墓守達に幸福を   作:虎馬

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遂に30の大台に乗りました。
ここまで続ける事が出来たのはひとえに多くの読者さん達の評価や感想等の応援の御蔭です、今までありがとうございました! そしてこれからもよろしくお願いします!!

更に言えばお気に入りも1500を超えておりました。
これからも楽しんで貰えるよう、そして楽しんで書けるよう精進したいと思います!


今回は前々からやりたかった事が一つできました。
まあ暗にやっている、と言うだけですが。



30.勧誘/奸雄

 英雄と大悪魔の戦いから暫し、アルコーンの宣言通り王都の一画が陽炎の如き炎に包まれる。

 しかし人間達も指を咥えてその時を待っていた訳ではない、緊急招集を受けた多くの冒険者達が王城の一画に集っていた。

 彼等は王女ラナーの名の下に集い、異常な力を持つ大悪魔アルコーンとの戦いの為の作戦の説明を受けている。

 その作戦の中心に居るのは大悪魔アルコーンと互角以上に渡り合った『漆黒の英雄』モモンであり、冒険者達を束ねるのは類稀なる指揮能力を持つブラムであった。

 この作戦に異論をはさむ冒険者は居なかった。彼等は青の薔薇を一方的に殲滅する悪魔と互角以上に渡り合ったというモモンの実力に疑問を呈する実力もなければ、八本指を壊滅寸前に追い込んだブラムの腕前に異を唱える度胸も無かった。

 しかし、彼らにも看過できぬ事柄があった。

 

 市民の税金で日々を謳歌する貴族や王族は、この王都の危機に対して一切手を出さないというのだ。

 今この場が設けられたのも、あくまでラナーという個人の意思によるものだと言うのだから不満が高まっていく。

 

〈諸君、落ち着きたまえ!〉

 

 会議の流れを静かに眺めていたブラムが、ここにきて声を上げる。

 自分達を率いる事になる男の言葉であると認識した冒険者達は即座に静まる。王都の闇を支配した八本指を壊滅させた男であれば、あるいは王国最強の男を動かす事も出来るのではという期待を持って。

 

「王国戦士団はあくまで国王陛下の命の下、国王陛下を護る為の存在だ。そんな彼等が侍るのは国王陛下の傍であるというのは当然であろう」

 

 しかし彼等の期待はあっさりと裏切られてしまう。

 失望の色を浮かべる冒険者達を前にブラムは続ける。

 

「王が、貴族達が、自らの身を守る事を全てにおいて優先し、民を護らないと言うのなら。『王国戦士長』が剣を取る事が出来ないのは当然であろう? 彼はあくまで国王陛下の命の下に動くのだから」

 

 戦士長を見るブラムの目は鋭い。

 彼の視線は始めから冒険者達には向けられていない、あくまで話すべきは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフであると言外に示している。

 

「国家とは、多くの民を束ねる為にあると私は思う。そして王族という血筋はそれらを束ねる旗頭であり、彼等を失えば国という組織は成り立たない事だろう。だから王族を護るという事は国を護る事と同義であるという事は理解しているつもりだ」

 

 戦士長の職務に一定の理解を示すブラムだったが、誰もがその言葉の続きを予想出来た。彼は、今の『戦士長』のあり方を肯定する気が無いのだと。

 そしてやはり、ブラムは「しかし」と続ける。

 

「果たして護られない民衆は、『国』に従うのかね? 虐げられる民草は、何時までも貴族の言葉に唯々諾々と従うと思うかね? 彼等が自らの力で生きる事が出来るならば、直ぐに離れていくとは思わないかね? ここに集う冒険者達のように! 他国に渡って糧を得る事が出来るならば特にだ!!」

 

 その言葉は、冒険者達の胸に突き刺さる。

 何故王国にいなければならないのか? 自らが生まれ育った土地だから離れたくない、家族がいる、それ以上の理由など無い。根無し草である冒険者はなおさらだ。

 もっと言えば、実家に居場所が無いからこそ冒険者などという明日をもしれぬ身分に身をやつしているのだ。他国に渡ることでより良い生活が出来るのなら今すぐにでも離れたいというのが彼等の偽らざる本音である。

 

 そんな彼らを王都の防衛の主力として用いようというのが今の王家であるとブラムは断ずる。

 

「待って欲しい、ブラム殿! 陛下は民の事を重視して動いておられる」

 

 だからこそ自分は忠誠を誓っているのだと訴えるガゼフの声に、冒険者達の心は揺らぐ。

 しかしその程度の言葉ではブラムは揺るがない。

 

「心持ちは御立派だが、実際はどうかね『戦士長殿』? 民を虐げる貴族達により明日の生活もままならぬほどに搾り取られ、一部は闇市で奴隷として売られて、今日も無礼討ちで罪無き民草が命を落としている。だというのに、民を護る仕事は冒険者に丸投げで、命がけの仕事だというのに十分な手当てが無いのが現状だ! どうしてそんな者達を護らねばならない?!」

 

 どれも王国では見慣れた光景である。

 見慣れてしまって何とも思わなくなってしまった光景だ。

 挙げられた悪行の1つである奴隷売買の横行を世に暴いたのは他ならぬブラム自身である。

 この光景を見て、その上でこの国を護る為に剣を取るのかと問いかける。

 

「君は選ぶ事が出来る立場だ、人類最強の男、ガゼフ・ストロノーフ。君は、一体『何』を護りたい?」

 

 半ば睨みつけるように見詰めるブラムの問いかけに、ガゼフは即答する事が出来ない。

 常であれば、民を護る事こそが自らの道であると断言しただろう彼をして、この場で民を護ると断言出来なかった。迂闊な物言いをする事の危険性を他ならぬブラムから教わっていた事もある。

 何より国王ランポッサ三世を護る事が、国を護り、ひいては多くの民草を護る事だと信じていた彼にとって、国王と民を秤にかける事自体が有り得ざる事であった。

 

 静寂が場を支配する。

 

 その場にいる誰もが、ガゼフの解答を固唾をのんで待ちかまえる。

 それほどまでに重い意味を持つ回答だと、誰もが理解していたからだ。

 

 眉間に皺を寄せ、拳を握りしめ、歯を食いしばるガゼフは、己の半生を思い返す。

 剣を取った日の事を、剣を陛下に捧げた日の事を、そしてそれから続く日々の事を。

 

 

 

 長い葛藤の末に、ガゼフは答えを出す。

 

「私は、民を護る為に、陛下に剣を捧げた! その決断を、私は間違ったとは思っていない!! 陛下の命の下に剣を取る事が! 民を護る事だと信じている!!」

 

 血を吐くような彼の叫びを嗤う者は、唯の1人もいなかった。

 

 彼が人知れず歩んだ苦難の道を、同じく命がけの過去を切り抜けてきた冒険者達は容易に想像できたからだ。

 そして彼が過ごしたであろう葛藤の日々もまた、今の問答で想像する事が出来てしまった。

 

 その上で国王陛下を信じるという彼の言葉を、一体誰が否定できるというのか。

 

 問いを投げかけたブラムもまた、ガゼフの回答を聞き押し黙る。

 2人が共に過ごした時間は極僅かであったが、それでも命をかけた濃厚な時間である。互いにそのあり方を知るには十分すぎる時間であった。

 民の命を護るためであれば、その命を差し出す漢であると認めざるを得ないほどに。

 

 ここで民を護る為に作戦に参加すると言えば、それが一時しのぎの虚言であっても、一先ずブラムと肩を並べて王都の防衛の為に万全を尽くす事も出来ただろう。

 

 彼はあえてそれをしなかった。

 

 直接的に民を護りに行くより、国王陛下を護る事こそが、最終的に民を護る事になると信じているとあえて言い切ってしまった。

 

 その結果、ブラムというこの作戦の要諦を為すだろう男の離反を招く事になると理解した上で、虚言を弄する事を拒否したのだ。

 

 

 

 身を切るような静寂が場を支配する。

 

 そんな空気の中、全ての視線を一身に浴びるブラムは、暫し目を伏せて大きく息を吐く。

 

「君の答えは、よく解った」

 

 諦観するような、切り捨てるような、複雑な思いのこもった言葉だった。

 

 彼の言葉1つで、あるいはこの王都の防衛が機能しなくなるという事は全ての冒険者が理解していた。王国の守衛達はそれほどに心許無いのだ。

 しかし彼が指揮を執ればあるいはという思いもあった。

 かつてズーラーノーンからエ・ランテルを護り切った、最も新しい伝説を刻んだ男であれば。

 

 固唾をのんで見守る一同の視線を一切歯牙にもかけず、ただ1人ガゼフだけを見つめてブラムは語る。

 

「君がそこまで言うのなら、国王陛下はさぞかし民を慮る君主なのだろう。私も、一時信じてみる事にしよう」

 

 穏やかな笑みを浮かべるブラムが、ガゼフに賛同の意を示した。

 おお、と声が湧き上がる。

 

〈このブラム・ストーカー。及ばずながらこの作戦に協力させて貰おう!〉

 

 そして宣言する。

 王都を護る為に、その力を尽くすと。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 酷い茶番だ。

 冷やかにその光景を眺めていたラナーはそう断じた。

 

 ブラム・ストーカーという男の力を知っていれば、そして先ほどの問答を聞いていれば、彼が欲していたのはガゼフ・ストロノーフ唯1人である事は容易に解る。

 この茶番劇は巧く嵌れば1手でガゼフを取り込む事が出来、ダメでも国王に貸しを作った上でガゼフとの間に楔を打ち込む事が出来る。そもそもの勝算もかなり高かった事だろう。

 更に言うなら、多くの冒険者達に自身の方針を知らしめる事も目的なのだろう。民を護らない為政者は不要であり、自身は護る力を有していると。

 後は王国の協力者であるラナーへのデモンストレーションの意味もあるのだろう。相も変わらず念の入った事だ。

 

 かつての予想通り、彼が今すぐにでも王国の民衆を自らの手駒とする事が出来てしまう事は、今日のやり取りを見る限り間違いない。ただ街頭で貴族への不満をぶちまけ、民衆に立ち上がる事を促すだけで王国を崩壊させる事だって出来るだろう。

 そしてそれが出来てしまうだけの下地が、残念ながら現在の王国には出来あがっている。だからこそ彼は旗揚げの地に、このリ・エスティーゼ王国を選んだに違いない。

 

 また、彼が率いるセバスはガゼフと互角の実力者だと聞くが、なればこそ王国から引き抜く意義は大きい。個の武力はどうしても簡単には手に入らないものだ。だからこそガゼフを欲しているのだろう。

 

 安易に反乱によって領地を奪わない理由も予想できる。

 無駄な戦闘によって口数が減り、その後の『財』が減ってしまう事を嫌ったに違いない。

 

 多くの貴族達は何故か理解できていないが、領民の数は純粋な財力と言っても過言ではない。生産にも労働にも兵役にも、あらゆる方面に利用できる重要な『財』なのだ。

 それを最大限獲得できるようにあの男は動いている。

 

 この一件が終われば国も民も挙って相応しい地位に彼を押し上げる事だろう。

 八本指から徴収し、多くの貴族を取り潰した事により今の王家にはかなり余裕がある。そうなるように仕向けられているのだから当然だ。

 周囲に促されるまま、懐に余裕の出来たランポッサ三世から望みの領地を拝領するだけで貴族になれる所まで来ている。先々の事を考えられないあの王であれば、言われるがまま渡す事だろう。そうなれば終わりだ。もはや武力と財力と名声を兼ね備えた上に、権力まで握ってしまった彼を止める手立ては完全に無くなる。

 

 とはいえ、王国には現在の彼ですら止める術が殆どないのだが。

 

 そもそもラナーとしては、クライムとの関係を永遠の物としてくれるブラムを止める理由など無い。

 むしろ彼の治世を最大限応援するつもりですらある。

 

 何らかの方法で永遠の命を得る事が出来るという話も、これまでの活動から信憑性を帯びてきている。それほどまでに有り得ない動きを幾つもしていた。

 単純に頭が切れるだけでは到底為し得ない幾つもの行い。それを為しうる何かを彼は隠し持っている。どうせこの騒動も彼の手引きなのだろう。

 

 そうなると、後は―――だけで彼の地位は盤石になる。

 ラナーとクライムが永遠を過ごす事が出来るようにする、と言う彼の言葉からも間違いあるまい。その為にクライムに功績を積ませているのだから。

 

(ああ、私のクライム。あと少し、あと少しだけ待っていてね)

 

 溢れだす激情を仮面の奥に隠し、ラナーは謀(はかりごと)を巡らせる。

 愛しのクライムを、文字通り永遠に繋ぎ止める為に。

 

 一先ず近々の問題を片づける為にも、裏手で待っている兄達をどう動かすのが良いかを考えなくてはならない。

 少なくともバルブロには失脚して貰うとして、次に為すべきは……。

 




と言う訳で、ネクロさんのスカウトは残念ながら失敗しました。
民を護りたいと言いつつ王の剣として黙って振られる立場に居続ける事は正しいのか、と言うお話でした。原作でレエブン侯も言っていましたね、確かWEB版でしたか。

でも実際どうなんでしょうね、ガゼフは民が幸せになる為なら王を斬れるのでしょうか?
自身を厚遇し続けてくれた恩人であり、民を慮る優しい王として慕っているので、ランポッサ三世が死ぬのが国の為と言われても葛藤しつつ斬れないんじゃないかな? と個人的には思っていますが。

皆さんはどう思いますか? あの状況でアインズ様の誘いを断った程の漢、ガゼフを取り込む条件などを考えるのも中々面白いです。
普通にナザリックを動かしていれば必要無い、と言えばそれまでなのですが。


ラナーはナザリックのナの字を知ればかなりのレベルで動きを読む事が出来るのではと思います。しかし戦力については流石にガゼフ級以上の想像をするのは厳しいだろうと言う事でこんな感じに予想させてみました。
彼女はある意味本作のジルクニフ兼原作デミポジですが、ジルほど迷走はしません。

作者より頭の良い人は書けない、よく言われる話ですが彼女を書いていると実感しますね。もっと深いところまで読めるんじゃないかとか。



どうにかゴールが見えて来たので、30話記念にもう少しだけ。

実は書き始めたころからオチは考えておりまして、その為に色々伏線をばら撒いているつもりです。が、ちゃんと張れているかが不安ですね。
やり過ぎると「ああやっぱり」ってなりますし、足りないと「なんでいきなり」ってなりますから加減が難しいです。
世の作家さん達はそう言った葛藤と日々戦っているんだろうなと思うとマジで尊敬します。
息の長い作品であれば尚の事。

あとゴールが見えたと言っても、後数話で終わる様な事にはならないです。長々と書いてしまうタイプなので終わらせられないとも言えますが、きちんと切り良く完結できるように頑張ります。

蛇足な2部も構想中ですしね。

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