感想返しでも言いましたが、少なくともネクロさんはセバスを疑ってかかっていました。
色恋沙汰と言う物は人を狂わせる、物語の基本ですね。
そしてそう言った物を色々と読み漁っているのがネクロさんな訳です。
彼の命名方式やプレイスタイルからなんとなく察して貰えるかもしれませんが、やたら慎重なのもそのあたりに起因しています。そして設定厨なところも。
まあ特に作中で解説した訳ではないですし伝えきれていなかった私の腕不足なのですが、そう言うキャラな訳です。
頭でっかちなんですね。
結果から言うと、セバスの贖罪と決別の一撃はツアレの命を取る事は無かった。
「何のつもりですか、シャルティア!?」
セバスの渾身の一撃を掌で押しとどめ、ツアレを庇うかのように立ちはだかるシャルティアを前にセバスは声を荒げる。
これ以上御命令に違える事はあってはならない事だと。
「つもりも何も、わらわは至高の御方の御命令を忠実に遂行しているだけでありんすえ?」
対するシャルティアは嘲笑を浮かべて応える。言外に「お前と一緒にするな」と言わんばかりに。
歯を食いしばり、乙女がしてはならない顔をしている事についてはあえて誰も指摘していない。
拳を握りしめ邪魔物を排除せんと踏み込むセバスと口角を釣りあげて哂うシャルティアの視線が交錯する。
〈そこまで!〉
激昂したセバスは拳を振りかぶった姿勢で動きを止め、冷静にさせられた精神が即座に状況を分析する。
眼前にいたシャルティアは支配者達へ優雅に一礼して元の立ち位置へと戻っていく。
デミウルゴスに至っては始めから微動だにしていない、つまりこれは。
「ご苦労だったシャルティア君。絶妙な仕事ぶりであったよ」
始めから示し合わせていたのだ。
「聞くまでも無さそうだが、シャルティア君、セバス君の一撃はそこの人間の命を落とすに足るものであったかな?」
「はい、脆弱な人間の小娘の頭部であれば跡形も無く粉砕する事が出来たかと。勿論守護者最強であるわたしにとっては取るに足らない一撃でありんす!」
さりげなく受け止めた左手を隠して自慢げに語るシャルティアにネクロロリコンも満足気に返す。
「うむ、つまりセバス君は私の命令の下、守ろうとしていたそこの娘の命を取る事に躊躇いは無かったと、そういう事だ」
一旦言葉を区切り周囲を見渡すネクロロリコン。
何処にも反対の意見を挙げる者が無い事を確認して言葉を続ける。
「ならばこれを以て、セバス君は罰を受け罪を雪いだと共に、反逆の疑いも晴れたものと私はみなす。モモンガさん、何かありますか?」
「……いや、私からは何もない。そもそもセバスが反逆するなど始めから考えていなかったからな。ネクロロリコンさんも皆も、心配性に過ぎるのだよ」
「アダマンタイト級の片割れが滞在するこの王都に出向くのだから防備にやり過ぎるという事はないぞ? あくまで万が一に備えての事だ!」
「解っているとも。ネクロロリコンさんの周到さは非常に心強い。これからもその調子でお願いしたい」
暫く不満げにモモンガを見つめていたネクロロリコンだったが、気を取り直したように周囲に目を向ける。
「他に何か意見のあるものはいるかね?」
居る筈が無い。
支配者2人が良しとしたのだ、それに異を唱えるなど余程の事態である。
「……何も無いようだね。ならばこの案件は一件落着という事だな。後になって蒸し返す事の無いようにな?」
周囲を見渡して念を押すネクロロリコンに神妙な顔で頷く一同。
「では、次の話に移るとしようか」
獰猛に笑う支配者の姿に身を硬くする守護者達は弛緩しかけた精神を張り直す。
「娘、ツアレと言ったかね。辛いかと思うがもう暫く頑張ってくれたまえ、君の将来に関わる話なのでね?」
「……は、はい……」
死の覚悟をした矢先にそれが無駄になり、そうかと思えば突然話しかけられる。目まぐるしく変化する周囲の状況に必死に付いていくツアレ。
「まず、君は地下組織『八本指』が経営する裏娼館で働かされており、その内容は法にも人道にも背いたものであった。間違いないね?」
「……は、はい」
「そこで死にかけたため廃棄されそうになっていたところを、うちのセバスに助けられた」
「は、はい」
「その後は彼の献身的な介護により体調は戻り、今では屋敷の外に出る事が出来るようにもなった」
「はい」
質問を重ねるごとにネクロロリコンの口角が吊りあがり人外の牙が見え隠れするようになっていくが、ツアレの受け答えはどういう訳か滑らかになっていく。
人外の気配に慣れてきたのか、それとも彼の「カリスマ」に絆されているのか。
「君の処遇についてだが、私の配下が保護しているという手前、無下にも出来ん。そこで私は、君に2つの道を示そうと思う。1つは私の馴染みの開拓村で第2の人生を送るというもの。もう1つは私に仕えて人里で過ごすというものだ。勿論私に仕える場合は難しい事をさせるつもりはない、ハウスキーパーとして人里で暮らす我々のサポートをしてくれればそれで良い。勿論どちらにしても幾つかの約束を守って貰わなくてはならないのだが」
突然与えられた選択肢に驚き、思わず隣のセバスに目を向けるが反応は無い。
セバスにはツアレのすがるような視線に応える術が無いのだ。
その様子を見て取ったネクロロリコンは言葉を続ける。
「開拓村に行く場合は、私の紹介と少なくない支度金を約束しよう。不自由なくとまでは言わずとも、少なくとも飢える事は無いだろう。逆に私に仕える場合は、君の隣にいるセバス君や後ろにいるソリュシャン君と共に人里で暮らして貰う事になる。君もメイドとして家事等を行ってもらう予定だ」
にこやかに条件を付け加えるネクロロリコンにツアレは反応する。
「わ、私はネクロロリコン様にお仕えしたい、です」
「ふむ、確認するが、『私に仕えて人里で暮らしたい』のだな?」
「はい、お願いします」
「それでは1つ約束して貰いたい。なに、難しい事では無い。『私達の正体やドラキュラ商会の背後にいるもの達のことを誰にも言わない』で貰いたいのだ」
「はい、誰にも言いません!」
「もし何者かに攫われて口を割られそうになったときには、心臓が止まりそのまま死に至ったとしても構わないかね?」
「はい! 『私から情報を引き出そうとする者がいれば即座に死を選びます』!」
「宜しい、ならばこの『私に仕える事を許可する』! 〈誓約〉!」
全身を這いずる魔法の気配に怯えるツアレであったが、何も起こらないためネクロロリコンに視線を戻す。
「ご苦労だったなツアレ君。これで私と君の契約は成立した。疲れただろう? 部屋に帰って休むと良い」
「はい! ありがとうございますネクロロリコン様」
「人里では、私はブラム・ストーカーと名乗っている、間違えないように注意したまえ。意図せぬ情報漏洩と言えど〈誓約〉はその命を刈り取るだろうからね?」
「はい! ブラム様。それでは私は自室に戻らせていただきます」
深々と一礼して部屋を出るツアレを見送り、ネクロロリコンは口を開く。
「では、続いてセバス君の働きへの賞与に移る」
突然の発言に唖然とする一同。
己を責める思いで一杯なセバスはことさらである。
「私の、でございますか? 何かの間違えでは」
「何を言う、信賞必罰は組織の基本だぞ。君は私が忌み嫌う地下組織である『八本指』から被害者である娘を救出・保護し、彼等から先に手まで出させてくれた。つまり私が『八本指』を誅殺するための御膳立てをしてくれた訳だ」
「え、その、私は」
「嗚呼、セバス君! 何も言うな。君達は私達に仕える事が当然であるから褒美を受け取る気が無いという事は承知しているとも! しかし、しかしだ! 私は君の働きを高く評価している。過程はどうあれ、結果的に私の目的を達するために動いてくれたのだからな!」
「それは、たまたまで」
「謙遜が過ぎると逆に嫌味になってしまうぞセバス君! 私は君が自発的に行った行為に感心しているのだ。空き時間に王都を散策し、地理を頭に叩き込み、挙句私に開戦の口実を用意するとは実に見事だ! モモンガさん! 君もそう思うだろう?!」
「え、ええ。セバスの働きは、過程はどうあれ、有益でしたね」
「そんなセバス君に私は褒美を与えたいと思うのだ。ああ! セバス君、何も言うな、解っている、必要無いと言いたいのだろう? それでもここは黙って受け取るべきだ、上司に気分よく褒めさせるのも部下の仕事というものだからな」
オーバーアクションでまくしたてる支配者にセバスは返す言葉を持たない。気付けば反逆の汚名を着る一歩手前まで行ったセバスが褒賞を受け取る流れになってしまった。
「君へ与えるのは、ツアレだ」
断る為の言い訳を頭に並べるセバスだったが、この一言で思考を停止させる。
「彼女は先ほど私の使用人として組み込まれたのだが、私はあまり屋敷にはいないのでね。ならば君の指揮下において利用して貰うのが最善と考える次第だ。中々に有益なのだろう? 彼女は」
元々デミウルゴスへの報告において、ツアレはアンダーカバー作製の為の一環として雇い入れた事になっていた。その際に有用性について色々と語ったのは他でもないセバスである。
ネクロロリコンはその言葉を逆手にとって有能な手札を与える事を褒美として提示しているのだ、ツアレの居場所作りの為に。
セバスからすれば、元々自分が助けようとした存在でもある。ナザリックの庇護下に置かれるのならば最善の結果と言える。
なにより至高の御方の御配慮を無下にすることはできない。
「御配慮、有難く存じます!」
こうしてツアレは『ドラキュラ商会』の構成員としてナザリックにおける一定の地位を確保したのだった。
予定では今後の作戦の概要などもこのままの流れで決めて行くつもりでしたが、予想外の反響があったのでここで投稿しておきます。
私はセバスの事嫌いじゃないですよ? 渋いおじ様な執事とかそれだけで評価高いです。
ただ、彼の行いについては一言程度では済まないレベルでモノ申したいだけなのです。
少なくともナザリックが表だって動かないと言う縛りがある本作ではセバスの言動は致命的なレベルです。
それをある程度自粛してくれないとこの先何度でも反逆の罪を着せられ、内部はゴタゴタ、終いにはネクロさんも切れて処刑しようとしかねません。
恩人であるたっちさんの面影を見ているモモンガさんが必死に止めるでしょうけど、それが何度も続くと・・・と言う状況になります。
少なくとも私ならそうなるでしょうし、他の守護者達も良い気分では無いでしょう。シャルティア洗脳の無い本作では尚の事です。
あと、ネクロさんがツアレ助けた本当の理由も次回明らかに(ナザリック視点)。