朽ちかけた階段を昇りきって丘の中腹に出ると、丘に足を踏み入れる前には降っていなかった小雨が二人の頭に降りかかった。雲は空に体を押し込むように分厚く、丘はますます暗く感じた。
辺りを見た後、エイトはキラの手を掴んで駆ける。
やはり、ここも例外ではなく重い空気が立ち込めている。
まるで大岩を背負っているかのような重さを体に感じ、たまらずトヘロスを自分に――念の為キラにもう一度――掛けた。
「……エイトさん、大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう。とにかく先に進もう。頂上に行けばいいんだよね?」
「はい、そこに行けば……」
突然、キラは不自然に言葉を切ったかと思うと急に足を止めた。不審に思ったエイトが振り返ると、キラは真っ青な顔でどこかを凝視して、震え始めた。
魔物が現れたかとエイトはキラを背中に庇って剣を構えるが、漂う嫌な空気以外は特に魔物はいない。
だが、キラの視線は宙に固定されて微動だにしない。顔は恐怖に染まり、まるで彼女にしか見えない何かを無理矢理見せられているかのようだ。
「い、や……」
「キラ!?」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
「キラ!」
誰かに謝るキラの肩をエイトは強く揺さぶる。
すると、キラは虚ろな眼をゆっくりと揺らして、エイトの方を見た。
キラは青白い唇を震わせながら、開く。
「一面の、赤が……。夕焼けに……染まって、さらに濃く……」
そこまで答えて、キラは糸が切れた人形のように崩れ落ち、意識を失う。
倒れかかってきた彼女の体を片手で支えたエイトは歯噛みした。
やはり、彼女を連れてくるべきではなかったのだ。キラが何を見たにせよ、一刻も早く丘から降りるべきだ。
その時、生温い風が頬を舐めるように通り抜けて、ぞわりと肌が粟立った。
キラを腕で抱き上げながら、風の吹いた方を見ると、少し離れた所に人の形をした暗く黒い影が立っていた。
その影は、真っ黒に塗りつぶされた顔でエイトの方を真っ直ぐに見ているように思えた。
影は雨の間を縫うようにずるずるとこちらを目指して這ってくる。
無い筈の目と視線があった瞬間、エイトの本能が危険だと警鐘を鳴らし、それに伴って周りの気温が急激に下がっていく。
吐いた息が白く染まり、まるで雪山の中にいるかのように思えた。
逃げろと体に命令をしても、エイトの意思に反して体は動かない。
その間に接近した影が目の前に立つ。
――お前から、似た気配を感じる。
影が声なき声で囁く。
心臓を握り潰されるかのような凍えた声音が響いた後、影は大きく伸び上がった。
――返せ