第29話
安らぎを見ることは叶わぬ
許されるのは、死出への旅
呪われろ
呪われてしまえ
それが、奪った代償だ
***
苦しそうに呻き声をあげて、粗末な寝台で昏々と眠る男の顔は、か細いろうそくの光では窺い知れない。
だが、ヤンガスには彼の顔が死人のように青褪めて、白いことを知っていた。
蝋が溶けていびつに固まったろうそくの火が小さく揺れて、壁の影が同じように揺れる。
小さな寝室には、粗末な寝台と己が座る小さな椅子しかない。無数の資料や書物に囲まれた書斎である大きな部屋とは、正反対の質素な場所だ。
ここの主である情報屋は、数日前から眠り続けている。
「旦那……」
呼びかけても、返事はない。
時折、荒い息を吐き、四肢をばたつかせて苦しむが、目を開くことはない。
情報屋の旦那から頼まれた手紙を渡し終えた翌日、ククールと別れたヤンガスは、堕落しきった悪人の町パルミドへと戻ってきた。
「おう、ヤンガスじゃねえか。なんだ、旦那のパシリは終わったのか」
「うるせぇやい」
すれちがった顔馴染みのからかうような声に、彼は片手を振って通り過ぎる。物乞い通りを過ぎ、盗賊時代は良く世話になった酒場の脇にある階段を上って、ある場所を下りると情報屋の隠れ家がある。
だが、ここに住む連中のほとんどは居場所を知っているので、隠れ家とはいえないかもしれない。
「旦那、旦那。あっしです」
扉を軽く叩いて呼びかけるが、返事は返ってこなかった。
また情報の収集にでも、出かけたのだろうか。
いつものように、念の為に扉を開けてみて、ヤンガスは血相を変えた。
「旦那!」
部屋の真ん中で、部屋の主は口元を赤く濡らして、床に倒れていた。
慌てて駆け寄り、情報屋を抱えて、起こす。あまりにも軽い身体に、内心驚いた。
「旦那、しっかりしてくだせぇ!」
何度か呼び続けると、情報屋はうっすらとまぶたをあけた。普段は分厚い眼鏡に隠れていた瞳が彷徨い、やがてこちらに焦点が定まる。
「……あぁ、ヤンガス君……」
ゆるく微笑んだ情報屋は体を起こそうとする。それをヤンガスは慌てて止めた。
「だ、駄目でげす! 今、医者を呼んできやすから、大人しくしててくだせえ!」
すぐに立ち上がろうとすると、その身体から想像できない程の凄まじい強い力で情報屋が腕を掴んできた。
「……お願い、します。人は……呼ばないでください……」
「な、何を言っているんでげすか!」
情報屋の爪が腕に食い込む。微かに走る痛みに顔を歪めるが、掴まれる力は一向に緩まない。
真っ白な顔には、有無をいわせない気迫があった。それは、初めて見えた紫がかった青い瞳のせいか。
「どう、か……」
情報屋は言葉を繰り返すと、やがて力尽きたように腕がだらりと下がって、そのまま、気を失ってしまった。