少年は産まれた時から、王となる事を約束されていた。
将来の王である彼は周囲に期待され、それに応えるように国の為に学び、国の為に剣と魔法を習い、国の為に成長していった。
いつか、父の後を継いで国を守り、同時に国に護られていくのだと信じていた。
疑っていなかった。どうして、疑う事ができるだろうか。
それは、少年が十五の歳を迎えて、しばらくのことだった。
『嫌な夢を見るのです。苦しくて寒々しい、恐ろしい夢を毎日……』
たった数日の悪夢なら、ただ夢見が悪かったのだと苦笑いで終わるだろう。
だが、何度も何度も繰り返される恐ろしい夢。少年は毎夜うなされては泣き叫び、目が覚めればあまりの恐ろしさに悪夢の内容を忘れてしまう。
ただ、同じ夢を見ることだけが心に深く刻まれていき、同時に眠ることが出来なくなっていった。生きるものは眠りこそが、体を生かしつづける唯一の方法。眠ることの出来ない身体は徐々に衰弱し、食べ物も受け付ける事は出来なくなっていった。
それまで平和だった彼の周りは、恐ろしい夢と同じように絶望に蝕まれていく。
父は悲しみに目を覆い、母は産まれたばかりの弟を抱きしめながら泣き暮れた。
何故、この子に。何故、この代で。何故、何故と。
尽きる事のない嘆きは、国に忍び寄るように影を生みはじめた。
『――それは、罰だ』
少年の見る悪夢は、この国の王族が背負ってきた罰であり、この国が産まれた時から受け継ぐもの。
『我がアスカンタの王族のみが受け継ぐ罰。最古の呪いなのだ』
父が嘆きにやつれた顔を歪めて、息子に告げてきた。近い未来、それが少年の命を喰いつくすとも。
まだ十五の幼い少年に告げられた、残酷な死の宣告だった。その時から王となる道を永久に閉ざされた。
「その呪いは、アスカンタが建国された頃から、抱えていた呪いと史書にありました。王族全ての者が受ける訳ではなく、何代目かに一人と受ける呪い。その呪いを私は受けた」
かつて王族に名を連ねていた男は、迸りそうになる苦しみを飲みこむように無理矢理、笑みを浮かべていた。その笑みにも昏い影が寄り添うように揺れる。
「私たちの父、先代の王は必死にこの呪いを解こうと、世界中から徳の高い僧侶や修道女を集わせました。だが、誰も呪いを解くことはできなかった。……ただ一人、呪いを抑え込み、呪いを遅らせる事の出来た僧侶を除いて」
ついと、男がククールを見る。
思わず目をすがめると、彼はまるでククールを通して、別の誰かを偲ぶように十字を切った。
「その僧侶の名はかつて、先々代の法皇と肩を並べていたマイエラ修道院の長でもあった御方。……ククール君、あなたがよくご存知であるオディロ様です」
自分だけではなく、この場にいる全員が息を呑む。
まさかここで、この名前を聞くとは誰が思うだろうか。
オディロ。七賢者の末裔で、賢者の魂を受け継いだマイエラ修道院の院長。ククールや彼の異母兄だけではなく、沢山の身寄りのない孤児達を育ててくれた優しい老人。二年前に犠牲となった人。
そして、と男は言葉を続けた。
「私は国から去ることにしました。幸いにも、アスカンタの王子は二人いた。いつ死ぬか分からない私が国を治めるよりも、弟が国を治めた方が民の為にも一番だった」
愛した国を捨て、自分にかけられた忌まわしき呪いを消す方法を探し求めた。様々な場所を訪れ、情報を求めたが、一向に見つからない。
この先のアスカンタの未来の為にも、自身の為にも必死だった。
「気が付けば、私はパルミドに流れ着いていました。さらに月日が経ち、どんな呪いをも癒し、打ち消すという泉があるという話を耳にしました。しかし、その場所は探し当てることはとうとう出来なかった……」
泉という言葉に誰もが、反応する。それは、西方のサザンビーク地方にある泉の事ではないだろうか。
その泉は確かに呪いを消す効力があると、近くに住まう隠者が教えてくれたのだ。その証拠にあまりにも強大な呪いであった為にほんの一時的ではあったが、トロデーン国の姫の姿を人へと戻すことができた。
「だ、旦那……! あっしらは」
ヤンガスが知っていると声を上げようとした瞬間、寝台の上にいた男の唇が慄くように震えて、真っ赤な血がごぽりと溢れた。