「おっ、やっぱり。ククールじゃないでげすかー!」
ヤンガスが足を運んだ薄暗い路地裏の奥では、今まさに青年が娘を壁に押し付けて、顔を寄せている所だった。
あまりにも場違いで陽気なその声に、娘の方が小さく声を上げて、青年の腕から抜け出すと、そそくさと路地裏から何処かへ走り出していった。
「おやぁ、逢引中でげした?」
にやにやと薄気味の悪い笑みを浮かべながら近づくと、がっくりと肩を落としていた青年が顔にかかっている銀髪を鬱陶しそうにかきあげて、ゆっくりとこちらを向く。
ヤンガスの記憶と違わない青い瞳は、見る者が見れば、失神するのではないかと思う程に、鋭い剣のように尖っていた。
殺気立っているともいえる青年に、ヤンガスはわざとらしく、ひらりと手を振ってみせる。
「そりゃあ、すまないでげすねえー。あっしとしたことが、つい」
「ヤンガス……。お前、明らかに俺の邪魔、したよなあ?」
ひくひくと口元をひきつらせた青年――ククールの様子に気にした風もなく、ヤンガスは肩をすくめて、目をぐるりと回した。
「まさか。あっしは、たまたま、あんたに似た後ろ姿と知らない娘っこを見つけて、追っかけて来ただけでげすよー」
「その薄気味悪い笑みが、言葉を裏切っているが?」
すかさず、切り返してきたククールに、歯を剥きだして笑みを深めた。
「あっしは元々、こんな顔でげす」
「……もういい」
先程より、深く肩を落としたククールの背をヤンガスは慰めるように優しく叩いた。だが、すぐにべしりと振り払われる。
「せっかく、慰めてあげたというのに。……そういや、久しぶりでげすなー」
大して痛くもない手をひらひらと振って、ヤンガスがそう言うと、ククールは目をすがめてため息をつくと、壁に寄り掛かった。
「二週間前くらいに会っただろうが。お前な、俺がパルミドに行く度にどっから現れるんだよ。それから、俺を酒場とカジノに連行するのはやめろ」
世界を救う旅を仲間と共に終えて、ククールはよくパルミドを訪れるようになっていた。彼が一歩、パルミドの町に足を踏み入れると、ヤンガスが猪の如く、どこからか現れるのだ。
「いいじゃないでげすかー。減るもんじゃないでしょう」
「なにもかも、減るんだよ! ……それより、お前がこんな所にいるなんて珍しいな」
修道院に戻ることのなかったククールは各地の地方に足をのばしている。対して、ヤンガスは故郷であるパルミド地方周辺が多かった。
他の仲間のように余計なしがらみのない自分だからこそ、こんな風にあちこち、足を伸ばすことが出来るのだろうとククールが酒場でぽつりと語った事がある。
両手をぽんと叩いて、ヤンガスは頷いた。
「ああ、確かに。あっしはお使いでげすよ。実はパルミドの情報屋の旦那から、ここの王へ手紙を渡しに」
ヤンガスがそう言うと、ククールは数回、目を瞬かせて聞き返す。
「……悪い、よく聞き取れなかった。誰が、誰にだって?」
「だから、パルミドの情報屋の旦那の手紙を、アスカンタの王様にでげすよ」
「……は?」
もう一度繰り返してやると、ククールは目を見開いて、口を開けた。
どうして裏の住人が、という彼の心の声を読み取って、ヤンガスは辺りを見回す。人が来ないことを確かめてから、声を落とした。
「ここだけの話でげす。……実は、裏の住人である情報屋の旦那とアスカンタ国の現王は血が繋がった実の兄弟だと噂がありやして……」
「どうみても、ガセネタだろうが。そういう話はエイト辺りで充分だ」
あっさりと切り捨てたククールに、ヤンガスは両手を突きだした。
「あっしも、昨日まであんたのようにそう思ってましたよ」
今朝の事。情報屋によって呼び出されたヤンガスが、彼の隠れ家を訪れると、情報屋は机に座ったまま、一通の手紙を差し出してきた。
「ヤンガス君。どうか、ひとつ頼まれて頂けませんか」
分厚い眼鏡を押し上げて、情報屋は宛て先を静かに告げた。
噂を聞いていたとはいえ、信じていなかったヤンガスは驚いたが、何も聞かずに、その手紙を受け取った。
「旦那には、昔から色々世話になっていやすからね。引き受けたわけでげすよ。考えてみれば、旦那とアスカンタの王の髪や背格好がそっくりでげしょう?」
「……そうか?」
顎に手を当てて、ククールは首を傾げる。情報屋の顔は思い出せるが、王の顔はぼんやりとしている。
「あんたの場合、どうせ姉ちゃんの顔以外は、頭のすみっこでげしょうが」
「そんな事はない。お前の顔は、隅にも置けない程、印象が良いからな」
「どういう意味でげすか!」
「そもそも、だ。王族の顔なんて、側近や近しい人間以外はなかなか拝めるわけないだろうが。そのガセを流した奴の面を拝んでみてえよ」
ヤンガスとククールが見れたのは、旅の偶然ともいえるだろう。
夜に訪れたアスカンタ城の玉座の間で、愛していた妃を失い、悲しみに暮れる王の姿を見つけたのだ。
その後、心の優しい小間使いの娘の願いを聞き届け、アスカンタ地方に古くからある言い伝えのある願いの丘で、不思議な出来事と、そして、王の悲しみを溶かすきっかけを与えたのだった。
ふと、ククールは思った。
あの丘にあった沢山の建物の残骸。そして、ゾンビ系の魔物が多く出現する場所。元は、どのような場所だったのだろうか。
だが、大して気にも留めずに、ククールは今まで寄り掛かっていた壁から、身体を引きはがした。
「……まあ、繋がり云々の話はどうでもいい。さっさと、行こうぜ」
「……は?」
今度は、ヤンガスが目を見開いて、口を開ける番だった。
「王様の所に行くんだろう。それとも、俺が一緒に行くと何か困るのか?」
「……ええ、まあ。い、いや、ねえでげすが!」
慌てて、誤魔化すように両手を振り回すが、ククールの目がいぶかしむように細まる。
その射るような視線に耐えきれず、ヤンガスは肩を落とした。
「分かりやした……。一緒に行きやしょう」
そして、諦めたように大きくため息をついたのだった。