墓守達に幸福を   作:虎馬

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今回を逃せばもう二度と彼女の活躍が書けない気がする、と言う事で幕間です。
まあ予定は予定という事で一つ。



18.幕間:影に潜むもの

 時はエ・ランテルが死者の軍勢に襲われていた頃に遡る。

 

 クレマンティーヌはエ・ランテルの墓地内部の霊廟にて脱出の機会を窺っていた。

 カジット達の召喚したアンデッド達は一時は門を破り市街地を脅かすまで戦線を押し上げたが、組織的な冒険者の抵抗によって後退し日が西に傾き始めた頃には墓地付近にまで押し戻されていた。

 日が沈んだ頃にエ・ランテルを発つつもりでいたクレマンティーヌとしては、冒険者が疲労した頃合いを見計らい夜闇に紛れて姿をくらませるのが最善と判断していたためこの時点では十分に想定の範囲内であった。

 

 状況が変わったのは日が西に落ち始める黄昏時。

 

 ズーラーノーンの高弟であるカジットは切り札である伝説級のアンデッドを差し向け冒険者を蹴散らし、勢いに乗じてアンデッド達に街を蹂躙させることにした。

 クレマンティーヌとしても闇に包まれた夜間に多くの人々が逃げ惑う状況になる事は望ましい状況である。

 着実に逃亡の為の下拵えが進んでいく。

 

 しかし想定内に収まっていたのはここまでであった。

 まず渾身の切り札である【骨の龍】は出向いた先で多少暴れただけで消滅してしまう。

 その後も墓地の入り口付近のアンデッド達の反応が次々と消えていき、更にその原因が霊廟目掛けて真っ直ぐ進んでいる事が解る。

 

 援軍が到着したに違いない、おそらくは森の賢王を従えたあの冒険者チームが。

 うろたえるカジットを尻目にこれ以上の混乱は期待できないと判断したクレマンティーヌは即座に脱出を決断する。

 

 カジット達には十分混乱したからと立ち去る旨を伝え、形だけでも了承を得ておく。

 元々互いにメリットがあるからと手を組んでいたにすぎない関係だ。『叡者の額冠』を提供し、その使用者である『タレント持ち』まで用意してやったのだから黙って消えても文句はあるまい。

 それでも立ち去る事を告げるのは少しでも長く抵抗して貰う為だ。

 そのためならば助言までする。

 クレマンティーヌは異様な気配に包まれたこのエ・ランテルの生活によって何処までも慎重になっていた。

 

「じゃあねぇ、カジッちゃーん。あたしの見立てだと厄介なのは黒い全身鎧の大男って感じだからうまい事援護して押し潰すのがいいと思うわよぉ? 仲間の2人は見るからに魔法詠唱者、後は狼を連れたジジィ、そして『森の賢王』」

「昨日も話していたが、やはり本物なのか? お主の見立てであるならばそれに近い強さではあるだろうが」

「ん~、多分本物ねぇ。タッグで襲われれば如何に伝説のアンデッドと言えど危うい、カモ?」

 

 自他共に認める性格破綻者であるクレマンティーヌ。

 しかし同時にその実力については疑う余地は無い。彼女は正しく英雄級の戦士なのだ。

 その英雄級の性格破綻者が戦闘を避け、今も態々助言しているというこの状況は戦闘者では無いカジットにも危機感を抱かせるには十分だった。

 

 クレマンティーヌは覚悟を決めたカジットの顔を見てそのまま立ち去る。

 少なくとも暫くは持ちこたえる事が出来る事だろう、と期待を込めて。

 

 

 こうして漆黒の英雄に挑む事を決めたカジットは、そのまま表舞台から姿を消す事となる。

 その場にいたはずの徒弟の数と死体の数が合わない事はその場にいた2人の人物以外に知る由は無い。

 

 しかしもし戦いを避けていたなら、カジットは生き残る事が出来たのだろうか?

 答えは残念ながら否である。

 何故なら霊廟は無数の影達によって包囲され、更にエ・ランテルという街そのものがナザリックの精鋭達に囲まれていたのだから。

 

 

 日が落ち始めた薄暗闇の中をクレマンティーヌは走る。

 英雄級の軽戦士であるクレマンティーヌは人類最速と言っても過言ではない。

 更に武技までも併用しての疾走である、もはや誰にも追いつくことなど不可能だ。

 

 現に街から距離が開くにつれ、疾走を続けるにつれ、自身に向けられる視線が確実に無くなっていくのが解る。

 当然だ、どれだけ巧く隠れ潜もうとも物理的に付いてこられないのだから。

 

 視線を感じなくなった状態でエ・ランテル近郊の森に入り更に駆け、漸くクレマンティーヌは立ち止まる。

 全身から噴き出る汗をそのままに荒い息を整えつつ後方を確認する。

 

 追手は、いない。

 

「へ、へへ。当然だ、このクレマンティーヌ様についてこれる奴なんざいる訳ねぇンだからなぁ」

 

 エ・ランテルで苛まれ続けた視線も今は無い。法国の探査も今のエ・ランテルの混乱によって難しくなっている筈だ。

 やっと一息つけると安心し、大きく息を吐く。

 

 そして警戒を緩めてしまう。

 

「もう鬼ごっこはお終い?」

 

 突如掛けられた有り得ない、あってはならない呼びかけに驚愕しつつ、それでもステイレットを抜き去り振り向くのは流石元漆黒聖典の精鋭である。

 

 咄嗟に声を掛けられた方向に体ごと振り向くも、何もない。

 

「どういう―――」

 

 まさか幻聴だったのか? そんな思考が頭に過ったが、視界の端に自身の影に突き刺さる短剣が映る。

 そして自身の体が動かない事に

 

「〈首狩り/ヴォーパル〉」

 

 気付くことなく意識を断たれた。

 

 意識を失い崩れ落ちるクレマンティーヌの背後で尚も油断なく逆刃の短刀を構えるのは、漆黒のメイド服を着込む吸血鬼であった。

 彼女こそギルド:アインズ・ウール・ゴウンの一人であるネクロロリコンの最初の血族にしてもっとも長くネクロロリコンと共に戦った歴戦のメイド忍者:コルデーである。

 

 普段と違い森林迷彩柄のマントを羽織り、刃と峰が逆になった非殺傷武器である『忍刀 不殺』を構える彼女はここ数日クレマンティーヌの監視を仰せつかっており、その結果背後に組織が無い事が解った為に一人になったところを確保するよう命令されていた。

 そして街を離れ必死になって人気のない森を駆け抜けるクレマンティーヌを密かに追いまわし、警戒を解いた瞬間を見計らって気絶させたのだ。

 

 ちなみにコルデーが行ったのは〈忍術・山彦〉で明後日の方向を向かせた上で〈忍術・影縫い〉を使って動きを止め、背後から〈首狩り〉を放つというユグドラシル黎明期に数多のプレイヤーをデスペナの憂き目にあわせた「ニンジャ」の即死コンボである。

 特に〈忍術・影縫い〉は影が武器で貫かれた時点で魔法の詠唱以外は一切行動不能という初見殺しのスキルであったため、多くの前衛職に恐れられていた。

 仲間に体を動かして貰えばそれだけで解けてしまうし、〈瞬間移動〉で動く、〈火球〉等で影を消す等対処法も多いのだが、それが解るまでは正に回避不能の必殺コンボであった。

 勿論今回は『忍刀 不殺』を使っていた為即死の追加効果は発生せず、傷も無いのだが。

 

 クレマンティーヌが気絶した事を油断なく確認したコルデーは次なる指示を出す。

 

『シャドウ1より各員、目標の無力化に成功。これより回収し帰還する。目標の回収はシャドウ2に、シャドウ3は周囲の警戒を続行』

『(シャドウ2、了解)』

『(シャドウ3、了解)』

 

 クレマンティーヌの影から湧き出るようにして現れるもう1人の『コルデー』が迷彩柄の布でクレマンティーヌを包んで担ぎあげる。

 マントを羽織る『コルデー』も武器を普段使っている普通の忍刀に持ち替える。

 そしてそんな2人の頭上で枝の上に立って周囲を見回すのもやはり『コルデー』であった。

 

 瓜二つの容姿を持つ3人ではあるが、別にネクロロリコンが三姉妹を作った訳ではない。

 「ニンジャ」のスキルの1つである〈忍術・影分身〉で人手を増やしているだけである。

 

 

 こうして元漆黒聖典クレマンティーヌはエ・ランテルから森へ駆ける姿を最後に法国の追手から完全に姿をくらませる。

 以後数度に渡り魔法による探査を行ったが見つからなかった為、他の任務に人手が必要になった事もあって捜査は打ち切られる事となった。

 




漸く吸血メイド忍者が書けました。
オリキャラはオリ主以外あまり出さずに原作キャラをしっかり動かしたいと思うのでまた暫く影に徹して貰うことになるでしょうが。

クレマンティーヌは慎重かつ的確な判断を下し続けましたが、あくまで前衛職の軽戦士なので探索能力は高くないです。
そして前衛殺しのアサシン系メイド忍者が相手とあってはあまりにも分が悪い。

こうして哀れにもナザリック送りになったのでした。


以下オリ設定等

〈首狩り/ヴォーパル〉
「アサシン」のスキルである〈暗殺/アサシネイト〉シリーズの一つ。難易度の高さから全てのスキルの中で最大の「ダメージ値」を出す事が出来ると言う設定です。
生物に対して最強の攻撃力を誇る暗殺系スキルはバックアタックボーナスや不意打ちボーナス等による様々な補正によって高いダメージを出す事が出来ますが、中でも〈首狩り〉は単純な威力の他にクリティカルヒットダメージ上昇や高確率の即死判定等が含まれたユグドラシル最強のスキルと言う設定です。ただし首に当たらないと普通の斬撃になると言うデメリットもありますが、当たれば最強です!
ちなみにコルデーは敵モンスターの形に合わせてきちんと首を狙えるように細かくAIが組まれています。勿論へろへろさんが作り、暇人ネクロロリコンが細かい調整をし続けた結果であり、現実化したコルデーにとっては長年に渡る修行の成果と言う認識です。
ロマンに拘るネクロロリコンの生き様が垣間見えます。

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