夜の図書室は、いつもの静寂に寒々しさが増して、どこか落ち着かない。
閲覧用テーブルに小さな燭台を載せて、ミーティアは分厚い書物のページをめくっては、そこに書かれている文を読んでいく。
丸みは欠けているが、充分な明るさの月光が窓から差し込んでいるお陰で、燭台の小さな灯りでも文字はよく見えた。
椅子から立ち上がって、近くの本棚に並ぶ背表紙の文字を目で追って、そこから一冊を引き抜いて、開く。
「ミーティア……?」
「きゃっ!?」
突然聞こえた声に驚いて、持っていた書物を床に落とす。大きな音が図書室に響いた。
慌てて、拾おうとする前に、近づいた人物が屈んで、拾い上げる。
そのまま渡された書物に、折れ目が入っていない事を確認して顔を上げると、申し訳なそうな表情で頭に手をやる黒髪の青年が見下ろしていた。
「エイト……?」
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
そんなエイトに仕返しとばかりに、悪戯っぽく微笑んでみせる。
「これは、我が国の近衛隊長様。夜更かしとはいけませんわね」
「……それを言うなら、ミーティアこそ。最近、よく昼にうたた寝をしてるって、側仕えの子から聞いたよ。夜遅くまで、こっそりとここに来ているって」
しまった、とミーティアは視線を泳がせた。
普段、侍女はエイトに用がない限り近づかないからと油断して、口止めをしていなかった。どこかですれ違った際に、喋ったのだろう。
「平和になったからといって、一人で図書室へ行くのもどうかと思うな。せめて、一人位は兵士をつけてほしい」
「兵士をつけたら、こんなに遅くまで本を読ませてくれないわ」
「それはミーティアを心配して……」
「それに、一番そばにいてほしい人は最近、マナーのお勉強で忙しいみたいだもの」
頬を僅かに膨らせたミーティアに、困った様子のエイトは誤魔化すように話題を変えてきた。
「そ、そういえば、何を読んでいるの?」
「トロデーンの地質と採れる鉱物についてです。知っておかなくてはと思って」
「……そっか」
閲覧用のテーブルに、抱えていた書物を積み上げる。
姫であるミーティアが何故それを知ろうと、そして学んでいるのか、もちろんエイトは理由を知っている。
「無理をしないで……、とは言えないね」
申し訳なさそうに、両手にそっと触れてくる。
大きくて、かさついた彼の手が好きだ。
その手を握り返して、己の頬へ持っていく。ほんのりと暖かい温度に安心した。
「……明後日には、アスカンタへ行ってしまうのね」
「すぐ帰るよ。お土産も買ってくるから」
「ふふ。来賓であるエイトが、いつ、市に行くのですか?」
「それは……、えっと……」
「お土産も楽しみにしています。だから、ちゃんと帰ってきて下さい」
自分を見る優しい目を、真っ直ぐに見返してそう伝えると、彼のもう一つの手がミーティアの頬へ伸びた。
「帰ってくるよ」
そうして、そのまま近づいてくる顔にそっと瞼をとじた。
※エイトがアスカンタに行く前の話。
きっと、この夫婦(どちらかというと、恋人かもしれませんが)は、いつまでも仲睦まじいのではないかと思います。
ミーティアは友人のご令嬢の影響を少し受けていると思っています。からかいかたなど。