ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第44話

 

双つは、奏でる

 

一つは、穏やかなまどろみを

 

二つは、――――――――を

 

娘の祈りが月を招き

 

ふたつの罰は暴かれる

 

***

 

「おや……」

 

 貴方がいるとは思わなかったと言いたげに声を漏らした男の顔を見て、ククールは目を疑った。

 情報屋の住まう隠れ家に窓は一切ないせいで、あちこちにある溶けかけた蝋燭やカンテラなどの灯りがなくては昼でも暗い。

 それでも太陽のような明るさには程遠く、そんな頼りない光が生み出した影が隙間風に揺れる度に、寝台の上で体を起こした男の背中に覆い被さる。

誰だ。

 そう問いかけてしまいそうな位に、肉の削げ落ちた頬や落ち窪んだ目元のせいで、まるで骸骨のような情報屋は一ヶ月という短い間に別の誰かと入れ替わったかのように酷くやつれきっていた。

 それでも、背筋を伸ばして、こちらを見る眼差しは真っ直ぐで強い。それは、初めて一人でこの場所を訪れた時から全く変わらない。

 

「貴方がこんなにも早くここにやってくるとは珍しいですね。驚きました」

 

 その割には、あまり動じた様子がない声音もまたククールの知るもので少しだけ安堵して、唇を薄く開く。

 

「……あんたは、口だけはいつも通りだな」

 

 憎まれ口にも似た言葉が漏れる。すぐ後ろにいる二人から咎めるような視線を感じたが、無視する。

 情報屋も気に障った風もなく、肉のない細い腕を持ち上げて、己の頭を指で叩いた。

 

「ええ。この口や舌が、私の商売道具のようなものですからね。この頭に沢山の情報が入っていても、それらを喋るものがなければ誰の手にも渡る事はない」

 

 情報屋の視線が後ろの二人へとずれて、眉間に指をあてるような仕草をする。そこにはいつもかけられている分厚い眼鏡はない。それに気が付いたらしい情報屋自身が苦笑した。

 

「やはり、眼鏡がないほうが良く見える。さあ、こちらへ」

 

 席を勧めるように手招かれる。

 だが、この寝室には椅子は一つしかない為、必然的に女性であるゼシカが座り、その横にヤンガス立つ。ククールは壁に寄り掛かって、腕を組んだ。この小さな寝室に四人もいると少々窮屈だが、仕方ない。

 

「お呼びして、申し訳ありませんね。ヤンガス君には何度も迷惑をかけました」

「あ、あっしは別に何もしていやせんよ。むしろ、旦那には世話になりっぱなしでしたから、少しでも恩返しになれればと……」

 

 恐縮したように大きな図体を縮こまらせて、両手を振るヤンガスは兄貴と慕うエイトと話す時とはまた違う丁寧さで情報屋に接する。まさに頭が上がらないと言った様子だった。

 そんなヤンガスの言葉に情報屋は首を振った。

 

「もう充分に返してもらいましたよ。そればかりか、あなた方には礼を言わねばなりません」

「お礼、ですか……?」

 

 ゼシカの髪が揺れて、微かに首を傾げたのが分かった。

 情報屋の言う礼の内容に――おそらくヤンガスも――おおかた予想がついた。彼女だけ、あの噂を知らないのだから、当然の反応だろう。

 情報屋と名乗る男は居住まいを正して、僅かに頭を下げてきた。

 

「我が弟を悲しみから立ち直らせて頂き、ありがとうございます。おかげで沢山の民が救われました」

 

 予想通りの言葉に、大して驚きもしない。

 だが、ゼシカは意味が分からないと言った様子でますます首を傾げて、横に立つヤンガスと情報屋を見比べる。当たり前のように、ククールの方は絶対に振り返らない。

 

「ねえ、ヤンガス。どういう事……なの?」

 

 ヤンガスが答えるかと思ったが、石のように固まっている所を見ると、どうするべきなのか迷っているようだ。

 ため息を一つ吐いて、組んでいた腕を組み替える。

 

「……あんたは、裏の住人のくだらない噂の通り、【アスカンタ国王と血の繋がった兄弟】だと認めるんだな」

 

 あれほど頑なにこちらを見なかったゼシカが弾かれるように振り向いた。

 情報屋が眉間に指を当てながら、頷く。

 

「ええ。嘘のような真実程、正気な者は信じないものです」

「あんたが流した噂だったのか」

「その通りですよ」

「……本当なんですか? アスカンタ国王のパヴァン王と、その……ご兄弟だと……」

 

 衝撃から立ち直ったらしいゼシカが確認するように恐る恐る尋ねる。こんな薄汚い町にいる人物が、アスカンタの王族だという事が信じられないのだろう。薄暗い中では彼の顔をしっかり確認する事が出来ないから尚更だ。

 ククールも、あの時のアスカンタで気まぐれを起こしてヤンガスに付き合わなければ信じなかったに違いない。

 情報屋は己の首にかかっている細い鎖に手を掛けて、服の下から拳大の大きさをした丸いペンダントのようなものを取り出すと、ゼシカに手渡した。

 ククールからは彼女の手元は見ることは出来ないが、息を呑むような音が聞こえたところを見ると、二年前にアスカンタ王が月影のハープなどの国宝を保管していた噴水の宝庫の仕掛けを動かした紋章のブローチと同じアスカンタ王家の証か紋章が象られたものなのだろう。

 

「少し歳は離れていますが、パヴァンは私の弟になります」

「何故、私達に身分を明かしたのですか? いくらアスカンタ王の身内だからといって、お話しいただく必要はなかったと思いますが」

 

 力なく微笑みながらも、はっきりと認めた情報屋にゼシカが手元から顔を上げて、もう一つ問い掛ける。

 ゼシカは、自分やヤンガスが思っていた事を全て言ってくれた。アスカンタ出身だったからと身分の部分など誤魔化して礼を言うならともかく、わざわざ明かす必要などなかった筈だ。

 この場にいる全員の心を読み取ったかのように、情報屋は眉間に手を押し当てた。

 

「王族という身分を捨てたとはいえ、パヴァンは大切な弟には変わりありません。だからこそ、その弟を救ってくださったあなた方に名乗り、礼を言いたかった。それにあなた方を信頼しているからですよ。あなた方は、私利私欲で動く人間ではないと……、勘が働いたと言った方が正しいのかもしれません」

 

 情報屋は「あとは……」と続ける。

 ゼシカから返してもらったアスカンタ王家の紋章が刻まれたペンダントを手元に置きながら、目を細めた。

 

「もうすぐ、私が死ぬからでしょうかね」

 


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