墓守達に幸福を   作:虎馬

33 / 48
ネクロロリコン最大の黒歴史。
悪乗りに悪乗りが重なったその存在は、アインズ様がパンドラズ・アクターから受ける衝撃に勝るとも劣らないダメージをネクロロリコンに与える。


非常に更新まで時間がかかってしまいました。待って下さっていた方には申し訳なく思います。
そしてかつてない程に長いです。時間のある時にのんびり読んでやって下さい。
帰って寝ると言う生活が続いてしまいまして、これからは月一位を目指したい所です。



33.幕間:あるナザリックの一日

 ナザリック第6階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラの朝は早い。

 日が昇る前に目を覚まし、速やかに任された第6階層「ジャングル」の見回りを行う。それが終われば朝食をとり、至高の御方々に命じられたトブの大森林の見回りをするべく大墳墓を後にする。トブの大森林の近くにあるカルネ村は至高の御方の血族が配備され、戦力増強の為に日夜新薬や強化改造手術の研究が行われているという事はナザリックでは常識だ。その安全確保はナザリックの守護の次に重要な任務と言って良く、当然気を抜くことなど有り得ない。

 トブの大森林を一周した頃にナザリックのアルベドから定時連絡が入り、森の様子を報告して次の仕事に取り掛かる。

 

 大規模な作戦における護衛部隊の指揮以外にも、アウラが任されている仕事は多岐にわたる。

 トブの大森林の見回りを行い、カルネ村の保護を行いつつナザリックに迎えられる存在を探すのも彼女に任された仕事の一つだ。先日【木の精霊/ドライアード】の一団を至高の御方々に紹介し、ナザリックの第6階層へと迎え入れる事にも成功している。現在は食糧生産の研究を行うマーレの指揮下で研究の手伝いに従事しているそうだ。

 またセカンドナザリックの建造も彼女の指揮下で行われる事業の一つだ。トブの大森林全体が彼女のテリトリーとなっている為、防衛の責任者もアウラという事になっている。

 そしてそのセカンドナザリックに収容されている捕虜の管理もまた、やはりアウラの指揮下に収まっている。

 先日の大計「ゲヘナ」においても別働隊の指揮を任され、至高の御方の身を護る最も重要な仕事も任されていた。

 あくまで部下を与えられ責任者がアウラであるというだけではあるのだが、あまりにも雑多な仕事が多いと言えなくもない。しかし彼女はそれに不満などない。むしろ重用されているという事はそれだけ御役に立てているという事であり、信用の証とすら認識している。与えられた仕事の忙しさとは、ナザリックに於いては信頼のバロメーターですらあるのだ。

 

 実際支配者達からの評価は頗る高く、「ナザリックの便利屋」「使い勝手が良い」「ホウレンソウができる良い子」と称賛の言葉を賜り、労いの言葉と共に己の創造主の声が入った腕時計まで下賜されている。

 

 そんなアウラが現在任されている最も大きな仕事はセカンドナザリック兼捕虜収容施設の増設である。

 元々はナザリックの人員が出入りする為のダミーとして建造が始まったのだが、現地の住民の脆弱さから捕えられた人間達を保管する為の施設として主に利用されているのが現状だ。

 可能な限り殺さず利用するという支配者達の方針に対し、アウラは勿論異論など無い。

 現にデミウルゴスが魔法の実験台として活用して成果を出しており、更に捕虜たちからスクロールの材料が調達できる事も発見している。調査を進めるほどに利用法は増加の一途を辿っている。

 

「殺せば食糧かアンデッドとしてしか利用できないが、生きていれば何かに使えるかもしれないだろう?」

 

 情報をほぼ絞りつくした陽光聖典の処理を聞かれた際、ネクロロリコンが放った言葉がこれである。

 この言葉に感銘を受けたデミウルゴスは即座に捕虜収容施設の建造を進言し、至高の御方々はその責任者をアウラに任せられた。以来アウラの指揮の下、「ジャングル」と暫く経ってからはトブの大森林にも捕虜収容施設が作られ、それぞれで各種実験が行われている。先日の大計「ゲヘナ」で捕虜の数が大幅に増加したが、セカンドナザリックが予め作られていたため問題無く収容できた。その事についてはデミウルゴスとアルベドは称賛の声を上げたものだ。

 近頃では定期的なスクロールの材料やとある薬品の材料の収集も行われており、生活環境の改善が目下の課題となっている。

 ネクロロリコン様曰く、

 

「このナザリックの役に立っているのだから、十分な慈悲を与えてしかるべきだろう」

 

 とのお言葉故である。

 その為近頃はこの慈悲深い御言葉に従い、カルネ村のヴィクター博士にも協力を仰ぎ、衛生環境や食糧の改善に取り組んでいた。

 その結果各種材料がより効率的に収集できるようになったのだから、やはり至高の御方々は偉大であると言わざるを得ない。

 

 ただ、責任者であるアウラとしては1つだけ思うところがある。

 

「お疲れ様ぁ、アウラ所長。疲れてないかしらぁ?」

 

 見回りから帰るなり抱きつき、頬を撫でる部下さえどうにかして貰えればと思うのだ。

 

 セカンドナザリックの防衛及びアウラの護衛として至高の御方から部下として与えられた彼女に対して不満を言う等本来有り得ない事ではあるのだが、それでも会う度にベタベタと触ってくる彼女は苦手だと言わざるを得ない。

 たった2人しかいない〈始祖〉の片割れである彼女を自身の部下として預けられるなど、破格の待遇である事は言うまでも無い。ナザリックの外部で活動する事から安全管理の為だとは言われているのだが、御方々の周辺に配置すべきではないかと今でも思っている。

 勿論アウラに他意は無い。

 

「こちらもぉ、今日の収穫が終了したわぁ。時間があるならぁ、一緒にイ・イ・コ・ト、しましょぉ?」

 

 何故か解らないが蛇に巻きつかれているような生理的恐怖を感じてしまう。

 良い事と言うのも、一緒に紅茶を飲みながら談笑するだけだ。そして至高の御方々と共に戦場を駆けた彼女の話を聞くのはむしろ望むところでもある。

 それでも、どういう訳か本能的に傍にいる事を拒否したくなる。

 

「新しい薬はどう? ドクターから色々実験して欲しいって言われてたでしょ」

 

 取敢えず話題を変えて仕事の話を振ってみる。

 流石は至高の御方の直臣と言うべきか、仕事ぶりは実に優秀である。質問に対して事前に用意していたのだろう、各種報告書を取り出し細やかに報告をしてくれる。年齢性別を分けて比較試験まで言われるまでも無く行っているのだからアウラとしては脱帽である。食料の違いによって採集される血液の量についても検証されている。モモンガ様から与えられた【死者の大魔法使い/エルダーリッチ】達を指導し、疫病対策も色々と試してくれているらしい。

 

 実力も守護者最弱のアウラを護る為に送られてきただけあってかなりのものだ。特に人間種との戦いにおいてはナザリック全体でも屈指のものだろう。

 吸血鬼の特性を極め、『流血』のバッドステータスを押し付けてスリップダメージを与えつつ「狂戦士」の効果と《吸血鬼》特有のスキルで自己強化を図るというビルドは単純ながらも強力だ。

 実力についても働きぶりについてもアウラは高く評価している。

 いるのだが。

 

「それじゃあ私は報告書を御方の下に持っていくから、ここの防衛はよろしくね! お茶はまた今度、今度ね!」

「そう? 残念ねぇ」

 

 寒気を覚えつつ会話を切り上げてセカンドナザリックを後にするアウラを、えりざべーとさんじゅうななさいは笑顔で見送る。

 彼女は「ナイトストーカー」のスキルを活用し、アウラが無事にナザリックへ辿り着くまで、ジッと、見送っていた。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第6階層「ジャングル」。

 今日も円形劇場ではコキュートス指導の下、多くの者達が汗を流していた。

 

 ナザリック地下大墳墓の隠蔽を第一とする方針である為、その防衛を任せられたコキュートスは本来見回り以外に主だった仕事は無い。だというのに、彼は現在のナザリックにおいて最も休憩時間が少ないシモベの一人でもある。

 なぜなら彼が任された「武技」の研究は、至高の御方々が重要視するナザリックの強化においてはとくに重要とされる案件の一つであったからだ。

 

「コキュートス様、一手御指南お願いします!」

「ウム、良イダロウ」

 

 武技を最も効率的に習得できる者は、多くの強敵と相対する事の出来る冒険者である。これは現地の人間達が長い期間を経て導き出した答えであった。

 一先ずコキュートスはこの経験則に従い半信半疑で模擬戦を繰り返してみたが、その結果面白いほど簡単に武技を習得させる事が出来た。

 習得する武技についても、状況や本人の意思によりかなり固定できる事も判明している。

 クライムが習得した〈修羅一閃〉も、この地で文字通り血の滲むような修練の果てに生み出されたオリジナル武技の一つである。

 

 今日も向上心旺盛な刀使いが真っ先にコキュートスに挑みかかる。これはもはや見慣れた光景であった。

 コキュートスからの攻撃へカウンター気味に放たれる一撃必殺の居合。装甲を抜く事はレベル差により難しいが、それが無い位置への攻撃であればクリティカルとして手傷を負わせることが出来る。それを理解してからは正確に装甲の隙間に打ち込む最短の軌道を瞬時に割り出し、最速にして全霊の一撃を放たんと日夜研鑽を積んでいる。

 

「踏ミ込ミガ甘イ! ソシテ居合ノ極意ハ脱力ダト何度モ言ッテイル!!」

「はい、すみません!」

 

 本来のレベルを遥かに超えた一太刀ではあったが、既にその変化は承知の上である。未知の一撃であれば腕の腱を切られた恐れもあるが、新たな武技を編み出さない限りもはやコキュートスには届くまい。

 言いかえれば、それ程の領域にまで至っているとも言えるのだが。

 

 僅か一太刀で力尽きた刀使いに続き、刺突専用の短剣等の得物を構えた戦士達も次々に挑みかかっていく。

 彼等の表情は必死そのものである。何故なら一つでも多く、少しでも有用な武技を習得する事こそが、地獄の地下牢獄から遠ざかる唯一の道であると理解しているのだから。

 

 現在のところ、至高の御方々からのコキュートスへの評価は上々である。

 ナザリックのシモベ達が武技を覚える事は未だ出来ていないが、これは世界の違いによるものだろうと考えられている。勿論今でも様々な種族のシモベ達が鍛練に励んでは居るものの、芳しい成果は出ていない。

 レベルが低ければ習得しやすいのではと、第9階層からメイドも3人ほど定期的にやってきて訓練に参加しているが、残念ながら武技を習得できていない。その為現在は『何処までナザリックの手が入れば武技が習得できないか』を重視して調べる段階に入っている。

 

 これまでも低レベルの現地人、既に多くの武技を覚えた戦士、高レベルの魔法詠唱者、〈吸血〉や〈血族化〉で吸血鬼になった現地人と条件を変えて次々に武技を習得させてきた。これもコキュートスの仕事であり成果である。

 そしてレベルが同等以下であっても、モモンガ達が〈アンデッド創造〉で作り出した者達は同じ方法では武技の習得が出来ない事もほぼ確定した。低レベルの【骸骨の戦士/スケルトンウォリアー】による涙ぐましい努力の成果である。

 

 しかしこれらの成果以上に、コキュートスは大いなる充実感を得ていた。

 いずれは御方の血族として吸血騎士団の一員に取りたてられるかもしれない者達。そんな彼等を鍛え上げる事はつまるところ御方々に献上する剣を鍛えているに等しい。未だ完成には程遠いが、遠からず最初の一振りも完成するだろう。

 

 同時に武技への知見を深める意味合いも大きいと心得ている。

 先程の刀使いに吸血鬼化を施せば、今とは比較にならない筋力を得て更なる威力になる事だろう。弱兵と侮った状態で適当に仕掛ければ、あるいはレベル差を超えて首を落とされかねない。

 そんな未来を未然に防ぐためにこそ、コキュートスは今日も剣を振るう。

 

 

 

 ナザリック第9階層には慰労用に「バー」が設置されている。

 日々の業務を苦に感じるシモベなど要る筈はないが、稀に利用する者がいる。至高の御方々が「折角あるのだから利用すべきだ」と仰ってからは、一部のシモベが至高の御方々にお褒めの言葉をかけて頂いた際に祝杯をあげる為に利用している。

 今日は特に大きな催しの為、実質貸切の形で盛大に執り行われている。

 勿論盛大と言っても数人がカウンターで並んでいるだけであり、もし仮に至高の御方々がお越しになったなら即座に解散するのだが。

 

「さあ、今日の主役であるデミウルゴス卿に!」

「そのっとおおおおうり!! 大計ゲヘナの完遂なぁらびにィイ、ネクロロリコン様からの御要望を、完ッ璧ッに! やり遂げた我等が同胞に祝杯をォオウ!」

「ええ、長らくこのナザリックを御守り下さり、この世界においても常に最前線で! 御自ら采配を御取りになっておられる御方の『我儘』を! 漸く1つお聞きする事が出来ました!」

「実に喜ばしい事です。全てご協力くださった皆さんの御力あっての事と、そして御方々の陰ながらの御援助の賜物と、このデミウルゴス、胸に刻み今後とも精進する所存です!」

「では、」

「「「乾杯!!」」」

 

 その場に集うはこの度行われた大計において中核をなしたシモベ達であり、主役は企画から準備、現場の指揮まで執り行ったデミウルゴスである。

 玉座の間で執り行われた大計の報告会においてその成果を報告した際、「流石はデミウルゴス」「期待以上の成果だ」と拍手と共に最大級の賛辞を送られていた。そして送られたのは賛辞のみならず、絶対的な信頼の証もまたその場で授けられている。そう、ナザリックの急所であり、至高の御方々と職務上必要ありと認められた2人のシモベのみが所持を認められていた至宝「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」である。

 普段では有り得ない程に満面の笑みを浮かべ、左手の薬指に嵌められた指輪を撫でるデミウルゴスと、そんな彼に心からの祝福を送る仲間達。至高の御方々の喜びこそが彼等の喜びであり、漸く至高の御方々に御喜び頂ける戦果をシモベ達の力によって献上する事が出来たのだから。

 

「正直に申しますと、この大計で『我儘』を叶える事が出来なければ、御方々は二度と『我儘』を我々に仰って下さらないだろうという恐怖がありました」

 

 責任者であったデミウルゴスは、乾杯を終えて酒気と共に胸中を吐露する。

 今回共に作戦を行うに当たって、御方の直臣である吸血騎士団と話をする機会を得る事が出来、「もし仮にゲヘナを失敗したとしても、御方々が失望してナザリックを去る事は無い」という確信を持つ事が出来た。何故なら御二方は、他の御方々がリアルという非常に重要な場所でやるべき事があると去っていく中でもナザリックを見捨てることなく、日々金策を行い、世界が終わるその瞬間を共に過ごす程にナザリックを愛しているのだから、と。

 更に言えば、ネクロロリコン様は吸血騎士団が満足な働きが出来なかった時も自らの指示や作戦に問題があったと自戒し何度でもお付き合い下さるほどに辛抱強くお優しい方であるとも。

 そんな話を聞き、しかし、いやだからこそ。

 

「我々は示さなければならなかった。我々シモベの有用性を! 何時までも御世話になり続ける無能ではないのだと!! さもなくば、お優しい御方々は、我々を気遣う余りに己の欲するところを表に出して下さらなくなってしまう」

 

 故に、不退転の覚悟で事に挑んだのだとグラスを握りしめて語る。

 

「そして、その覚悟は実を結んだのです」

 

 そっとデミウルゴスの手に自らの手を重ねるは、守護者統括アルベド。彼女もまた今回の作戦において重要な働きをしたシモベの一人であった。

 表に出て情報収集や作戦の大まかな筋道を決めるのがデミウルゴスならば、裏方として人材の調整や配備を整えたのが誰あろう彼女である。

 当日に後方で指揮を執っていたのも、至高の御方々が手を出さない形式であったため彼女であった。

 

「ええ、ゥ我等は! 漸くゥ御方々の御心を慰める事がァ、出ェエエ来たのッデスッ!!」

 

 感極まり拳を突き上げるはデミウルゴスのサポートとして様々な雑事を行った宝物殿守護者パンドラズ・アクター。「クラフトマン」である彼は集めた情報を精査し、逃走する人々が事故によって怪我をしないよう王都の立体模型まで作り、徹底的に人の流れを計算し尽くす事で死傷者0という難業に貢献していた。

 何より彼の作られた目的は御方々を楽しませることである。特に創造主モモンガの目的は他の御方々を楽しませてナザリックに留めるという事であると認識している。しかし宝物殿で彼が出来た事は道化として御方々の考えた芸を披露するのみ。1人、また1人と去っていく後ろ姿を見て何を想っただろうか。そんな彼が最後の御一人に対して漸く自ら働きかける事が出来たのだから喜びも一入であろう。

 彼の内情を知るからこそ、誰も彼の不作法を咎める事は無かった。

 

「しかし、ここで気を緩める訳には参りますまい」

 

 触角を撫でつつ提言するのはこの場に集う功労者最後の一人、第2階層が「黒棺」の領域守護者恐怖公。

 他に先んじて都市に潜入し眷族達と情報収集を行う彼は、支配者達から他の階層守護者に勝るとも劣らない程の信用を勝ち得ている。勿論今回の作戦においても彼の眷族が日夜駆けまわることで正確かつ膨大な情報を齎し、多大な貢献をしている。

 

「ええ、勿論これで気を緩めるつもりなどありません。むしろその逆、更なる『我儘』を引き出すべく鋭意努力すべきと心得ていますとも」

 

 力強く頷く彼の表情は明るい。少なくとも1つ叶える事が出来た、という実績を築く事が出来たのだから。

 これからはより多く、そしてより困難な課題を任せて貰える事だろう。それこそがシモベの本懐でもある。

 主に気を使わせるシモベなど、至高の御方々に御仕えするにふさわしいとは言えまい。

 

「何より、課題が1つ残りました」

「彼女の事ね。おそらく誰もが起こし得る油断や慢心による些細なミス、そしてその結果起こる不測の事態」

 

 一同が思い浮かべるのは報告会の後半、ほぼ唯一のイレギュラーが起こった経緯についての報告がエントマから挙げられていた時の事。

 

『つまり何か? ナザリックの総軍で当たる大計の最中に、小腹が空いたから、つまみ食いをしたと、そういう訳か?』

 

 戦勝ムードに包まれた玉座の間を一瞬で凍りつかせた平坦な御言葉。普段は穏やかで温厚な御方であるだけに、その変貌ぶりは今でも思い出すだけで背筋が凍りつく。

 

『貴様ァ! デミウルゴス達が必死になって準備したこの作戦を! そんな下らん理由で台無しにしようとしたのかァッ!!』

 

 傍で聞いているだけでも竦み上がってしまう御方の叱責。それを直に受けるエントマの受けた衝撃は如何程であろうか。

 断じて自ら受けたいとは思わないが。

 

 結局はデミウルゴスの「総責任者である自らの教育不十分の結果でございます」という決死の挺身と、モモンガ様の「それまでの臨機応変かつ丁寧な仕事ぶり、何より普段の忠勤も評価に入れるべき」との取りなしによって今後暫く外部での活動禁止という事実上の無罪に落ち着いたのだが、

 

「今後のナザリックを左右する重大な作戦でした。あまりにも、迂闊でした」

 

 グラスを握りしめ、悔しげに語るデミウルゴスに他の者はかける言葉が見つからない。

 十分に避けられるミスであったが、これを運が悪かった結果と片づける愚か者はナザリックにおいては有り得ない。ナザリックを愛する御方の事を想えば、ナザリックの今後に悪影響を与えかねなかった愚か者への御怒りの程は察して余りあるというものである。

 しかし、ただ1人異なる視点を持つ者がいた。

 

「御方は、なにゆえ御怒りになられたのでしょうか?」

 

 グラスを揺らしつつ問いかけるパンドラズ・アクターに怪訝な目を向ける一同。

 

「無論作戦を破綻させかねなかったエントマ嬢の行いに、でありましょう?」

 

 思考を巡らす他の2人に先んじて恐怖公が答える。

 ナザリックを愛する御方が、ナザリックの今後を占う大計の失敗に繋がりかねない失態に御怒りになるのは当然であろうと。

 

「果たして、そうでしょうか?」

 

 先程まで脇に置いていた帽子を被り直したパンドラは語る。

 

「仮に作戦の予定が繰り上がりデミウルゴス殿の最終チェックが途中で終わったとしても、ゲヘナの成否には到底結びつきますまい。それこそ、ゲヘナそのものは一夜もかけず準備は整いましょう。その上で御怒りになった理由は、一体どこにあるのか?」

 

 『我儘』を叶える事が出来なくなる、それ以外に支障はないのだと語るパンドラにデミウルゴスとアルベドは顔を顰める。

 

「御方の『我儘』以上に優先すべき事がありましょうか?! 否、断じて否です!!」

「その通りです。此度の大計に於いて最も重視し、時間をかけた要素は御方の『我儘』にほかなりません。そのような事は共に準備をした貴方が最もよく解っている筈です」

 

 2人の言葉に大きく頷き、パンドラは言葉を紡ぐ。

 

「そこなのです。御方の慈悲深さは改めて語るまでもありますまい? つまり、そういうことなのですよ」

 

 ここに来て2人の明晰な頭脳はある答えに行きつく。本来であれば有り得ないと切り捨てるべき答えに。

 

「まさか、いえ、そんな、畏れ多いにも程が!」

「しかし、そのまさかでありましょうデミウルゴス殿」

 

 望みが叶わなかったからと御怒りになる、それは十分にありうる事。しかし、あえて『我儘』であると失敗した際の逃げ道を用意して下さる御方であればその可能性は低い。ならば、

 

「デミウルゴスの準備が無駄になる事を、御怒りになったと?」

 

 アルベドの問いかけに頷くパンドラ。

 

「思い出してみてください、御方の御言葉を。作戦の成否に関して御怒りになっての御言葉でしたか? 私はそうは思いません」

 

 忘れようのないあの日の光景。そうでなくとも御方の御言葉とあらば一字一句全て胸に刻みつけている。それを想い返し、改めて噛み締める。

 

「御方は、私の準備が無駄になる事を、御怒りに……?」

「ええ。御方は、いえ、御方々は我等ナザリックの民を慈しんで下さっておられます。他の御方々がりあるの事情によりナザリックを訪れる事が無くなった後も、我等の為にと残って下さったのです。そんなシモベの努力が水泡に帰そうとしたのですから、御怒りになる事もあるでしょう」

 

 呆然と呟くデミウルゴスに語りかけるパンドラの声は、優しく穏やかだった。

 

『捕虜の処遇を決める権限を持つのはこの私であった。ならばデミウルゴス、お前のミスは私に起因していると言えよう』

 

 その語り口は、かつてデミウルゴスがこの世界で最初の失態を演じてしまった際にかけられた御言葉を思い起こさせる。

 そしてシモベを庇うために自ら泥を被る方々であった事をデミウルゴスは思い出す。

 

「次は、次こそは……!」

 

 授けられた至宝を胸にかき抱き、震える声で宣誓するデミウルゴス。

 

「ええ、我等シモベ一同」

「ゥ御方々に御仕えする意思は同じ!」

「不肖、吾輩も全力を尽くす事をここに誓いましょう!」

 

 改めて至高の御方々への忠誠を誓うシモベ一同に、マスターは至高の御方の1人が製作したカクテルを配る。

 ここはナザリック第9階層「バー」。

 彼もまた至高の御方々に御仕えする事こそが至上の喜びなのである。

 




注)このあとがきは現32話の投稿前にこの話を投稿した際に書かれていたものとなります。その為時系列や文の内容について少々狂いが生じております。
この処置は投稿した文章は修正以外で消さないという作者の拘りによるものです。読者さんを混乱させてしまうかもしれませんが、どうか御了承下さい。
文章書きの下らないプライドだと笑って貰えれば幸いです。



と言う訳で約4か月ぶりの更新となります。先日(一月前)の感想が起爆剤になったと自分で思います。途中で止まっていた32話にチマチマ加筆して漸く出来あがりました。読みにくくなっていたら申し訳ないです。
しかし書きたい気だけはあったため今後の展開については推敲を重ねていますので、昔のまま続けるより面白くなるのではと思います。
・・・まあ待たされるストレスの方が作品のクォリティ向上より重いとは一読者として思いますが。

こういう事を書くとコメ稼ぎかと反感を買ってしまいそうですが、感想は作者の燃料ですよ皆さん! 続きが読みたい作品には積極的に書いておきましょう(自作に入れろとは言ってないという予防線を張りつつ)。
少なくとも私はコメ返ししながら設定等を見直すのは楽しいですし、世界観が深まる良い作業だと思っています。


最後に
デミウルゴスマンセーになる報告会は書きませんでしたが、今回の話を書きながら書いておけばよかったかなと割と後悔しています。3か月前はここまで報告会が重要になるとは思っていなかったのです。とはいえ今を逃すと更新するのだと言う気勢を無くしそうで・・・。デミウルゴスには更なる無茶ぶりという名の『我儘』を送るので御容赦頂きたい。
そして今回の話に入れるべきかと思いましたが、最後の部分にモモンガさんとネクロロリコンの真意を出す対談は入れませんでした。
これはカルマ値極善のネクロロリコンはナザリック全体の利益を考え、カルマ値極悪のモモンガさんが個々の個性を重視すると言う姿勢で対談し始めると物凄い長くなってしまいそうで完成が遠のきそうだと思ったためです。
一万字目前まで膨れ上がったテキストを鑑みて流石にここまでだろうと思いまして・・・。
もし読みたいと言う奇特な人がいるなら書いてみます。モモンガさんのギルメン愛とナザリックの安寧を願うネクロロリコンの対談で丸々1話行きそうですし。
一応次回はエ・ランテルの統治者となったブラムについて書く予定です。今年中に、なんとか・・・!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。