「……ようやく、お話しすることが出来ましたね。エイトさん」
「ご無礼をお許し下さり、ありがとうございます。……あの、お身体はどうですか」
「気遣って頂き、ありがとうございます。今夜の会食に出られる位には回復してきています。このまま、私が不在では臣下や沢山の者に迷惑が掛かりますからね」
「良かった。……本当に心配をいたしました」
「ありがとう、エイトさん。ローレイから聞きました。またこの国を救って頂いたと」
「いいえ、僕だけの力ではありません」
王の部屋にある大きな暖炉には太い薪を喰い尽すかのように炎が大きく燃え上がり、分厚いカーテンが閉まった薄暗い室内は秋であっても、大分暑かった。
額に汗が滲んでくるのを感じながら、寝台の傍らにある椅子にエイトは腰を下ろしていた。
ベッドから起き上がって、力なく微笑みかけるパヴァン王は橙色の炎に照らされていて顔色はうかがえないが、体調は万全とは言えない事は分かった。
ゲルダに言われた通りに、小さなカンテラで足元を照らしながら隠し通路を歩いて、天井の両扉をゆっくりと開けると、そこは王の私室の寝台の下と繋がっていた。
「……待っていました」
「王、お逃げ下さい!」
「キラ、大丈夫だ」
寝台の下から辺りを見回しながら、室内にいるであろう衛兵とパヴァン王に突如現れた自分をどう説明するべきなのかと迷って出られずにいると、驚いた事にパヴァンが静かに声を掛けてきたのだ。
現れたのが、エイトだと知ると王は驚いたようだったが、すぐにそばの椅子を勧めてくれた。
エイトが突然現れた時には、王を守ろうと立ち塞がったキラは今、扉の前で控えている。
いくら私室とはいえ、この部屋の主であるパヴァンとエイト、そしてキラの三人以外、護衛は一人もいない。
尋ねると、誰かがこの隠し通路を通って訪れる事を知っていて、外に控えさせているのだという。
もちろん、ここを任された兵士は、それは出来ないと渋っていたらしいが、少しの間だけだと言って、無理に下がらせたらしい。
「ですが、まさかエイトさんが来るとは予想していませんでした」
すると、パヴァンはエイトに向かって手を突きだした。
「預かっているものがありますね」
「は、はい」
「いただけますか?」
疲れたように言うパヴァンにエイトは預かった手紙をその手に乗せた。
若き王は、それを躊躇うことなく二つに引き裂いて、床に投げ捨てた。破れた封筒と中に入っていた手紙がゆっくりと床に落ちる。
温厚なパヴァンからは思いもよらない行動にエイトは一瞬硬直するが、我に返ると慌てて床に落ちた手紙を拾いに行こうとする。
だが、片手を上げた王にそれを制された。
「いいんです。放っておいてください」
「でも、これは大事な手紙ではないんですか!」
「……この手紙は私の物です。どうしようが、私の勝手。それより、貴方がこのような手段で私に会いに来たという事は何か抱えているようですね。アスカンタ国王の私に、お話をお聞かせ下さい」
干渉するなとでも言うように何も寄せ付けようとはしない頑なな様子にエイトは躊躇う。だが、最後の言葉は遠回しに命令されているようなものだ。来賓とはいえ、相手とは格が違う。
破り捨てられた手紙を横目で見た後、ゼシカが遭遇した魔物の話、昨晩の魔物を順に話していく。ゲルダは、旅人という事にして名前を伏せておいた。
「ですから、また同じような魔物が現れないとは限りません。この国の人達に危険が及ぶ前に、市を中止にすることは出来ませんか?」
そう嘆願の言葉で締めくくろうとしたが、それは叶わなかった。
「……私、知っています」
キラが驚く事を言ったのだ。
「魔力を吸ったベルの魔物が赤く染まる。黒い魔物。……祖母が沢山聞かせてくれた話の中で聞いたことがあります」
暖炉の薪がはぜる音が薄暗い部屋の中でやけに大きく響く。
エイトには、その音がまるで平和という名の殻にひびが入ったような不吉なものに聞こえた。