は子供に甘い。特に重責を背負った王女などには。

 これは長年に渡って、不本意ながら、幼女の姿で過ごし続けたドラウディロンの経験則から明らかだ。

 

「ええ。それも裏娼館に囚われた女性を偶々拾って助けた事がきっかけになり、そのまま裏に付いていた犯罪者組織を壊滅させたとか」

「素晴らしい! 格好良いではないか!! ……ちなみに貴族になったそうだが治世の方はどうだ?」

「そちらについても、税の軽減や交通網の整備、汚職官僚の追放、治療薬の配布、冒険者と私兵を用いた領地の巡回による領内の安全確保と正にいたれりつくせりです。羨ましいことですね」

「グッ。わ、私だって、ビーストマンの襲来さえなければここまで重税を課すことは無かった……! 農業の振興とかも色々……くっ!!」

 

 思わず遠い目になってしまう。

 ビーストマンの侵攻に備えて軍備に予算を注ぎ込み、更に法国からの援軍を要請する為に神官勢力への多額の寄進もしている。

 それらを別の事に使えればと、これまでどれだけ夢想した事か……。

 

「そんな彼であれば、竜王国を見捨てないのではと考えます」

「確かに、この竜王国が落ちればそのままカッツェ平原を隔てた二国か湖を迂回して法国に雪崩れ込むことになる。しかし法国は強い、これまで竜王国を陰ながら護ってきた部隊が居る。ならば」

「王国と帝国のいずれか、という事になりますね」

 

 法国に見捨てられるという最後の希望が断たれるに等しい有様であったが、思わぬところから救いの手が伸びてきた。

 

「よし! 早速王国に使者を送ろう!! ……ところで帝国との戦争がそろそろ始まるのではないか?」

 

 領国の守護をおろそかにしてまで他国の支援をしてくれるだろうか? 普通ならばあり得ない。

 折角見えた希望の光が急激に遠ざかっていく。

 

「それなのですが、どうやら帝国はかなり慎重なようですね。ここのところ王国は内乱寸前だったらしいのですが、その事は御存じで?」

「内輪もめが出来る程平和なのだな、羨ましいものだ!」

 

 思わず吐き捨てるように感想がこぼれる。

 他種族からの侵攻によって生きるか死ぬかの瀬戸際に立ち続けてきた竜王国からしてみれば、交渉の余地がたっぷりある人間同士の争いなど「争い」とは呼べない。

 

「その内乱に終止符を打ったのがその老人だとか。帝国も一枚岩になり始めた王国に危機感を覚えつつも、兵を率いる彼の老人を恐れて手出しができないようですね。帝国から来た行商人からの噂話ですが」

「ほう! 聞けば聞くほど凄まじいな。多少誇張されていたとしても、そんな噂が流れるほどの男なのだろう!」

 

 本格的に希望が見えてきたドラウディロンは興奮気味に問いかける。

 

「それで、その人物の名は?!」

「はい、ブラム・ストーカー。今は貴族位を得て、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵と名乗っているそうです」

 

 元より他に打つ手は無い。

 即座に王国と、エ・ランテルの領主であるブラム・ストーカー本人に宛てた手紙を書く事が決まった。

 

「あ、文面はちゃんと幼女形態でお願いしますね?」

「ぐへぇ。やっぱりアレで無いとダメか?!」

「駄目です。少しでも、ええ、ホンの少しでも成功の可能性を高める為です」

 

 元より否やは無い。

 酒を腹に流し込み、頭の中がむず痒くなる手紙を書くだけで協力が得られるのなら喜んで書くだけだ。

 

 それでも愚痴の一つくらいは言いたくなるが。

 




 という訳で、周辺国家の王とそれに準ずる人達が頭を抱える回でした。

 この後裏側で色々たくらむ二人が仲良く頭を抱える様子も書く予定でしたが、帝国編が予想以上長引いたのでここまでです。
 ナザリックの一日 その2、みたいなタイトルでそのうち書きます。多分。


 ちなみに前書きにあった順番はそれぞれ、

 本人達の持つ危機感。
 実際の危険度。

 の順番です。


 帝国はナザリックを敵に回して六万+αが消し飛ぶという悪夢を回避、首の皮一枚繋がりました。ジルクニフの直感が長らく立ち続けた帝国軍の死亡フラグを折った訳ですね。

 逆に竜王国は原作でもあるだろう名声稼ぎのボーナスステージ化しました。
 お互い欲するものが得られるのでWin-Winの素晴らしい関係ですね!

 個人的に原作屈指の苦境に立ち、その上で原作登場人物の中でも特に頑張っているのがドラウディロン女王であると評価しています。それこそランポッサⅢ世とか比較にならないレベルの逆境ではないかと。



ところで、遂にお気に入りが2000を突破しました。

 ヤバいですね。感想で3日ほどかけて最新話まで来た、と聞いて先日1話から軽く読んでみましたが、確かに時間が吹っ飛びました。
改めて思うと約十九万字を読んだ人達が軽く2000人を超えたという事です。
 今回を含めると約二十万字ですか……。時間が無駄になったと思われないようにしないとですよ。

 心機一転で度々指摘を受ける部分(・・・を……に、など)を取り入れてみました。こちらの方が読みやすい、という人が多いようなら今後はこちらで行こうと思います。
 過去の部分は、まあ追々。

 ノベルゲー出身な私は・・・の方が馴染むためずっとこちらを使っていたのですが、どうにも気になる人が多い様子ですね。……じゃないといけない、みたいな決まりは特に無いようなのですが。業界の慣習? とか何とか。
個人的に機種などの問題で下側に……が寄っている奴が嫌いでこっちを使っていましたが、気になるという人がいるなら変えた方が無難でしょう。私自身は書き手であって読み手ではないと考えていますし。


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