墓守達に幸福を   作:虎馬

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シモベ達にホウレンソウを徹底させている本作、それでもやっぱり意思疎通に齟齬は出るものです。


31.ゲヘナの炎

〈振られちゃいましたね〉

〈残念だが失敗だわ、ガゼフ殿の勧誘〉

 

 突入作戦前の空き時間、ブラムことネクロロリコンはナザリックで有事に備えるモモンガと雑談をしていた。

 勿論傍目にはゲヘナの炎を睨み、今後の作戦を思案しているかのような振りをするのを忘れていない。

 視界の端ではモモン(パンドラ)が冒険者達を勇気づけているのが見える。

 

〈まあ、王様に忠誠を尽くすあの武骨さが良いと思うのよ。俺は〉

〈ネクロさん好きですもんね! 忠節の騎士みたいなキャラ〉

〈国の為に泣く泣く王に歯向かうみたいなシチュも好きだけどねぇ〉

〈……私達は切られる愚王にならない様にしないとですね〉

〈ホントホント〉

 

 主な話題は先程失敗したガゼフの勧誘に始まり、そのまま先の戦闘に言及していく。

 

「そういやパンドラは大丈夫なの? 思いっきりウチの子らに斬られてた気がするけど」

「ああ、中身たっちさんでしたし、本人も大丈夫って言ってましたよ? ルプスレギナも回復してくれてますし」

「そうか、それなら良かった。デミウルゴスには『手加減無用』と言っておいたが、変に禍根が残って貰っても困るし」

「そこは大丈夫だと思いますけどねぇ。一応私の方でフォローしときますね」

「ああ、たのんます」

 

 そのままエントマの遭遇戦によって生じた誤差の修正に関する話題に移るが、未だ暫く時間があるらしい。

 暇を持て余した支配者達の話題は今後の王国のあり方に移っていく。

 

〈そう言えば王国の今後はどうするんでしたっけ?〉

〈デミウルゴス達と話していて、やっぱり君臨すれども統治せずって形にシフトして行きたいと思うのよ。王様はあくまで置いとくだけ、優秀な文官に動かして貰う感じかな。そんで所謂官僚政治にしていく先駆けとして、ガゼフ殿には王国の戦力を一手に握る名誉職について貰うのが良いんじゃないかって話になってるよ。御子さんが優秀かどうかは別問題だから一代限りの騎士位みたいな感じかな? これに着かせる方向でレエブン侯にも動いて貰おうって話になってるよ。勧誘が上手く行けば簡単だっただろうけどねぇ〉

〈軍権は何より重要ですからね、実力があって王への忠誠もばっちりなガゼフしかいない訳ですか。そして親が優秀でも、子・孫・曾孫まで優秀とは限らない訳ですからねぇ。あくまで有能な人物に権力を持たせ、使えない愚図な貴族を排除して行く訳ですか。良いですね!〉

〈……頑張れば報われる、そんな国にしたいよね。折角俺達が国造りに関わるんだしさ!〉

 

 2人が思い浮かべるのは、夢も希望も無い灰色のリアル世界。

 自分達は一応の逃避先としてユグドラシルがあった。しかしこの世界の住人にとっては、今生きているこの状況しか無い。

 それが搾取されるばかりの灰色の世界で逃げ道すらないとは、どれほど息苦しい世界なのだろうか?

 

〈「ええ、封建社会がなんぼの物か! って奴ですよ。実権を握るのは1代限りの完了政治がやっぱり正しいですよね!」〉

〈やっぱり生きていくには夢が無いとだよな!〉

〈「夢ですかぁ、冒険者も夢を見る事の出来る仕事に出来たら良いですね!」〉

〈文字通りの『冒険者』って訳か、良いねそれ!〉

 

 支配者達は雑談に華を咲かせていく。

 興奮気味なモモンガの口から内容が漏れている事にも気付かずに。

 

 

 

 ネクロロリコンの片腕として頭脳労働を行うデミウルゴスはアルコーンとして物資と捕虜の回収に勤しみ、普段は与力としてデミウルゴスのサポートを行うパンドラズ・アクターもモモンガの影武者として王都にいる。

 アウラとマーレも王都付近で万に一つの事態に備えて強襲部隊として控えている為、現在ナザリックの頭脳担当はアルベドしかいない状態となっている。

 

 警戒していたアダマンタイト級冒険者も大した事がないと解ったとはいえ、それでも至高の御身に万一の事があってはならないと気を張り詰める彼女は、しっかりとモモンガが漏らす言葉を聞いていた。

 

(愚図な貴族から権力を奪い取り、封建社会から官僚政治へとシフトさせていく。人々に偽りの夢を与える事で従えていく御積りなのですね! そして実権を少しずつ我等ナザリックの人員で固めていき、支配体制を盤石なものへと整えていく。いつもながら脆弱な人間共を効率的にご利用なさるご手腕は素晴らしい。特に厚遇しておられる第3王女は有能な上に利用価値も大きいと言えますわね。将来的にはナザリックを表に出さぬようにしながら、王国を、周辺諸国を、裏から支配なさる御積り! 後ほどデミウルゴスと協議して案を修正しなくては……!)

 

 いつもながら至高の御方々の慈悲深さには頭が下がる思いである。

 時折こうして『つい口から零れてしまった』体を装って指示を出して下さるのだから。

 

 最終的に自力で辿りつけるようになれと、自ら先導して道を示されるネクロロリコン様。

 道を誤っていると見るや、それとなく正しい道を示して下さるモモンガ様。

 

 至高の御方々はナザリックのシモベにこれ以上ないほどの慈愛を持って接して下さっている。御期待して下さっているのだ。

 それに応えずして何がシモベか! 守護者統括か!!

 

(今しばしお待ちください、モモンガ様、ネクロロリコン様! 我等ナザリック一同、必ずやご期待に応えて御覧に入れます!!)

 

 1人決意を新たにするアルベドは、より英雄的に活動が出来る様悪魔達に指示を出していく。

 指揮を執る事が出来るシモベはデミウルゴスだけではないのだ。

 

 

 

 蒼の薔薇がプレイヤーではないかと疑っていたネクロロリコンことブラムは、心配事が無くなったせいか晴れやかな気持ちで任務をこなしていく。

 

 焼き殺されそうになっている衛士達を咄嗟に伏せさせ、【軍狼】達に突撃させて【地獄の猟犬/ヘル・ハウンド】を蹴散らし、冒険者達を襲う【極小悪魔の集合体/デーモン スォーム】を食い荒らし、【朱眼の悪魔/ゲイザーデビル】を蹂躙し、速やかに戦況を安定させ決戦の地へと突き進む。

 未来が見えているかのような迷い無い言動と次々に悪魔を蹴散らしていく雄姿は、後に『明智の狼王』と人々の間で語り継がれる事となる。

 

 

 

 所変わってゲヘナの炎内部、倉庫街。

 王女ラナーの命の下、白銀の鎧を纏った少年クライムは悪魔達の監視を掻い潜り奥へ奥へと進んでいく。

 

 共に行くのは狼将ブラムの執事、セバス。そしてブラムが貸し出した【軍狼】が3頭。

 僅か2人と3頭による決死隊であった。

 

「シッ!」

 

 疾風の如き身のこなしで悪魔の一体を葬ったセバスの後に続き、3頭の【軍狼】が残った悪魔達に襲いかかる。

 僅かに遅れてクライムも距離を詰め、纏わりついた敵を振り払おうとする悪魔に渾身の一太刀を叩きこむ。

 その頃には既にセバスが蹂躙を終えており、戦闘は終了しているという状況が侵入してから続いている。

 少なくともクライムにとっては何時命を失うかもわからない、そんな綱渡りのような戦いの連続である。

 

 勿論そんな風に思っているのはクライムだけである。実情を知る者達からすれば、危険性など皆無と言って良い。

 

 何故ならアルベドが綿密な計算の下、手加減したセバスが全滅させる前にクライムが一太刀振るう程度の時間で終わるような絶妙な戦力を道中に置いてぶつけているのだから。

 セバスが本気になった瞬間全滅するような戦力である。その上ネクロロリコンも1度に1体しか呼び出せない【軍狼・リーダー】を付けている程の過剰戦力である。バックアップは万全、危険など皆無である。

 

 そんな彼等が逃げ遅れた住人達を隔離した倉庫にたどり着くまで多くの時間を要することは無かった。

 そして退避中にセバスの援護を受けたクライムが【羊頭の悪魔/バフォメット】を必殺の〈修羅一閃〉で仕留めたが、謙虚な彼がその功績を語る事もまた無かった。

 

 しかし救助された人々によってその名は王都のみならず、近隣諸国にまで広まる事となる。

 『黄金』の姫の剣、『白銀』の剣士として。

 

 

 

 王都各地で熾烈(人間目線)な戦いが繰り広げられる中、『悪魔アルコーン』と『英雄モモン』の戦いもまた加熱していく。

 王都を舞台にした騒乱において最大の戦力同士が激突しているのだから無理も無い。

 

 片や異形種用クラス〈シェイプシフター〉のスキルを駆使して戦うレベル100《最上位悪魔/アーチデヴィル》。

 片やスキルを封印しているとはいえ、最上位ギルド:アインズ・ウール・ゴウン最強の男「たっち・みー」のステータスを8割とはいえ模倣し使いこなす《上位二重の影/グレーター・ドッペルゲンガー》。

 彼等が手加減無用の御言葉を受けて激突しているのだからたまらない。

 

 長剣の如く伸びた爪が建物を紙屑のように切り裂き、負けじと振り抜いた巨剣が尖塔を半ばから切り落とす。

 そんな自然災害もかくやという死闘を超高速で駆けまわりつつ行っているのだから、残される傷痕の深さは筆舌に尽くしがたい。

 王都の復興に一体どれほどの資金と労力が必要になるのか、モニター越しに戦況を眺めるモモンガは早々に思考を放棄してしまっていた。

 

 

 

 モモンの援護という体で付いてきていたナーベとルプゥ、そしてイビルアイもそれぞれが人外の領域の死闘を繰り広げていた。

 

 ナーベは地を駆けつつ〈飛行〉で物理法則を超えた挙動の機動戦を展開、この世界では切り札と言える〈雷球〉や〈龍雷〉を雨霰と叩き込み皮鎧の狂戦士の突進を見事にやり過ごしていく。

 出鱈目さではルプゥも負けてはいない。使い得るあらゆる肉体強化系の魔法を重ね掛けし、怒涛のラッシュを仕掛けて全身鎧の騎士をその場に釘付けにしているのだから。

 

 王国の危機である事を自覚しているからか、あるいはリーダーであるモモンの勝利の為か。恐らくそのどちらもが理由であろう。何よりあの若さでこの錬度、並はずれた才能と修練の成果と言えよう。

 遠距離からの不可解な狙撃と〈ストライカー〉職と思しきメイドの連携を耐えつつイビルアイは一時の仲間達の戦いぶりを盗み見る。

 

 「黒髪の美姫」ナーベは無理を承知の短期決戦を仕掛けている。

 同じ魔法詠唱者であるからこそ、より一層その無謀さが理解できてしまう。しかしそうでもしなくてはこの場に留める事すら叶わないという事は、魔法の直撃を食らいつつもスキルで回復しながら突っ込んでくる狂戦士を見れば理解できる。

 自慢の魔法を無視して突っ込まれるなど、魔法詠唱者からすれば悪夢のような状況と言っても良い。腰に佩いた剣で無理押しからの攻撃にも耐えてはいるが、半ばから折れたあの剣では何時まで保つか。

 

 無謀と言えば「赤髪の聖女」ルプゥは更に酷い。息も吐かせぬ連撃で攻め込みつつ、荒い息で次々と支援魔法を唱え続け、効果が切れる度にかけ直しているのだから。

 対する敵方の全身鎧の騎士はその場に釘付けとなってはいるが、未だ無傷である。息が切れて支援が止まるか、体力が尽きて連撃が止まるか、あるいは精神力が底を突くか。いずれにしても破滅は目と鼻の先と言って良い。

 

 歯を食いしばり、鬼気迫る形相で戦線を維持する2人の様子を見て、イビルアイも覚悟を決める。

 軽く2回りは格上な相手に挑む2人に比べれば、所詮同格の相手2人である。やってやれない事はない、と。

 

 

 ところで、プレアデスの2人が同じナザリックの戦力を相手に死力を尽くして戦っている事には彼女たちなりの理由がある。

 彼女達プレアデスは至高の御方々の盾となるべくして作られた存在である。階層守護者達のように華々しく活躍し敵を討取る事は期待されていない事は百も承知だ。

 各階層守護者を打倒し難攻不落のナザリック地下大墳墓を駆け抜けた強者達が相手なのだ、これを倒せるなどと思いあがる者は、今のプレアデス隊には1人もいない。出来る事は、分断しての時間稼ぎと足止めが精々であろう。

 ならばそれをこそ、万全にこなせるようになるべきなのだ。

 

 そして今、本当の意味で必要とされる時の為に、格上との全力戦闘を経験する機会を設けて頂いた。他でもない至高の御方から『手加減無用』の御言葉も頂いている。この機会を無下にするなどシモベとして到底許される事ではない。

 相手がネクロロリコン様が作り、鍛え上げた《真祖》達であろうとも、タダでは倒されたりしない。レベルが2回り違うからなんだと言うのか。

 

 何より現地の戦力に苦渋を舐めさせられたエントマの分も、プレアデスの力をここでお見せしなくてはならない。

 時間稼ぎもままならず、無様に敗北する訳にはいかなかったのだ。

 

 

 傍にいる2人の気合いに煽られ、イビルアイは賭けに出る。

 大きく振りかぶった近接メイドの鉄拳を、あろうことか真正面から喰らったのだ。

 

「これは?!」

 

 思わず漏れ出る懐疑の声を聞きつつ、意外なほどに少ない痛みを堪え賭けに勝ったと笑う。メイドの打撃は吹き飛ばし効果や体勢崩しに重きを置いており、肉体への損傷が少ない事が多かった。後方からの支援射撃に期待しての選択だろう。

 両足で地面を踏みしめ、全力で〈飛行〉の推進力で吹きとばしに抵抗すればその場にとどまることは十分可能だ。

 

「〈魔法抵抗突破最強化/ペネトレートマキシマイズマジック〉〈結晶散弾/シャード・バックショット〉!!」

「くぅっ!!」

 

 負のエネルギーを込めた水晶の散弾が至近距離で炸裂する。

 追撃をかわすために咄嗟に飛びのくも、

 

「逃がすかッ!」

 

 吸血鬼の身体能力を駆使し、魔法と種族的な飛行能力で更に踏み込む。

 メイドの影に隠れて狙撃を回避する事も出来るという、小柄な体躯を駆使した絶妙な位置取りでもあった。

 

「〈頭だ!〉」

 

 〈水晶の短剣〉を発動し一気に攻め込むイビルアイの耳に、頼れる老紳士の声が飛び込む。

 『生物』全ての弱点である頭部を抉り、一撃で仕留めろという事か。つい今しがた来たばかりだというのに咄嗟にそんな指示を出せるのだから相変わらず凄まじい男だ、と評価を更に上乗せする。

 

 〈飛行〉の勢いに乗せて水晶の短剣を握る右腕を突きだす。

 狙いは忌々しいほどに豊満な胸部の更に上、憤怒と哀愁が同居したかのような異様な仮面をかぶった頭部。

 

 とう、ぶ……が?

 

「―――無い?!」

 

 本来頭部があったはずの場所に何も無いという想定外の事態に襲われ、次の瞬間には物理的な衝撃が腹部を襲う。

 

 吹き飛ばされたのだと理解するなり即座に体勢を整える辺りは伊達に250年も生きていない。

 そして見る、メイドの掌の上に乗った生首を。

 

「貴様、【首無し騎士/デュラハン】か!」

 

 必殺の一撃をまさかの方法でかわされてしまったイビルアイは思わず叫ぶ。

 緊張の面持ちをしたブラムの傍に吹き飛ばされたイビルアイに向け、メイドは丁寧な礼を以て返すのみだった。

 

 

 ブラムが登場した事により、戦いは仕切り直しと言うべき状況となった。

 ナーベは折れてもなお酷使され続けた剣を握りしめ、ルプゥも無残に切り刻まれた法衣を纏い荒い息を吐く。どちらも傷が無いとはいえ、魔力はもはや空に近い事だろう。

 

 円形に取り囲む3者の内、メイドはイビルアイの決死の一撃で少なくない損傷を受けているが、残る2者はほとんど無傷と言って良い。特に騎士の方はルプゥの怒涛の連撃を以てしても唯の一撃とてその身に受けていない。

 

 傍目には絶望的な状況であると言えるだろう。

 

 しかしブラムの胸中にある想いはただ1つである。

 

 

 

 どうしてこうなった?!

 

 やらせだと解らない程度には本気で戦うべきだと思い、特に自分と戦う事になるデミウルゴスには『手加減無用』と念を押しておいた。自分と戦う時に困らないようにと配慮から出た言葉だ。

 

 しかしこの状況は何だ?

 

 プレアデスの2人は自分の血族とガチンコバトルを繰り広げていたらしい。

 ナーベラルは〈エレメンタリスト〉の威を示して倉庫街を更地に変え、ルプスレギナは治療しているとはいえ全身切り刻まれて目の毒と言うべき有様だ。

 

 誰がここまでやれと言った?! 俺か? 俺が軽々しく手加減無用とか言っちゃったからか?!

 

 もっと危険だったのはイビルアイである。

 現場に到着して暫し呆然と現状を眺めていたが、至近距離で散弾状の魔法を喰らったユリを見て我に返り、追撃に移るイビルアイとユリの2人へ咄嗟に『頭だ』と指示を出した次第だ。

 幸いユリの胸元が魔法の短剣で抉られる事は無かった。

 

 勿論ネクロロリコンが護ったのはユリではない。アンデッドであるためクリティカル無効な彼女は、そのまま受けていても即死には程遠いだろう。そもそも《動く動死体/ゾンビ》系種族は基本的に鈍間だが、とにかくタフである。

 故に護るべきは、ユリに大ダメージを負わせてしまうとこの場から生きて帰れなくなるイビルアイの方だ。少なくともNPCを大切に思っているモモンガは黙って返さないだろう。ネクロロリコン自身も冷静でいられる自信は無い。

 

 アンデッドの身となり人間に対する親近感が薄れてもなお、ネクロロリコンはマッチポンプに巻き込まれただけの他人を死なせるようなことはしたくなかった。これは恐らく人間であった頃の残滓であろうと2人は見ている。残念ながらモモンガにはあまり残っていないようではあるが。

 

 さて、しかしこの状況はどうしたものだろうか?

 包囲したまま動かないという事は、こちらの出方を窺っているという事か。

 戦えばこのまますり潰されるのが目に見えている訳だから、このまま睨みあいで時間を潰したいところだが。

 

 演技そっちのけで後ろ向きな思考をするネクロロリコンことブラムだったが、丁度良く遠方から轟音が近付いてくる事に気付く。

 

「モモンか!」

 

 天の助けとばかりに思わず声に出てしまったが、周囲の面々も顔を輝かせる。

 その理由はそれぞれ別ではあったが。

 

 

 轟音と共に倉庫の壁をぶち抜いて転がり出てきたのは、今回の騒動の首魁である大悪魔アルコーン。

 それを追って現れたのは、全身傷だらけではあるものの雄々しく立つ英雄モモンである。

 

「モモン様!」

 

 絶体絶命の窮地に現れた英雄に、歓喜の声を上げるイビルアイ。これに握りしめた拳を掲げて返すモモンは実に英雄らしい振る舞いである。

 ちなみにこれはかつて作られた『英雄の凱旋』のポーズであったりするが、そんな事を知っているのは2人しかいない。そして今更そんなことでダメージは受けない。

 

 随分と派手に戦ったのだろう、全身余さずボロボロにされたアルコーンは周囲を見渡し両手を上に挙げる。

 この世界でも降参を表すポーズなのだろう、イビルアイのモモンを称賛する声が更に加速していく。

 

「超級の戦士である貴方に、彼の御仁の指揮まで加わってしまえば到底勝ち目などありません。ここまでとさせていただきましょう」

 

 何処か余裕を感じさせるアルコーンの発言を聞き、訝しげな気配になるイビルアイ。

 泰然としたモモンは顎をしゃくり続きを促す。

 

「今日のところはこれで立ち去りますので、見逃して頂きたいのです。勿論ただでとは申しません、この王都に控えさせた悪魔達はおとなしくさせておきますので」

 

 突如指を鳴らしたアルコーンに思わず身構える一同であったが、特に目に見えて変化は無い。

 しかし突如ブラムが振りかえる。次いで王都各地から響く狼達の遠吠え。

 

「王都中に手勢を放っておられたようですね。即座に気付かれるとは、流石でございます。お気付きのように、潜ませた悪魔の一部を表に出しました。まだ何もさせてはおりませんが」

 

 ブラムがうめき声を上げ、顔をしかめる。これでは王都中の市民を人質に取られたようなものだ。追撃し確実に討取るべき大敵であれど、無辜の民を犠牲にする事は憚られる。

 

 止む無く信義に生きる男ブラムは苦渋の決断を下す。

 

「行くが良い。だがこの私を相手に、何度も同じ手が通じるなどとは思わぬ方が良いぞ?」

「勿論、承知しておりますとも」

 

 優雅に一礼して配下共々転移するアルコーンを忌々しげに見送ったブラムは、しかし即座に踵を返す。

 

「残党狩りだ。もうひと頑張りして貰うよ、我等が『英雄』殿?」

「ふっ、言われるまでも無い事。案内に一頭借り受けるぞ!」

 

 こうして王都の長い1日は終わる。

 

 ブラム達の活躍により、市井の人々は怪我人こそ出たものの奇跡的に死者は無かった。

 しかし八本指の人員は下部組織に至るまで1つの死体すら見つからなかったという。

 

 この騒乱により、屋敷に引き籠った貴族達や第1王子バルブロに向けられる怒りや不信感が増し、逆に戦士長ガゼフを率いて王都に出撃した国王ランポッサ三世や私兵を率いて見回りを行った第2王子ザナックとレエブン侯へ称賛の声が寄せられた。

 そして八本指の関連施設に残された貴族達との癒着に関わる資料の数々と『邪神像』、アルコーンの脅威が残る事となった。

 




想像以上に長くなりましたが、王都編はこれにて終了です。

そしてモモンガさんが「主人公」スキル〈うっかり〉と〈幸運〉を発動。
これは最強スキルですね。

もう少しだけ王国内部のごたごたを書いたら遂に戦争編です。
その前にナザリックの日常的な話も挿んでいきたいと思いますが。

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